第13話
「さっきの〝アレ〟は、幻影魔法ではない……の?」
知里が解呪の術式を放ったのは、先ほどまで見ていた過去の幻影を〝魔法による精神攻撃〟と認識したからだ。
だが、知里が放った解呪は、スカラベに何の効果も与えなかった。
戦車ほどの大きさがある昆虫の太い2本の前肢が、知里へ向かって伸びてきた。
ホバーボードで宙を飛ぶ知里をとらえ、挟みこもうとする。
「こんな単純な攻撃!」
知里は攻撃の意思を読み切って、回避する。
特殊スキルで相手の心が読める知里にとっては、たとえ昆虫であっても、かわすのはたやすい。
しかしすぐに攻撃はしない。
「また装甲の色が変わってる……」
瑠璃色だったものが、いつの間にか深いルビー色に変わっている。
童子姿の自動人形が魔力で宙を飛んで、知里のそばへ来た。
「属性が変わりましたね」
「さっきまでは魔法吸収……だったはず」
「ですが、グンダリの大剣を弾いていましたよね」
「ええ、幻術にやられる直前ね」
「だとすれば、今は、物理無効か、物理反射。魔法が効くかもしれません」
自動人形はそう言うと、剣士グンダリの方へ飛んで行った。
「でも、待って。じゃあ何で解呪が効かなかったのかな……」
「……また別の問題が発生しました」
首をひねった知里だが、なぜ人形が剣士グンダリのもとへ飛んだのかを、すぐに理解する。
スカラベが高速回転しながら、グンダリに襲い掛かったからだ。
自動人形は光弾を打ち込んで、剣士を援護しようとするが……。
「ふざけるなーーー!」
叫びながら甲虫の巨躯を盾で受け止めるグンダリの目は、どこか変だ。
目の前の敵ではなく、何か別のものを見ているかのようだ。
「俺は! 俺は! 俺はぁーーー!」
スピンの止まった甲虫に向かって大剣で斬りかかっては、弾かれる。
弾かれるだけならまだいいが、繰り出した大剣の威力が、そのままグンダリの肉体に撥ね返っている。
鎧が弾け、筋肉が大剣を受けたように裂けた。
(あの装甲、やはり物理反射だ)
一連のやりとりを見ていた知里は確信する。
賢者の自動人形が傷口に回復魔法を唱える。
だが剣士グンダリは気づかない。
「俺は下層民じゃねぇーーー!」
弾かれた体勢からステップして切り返し、今度は蹴り飛ばそうとして硬い装甲から物理反射をくらう。
「はい?」
知里はグンダリの脈絡もない絶叫と攻撃に目を丸くした。
とりあえず彼の目を覚まそうと、知里は状態異常を解除する魔法をグンダリにかけた。
だが、まったく効かない。
「バステが解除できない?!」
「ネコチー! 無事?」
知里に駆け寄るアンリエッタも、剣士グンダリの様子に驚いている。
「剣士さん、スカラベが見えてない」
「ひょっとして……」
彼女たちは、どうにか過去を振り切り、正気を取り戻した。
2人とも悪い夢から覚めたかのように、顔面蒼白で玉の汗が浮かんでいる。
「違うだろ! あんなのと一緒にするんじゃねえ!」
グンダリは絶叫しながら、戦車ほどもあるスカラベを投げ飛ばす。
その着地点を、魔導士ソロモンの火球魔法が狙う。
「父上が余計なことをしてくれたおかげで!」
やはりソロモンも様子がおかしい。
「……王国の歴史が変わってしまったのですよ!」
長い髪を振り乱すソロモンの目は、やはり何か別のものを見ている。
「父上が台無しにしたんだ。我が国の未来を!」
目の前の相手が巨大な甲虫型モンスターであることは、やはり認識していないようだ。
「……さっきからあの2人、何を言ってるの? ねえネコチ、アタシ、さっきまでね、死んだ妹たちと一緒にいたの。まるで過去の幻影のような……」
アンリエッタが知里に目で訴えた。
「あたしもよ、アン」
「やっぱり。……じゃあ彼らも、過去の幻影を見ているっていうの?」
「……違う。あれはたぶん……幻影じゃなかった」
