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魔女と少年、雪のち晴れ

作者: 曇天

 初小説です! 暖かい目でご覧ください。

 

 ーーーパチパチッ、パチッーーー


 暖炉にくべられた火は、暖かな温度と緩やかな光を運んでいる。暖炉の前には可愛らしい亜麻色の髪の女の子と、木製のロッキングチェアに座って編み物をしている老婆がいた。

 老婆の肩越しに覗ける窓の外は夜の闇がかかっており、その中を雪が競うように降り注いでいた。


「ねぇ、お婆ちゃん。何を編んでるの?」


「新夜祭のプレゼントだよ」


 老婆は孫の質問に対して、縫う手を止めずにそう答える。毛糸と編み針の扱いかたは素人のそれではなく、彼女が長い年月その手の動きを繰り返してきたことが伺える。

 その、まるで魔法のような祖母の手腕に女の子は目を輝かせていた。


「お婆ちゃん、なんで新夜祭にはプレゼントを交換するの?」


「ンフフ、これはねぇ新夜祭の慣わしなんだよ。親しい人に一年の感謝と、これからの安泰を祈ってプレゼントを送るのさ」


 老婆は口の端を少し持ち上げると、女の子の方を向いてそう言った。女の子は祖母の答えを聞いてなお、不思議そうな表情を崩すことなく口を開いた。


「じゃあ、なんでそんなことするようになったの?」


「ん?ありゃ、まだソフィーには話したことがなかったっけねぇ……。すっかり話したもんだとばかり思っていたよ。そうだねぇ、もう遅いから、寝る準備をしてから話そうか」


 そういうと老婆は立ち上がり、暖炉の火を始末すると女の子を連れて寝室に向かうのだった。



 ▲▲▲▲▲


 寝室についた女の子は綺麗に整えられたベッドに素早く潜り込み、期待に満ちた目で祖母を見つめた。

 老婆は部屋の隅から丸椅子を持ってくると女の子のベッドの側に置き、ゆったりと腰を掛けた。


「それじゃあ、話そうか。……これは昔、世界にまだ魔法があった時のお話さ……




 ルファナ王国の果ての果て、ベヒーネ山脈の向こう側。深い深い森の奥

 に一人の女が住んでいました。女はこの世の理を捻じ曲げる力《魔術》を使うことができました。中でも氷の魔術は大得意で、彼女の氷は陽の精霊の炎を持ってしても解ける事はありませんでした。

 彼女は若い頃、その大いなる力を人々の平和と安寧のために使っていました。

 けれども人間はいつの時代も愚かなものです。自分たちが使うことの出来ない強大な力を恐れるあまり恩を忘れ、魔術を異端の術とし、彼女を《氷滅の魔女》とよんで迫害しました。


「妖しげな術を使う魔女め!俺たちに不幸を振り撒きにきたんだろ、出ていけ!」


「このところの不作もお前が何かしたんだろ!」


「異端者に神の鉄槌を!魔女に死を!」


「魔女に助けられるくらいなら死んだ方がマシだったわ!」


「俺たちに恩を売って、何を企んでるんだ!」


 助けようとした人には罵られ助けた人にも裏切られた女は世の中に絶望し、深い深い森の奥に居を移して外界との接触を断ったのです。

 それからというもの彼女の姿を見たものはおらず、『森の奥には恐ろしい魔女が住んでいて、その姿を見たが最期、氷の彫像に変えられてしまう』という噂が近くの村に残ったのみでした。



 噂が昔話になり、人々の記憶から魔女のという存在が希薄になった頃。

 一人の少年が森で迷子になっていました。少年の名前はロノアといって、村の狩人の一人息子です。ロノアの住む村では大晦日から新年にかけて《新夜祭》が開かれます。ちょうど彼の幼馴染のミリアの誕生日は元日。最近妙に意識してしまい、ぎこちなくなっている関係をどうにかしようと考えた末、彼女の好きな龍血花を贈ることにしました。贈り物をすることで、話のきっかけになると考えたのです。龍血花はその名の通り、龍の血の如く紅くとても珍しいものです。村の花屋に置いてあるはずもありません。そこでロノアは村の近くの森に探しに出かけました。


 探しに出たところまでは良かったのですが……。

 ロノアの性格は元来一つの物事に熱中しやすく、一度そうなると周りに意識が向かなくなります。それは普段であれば彼の美点と言えるでしょうが、今回に限って言えば彼が己の災難と出会うのに一役買ってしまったと言わざるを得ません。


 ロノアがふと顔をあげると、周囲には今まで見たことの無い景色が広がっていました。後ろを振り向いても、あるのはどれも同じに見える草木のみ。

『自分は迷子になった』、そう認識した途端ロノアは顔を青く染めました。どこをどう歩いてきたかなど当然覚えていません。ロノアは『歩いていれば知っているところに行けるかもしれない……』と考え、歩みはじめました。

