8話
張と權はライフルの引き金を引いた。
だが銃弾は須藤には当たらなかった。
信じられない事に、須藤は軽々とSUV車を持ち上げ、自分の前にSUV車を横倒にして置く。
銃弾は車の屋根に当たった。須藤は車を盾に使ったのだ。
そして、突然、SUV車から「ドゴン」と衝撃音が聞こえると、SUV車が勢いよく張と權に向かって飛んで来た。
驚いた、張と權は飛んで来た車を横っ飛びで避ける。
そして、すぐさま起き上がり、先ほど須藤がいた場所にライフルの銃弾を撃ち込もうとした。
だがしかし、その場所に須藤はいなかった。焦る、張と權。
すると、張と權の後ろから砂利を踏む音が聞こえた。張と權は振り返ると、二人は驚きのあまり目を見開いた。なんとそこには須藤がSUV車を持ち上げた状態で立っていたのだ。
須藤は体当たりしてSUV車を吹っ飛ばした時に、車の下回りにしがみついて車と一緒に移動したのだ。
張がライフルで須藤を撃とうとするが、須藤は張に向かって車を投げ飛ばした。張はそれを寸前で交わすと、張の全身に寒気が走った。
張は權に向かって叫んだ。
「權! 殺せ! 須藤を撃ち殺せ!」
權はライフルを投げ捨てて、ハンドガンを取り出して構えて撃とうとした。だが、それよりも先に須藤が動いた。
須藤は庭にある灯篭にラリアットをぶち込んだ。灯篭は、權目掛けてすっ飛んで行く。
灯篭は權の頭に当たった。權はヘルメットをしていたが、かなりの衝撃を受け後方に吹っ飛ばされていく。
權は一瞬だが気を失う。だがすぐに起き上がり素早く構えて、須藤に向けて発砲しようとした。
だが、それは叶わなかった。
なんと目の前に須藤が立っていたのだ。
須藤は權のハンドガンの銃身をまるで粘土のように簡単にグニャリと握り潰した。
權は、目の前に起きた事が信じられなかった。
どうして良いかわからず、權は咄嗟に須藤の顔面を殴りつけた。
權は180センチの須藤よりも10センチも高い、そして全身筋肉の塊のような男だ。
普通の人間が、權のパンチを食らったら一撃で気を失うか下手したら死んでしまう。
だが、須藤は權のパンチを顔面に受けても涼しい顔をしていた。
權は信じられないといった表情で何度も何度も須藤の顔面にパンチを食らわす。
だが、須藤は痛くも痒くもないといった感じで無表情で立っている。
須藤は無表情のまま、ゆっくりと右手の拳を上げると、その拳を權の顔面に当て、そのまま振り抜いた。
すると、風船を針で割ったような「パン!」という音が聞こえる。
それは權の顔面が破裂した音だった。
權は絶命した。
それを見ていた張の全身に恐怖が行き渡る。
張は、すぐさまケヤキの後ろに身を隠した。
これは次元が違う。"レア"ゾンビは生きたまま捕らえるとか、殺すとかそんなことは初めから夢物語だったと張は理解した。今、張は、ただただ逃げる事しか考えてなかった。
須藤は權は殺すと、辺りを見回した。張の姿が見えない。だが、文太郎の家の庭は広いが隠れる場所は少ない。隠れるとしたら数本だけ生えているケヤキの後ろにしかない。
須藤はケヤキの方へ向かって歩き出した。
すると、突然、張が姿を見せ、悲鳴を上げながら、ハンドガンを連射した。弾丸は須藤の肩に当たると肩から血が流れた。だが、須藤は気にした様子もなく構わず前に進む。
張は再びハンドガンを撃ち続ける、
銃弾は何発か胸や腹に命中したが、須藤は進むのを止めなかった。
須藤は左腕を上げて顔面をガードしながら張に向かって走り出した。
――――――
道場の窓から須藤が權を殺す所を見ていた文太郎と恭子は、目の前で起きている事が現実とは思えず唖然としていた。
「な、なんだ、急に「週刊少年ジャンプ」みたいな展開になったぞ……。これは、ゆ、夢か?」
文太郎は窓の外を見ながら震えた声で呟いた。
「あ、あれ、圭一よね……、圭一は化け物になったの?」
流石の恭子も目の前の現実をどう受け入れていいかわからずにいた。
「あ、ああ……、須藤はゾンビって奴になったみたいだね。きっと噛まれたんだ。ゾンビに噛まれると同じゾンビになってしまうんだよ! 静枝さん噛まれてからすぐゾンビになっちゃったんだ」
文太郎は恭子に説明した。
「そう……、圭一はゾンビに噛まれてしまったのね。確かに、目が赤いわ。でも、ちょっと普通のゾンビとは違うみたい。私達が今までみたゾンビよりも力がはるかに強いわ。圭一は普通のゾンビとは格が違うみたい。もしかしたら、こいつらが圭一を探してるのはこれが理由かもしれないわ」
恭子は少しづつ冷静さを取り戻してきた。そして、できるだけ状況を把握しようと努める。
「ど、どういう事?」
文太郎はわけもわからずといった表情で恭子に質問した。
