6話
文太郎と恭子は文太郎の家に向かって走っていた。恭子は走りながらスマホで電話をしている。
「お父さん、無事なのね?うん、大丈夫、今、友達の家に向かってる。そこに避難するわ。じゃあね。またあとで電話する」
どうやら恭子は父親と電話をしているようだ。恭子は父親と二人暮らしだ、母親は離婚してこの町にはいない。
「お父さんから電話?」
文太郎が聞いた。
「うん、実はお父さん2週間前に胃潰瘍になっちゃって、今、病院に入院してるんだ」
「お父さんが入院してる病院にも化け物がいるんだ? お父さん大丈夫?」
「うん、病院には化け物は入って来てないって、なんか入り口にバリケードして化け物が入ってこれないようにしているみたい。でも、病院の外では化け物が暴れて大騒ぎになってるって、だから、私のことが心配で電話掛けてきたみたい」
「そっか、でも、1匹とか2匹とかじゃなくて、あちこちに化け物がいるんだな……。だけど、なんなんだあの化け物……」
「あれって元は人間だったのかな? それが何かの病気であんな風になっちゃったのかな?」
「そうかもしれない。ってかそれしか考えられない。でも、どんな病気をすればあんな化け物になるんだろう?」
「わからないわ……」
文太郎と恭子が走っていると何処からか悲鳴が聞こえてた。おそらく誰かがどこかで化け物に襲われてるのだろう。
文太郎の顔から血の気が引いた。
「と……とりあえずはそれは置いておこう、今は避難するのが先だ」
「うん」
恭子が頷く、そしてしばらく走っていると、何軒か家が立っているのが見えた、文太郎が恭子に声をかけた。
「あそこに俺ん家がある! 急ごう!」
ホッとしたような口調で恭子は返事をした。
「うん、無事着いてよかったぁ」
文太郎はいくつかある家の中で一番大きくて古い家の前で止まる。文太郎の家は立派な門構えと塀に囲まれていた。
まるで由緒正しい家柄の旧家のような家だった。二人は正門の隣にある切戸を開け中に入ると、そこには大きな庭と昔ながらの木組みの家があり、そして隣には同じ木組みの建物が立っていた。
その建物の入り口には武道場と書かれた看板が立て掛けてあるのが見えた。
文太郎と恭子は玄関の前に立つ。文太郎の家の玄関は板子格子柿渋調の重厚感ある引き戸になっていた。それが昔ながらのこの屋敷と非常にマッチしていた。
文太郎は引き戸を開けると二人は家の中に入る。そして、スマホを取り出し文太郎は110番にかけた。
「やっぱり、110番と119番は繋がらない、おそらくこの町の人間が何度もかけてるからかも……普通、110番は話中にはならないはずなんだけど……それだけ多くの化け物がウロついていてるって事か……これは異常事態だな……」
「取り敢えずは助けが来るまでジッとしてましょう。警察や消防が手一杯なら自衛隊が助けに来ると思うし」
「そうだね」
文太郎は頷いた。
「そうだ、少し何か食べよう。インスタントラーメンがあるよ。持って来る、そっちの部屋にテーブルがあるから座って待ってて」
文太郎と恭子は食事を終えると、二人は少し落ち着きを取り戻した。
「そういえば文太郎くん、やっぱり強いね。あんな化け物に怖がらず立ち向かっていくなんて」
恭子が関心したように言った。
「いやいや、怖がってたよ。ってか、俺よりも恭子の方がすごいじゃん、冷静に状況を見てたし、化け物に突進してっちゃうんだから」
「ああ、そういえばそっか、よく考えたら私の方が凄いよね。」
二人は笑いあった。
「文太郎くんの家、話には聞いてたけど本当に広いね。自分で掃除してるの?」
恭子が少し余裕が出てきたのか、文太郎のプライベートについて聞いてきた。
「いや、週に2度、家政婦さんが来てくれて、俺が学校行ってる間に掃除とか洗濯してくれるんだ」
「へー、文太郎くん家はお金持ちなんだね」
「そんなことないよ。まあ、ひいおじいちゃんの時まではそこそこ裕福だったけどね。今のこの家はその時に建てた家なんだ。まあ、うちって代々、武道を伝承してきた家系だからね。なんか基本的にご先祖が残したものは受け継ぐことにしてるみたいなんだ、だからこの家を残してるみたい。でも、昔の家なんでね。不便な所がいっぱいあって、色々リフォームしながら住んでるんだ。そんな訳で、すごいお金持ちって事はないんだけどさ。でも今は父親が海外で稼いでくれるから、まあ、そこそこ裕福かもね」