 ですがロノアはまだ11歳です。いくら狩人の息子とはいえ、同い年の子供より少し体力があるといった程でしかなく、ましてや今日一日中歩いていたその脚で進める距離には限界があります。空が濃紺に染まった頃、とうとうロノアは歩みを止め、葉を落とした木の下に座り込んでしまいました。辺りは暗闇に包まれ、その奥からは不気味な鳴き声が聞こえてきます。

「僕はここで死んじゃうんだ……」

 そう呟いた瞬間、今まで気高に抑えていた涙が堰を切ったようにロノアの頬を流れ落ちました。















 ……



「こんな森の奥で何をしているの?」


 唐突に、ロノアの頭の上から鈴音のような美しい声が聞こえてきました。ロノアは泣き腫らした顔を声のする方へ向けました。

 すると、そこには黒衣を纏った妙齢の美女がおり、こちらを覗き込んでいるではありませんか。

『なぜこんな森の奥に女の人がいるのか?』

『もしかして魔女?』

 様々な疑問がロノアの頭に浮かんでは消えましたが、そんなことよりも人に会えたことが印象的で、緩んだ涙腺から再び涙が落ちてきました。


「わあああぁぁぁぁん!」


「ちょっ、どうしたのよ⁉︎ ほら大丈夫だから、ね?」


 美女は少年の突然の涙に驚き戸惑いましたが、すぐに屈むとロノアの頭を撫で、落ち着かせようと声をかけました。

 けれども美女の奮闘虚しく、ロノアはなかなか泣き止みません。


「うぅっ、一度家に連れてった方がいいかしら?」


 困った美女はロノアを背負うと森の暗闇に溶け込むように歩き出しました。



 ……


「うんん……」


 目を開けると、ロノアは素朴ながらもどことなく温かみのある小屋のベットに横たわっていました。泣き疲れたロノアは気がつかない間に眠ってしまっていたようです。目を擦りながら大きなあくびをしていると、何やら音が聞こえてきます。

 ひょいっ、とベットから降りたロノアは音のする方へ歩いていきました。


 どうやら、香草やらキノコやらが吊り干しされている少し広い部屋から音は流れてくるようです。

 好奇心と冒険心、そして少しの緊張を持ってロノアは部屋を覗き込みました。

 そこには竃の火で鍋を煮込む女の姿がありました。音の正体はどうやら女の歌声だったようです。

 女の歌声は小鳥の囀りのように軽やかで、幼い頃ロノアの母が歌ってくれた子守唄を思わせます。ロノアはしばしの間聴き入っていました。


「♪〜〜〜、あら? 目が覚めたのね、シチューがそろそろできるから座って待ってて」


 女は柔和な笑みでロノアに話しかけると、目線で椅子を示しました。

 色々な疑問はあれど、鍋から香る匂いに空腹を思い出したロノアは取り敢えず女の言う通りに椅子に座りました。椅子によじ登ったロノアは部屋の中を見渡しました。どうやらそこはリビングのようでしたが、何に使うのか見当もつかないヘンテコな物がそこらにあり、雑多としています。


 数分程経ったでしょうか。部屋を見渡している間に女は調理し終えたようで、ロノアの前には器に盛られたシチューと籠に入れられたパンが置かれていました。女はロノアの向かいに腰掛けました。


