7話
恭子は文太郎に言われた通り、切戸を締めに向かった。恭子は道場の扉を開けると化け物がウロついていないか辺りを見回した。
「大丈夫ね」
化け物がいないことを確認した恭子は足早に切戸に向かっていく。
切戸に着くと恭子は扉を閉め鍵を掛けようとした。だがその時、切戸の扉が開いた。恭子は悲鳴をあげた。
化け物が入ってきたと思ったからだ。
しかし、入ってきたのは化け物ではなく全身黒ずくめの迷彩服を着た男だった。
黒ずくめの迷彩服を着た男は二人いた。二人とも迷彩服の上からでもわかるほど体はガッチリして筋肉質だったが身長はお互いかなり差があった。
一人は190センチはあろうというほどの大男で、もう一人は恭子と同じぐらいの身長だった。そのうちの小さい方の男が恭子に銃を向けた。
恭子は最初、この男たちは自衛隊で自分達を助けに来たのだと思った。だが、銃を向けられてすぐに違うとわかった。
男は恭子に片言の日本語で質問した。
「"だてぶんたろう"どこだ?」
恭子は何も言わず立ちすくんでいる。男は再度、恭子に質問をした。
「お前、"だてぶんたろう" どこいるか知っているか?」
恭子はなぜこの男は文太郎を知っているのか疑問に思った。恭子はこの男に文太郎の居場所を教えてはいけないと直感で感じた。
「し、知らないわ」
恭子は首を横に振る。すると男は、恭子に銃を突き付け睨みつけながら片言の日本語で脅しをかけた。
「嘘つくな。もう一度質問する。次、嘘をついたらお前の眉間、風穴開く、"だてぶんたろう" どこにいる?」
恭子の額から汗が滲み出る。嘘を言えば殺される、だが、それでも恭子は文太郎の居場所を言わなかった。
「ほう、女のくせにいい度胸だ」
男はニヤッと笑うと突然、銃を下ろした。どうやら、恭子を殺す気はないらしい。男は恭子に質問した。
「お前、須藤の女だったやつか?」
恭子は驚きの表情を見せた。恭子の驚いた顔を見て男は確信したようだ。
「お前と"だて"、須藤をおびき出す餌。だから、殺しはしない、だが、抵抗すれば痛い目合う」
恭子は不思議に思い、男に質問をした。
「どうして……圭一をおびき出すって」
男はその質問には答えずもう一人の長身の男に目配せした。すると、長身の男はアサルトライフル を構えながら歩き始めた。そして、男は今度、恭子に命令した。
「前を向いて歩け」
恭子はしかたなく男のいう通りにした。恭子と二人組の男が文太郎の家の玄関につき、恭子に玄関を開けるよう命令する、恭子は言われた通り玄関を開けようとした。
その時、道場の方でドンという何かを叩きつける音がした。
二人組の男が顔を見合わせると、恭子に銃を突き付けていた男が長身の男に命令した。
「おい! あそこだ。行け!」
命令された長身の男は道場へと銃を構えながら進んでいく。
「あそこに"だて"いるな……お前も行くんだ」
男は恭子にも道場の方へ行くよう命令した。道場の扉の前に着くと恭子と二人の男は扉を開けて中に入った。
すると、道場の中で驚く事が起きていた。文太郎が家政婦の今井静枝に首を締められていたのだ。静枝は化け物になっていた。
文太郎は静枝に首を締められたまま無抵抗の状態で意識を失いそうだった。
恭子は驚き、文太郎を助けに行こうとした。がその瞬間、長身の男が静枝に銃を向け発砲した。
銃弾は静枝のこめかみに当ると静枝はその場に倒れた。
恭子は急いで文太郎に駆け寄る。
「文太郎くん! 大丈夫!」
文太郎の意識は朦朧としていた。恭子はどうしたらいいかわからずに戸惑っていると背の高い男が恭子を文太郎から引き離した。
そして、それとは別のもう一人の男が文太郎に銃を突きつけ質問をした。
「お前 "だてぶんたろう"か?」
文太郎は何も答えず気を失ってしまった。
――――――
「うう……こ、ここは何処? 」
文太郎は目覚めると一瞬、自分が何処にいるのかをわからなかった。
