5話 「ホワイトクリスマス」
ワクドナルドをでるとき、店員さんにわざわざ「ありがとうございました~」と見事な営業スマイルで見送られた。
結局、代金のことについては最後まで何も言われなかったわけだ……。
これで、よかったのか?
「あっ」
ワクドナルドの外にでるや、海さんが空の向こうを指差した。つられて僕もそちらを見ると、そこには数あるビル群のあいだから白と紫に輝く塔があった。
東京スカイツリー。
そうか、だとしたらここは――。
「海さんってさ、クリスマスっていったら何をしたい?」
「え?」
僕の唐突な質問に、海さんは首をかしげた。コーラを一口飲んだだけでは、どうやら酔っぱらわずに済んだようだ。頬はほんの少し赤いけれど。
これでもし、お酒を飲んだらどうなるのだろう。なんてくだらないことを考えてみる。
海さんは「う~ん」と少し悩む顔をした。
「……特に、ないかな」
「ないの?」
「うん、ないんだ。ていうか、僕にはそういうことどうでもいいことなのかもしれない」
どうでもいい?
女の子にしては珍しい答え方だった。
よくテレビではクリスマスは大事な人と一緒に過ごしたいとか、ご飯を好きなだけいっぱい食べたいとか、ちょっと特別なことをしたいとか。色々あるはずなのだ。
男の僕としては誰とどう過ごすとか、そんなことはどうでもいいことだけど。
あるいは僕が、一般の「楽しい」とか「悲しい」とか「怒り」を知り得ないからこそなのかもしれないけれど。
「そうだな。強いて言うなら一般的な幸せを味わいたい、かな。ねえ、せっちゃん」
せっちゃん、と呼ぶということはこれは僕宛てではないのだろう。だけど彼女は僕を通して「せっちゃん」を見ている。僕が彼女を通して「海さん」を見ているように。
「キミは僕の知っているせっちゃんではないね」
隠す必要もないから僕はうなずく。
クリスマスを思い出す。
僕の中の時間で、去年の話。僕はピエロになると決めた。進んで笑いをとるとかそういう類ではなくて、目立たない。その上で自分を偽り続ける。
誰かを通して誰かを見ると言うのは、いったいどういう気分なのだろう。
そんなことを考えてみる。
そしてきっと、自問している僕だって誰かを通して誰かを見ている。
「僕もキミのことを自分の知っている誰かとして見ていたよ」
「そっか」
「海さん」はそうして悲し気な顔をしてほほ笑んだ。
「僕はキミに会えてよかったよ、……雪」
「僕もだよ。キミに会えてよかった」
この子はきっと僕の知っている彼女だ。
だけど、まだ僕の知っている彼女ではない。
だとしたら――。
「ありがとう」
ほほ笑む。
それは心からの笑顔だったか、あるいは偽りだったのか僕にだってわからない。
「こちらこそ、ね」
差し出された「海さん」の手を僕は握る。
白い雪が舞う。
「今日」はホワイト・クリスマスだ。
***
瞳を開けるともう、次の日の朝日だった。
なんだか、長い長い夢を見ていた気がする。
今日から、12月。けれど僕は、少し早いクリスマスを過ごしていたような気分を味わっていた。
最後の最後で大変なことをやらかしてしまいましたが、これにてクリスマスイベント企画は終了です。
すてきな企画に参加できて本当によかったです。お読みくださった皆さんにも感謝いたします。
本編のほうも、これからもよろしくお願いします。