「え?」
「分からないけど、過去のアン達の思考が読めた。単なる幻影や回想だったら、あたしのスキルは発動しない」
「まさか。確かに、妹の手の感触はやけに生々しかったけど……」
「今わかってるのは以上……。戦闘に専念するにゃ」
ホバーボードを駆る知里は、それだけ言って通り過ぎていった。
「とっておきの〝天罰〟食らわせてやる!」
左手の魔法銃で光弾魔法を放ち、スカラベすなわち広間の守護者を牽制する知里。
その間、右手では〝天罰〟の術式を描き出し、距離を詰める。
ホバーボードで三次元空間を縦横に飛び回りながら、ガーディアンの周辺に魔方陣を描きだしていく。
自動人形が宙を飛んで知里のそばへ来た。
「魔方陣に魔力を付与して火力を上げます!」
「さすがお人形さん。対応が早いにゃ」
知里は、魔方陣に魔力を注ぎ込む自動人形にウインクした。
「あんたはいいわね、人形に過去のしがらみはなさそうじゃない?」
「……そうでもありません」
知里は、人形が苦笑したような気がした。
いまは心が読めないのでたぶん気のせいだろうとは思う。
「まあいいわ。あたしたちが対峙するのは現在ここにゃ」
知里の瞳が、魔力の炎で燃え上がる。
これは、彼女が本気の印だ。
「OK! ネコチ。存分にやっちゃえ!」
アンリエッタは知里を援護すべく、ガーディアンの攻撃を引きつける。
その間、知里はさらなる〝天罰〟の術式を重ねがけする。
神聖術の欠点でもある火力不足を補うために、時間をかけて魔力を集積していく。
「どうした! ネコチ! とっととぶっ放しちまえ!」
先ほどまでは脈絡もないことを叫んでいた剣士グンダリが、急にこちらを見て叫んでいる。
その隣で魔導士ソロモンも、我に返っていた。
いや、ここに戻ってきていた。
「グンダリ、〝天罰〟は属性の異なる敵に大ダメージを与える魔法だ」
「だから何だ?」
「おそらくネコチ殿はガーディアンの属性が変化するのを待っているはず」
「そうか! 時間稼ぎなら俺に任せろ!」
ソロモンの分析に、剣士は頷く。
そしてアンリエッタと共に前線に立ち、敵を攪乱し引きつける役を買って出た。
「しかし、〝天罰〟の重ねがけとは無茶をする。……こちらにも被害が及びそうだな」
加えて、自動人形の魔力付与で威力倍増。
魔法効果は凄まじく、味方をも巻き込みかねない激烈な一撃となるだろう。
「ソロモン。ネコチさんの〝天罰〟の直後、ガーディアンに〝結界〟を張ります」
宙を飛んできた自動人形の提案に、ソロモンは絶句した。
「待て。ガーディアン〝に〟か?〝結界〟を味方にかけるのではなくてか?」
普通に考えたら、味方に〝結界〟を張って、身を守るのが常道だ。
しかし自動人形の提案は、それとは真逆のものだった。
本来であれば味方を守るはずの〝結界〟を、敵に施す。
それも、知里が〝天罰〟を発動した直後のタイミングで。
「こちらへの被害を抑えつつ、さらに敵に大ダメージを与えられます」
「発動直後に敵に結界を張ることで〝天罰〟の蒸し焼き状態にするのか!」
「タイミングが問題ですが……」
結界を張るタイミングが早すぎれば、知里が放つ〝天罰〟がかからない。
逆に遅すぎれば、こちらも大ダメージを受けた後に、敵の身を守ってしまう羽目になる。
「……そいつは並の魔導士には無理な芸当だ」
「可能です、ソロモンであれば。連携を願えますか」
「お人形殿。それはあなたの考えか? それともネコチ殿かな」
人形は答えない。
ソロモンは自動人形に、いつになく破顔大笑した。
「2人とも、私よりも実戦を知っておられるのだな」
そして意識を研ぎ澄ませる。
知里のタイミングを見ながら、ソロモンは自動人形と術式の呼吸を合わせた。
「いざ……参ろうぞ」
ソロモンは不敵に笑った。