「ふ〜ん、そっかぁ。」
恭子は関心しながら文太郎の家を見回した。すると、外でまた悲鳴が聞こえた。文太郎と恭子は顔を見合わせる
「なんか怖い……いつ助けが来るかわからない状況で、ここでジッとしてるだけじゃあ危ないかな? 化け物がこの家に入ってくるかも?」
恭子が怯えた顔で文太郎に聞いた。
「う〜ん、この家は古いけど塀は丈夫だから大丈夫だとは思うけど……でも、確かにいつ助けが来るかわからないから、それまで身を守らないと……」
文太郎はしばらく考えてると
「あっ、家の隣に道場があるんだけど、そこにいくつか日本刀や槍とか武器が置いてあるんだ、取って来るよ。とりあえず助けが来るまでそれで身を守ろう!」
「すごい、日本刀とかあるんだ」
「うん、うちは古武術の道場だからね武器術も稽古するんだよ。手入れは俺がやってるから錆びたりとかしてないし使えるはずだ」
そう言うと、文太郎は椅子から立ち上がり玄関へと向かう。
「文太郎くん、大丈夫? 外に化け物がいない?」
恭子が心配そうに訪ねた。
文太郎はゆっくりと扉を開けると恐る恐る顔を出した。
「大丈夫みたい。念のため俺が出たら鍵を掛けておいて」
家の庭に化け物がいないことを確認した文太郎はゆっくりと歩きながら道場に向かった。
そして文太郎は道場の扉の前に着く。道場の扉は南京錠で止めてある。
文太郎は南京錠に鍵を差し込んで開けるとふと大門の方を見た。
すると文太郎は驚きのあまり声をあげそうになった。なんと大門の隣の切戸が開いていたのだ。
(ば……馬鹿な………確かにさっき開けたときにちゃんと閉めたはずだ!)
文太郎は急いで切戸を閉めに行こうとした時、後ろから声がした。
「文太郎ちゃん」
文太郎は驚きのあまり飛び上がった。
「文太郎ちゃん、ごめんね、私だよ、家政婦の今井」
文太郎の後ろから声を掛けてきたのは60代ぐらいで細身の女性だった。文太郎は驚き、目を見開きながらその女性を見た。
「わわわ、静枝さんか、死ぬほどビックリした! 死ぬほどビックリした!」
文太郎はパニックを起こした。
「ごめん、ごめん」
静枝が慌てて謝る。
「ど……どうしてここに?今日は来る日じゃないよね?」
文太郎が聞いた。
「ご、ごめんね。今日は仕事休みだから、家でご飯作ってたの。そしたら外で誰かが争ってるような声が聞こえてね、怖くなって家でジッとしてたんだけど、しばらくしたら何にも聞こえなくなったから気になって外に出て様子を見に行ったのよ、そしたら他のご近所さんの人も何人出てきてね。何だろうって話してたんだけど、お隣の須田さんが誰か倒れてるわよって言ってるのよ。そんで、あら大変ってことでその倒れてる人の様子を見に行ったら、急にその人が立ち上がってね、ビックリしたわよ、その人、目玉が真っ赤で動物みたいな唸り声を上げて急に周りの人を襲いだしたのよ。私、怖くなって急いで家に帰ろうとしたんだけど、自分の家の方角からもう一人その目玉が真っ赤な人が向かってきたのよ、私、咄嗟に反対方向に逃げたの、で、家に帰れなくなっちゃってどうしたいいかなと思っていたら、そうだ文太郎ちゃんの家に避難しようって考えついてこっちに来ちゃったのよ。ごめんね」
静枝は早口でまくし立てた。文太郎はその早口に圧倒された。
今井静枝は文太郎が子供の頃からの家政婦さんだった。文太郎は幼い頃に母親を亡くしていたので、子供の頃は母親がわりのような女性だった。
だが、文太郎が成長するにつれ、あまり話さなくなっていた。
最近では文太郎が学校に行ってる間に洗濯や掃除などをするようになっていたのでそんなに会うこともなかった。
「そうなんだ、静枝さん俺の家の鍵、持ってたんだね。よかった。だ、大丈夫だよ。むしろ、よく来てくれたね」
文太郎は何か気恥ずかしくよそよそしい感じで答えた。
「ごめんね」
静枝も何となくぎこちない感じで先ほどからずっと謝っていた。
「わ、わかったから、だ、大丈夫だよ」
文太郎は慌てて答えた。そして何かを思い出したようにハッとした顔になった。
「そ、そうだ、静枝さん、切戸開けっ放しだよ。閉めないと化け物が入って来ちゃうよ」
「あれ? そうだったけ? 鍵をかけ忘れちゃったかもだけど、扉は閉めたような気がしたけど」
「今、閉めて来るよ」
文太郎が切戸を閉めに行こうとした。すると、どこかで獣の唸り声が聞こえて来た。