だが、目の前に化け物になった静枝の遺体を見て、自分の家の道場にいるのを思い出した。
「静枝さん……」
文太郎は静枝の遺体に近づこうとした。だがその時、文太郎は自分の両手の自由がきかない事に気がついた。
「文太郎くん……気づいたのね」
恭子は意識が戻った文太郎を心配そうな顔で見ている。
文太郎は何事かと思い恭子の方を見た。すると恭子の両手が結束バンドで縛られている事に気づいた。
そして、文太郎も恭子同じように結束バンドで両手を縛られていた。
「ん……どういう事だ……」
文太郎はボーとした頭で意識がはっきりしていないため今の状況を全く把握できていなかった。
すると、目の前に全身黒ずくめの迷彩服を着た男が二人立っていた。一人は文太郎と同じぐらいの身長で、もう一人は190センチほどある大男だった。
文太郎と同じぐらいの身長の男が文太郎に片言の日本語で質問をした。
「お前の名前、教えろ」
状況をよく理解してない文太郎はその男の問いに素直に答えた。
「伊達文太郎です」
男は再度、文太郎に質問した。
「この2匹のゾンビ、殺したお前か?」
文太郎は男が指を指した方を見た。首のない遺体が2体転がっていた。文太郎はその遺体を見て驚いた。が、しばらくすると先ほど化け物と戦った記憶が蘇ってきた。
「え、ええ、確かに自分がやりました。でも、その人達は人間ではなく化け物です。襲われたんです! 信じてください!その証拠に目玉が赤いし、口に牙があります! 見てください…… え……あれ? 今、ゾンビって言いました? 」
文太郎は、自分が人を殺したと誤解されてると思い、先ほど起きた状況を必死で説明し始めた。文太郎は目の前の男を自衛隊か警察の人間だと思ったようだ。
だが、迷彩服の男が遺体を「ゾンビ」と言った事に気がついた。
男は文太郎の質問には答えなかったが感心したような顔で文太郎を見ていた。
そして、長身の男に日本語ではない言語で話しかけた。
「權、" レア"になったという須藤は人間の時も相当な強さだったらしい。だが、"だて"はその須藤と喧嘩して勝ったって話だ。ならば"だて"もかなりの強さのはずだ。この男は今日初めて見たゾンビ2匹を殺した。だから、こいつが"だて"で間違いない」
「ええ、そのようですね。張さん、"だて"はこの武器でゾンビを始末したようですね。」
權と呼ばれた男は床に落ちていた日本刀を拾って見せた。
「ほう、なるほどそれでゾンビを2匹殺したのか、大したもんだ」
張は文太郎を横目で見た。
文太郎は何を言っているのかわからない、張と權の会話をキョトンとした顔で聞いていた。
すると、恭子が冷静な口調で文太郎に話しかけた。
「文太郎くん、この人たちは自衛隊とか警察の人達じゃないわよ」
文太郎は恭子を見て頷いた。
「そうみたいだね。それに日本人じゃない…… もしかして韓国人かも、言葉は理解できないけど、この二人、ハングル語で話してる気がする。俺、韓流ドラマが好きでよく見てたんだけど発音がハングル語っぽいよ」
「そう……、とにかくあの二人は私たちの味方ではないのは確実ね。私、さっき、銃を突き付けられたわ。あと、こいつらの目的は私達の救助ではなく、どうやら圭一を探しているようなの」
「え? 須藤を? どうして……」
「それもわからないわ…… しかも、圭一を探すには文太郎くんと私が必要みたいなの」
「俺たちが……必要……」
文太郎は何が何だかわからずただ呆然としていた。恭子は話を続ける。
「とりあえずこいつらが言うには、抵抗しなければ圭一を見つけるまでは私達のことを殺しはしないみたい、だからとりあえずはジッとして様子を見ましょう」
文太郎の頭は混乱していた。だが、確かに恭子の言う通りジッとしているしかなかった。
そして、文太郎は静枝の遺体に目をやると悲しみと後悔の念が込み上げてきた。
静枝は子供から世話になって母親代わりだったのに、文太郎は成長するにつれ、何となく気恥ずかしさから静枝と距離を取ったことを後悔した。
