怪人クモ男VS仮面サンダー 僕はある日突然[怪人クモ男]に改造されました
会社の仕事で西海道へ向かう飛行機に乗った浩太は先ほど飲んだワインが効いたのか深い眠りに落ちていた。
どれくらい経ったのだろう?
何かの違和感を感じ目が覚めた浩太の目の前には思いもよらない光景が広がっていた。
飛行機特有のアイボリーカラーの天井はゴツゴツとした岩肌に変貌し青空が見えていた小窓のある壁も平らに削られた石壁に変わっていた。
カビ臭く薄暗い洞窟と思しき空間にはキャビンアテンダントの代わりに全身黒タイツの様な格好をした大男たちがウロウロしている。
しばらくすると暗がりの奥の方から半分人間で半分獣のような顔に金色を基調とした派手な格好の大男がのっそりと現れた。
そして僕に向かって
「蘇りし怪人クモ男よ!あの憎っくき仮面サンダーを倒すのだあ!!」
と叫んできた。
「え?クモ男ってなんですか?」
僕は悪い夢でも見ているのだろうか?
全身黒タイツの大男から渡された鏡には確かに怪人クモ男って感じになった自分が写っていた。
なんでも墜落した飛行機から重篤の状態でここに運ばれクモ男に改造されたのだそうだ。
その日の夜は歓迎会と称した飲み会が開かれた。
唐揚げやら焼き鳥やらエビフライやらが乗った大皿のオードブルをはじめサンドイッチやオニギリや果物の盛り合わせが所狭しと座卓の上に並べられていた。
まだ雰囲気に馴染んでいない僕は缶ビールを片手に目の前にある果物ばかり食べていたら横に座っていたショッカーさん(全身黒タイツの人は全員ショッカーなんだと説明された)が唐揚げやら焼き鳥やらを取ってくれた。
「唐揚げにレモンかけますか?」
と聞かれて
「はい」
と答えると
「僕もレモンかける派なんですよ」
と笑いながら手慣れた感じで小皿に置かれた5個の唐揚げにレモンを満遍なくかけてくた。
翌朝、暗黒魔王男爵(半分人間で半分獣の顔の大男は暗黒魔王男爵と呼ばれていてこのチームの管理者らしい)が暗がりの奥の方から現れると
「今から仮面サンダーと戦いに行くぞー!!」
と雄叫びをあげた。
暗黒魔王男爵を先頭にショッカーの皆さん達とぞろぞろと洞窟の出口方向へ歩いて行くとドライブインなんかでよく見かける大型観光用バスがとまっていた。
なんかちょっとイメージと違うなあと思いつつも言われるままにショッカーの皆さんと共に乗り込んで真ん中辺りの窓際の席に座った。
最後に乗り込んで来た暗黒魔王男爵は
「よし、全員乗り込んだな!!では今から4時間かけて採石場へと向かうからな!!」
と叫んで運転席に腰かけた。
バスがゆっくりと走り出すと薄暗い空間から明るい空が現れた。
辺りを見渡すと緑が鬱蒼と茂るかなりの山奥のようだった。その山道特有のくねくねした小道を小一時間ほど進むと海沿いの道へと出た。
左手に海を右手に山を見ながら快調に走り続けるバスの中には名曲岬めぐりが流れていた。
小一時間が過ぎたころ暗黒魔王男爵が社内マイクを使い
「弁当の時間だ、今日こそ仮面サンダーに勝つ為にスペシャルカツ弁当を用意した。これを食べて必ずや仮面サンダーをブチのめすのだぞ!!」
と運転しながら右手を挙げた。
ショッカーの皆さんも「イーッ!!」と右手を斜め上に挙げながら大声で叫んでいた。
弁当当番らしき2人組のショッカーさんからカツ弁当とウーロン茶のペットボトルを一本渡された。
バスは海が見える駐車場に止まり、皆んなで海がきれいだとか遠くにヨットが見えるだとかワイワイと談笑しながら大きめのカツ弁当を食べた。
弁当を食べ終え空き箱を当番のショッカーさんの2人組に渡すと「あっきれいに食べましたね」と嬉しそうに言われた。
「あのーこれって撮影とかじゃないんですよね?」
と当番の1人に尋ねると
「は?撮影?クモ男さんは不思議な事を言われますね」
と首を傾げられた。
そうこうしているうちにバスはトイレ休憩などを挟み海沿いの道を外れ田畑に囲まれた田舎道を走り続けるとまた山の中へと入って行った。
そして30分ほど山道を走ると採石場の入り口らしき場所に着いた。
バスを降りる際に暗黒魔王男爵から熱中症にならないようにとスポーツ飲料水を手渡され頑張れよと言わんばかりに軽く肩をポンポンとされた。
そこから1時間ほど歩くと数メートルの高さの絶壁が目前に現れた。
崖の下には草木の一本も生えてない岩と土だけの殺風景な採石場らしい平場が広がっていた。
「よーし、いよいよだぞ!!空いたペットボトルを当番に渡したら各自、崖の半ば辺りまで降りて待機しておけ」
崖は思ったより崩れやすく四つん這いになりながらゆっくりと降りた。
言われた通り半ばあたりに着いたので足場の悪い中でも少し固そうな岩に片足をかけて身体に付いた土を払ったりしていた。
「今向こうの方に仮面サンダーのバイクの影が見えた!!あと14〜5分でここにやってくるぞ!クモ男用意はいいな!!」
そう言われると急に緊張し始めた。
本当に僕は今からあの仮面サンダーと戦うのか?