文太郎はハッとして唸り声が聞こえた方角を見た。文太郎の家の庭には電灯があって光を灯しているが、大きなケヤキがいくつかあるため、それが影を作り家の庭が薄暗くしている。
そのためさっきはよく見えなかったのだが、目を凝らしてよく見て見ると、何とケヤキの後ろを化け物がウロウロしているのが見えた。きっと鍵が掛かってない切戸から入って来たのだろう。
「ヤ、ヤバイ、静枝さん、あそこに化け物がいる。道場の中に入って」
文太郎と静枝はゆっくり道場の扉を開け、道場の中に入り扉を閉めた。
その時、ゆっくりと扉を閉めた筈だったが「バタン」と大きな音が鳴ってしまった。
「静枝さん、ヤバイ、今の音で化け物がこっちに気づいたかも、道場の奥に行こう。道場の中は暗いから化け物でも見えない筈だ」
「だ、大丈夫なの?怖いわ」
「シッ!声を出さないで」
しばらくすると扉を開ける音が聞こえた、先ほど庭でウロついていた化け物が入って来たのだ。扉を開けた時の月明かりでわかった。
そして、自然と扉が閉まると道場内は真っ暗になった。
(化け物に人間としての知能はどの程度あるのだろう?謎だが……とりあえず人を素手で殴ったり首を締めたり、扉を開けたりってのはできるようだ)
文太郎は化け物を観察し逃げるチャンスを伺っていた。
「ごめんね、文太郎ちゃん。ごめんね」
先ほどから静枝さんが小声でずっと文太郎に謝っている。
正直、静かにしてほしいと文太郎は思っていたが、静枝は完全にパニックを起こしていた。
文太郎は焦っていた。
(静枝さん、黙っててくれ、このままじゃ化け物に気づかれる)
道場の壁掛けには日本刀が数振り、他にも槍や手裏剣などが置いてある。
確か文太郎と静枝がいる近くにあった筈だ。文太郎は日本刀で化け物を切ろうと考えていた。
だが、真っ暗で刀の正確の位置がわからないのと道場は板張りで少しでも動くとギシッという音が鳴ってしまう為、動けずにいた。
化け物は唸り声を上げながらギシギシ音を立てて板張りの道場内を歩き回っていた。
(音と唸り声から判断すると化け物は、まだ遠くにいるな。でも、この道場はそんなに広いわけじゃないから、いずれ自分たちの存在に気づくか…それに切戸は開きっぱなしだから化け物が大勢入って来たらもう逃げられないぞ…… ああ、切戸、早く閉めなきゃ、ちくしょう……あそこは早く閉めるにはこの化け物をさっさと殺すしかない)
文太郎は床の音がしないよう慎重に歩く、文太郎はだんだん夜目がきいてきた。
すると壁に掛けてある日本刀が朧げに見えてきた
(あった! あそこだ)
文太郎がゆっくりと慎重に刀を取ろうとした。
(も、もう少しだ……)
そして文太郎が刀に手をかけた瞬間、突然、道場の扉が開く。
「文太郎くん、刀あった?」
声の主は恭子だった、いつまでも戻らない文太郎を心配して道場に入って来たのだ。
恭子は出入り口の近くにある電気のスイッチを手探りで探して押すと道場の電気がパッとついた。
あまりの突然の出来事に文太郎は金縛りにあったように動けなかった。
化け物が文太郎達に気づく。
そして化け物は文太郎達を見て、威嚇するように咆哮した。
静枝が悲鳴をあげた。
化け物は悲鳴を上げた静枝に襲いかかって来た。
それを見た文太郎は咄嗟に刀は抜くと向かってくる化け物を水平に斬った。
化け物の腹部から血を吹き出す。
しかし、痛みを感じない化け物はそれを物ともせず、今度は文太郎に襲いかかる。
文太郎は正眼の構えをとる。すると、化け物は慎重になって様子を伺い始めた。
睨み合う化け物と文太郎だったが、文太郎の方は恐ろしさで足が震え何も出来ずにいた。
(改めて見るとこいつはやっぱり人間じゃない……俺にこんな恐ろしい化け物を倒せるのか……)
文太郎は化け物の迫力に圧倒されていた。
化け物はジリジリと近づきながら威嚇するように唸り声をあげると恐怖心のあまり文太郎は後ずさりしまう、そして全身から嫌な汗が吹き出した。
文太郎は化け物から距離を取ろうとしさらに後ろに下がる、すると化け物の後ろに静枝を見えた、静枝は恐ろしさのあまりしゃがみ込んだまま両手を合わせて念仏を唱えている。
(ヤバイ、このまま距離と取り続けると、化け物と一番近い所にいるのは静枝さんになっちまう。もし、化け物の目に静枝さんが入ったら、あれが方向転換して静枝さんに襲いかかるかもしれない。まずい!これ以上は下がれない!)