なぜもっと感謝の言葉を伝えなかったのだろう、なぜもっと仲良くできなかったのだろう……と、しかし、いくら悔やんでももう静枝は戻らない。文太郎は悲しみに打ちひしがれた。
文太郎が目覚めてからすぐ、さらに二人組の男が道場に入ってきた。張と權はその二人組と何か話していた。
「宋、林、早かったな」
宋と林と呼ばれた男達は何も言わず、ただ頷いただけだった。張は構わず二人に話しかけた。
「二人とも任務はわかってるな。俺たちはこれから須藤っていう"レア"ゾンビを捕らえる。おそらく奴はここに来る。いいか殺すなよ。生きて捕らえるんだ。銃弾はこっちで用意した強力麻酔弾を使う。あとここに、柏木と島木が向かってるそうだ」
張は宋と林に強力麻酔弾を入った弾薬箱を数箱とライフル型の麻酔銃を渡した。
宋と林は黙って受け取りると、宋が質問をした。
「張、"レア"は本当にここに来るのか?」
「わからん、だが、他に"レア"を探す方法がない。これにかけるしかないんだ」
張が答えた。すると、外でドン!ドン!と何かをぶつけているような大きな音が聞こえた。4人はお互い顔を見合わした。
「權、宋、外に出ろ!来たかもしれんぞ。林はここで待機だ、俺が合図したらこいつらを囮に使え」
張が叫んだ。3人は道場の扉を開け外に出て行った。
「一体、どうなってる? 」
文太郎は叫んだ。すると恭子が文太郎に静かな声で話しかけた。
「文太郎くん、落ち着いて、大きな声を出さないで」
文太郎が恭子を見た。
「ご、ごめん……」
文太郎が恭子に謝ると、恭子は文太郎の目をジッと見ている。文太郎は訳もわからずといった表情で恭子を見返している。
すると恭子が文太郎に目配せし始めた。
文太郎は不思議に思い、恭子の視線の先を見た。
すると、驚くことに恭子の手には棒状の手裏剣が握られていた。
恭子は先ほど文太郎に駆け寄った時、咄嗟に床に散らばっていた手裏剣を自分の懐に隠していたのだ。
恭子は手裏剣を使って、前にいる迷彩服の男に気づかれないように結束バンドを切る。
迷彩服の男は外が気になっているようで、恭子たちの方を見ていない。そして恭子は手裏剣を文太郎に手渡した。
文太郎もそれで結束バンドを切る。
ドゴン!!
突然、外で爆発音のような大きな音が響き渡る。しかし、その後はなんの音も聞こえなくなった。
しばらく静寂が続くと、林のヘッドセットから張の声が聞こえた。
「林、正門から須藤が入って来たぞ。俺達は隠れて様子を見ている。林、伊達をその部屋から出せ! 伊達を見た須藤はそっちに向かっていくはずだ。そしたら後ろから俺達が須藤を撃つ、頼んだぞ」
林は「了解」と言うと、振り向き、文太郎の所へ向かう。
「立て!」
林が、文太郎を立たせようと肩を引っ張る。伊達は立ち上がると、その瞬間、文太郎は林の顔面を殴りつけた。
林は一瞬、意識を失いよろけると文太郎はすかさず、ライフルを取り上げた。
「動くな! 両手を上げろ!」
文太郎はライフルを林に突き付けた。ライフルには実弾ではなく、麻酔弾が装填されているが、ゾンビ用の麻酔弾な為、非常に強力な麻酔弾だ。人間に打ち込めは普通に死ぬ。林は逆らわずに両手を上げる。文太郎はさらに林からハンドガンとナイフを取り上げ、それを張達が出て行った方とは反対側の窓から捨てた。
林のヘッドセットから張の声が聞こえてきた。
「林、さっさとしろ! どうした?」
林は両手を上げているため、ヘッドセットから聞こえる張の声に応答出来ずにいた。
林は文太郎を睨んでいる。すると恭子が日本刀を持って来た。
「文太郎くん、刀を持って来たわ。あと、取り敢えずこいつを縛りましょう。仲間が戻ってくるかも」
「わかった。恭子悪いんだけど、こいつの結束バンドを取ってくれないか。慎重にな」
恭子が林の背中に掛けてある結束バンドを取ると文太郎に渡した。
文太郎は林に命令した。