全く実感がわかないのだけど…
なんかショッカーの皆さんもすごく緊張してるみたいだしやっぱり撮影やらドッキリやらではないようだ。
人生で1度もケンカどころか怒鳴り合いすらした事ないのにいきなりあの仮面サンダーと戦えとかむちゃくちゃじゃないか!!
やっぱり無理してでも途中で逃げ出しておけば良かったのかな?
そんな事を考えているとバイクの音がどんどんと近づいて来た。
そうしてとうとう砂埃と共にあの仮面サンダーが姿を現した!!
「クモ男、子供達を人質にとるとは卑怯だぞ!!早く正志君達を返せ!!」
バイクから飛び降り両手を広げ低い姿勢で仮面サンダーが叫ぶと全身から後光が差し何故かキーンって音が聞こえてきた。
え?人質ってなんの事?
そう言おうとした瞬間崖の上から「助けてー仮面サンダー」と叫ぶ子供達の声がした。
あの男爵のおっさん僕の知らんうちに人質とってたのか?
しかも僕がやったみたいになってるし…どうしよう?
焦りまくり呆然としていると隣にいたショッカーさんが「クモ男さん、そろそろ習ったセリフを言わないとダメですよ」と耳打ちしてきた。
「えっ?セリフとか聞いてないよ」
「いやいや、昨日の飲み会の時にバイオレット大佐から仮面サンダーへの威嚇の仕方だとか攻撃の仕方だとか説明を受けたでしょ」
「ああ、なんか言ってたけどあの露出の多い衣装から見える胸の谷間に気を取られてたせいか全然覚えてないよ」
「まあ、確かにあの衣装は反則ですよね!」
「だよね!」
「仕方がないので私が耳打ちしますから大声で復唱して下さい!」
僕は耳打ちされるままに仮面サンダーに向かって大声で叫んだ!!
「仮面サンダーっ!ノコノコと現れやがって!」
「き、今日こそお前を倒して世界征服を果たしてやる!!」
「手始めに子供達を崖から突き落としてやるぞー!」
えっ子供を崖から??
自分で叫んでおきながら驚いた!
「貴様ー!許さんぞー!!」
わっなんかめちゃくちゃ怒ってる!!
どうしよう!!
「とう!!」
あっ「とう」って言った!!
そうだっ確か「とう」って言ったら攻撃して来るから相手の動きを良く見ろって胸の谷間のお姉さんが言って…
「わっ」
目の前に仮面サンダーの思ったより昆虫っぽくってグロい顔が現れた!!
な、殴られるっと思った瞬間にさっき耳打ちして来たショッカーさんが横から割って入ってくれた。
僕の代わりに仮面サンダーに思いっきり殴られた耳打ちしてくれたショッカーさんは軽く数メートルは吹っ飛んで動からなくなった。
し、死んじゃったの??
動かないショッカーさんを見ていたら右横のショッカーさんが僕の前に立ちはだかって仮面サンダーへと大振りのパンチを繰り出したがあっさりとかわされた。
さっきお弁当配ってたショッカーさんだ!!
そう気づいた瞬間にそのショッカーさんも仮面サンダーに数メートル蹴り飛ばされて動かなくなった。
や、やばい!
こ、殺される!
どうしよう!!
何が何だか分からないまま悪役にされて正義の味方に殺されるって意味わからん。
嫌だ、絶対嫌だよ、お母さあーん!!
逃げ出そうか?
でも崖の上には暗黒魔王男爵がいるし広場に降りたら間違いなく仮面サンダーに叩きのめされるし…
そんな事を考えてるうちにショッカーの皆さんは次々にやっつけられ気づくと全員倒れされていた。
唐揚げを取ってくれたショッカーさんも仰向けになりピクピクと痙攣している。
優しいショッカーの皆さんをこんな風にボコボコにしやがって!!
仮面サンダーだが何だか知らんが、こちらの言い分も聞かずにあの暗黒魔王男爵の言う事を真に受けて暴力を振るとか本当に正義の味方なのか?