「色々聞きたいことはあるだろうけど、まずは食べましょう?」


 女の言葉に頷き、恐る恐るシチューを一口食べます。口に入れた瞬間、ロノアは顔を輝かせました。急いで嚥下すると、すぐにシチューを掻き込みはじめました。


「お気に召したかしら? まだ沢山あるからね」



 ……


「ふぅ〜、お腹一杯!」


「あら、よかったわ。食後のお茶もお飲みなさいな」


 そう言って女は微笑みました。お茶を啜りながらロノアは訪ねます。


「お姉さんは誰? ここはどこ?」


「あぁ、まだ名乗ってなかったわね。私の名前はエルザ。そしてここは森の奥、私の家よ」


「そうなんだ……。助けてくれてありがとうございます!」


「えっ、もう少し警戒したりしないの?」


 エルザは驚きを隠せない様子で、目を丸くしました。


「えっ、だってお姉さん優しそうだし、シチュー美味しかったし、悪い人には見えないから……」


「……そう。……私からも聞きたいのだけれど、なんであなたみたいな子供がこんな森の奥にいるの?」


 瞳に哀の色を挿し、エルザはロノアに訪ね返します。


「龍血花を探しにきたんだ。だけど、探すのに夢中になっちゃって、気付いたら迷子になってたんだ……」


「そうだったのね。龍血花の場所なら知ってるから案内しましょうか?」


「本当!ありがとう、お姉さん!」


「ちょっ、落ち着きなさいよ!」


 嬉しさのあまり飛びついてきたロノアをエルザは落ち着かせ、その日は夜も更けていたので一先ず寝て、翌日龍血花を探しに行くことになりました。




 ……


 翌朝。まだ西の空に夜が残っている頃、ロノアとエルザは小屋を出ました。

 森は一面銀色で、二人の歩いた後には足跡がきっかりと残りました。


 30分程歩いたでしょうか。なんの脈絡無しに突然、森が開けたところに出ました。


「ふあぁ……!」


 ロノアの眼には今までの銀色ではなく、一面に敷かれた赤絨毯が写りました。その壮大さと、あまりの美しさに見惚れていると、エルザが話しかけてきました。


「ここが龍血花の群生地よ。あっ、そういえば《雪妖精の首飾り》は持ってるの?」


「《雪妖精の首飾り》?」


 初めて聞く言葉にロノアは首を傾げます。


「その様子じゃ持ってなさそうね‥‥。《雪妖精の首飾り》は雪の結晶の形をした花で、それを埋めた土じゃないとすぐ枯れちゃうのよ」


「えぇええぇ! そんなぁ〜、花束にしようと思ってたのに……。」


 ロノアは両膝を地面につけ、項垂れました。

 エルザはその様子を見て、手を口に当て逡巡します。


「ああー! もう! しょうがないわね、これから見ることは誰にも言ってはダメよ!」


 そういうと、エルザはポケットから出したナイフで龍血花を何本か刈り取ると、両手を向けて詠いだしました。


 《古より世界を縛る時の鎖、数多の喜びと悲しみを生み出しし神々の法よ。小さき勇者の願いが為に、我は偽りの不滅を行使する。証を此処に》


 すると、エルザの手の平から青色の光が溢れ出してきました。その光は渦を巻きながら積まれている龍血花に向かい、瞬く間に薄氷に包まれました。初めてみる《魔術》にロノアが呆けていると、


「その氷に包まれていれば枯れることはないでしょう。滅多な事じゃ溶けないしね」


 とエルザが言いいました。

 ロノアは緩慢な動きで足を進め、薄氷に包まれた龍血花の束ををそっと手に持ちました。薄氷は花の一本一本分けられて覆っており、その紅がらすことはなく、むしろ氷が陽を反射することで一層美しさを増しているように思えます。


「お姉さんっ! 今の何! 何っ!」


「だから落ち着きなさいって! はぁ、あなたには言っても無駄だったわね……。今のは《魔術》。この世を形作る神々の法、世界を世界たらしめる理、それを捻じ曲げる術よ」


 興奮するロノアを落ち着かせようとし、すぐに諦めたエルザは説明しました。


「へー! お姉さん凄い!」


「そんなこと無いわよ。使えたって良いことなんかありゃしないわ、気味悪がられて忌まれるだけよ!」


 エルザは吐き捨てるようにそう言いました。


「人と違うのは悪いことじゃ無いと思うよ? 違っているから忌まれるんじゃなくて、その人がどんな人か知らないから怖がるんだよ。お姉さんが優しい人って皆知らないだけだよ」


 それまでの子供らしい無邪気な様子は鳴りを潜め、どこか大人びた様子でロノアは言いました。


「でも皆私のことを見ただけで逃げるわよ」


「大丈夫だよ、僕と一緒に行けば。誰も《氷滅の魔女》なんて思わないよ」


「えっ……? いつ気づいたの?」


「氷の魔術が使えて、森の奥に住んでるなんて昔話のまんまだもん。気付かない訳ないじゃん」


「……。怖くないの?」


 どこか怯えた様子でエルザは尋ねました。


「怖くないよ! だってお姉さんが良い人だって知ってるから」


 ロノアの言葉にエルザは目元を赤くしました。


「……。怖がられない?」


「だから言ったじゃん、大丈夫だよ」


 そう言ってロノアは花束の中から一本龍血花を抜き取り、それをエルザに差し出しました。




 ▲▲▲


「それで? ロノアとエルザはどうなったの?」


「二人で村に行って、ロノアは無事ミリアに龍血花を渡し、エルザも村人達に受け入れられましたとさ。話はこれでお終いさ」


 老婆はそう言って丸椅子から立ち上がると孫娘の額にキスを落とした。


「新夜祭の贈り物の由来はロノアの贈った龍血花さね。けれどもね、何も新夜祭に限った話じゃないよ。人を思う心が大事なのさ。そのことを忘れちゃあいけないよ」


「うん! お話してくれてありがとう、おやすみなさいお婆ちゃん」


「おやすみ、ソフィー」


 老婆はもう一度キスを落とすと、そっと部屋をでた。




 ……


「おや? 燭台の火を消し忘れていたよ」


 老婆は暖炉のある部屋でそう呟くと、フッと蝋燭の火を吹き消した。


「あなたもおやすみ」


 そう言って老婆は部屋を後にした。

 誰もいなくなった部屋の窓辺には、月明かりに照らされ美しく輝く紅い花があった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました。 ありがとうございます♪
2023/04/26 09:44 退会済み
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