「後ろを向け」
文太郎は林の両手を結束バンドで縛る。
「文太郎くん、こいつのポケットに車の鍵があったわ。こいつらの車で逃げましょう」
恭子が文太郎に車の鍵を渡した。
「サンキュー 恭子、こいつの仲間が戻ってこないかちょっと外の様子を見てみるよ。出入り口は向こうにもある。大丈夫だったらそこから逃げよう」
「わかったわ。文太郎くん、見つからないでね」
「了解!」
そして、文太郎は道場の窓から外を見る、すると文太郎は驚きの声を上げた。
「きょ……恭子、た、大変だ。須藤だ! 須藤がいる!なんで?」
「え! 嘘!」
恭子も驚きながら窓から庭を見る。
「ほんとだわ。何しに来たのかしら? あれ?でも、外に出ていくみたい」
庭では須藤がジッと立って警戒するように周りの様子を伺っているとすぐに外に出て行った。すると、文太郎は正門が壊れている事に気が付いた。
「本当だ、出ていくぞ! あれ?ちょっと待て、正門が壊れてる。さっきのあの爆発したような音は正門をぶっ壊した音か! で、でも、どうやって壊した? 」
文太郎は何が起こったのかわからないまま窓から庭を見ていた。
――――――
張と權と宋は道場の外に出る。どうやら先ほどの大きな音は正門に何かをぶつけてる音のようだ。
正門には大きな木材の閂がしてあり、ちょっとやそっと衝撃を与えた所で開きそうない、だが、何かをぶつける大きな音がなるたび、だんだんと閂にヒビが入っていく。
このまま衝撃を与え続ければ閂が壊れる可能性が大きい。恐らく、正門に衝撃を与えているのは須藤だと思われる。須藤が何を門にぶつけて開けようとしているのはわからないが……
そして、閂が壊れれば須藤は中に入ってくる。
「權、宋 別れて隠れるんだ。俺が合図したら麻酔弾を撃て」
權と宋は言われた通り身を隠した。
張達が身を隠してすぐに、正門が爆発でもしたような音と共に庭に吹っ飛んで来た。
そして、壊れた門から須藤が歩いてきた。張たちは驚いた。文太郎の家の正門は高さは約5メートル、幅は約7メートルぐらいある。須藤はそれを素手で破壊して入って来たのだ。張達は "レア"ゾンビの恐ろしさを知った。
張は林に連絡した。林が伊達を道場から出して囮にするよう連絡したが、一向に出てこない。張は再度、林に連絡した。だが何度、連絡しても応答がなかった。
張は痺れを切れせて、權と宋に連絡した。
「權、宋、林と連絡が取れない。何かあったとは思うが、今は須藤の捕獲が先だ。須藤が俺達の隠れている場所を通りすぎたら後ろから攻撃するぞ。」
張達は須藤が通り過ぎるまでジッと待つ事にした。だが、須藤は急に歩くのをやめ、辺りを見回し始めた。
そして、何を思ったのか須藤は外に出て行った。張達は焦った。
「張さん、須藤のやつ出て行きましたよ。どうします? 追います。」
權が張に連絡した。
張は悩んだが、ここで須藤を取り逃がしては任務は失敗する。張は須藤を追う事に決めた。
「權、宋、須藤を追うぞ!」
張達は須藤を追うため庭に出て来た。
そして、正門を出て須藤を追うとした瞬間、正門の外から何か大きな物体が飛んで来た。
その物体は猛スピードで飛んできた為、張達は反応できなかった。
そして、その物体が宋を直撃した。
宋は飛んで来た物体と一緒に後ろに吹っ飛ぶ。
驚いた張と權は宋の所へ急いで駆け寄った。
なんと飛んできた物体は大型のバイクだった。
宋は大型バイクに潰されて死んでいた。
張と權は正門を方を見る。すると須藤が歩いて入ってきた。張と權はライフルを構えた。
だが、張と權は須藤を見て驚きのあまり目を見開いた。
なんと須藤はSUV車のバンパーを片手で掴んで、まるでキャリーバッグを運ぶように軽々と引きずりながら庭に入ってきたのだ。
「なんて、怪力だ……」
張の心に絶望感が襲ってきた。しかし、それを振り払うように權に叫びながら命令した。
「權 撃て!」
張と權はライフルの引き金を引いた。