「私も、はっきりとはわからないわ、でも今は、逃げる事が重要よ。きっと圭一はゾンビになっても人間だった時の記憶があるのね。だから圭一は文太郎くんに負けた事も憶えているはず。100%圭一はそれを根に持ってるはずよ。だから絶対、彼の目的は文太郎くんに復讐する事なはず! だからここに来たんだわ! うん、そうね……少しづつだけどわかってきたかも。そして、こいつらはどういうわけかそれを知っているのよ。だから、私達を圭一をおびき寄せる餌にしようとしてるんだわ。こいつらの目的は圭一を捕まえることよ」
文太郎の顔から血の気が引く。
「あわわわ、俺に復讐! やばいよ、やばいよ、絶対勝てない。あれに勝つなんて無理だ!」
文太郎はパニックを起こした。それに対して恭子は冷静に答えた。
「ええ、だから逃げるしかないわ。それに圭一が私と文太郎くんが付き合ってると知ったら、必ず私も殺すわ」
文太郎は恭子の「付き合ってる」という言葉をスルーした。今はそれどころではない、文太郎は早くこの場から逃げる事しか考えてなかった。
文太郎と恭子は須藤たちがいる所とは反対側の出入り口から逃げようと走った。
だが、突然、文太郎の脇腹に何かがぶつかって来た。
林だった。
文太郎は吹っ飛んで倒れると、手に持っていたライフルを離してしまった。
ライフルは道場の床を3メートルほど先まで滑っていく。
林は両手を後ろに回された状態で結束バンドで縛られているが、両手を臀部に数回叩きつけると、結束バンドはいとも簡単に切れた。
そして、すかさず文太郎に馬乗りになり両手で交互に殴り続けた。
顔面に林のパンチを何発か食らった文太郎は咄嗟に両手でガードする。
それでも殴り続けるのを林はやめない。
林の身長は180センチあり体重が90キロ近くある。160センチ65キロの文太郎では体重差がありすぎて、林の馬乗りを跳ね返す事ができない。
ガードしている文太郎の腕の上から林は何度も殴り続ける。
すると後ろから恭子が叫ぶながら日本刀で林を殴りつけた。
「文太郎くんを殺せないわ!」
恭子は日本刀の使い方がわからず、刀を鞘に納めてある状態で林の頭を叩いた。
鞘に納めている日本刀でも殴るとそれなりに威力があったのか、林は痛そうな顔をしながら両腕を上げ頭を守った。
恭子は日本刀を何度も振り、林の頭を叩き続ける。
「この女、いい加減にしろ」
林は一旦起き上がり、恭子の腹を横蹴りで蹴った。恭子は悲鳴を上げ吹っ飛び倒れた。
恭子は気絶したのか、倒れたまま起き上がらない。
それを見た文太郎は狂いそうなほどの怒りが湧き上がってきた。文太郎は叫んだ。
「てめー! 殺してやる!」
林は両手は顔面の前に置き構えた。
文太郎は憤怒の表情で林を睨んでいる。だがその表情とは裏腹に、文太郎はまるで散歩にで行くようにスタスタと無防備な状態で林に向かって歩き出した。
文太郎が怒り狂って突進してくると思っていた林は虚をつかれたが、すぐに冷静になる。
そして、文太郎が林の間合いに入った瞬間、林は右のストレートを出した。
だが突如、文太郎は林の視界から消えてしまった。林は驚いて一瞬、動きが止まる。
文太郎は林のすぐ横に立っていた。
林は文太郎に気づき、すぐに次の攻撃に移ろうとしたが遅かった。
文太郎は親指と他4本の指をY字型に開いてそれを林の喉に突き出した。
林の喉に衝撃が走った。林は喉を抑えながら前のめりになる。
そこをすかさず文太郎は林の頭を抑え顎に飛び膝蹴りをお見舞いすると、林はストンと倒れ気絶した。
文太郎は恭子に駆け寄る。
「恭子! 大丈夫か!」
「だ、大丈夫よ……」
恭子は苦しそうな顔で答えた。
文太郎は恭子の腕を自分の肩に回して体を起こす。
「さあ、逃げよう」
文太郎と恭子は出入り口の扉を開けると道場の外に出た。
――――――
道場で物音がしたのに気づき須藤は振りむいた。そして道場に向かってまっすぐ歩き出した。
須藤の全身は血だらけだったが、その血は既に乾いていた。傷口は既に塞がれて治っているようだ。
文太郎の家の庭にはそこそこ大きい池がある。須藤は道場に向かっている途中、その池に何か丸い物を無造作に捨てた。
ボトンという音が鳴ってそれが沈むと、すぐプカっと浮かび上がった。
浮かんできた物、それは恐怖に歪んだ顔をした張の生首だった。
須藤は道場の扉の前に立つと扉を蹴っ飛ばしてぶっ壊した。そして、中に入るとそこには人が一人気絶して座り込んでいた。
気絶して座り込んでいる人物を、須藤は襟を掴み持ち上げて顔を確認するが、その人物が文太郎ではないとわかると須藤はいきなりその人物の頭を握りつぶした。
グニャっという音とともに辺り一面に血が吹き出す。
そして須藤は自分が入ってきた反対側にも扉があることに気づく。須藤はその扉を蹴り壊すと道場を出て再度、文太郎を探し始めた。