しかし、文太郎はこれ以上は下がれないと頭の中ではわかっていたが、化け物が威嚇するたびに恐ろしさのあまりつい後ろに下がってしまう。
すると、突然、恭子が文太郎に声を掛けた。
「文太郎くん、しっかりして。それ以上、後ろに下がってはダメよ」
文太郎は驚いて恭子を見た。
「こっちを見ないで。しっかりあの化け物を見るのよ。文太郎くん、あそこにいる人は誰? 知ってる人?」
恭子が聞いた。
「ああ、今井静枝さんっていう名前で、さっき話した家政婦さんだ」
文太郎はパニックになりそうながらも恭子の質問に答えた。
「そう、文太郎くんがこれ以上下がると、あの化け物はその静枝さんって人に襲いかかるかもしれないわ。だから、これ以上うしろに下がってはだめよ」
「わ……わかってるけど……ダメだ。恐ろしくて……俺にあの化け物は倒せない」
文太郎は恐ろしさに震えながらも刀の切先を化け物に向け威嚇する。
「いいえ、文太郎くんなら問題なく倒せるわ。自信を持って!」
「む……無理だよ」
文太郎が弱気に答えた。
「大丈夫、今日の文太郎くんを見てたらわかるわ。私、文太郎くんは誰にも負けない無敵な人だって信じてる」
恭子の言葉に迷いはなかった。だが、文太郎の恐怖心は消えなかった。
「何を根拠に言ってるんだ。さっきは偶然トラックが通ったから化け物を倒せたんだ。偶然がなければ死んでたよ」
「そんな事ない、私にはわかるわ。文太郎くんならこの化け物を倒せるって。100パーセント信じられるわ!」
「だから私はこうする!」
そう言うと、恭子は突然化け物に向かって歩き出した。
「――何してる。恭子!」
文太郎は信じられないと言った表情で恭子を見た。
「文太郎くん、このまま歩いて行けばあの化け物は私に向かってくるわ。だからお願い、あの化け物が私を殺す前に倒して!」
恭子が迷いなく化け物に向かって歩いていく。
化け物が恭子の方を見て威嚇の唸り声を上げる。
「恭子ダメだ!」
文太郎が叫んだが恭子は構わず化け物に向かって歩いていく。
どうやら化け物は恭子を獲物として認識したようだ、化け物は咆哮を上げ恭子に向かって走り出した。
しかし、驚くことに恭子の歩みは止まらなかった。
化け物は恭子に突進し顔面を殴りつけようと右の拳を出した!
だが、その瞬間不思議な事が起きた。
なんと化け物の目の前に文太郎が立っていた。文太郎は目にも留まらぬ速さで恭子と化け物の間に移動したのだ。
須藤との戦いの時に一瞬で間合いに飛び込んだ時のあのスピードで!