だいたいお前にそんな権限を誰が与えたんだよ?
警察でも検察でもないくせに検証も裁判もなしに凄い腕力でショッカーの皆さんをボコボコにするとか納得出来ん!
何だか段々と腹が立って来た!
くっそーこうなったらクモ男になった僕の力を信じて戦い抜いてやるぞ!!
行くぞー!
クモ男キッーク!!
当たった!
しかもあの仮面サンダーが吹っ飛んだ!
僕は強いんだ!!
よーしショッカーの皆さんの仇打ちだー!
クモ男パンーチ!
また当たった!
しかもまた数メートル転がっていった。
勝てるかも!
いや勝てるぞ!
クモ男キッークー!!
「グッウギャーっ」
胸にもの凄い激痛が走った!
クモ男キッークにカウンターを合わされて胸に仮面サンダーキックがモロに当たったのだ。
痛い、痛い、このまま爆発とかするのかな?
うーん、痛いよ、痛いよ…
「うっうっごほ…」
「気がついたか!?」
野太い声で目が覚めた僕はあの洞窟の中に横たわっていた。
そんな僕を心配そうに暗黒魔王男爵とバイオレット大佐が覗きこんでいる。
「大丈夫?」
起き上がろうとしたが激痛で上手く動けない。
「一応処置はしたけど、まだ起き上がるのは無理よ、痛み止めも打っておいたからゆっくりと休みなさい」
バイオレット大佐が僕の手を握りながら優しく微笑んでくれた。
「うっ…あ!?ショッカーの皆さんは?」
暗黒魔王男爵は嗚咽を漏らしながら絞り出すような声で
「ショッカーの奴らは全員助からなかった…」
と答えた。
「え!?全員ですか?」
「ああ、俺が助けに入れれば良かったのだが…俺はもしもの時にお前だけの救出に専念するように総統に命令されていたからな」
「……」
「そうですか…」
「そうだ人質の子供達は?」
「あーあれは俺とバイオレットの子供だ」
「え!?」
「仮面サンダーは正志君とか呼んでいたが俺があいつへ正志君達を拉致したとラインを送ったのを鵜呑みにしただけだ」
「だいたいあの男は住処にしている近所の住人達から何をしているのかよく分からない大男として警戒されているから子供に接触でもしようものならすぐに警察を呼ばれるのが落ちだ、知り合いの子供など1人もいるわけがない」
「そうなんですか…仮面サンダーとは実際何者なのですか?それにその総統とか言う方も」
「お前と同じように仮面サンダーも我が総統も俺たちも改造手術を受けた身だ」
「そうして俺たちも仮面サンダーも戦わずにはいられない心にされてしまっているようだ」
「戦わずにいられない?あの仮面サンダーもですか?」
「そうだ、多分あの仮面サンダーの闘争心の方が我々よりも遥かに強い」
「誰が?何の為にそんな事を…」
「実を言うと俺も詳しい理由は知らんのだ、ただ大国同士の事情とやらで毎回毎回理由も分からず戦いを繰り返しているだけだ」
「大国同士の事情ですか…?」
「ああ、俺もバイオレットもショッカーの奴らも心まで改造され支配された囚われの身なのだ、逃げる事も出来んし意味のわからんこの生死をかけた茶番劇を繰り返すしかないのだ…」
「だいたい考えてみろ!世界を征服するだとか、世界の平和を守るだとか言いながら戦っているが我々側が多くても20人〜30人、仮面サンダーに至っては1人だぞ!」
「どう考えても世界征服どころか青梅市も征服できんし守れんだろ!」
「このヘドが出る茶番劇を支配された心のままに何年も、いや何十年もやり続けるのが我々の宿命なのだ」
「永遠にってことですか?」
「いや、どちらかがこの世から消えた時にはこの意味のない戦いを終わらせる事が出来るのではないかと長年の戦いの中でそう感じ、そして確信している」
「お前は今回の実戦で間違いなく強くなった!また近いうちに新しいショッカーの奴らが配属されて来るだろう、その時こそ実戦を経験したお前の力でこの下らない戦いを終わらせてくれ!」
「わかりました!次こそ倒してみせます!!そしてこの意味もなく繰り返されて来た茶番劇に終止符を打ちます!!」
その日から僕は日夜、特訓に励んでいる!!
「今度こそ、あの憎き仮面サンダーを葬ってやる!!」
「そして地球征服を成し遂げるのだー!!」
浩太はいつのまにか親の事も仕事の事も忘れ仮面サンダーを倒し世界を征服する事のみが目標であり至高の喜びとなっていた…
心のどこかで洗脳されている自分自身を冷めた目で見つめつつも……