逃亡
目下最優先の目標は逃亡であった。
この先のストーリーを知っている以上、運命に身を任せたくなんてない。
名を変え身分を偽り、他国へ逃亡するのが1番安全な気がした。
幸いにも、自分は魔法技術には長けている。
何とかなりそうな気がした。
あの時は。
「俺の前でそんな醜態を見せるだなんて、あのエラルド嬢が落ちたものだな。
なぁ?破滅の魔女さん?」
聞きなれた、有無を言わさない低い声が聴こえた。
振り向けば、我が婚約者殿であり、この国の将来の王。紛れもなく王太子殿下が、そこに立っていた。
遡ること数時間前__
なんとか城から脱出できないかと試みていた。
1番妥当なのは、牢で唯一外と繋がる小窓だった。
幸い細身な自分ならギリギリ通れそうなそこに、意識を集中させなんとか鉄格子を外したまではよかった。
しかし、結界を張られて魔力が弱まっている今、自分の身体を持ち上げるような力はなかった。
しかも、結衣としてみれば、魔法初心者なわけで。
鉄格子を外しただけ褒めて欲しい。まぁ、それも魔術の天才と歌われたエラルドの経験と知識のお陰なのだろうけど。
どうしようかと途方に暮れていると、さっきより幾分か風通しの良くなった小窓から射す陽が随分と明るくなっていた。もう昼過ぎだろうか、太陽の角度が変わって、部屋が一層明るくさっきまではわからなかった小さな異変に気づくことが出来た。
僅かながらも、他の石壁に比べて出っ張った場所があった。
そっと手を添えてみると、細く風が通っていた。
そういえば、エラルドの記憶だろうか、謀反や襲撃で王族が牢に閉じ込められた時、非常脱出用の隠し通路があると聞いたことがある。
きっとそれに違いないと思った私は、魔法の力も借りつつ隠し通路に出た。
中は薄暗く埃っぽい。長年使われていないのが見て分かる。
明かりになるようなものは無く、石の隙間から漏れる光と魔法で作りだした火の玉を頼りに歩みを進めた。幸いにも一本道で、特に迷うことも無く城の裏庭の小さな庭園へと出れた。
数時間ぶりに見る太陽はもう随分と西の空へと沈んでいた。
城の庭園にしては小さいものの、手入れが行き届いており、鮮やかな赤色の薔薇が咲き誇っていた。
しばらく様子を伺いつつも、人通りが全くないことを確認してから庭園を見て回った。
どうやら、城の外へ抜ける門はないらしい。
背の高い塀が周りを囲っていて、登るか掘るかするしか無さそうだ。
しかし、神経を尖らせながら脱出を試みていた私にとって、これ以上魔法を使うのは難しい。
最後のひと絞りの魔法で、服を豪奢なドレスからシンプルなワンピースに変え、裾を破って動きやすさに特化した。
幸いにも、“結衣”の頃に趣味でロッククライミングをやっていたので、でこぼこした塀でも乗り越えられそうだ。
ワンピースで登るのは若干躊躇われたが、ズボンなんて大層なものは今の自分には作り出せないし、どうせ誰も居ないのだから、スカートの中が見えるかもしれないと心配をする必要もない。
もうそろそろ、日が暮れようとしている。
城の周りには、山があるのでしばらくそこに身を隠したいが、日が落ちてからは危険だ。
なるべく早く塀を越えようと、手早く登り始めた。
しかし、ワンピースに慣れない靴。塀だって、大きなおうとつがある訳ではないので非常に登りずらい。なによりも、緊張と焦りで思うように身体が動かなかった。
それでもあと少し__
そんな時に、王太子に見つかってしまった。