そして文太郎は刀を力一杯水平振り抜いくと化け物の首が勢いよく吹っ飛びその場に崩れ落ち絶命した。
「はぁはぁ」
文太郎は肩で息をしていた。
「恭子……無茶する……」
恭子を見ながら文太郎は呆れて言うと、恭子は悪びれる様子もなく言った。
「ほらね。言った通りでしょ!」
「まったく……」
文太郎は恭子に説教するのは諦めて静枝の方に向かった。
「静枝さん、怪我ないか?」
文太郎が聞くと、静枝は震えた声で答えた。
「あ……ありがとうね。大丈夫よ……」
「ふう、良かった。とりあえず静枝さん、俺の家に入ろう。そして救助を待つんだ」
「ええ、本当にありがとうね」
静枝は笑顔になった。
文太郎達は道場を出ようと扉に手を掛けて開けようとした。
しかし、扉は文太郎が開ける前に勝手に開いた。
驚きのあまり文太郎は目を見開いた、扉は勝手に開いたのではない。化け物が扉を開けて入ってきたのだ。
化け物は文太郎を勢いよく殴る。
その衝撃に文太郎は吹っ飛ぶと後ろにいた恭子も巻き添いの形で一緒に吹っ飛んだ。
静枝は化け物を見て悲鳴を上げた。すると化け物は標的を静枝に切り替えた。
静枝は悲鳴を上げながら必死になって逃げた。
一瞬だが気を失った文太郎だったがすぐに目が覚めた。
「うう、恭子大丈夫か?」
文太郎は自分の下敷きになってる恭子が心配で聞いた。
「私は大丈夫! 文太郎くんあの女の人が危ない!」
恭子が叫んだ。
文太郎はハッとして静枝を見た。
化け物は静枝の首筋に噛みついていた。
それを見た文太郎は駆け出した。そして化け物に蹴りを入れると化け物は静枝から離れた、しかし化け物はすぐ立ち上がり文太郎に襲いかかる。
化け物の攻撃をヒラリと交わし文太郎は刀で化け物の首をはねた。
文太郎は化け物が死んだ事を確認し静枝に駆け寄り声を掛ける。
「静枝さん! 大丈夫か!」
静枝は鼻から血を出し気を失っていた。
文太郎は静枝の脈を測る。
「大丈夫だ、死んでない気を失ってるだけだ。恭子、ごめん悪いけど、この鍵で切戸を閉めてきてくれ!また化け物が家に入ってきちまう」
文太郎が鍵を恭子に渡す。
「わかったわ」
恭子が道場の扉を開け出て行く。
「静枝さん! 大丈夫か!」
文太郎が声をかけるが静枝は気を失ったままだった。
(静枝さん……武器を取ろうしていたのか……)
静枝は壁に立て掛けてある武器を取ろうとしていたのか、静枝の近くに手裏剣や刀が散らばっている。
だが、その前に化け物に捕まってしまったようだ。
(大丈夫だろうか? 静枝さん……)
文太郎が心配して静枝を見ていると、突然、静枝が痙攣し始めた。
文太郎は焦って叫んだ。
「静枝さん! しっかりしろ!」
静枝はしばらく痙攣してるとピタッと止まる。
文太郎はそれを見て一安心した。
「収まったか……良かった……」
そして文太郎がホッとした瞬間、静枝の目が突然開いた。
文太郎は静枝の目を見て驚きの声を上げる。
「なに! 静枝さん! なんだぁその目!」
なんと静枝の目は真っ赤になっていた。
そして静枝は獣のような唸り声を上げると静枝の口から牙が見えた。
静枝は化け物になってしまった。
そして突然、文太郎の首を締めそのまま壁に叩きつける。
文太郎は苦しみもがくが静枝の力が強く抵抗できない。
(な……なんだこの力……強すぎる、とても60代の女性の力とは思えない)
化け物になった静枝の体は細身のままだったが、力はまるで鍛え上げられたボディビルダーのようだった。
文太郎は、静枝の手を振りほどき、床に落ちてる武器を拾おうとしたが静枝の締めつける力が強すぎてビクともしない。
(なんだぁ駄目だ、とてもじゃないが振りほどけない……)
文太郎の意識はだんだんと薄らいでいく。
静枝の両手を抑えていた文太郎の手がストンと落ちた。
文太郎の意識は消えかかっていた。
とその瞬間、静枝のコメカミから血が噴き出した!
静枝が倒れる。
文太郎は突然締められていた首が解放されたため咳き込んだ。
「ど、どうなってる……」
文太郎は意識が失いそうな状態のため目がぼやけていた。そして道場の出入り口の方を見ると恭子が立っていた。
恭子は文太郎に駆け寄る。
「文太郎くん! 大丈夫!」
文太郎は朦朧とした意識で恭子を見ている。
「恭子……何が起こった……」
突然、静枝が血を流して倒れた理由を文太郎は知りたかった。
すると、恭子の後ろに全身黒ずくめの迷彩服を着た男が立っている事に文太郎は気づいた。
その迷彩服の男は文太郎から恭子を引き離す。
そしてさらにもう一人、別の迷彩服をきた男が文太郎に近づいてきた。
その男はアサルトライフルを文太郎に突きつけ質問をした。
「お前 "だてぶんたろう"か?」
その男の声は片言で日本人ではないようだった。
文太郎は何か言おうとしたがそのまま気絶してしまった。