22話
須藤が柏木と島木に標的を変えたのを機に文太郎は恭子達を追おうと倉庫から出ようとしていた。
(い、今だ! 須藤があいつらに向かっているうちにここから出なければ!)
文太郎は恭子達が出た扉に向かうと扉の近くには古谷の死体が横たわっていた。
(あの古谷がこんなにも呆気なく倒されるなんて…… 須藤は本当の化け物だ)
古谷の死体を横目に文太郎は扉の開閉ボタンを押そうとした。だが、寸前で指が止まった。
(いや…… 待て、だめだ! 俺は須藤と決着をつけるためにここに残ったんだ。確かに須藤は古谷との戦いで失明するほどのダメージを受けた。だからここから出てどこか遠い所に逃げればもう二度と須藤に襲われることはないかもしれない。だが、あの化け物の事だ、失明のダメージもいずれ回復してしまうに違いない。そうなったら須藤に俺たちは見つかってしまう。きっと逃げられない……そして殺されるんだ…… そうだ、だからここで逃げてはいけない。決着をつけるんだ!)
文太郎は改めて須藤と戦う事を決意し振り返る。と同時にまるで車が壁に激突したかのような衝撃音が聞こえてきた。
(須藤か!あの二人を倒したのか? くそ!いくら視力が無いとはいえあのパワーに勝てるのか? だめだ、何か策がなければ死ぬ。……何か、何かいい策はないか……)
文太郎は周りを見渡しながら必死に考えた。だが、何も思い浮かばない。
(くそ! どうしたらいい……)
須藤を倒す手が思い浮かばず焦る文太郎。
(俺も、こんな風に殺されるのか)
文太郎は全身から血を吹き出して死んでいる古谷を見ながら絶望感に苛まれていた。
(だがやるしかない)
諦めにも似た覚悟を決め文太郎は須藤のいる方向に歩き出した。だが、歩きながら文太郎は古谷の死体に違和感を感じた。
(待てよ…… あの古谷の死体…… まさか!)
文太郎は振り返り古谷の死体を見た。
(もしかしたら出来るかもしれない。須藤を倒す事が!)
須藤が文太郎の方へ向かって歩いて来る。
(まっすぐこっちに向かって来る。視力が回復したのか? いや、違う…… 何やら鼻を動かしてる。匂いか…… 俺の匂いを感じてこちらに向かってるようだ)
須藤は文太郎との距離が5メートルほどの場所で止まる。文太郎は須藤を睨めつけた。
「須藤、ここで決着をつけよう」
文太郎はアサルトライフルの銃口を須藤に向けると須藤は両手の拳を握り咆哮する。そして、まるでネコ科の肉食獣のような素早さで文太郎に向かって突進してきた。
文太郎は咄嗟に横に転がるとすぐに起き上がり再び銃口を須藤に向けた。
だがそこに須藤の姿はなかった。
文太郎は慌てて周りを見回した。だが、須藤はどこにもいない。一瞬、焦る文太郎だったが、何かを感じたのか前方に飛びそして前転し起き上がった。すると、先ほど文太郎が立っていた場所の真上から須藤の蹴りが飛んできた。蹴りは地面に直撃すると大きな衝撃音がした。
須藤は得意の驚異的なジャンプで文太郎の頭上から攻撃してきたのだった。文太郎は須藤に向かって銃弾を発射。だが、既に須藤はその場から移動していた。須藤は文太郎のすぐ横に移動していた。須藤は右の正拳突きを繰り出す。
しかしその突きは空を切る。
文太郎はバク転してその突きを交わした。そしてアサルトライフル撃ちながら須藤と距離を取る。
須藤は両腕を顔面の前でクロスして銃弾から頭をガードした。
文太郎はその隙に近くにあるコンテナに身を隠した。
(くそ!でかい図体してなんて素早さだ)
文太郎はゾンビの弱点は脳を破壊する事だと理解していた。だから、須藤との戦いでは必ず頭を狙って攻撃していた。だが、須藤の動きは古谷ほどじゃないにしても普通の人間では捉えるのが困難なほど素早い。それに須藤とはどうしても距離をとって戦ってしまう。須藤は一撃で人間の頭を破裂させるパワーを持っている。そんな相手に接近戦は恐ろしくてできない。しかし素早い相手と距離をとって戦っては、なかなか頭に銃弾を打ち込む事ができない。
須藤がこちらに向かって走ってきた。文太郎がアサルトライフルの引き金を引く。銃弾は須藤の胸、肩と被弾するが物ともせず向かってくる。
(ダメか……)
文太郎はコンテナの間を移動して須藤から身を隠す。だが、これは間違った行動だった。須藤は目で文太郎を追っているのではない。匂いで文太郎を感知しているのだ。文太郎はすぐに自分の間違いに気づいたが遅かった。移動したコンテナの屋根に人の気配を感じ上を見るとそこには須藤がいた。そしてコンテナから飛び降りながら文太郎に向かって蹴りを出す。
咄嗟に文太郎は前方に飛び込むとギリギリ須藤の蹴りをかわす。そしてすぐさま起き上がり銃を撃つ。だが、先ほど同様、須藤はその場にいない。須藤は文太郎のまたもすぐ脇にいた。
須藤は右フックを繰り出す。
文太郎は頭を下げると右フックは文太郎の頭の上を通過する。
(まずい、周りはコンテナだらけで狭い。こんな所で須藤と戦ったら勝ち目はない)
文太郎は先ほど須藤と対峙した場所へ走り出した。振り向くと須藤はこちらに向かって歩いてくる。
(やはり、だめだ。須藤と距離をとって戦うのは安全策をとっているようで須藤に有利な戦いになってしまう。奴と戦うには接近戦しかない。あの恐ろしい攻撃を間近で対処するのはかなりリスキーだがやるしかない。須藤の攻撃を見るのではなく感覚で捉えるんだ。感じるんだ……)
(俺は必ずここから無事に脱出する。こい!須藤!)
文太郎は覚悟を決め、そしてただジッと立っていた。須藤が文太郎の目の前にたつとおもむろに右の正拳突きを繰り出した。須藤は視力が完全にない状態だったが正確に文太郎の顔面に攻撃してきた。
突きが文太郎の顔面を捉えたと確信し須藤はそのまま拳を振り抜く。
須藤は顔面が破裂した文太郎を想像してニヤリと笑う。だが、その突きに手応えはない。拳はただ空を切り裂いただけだった。
驚く事に文太郎は寸前で須藤の突きを避けていた。だがそれだけではなかった。文太郎は須藤の斜め横の位置に移動していた、須藤がゾンビになる前に使った文太郎の得意な死角を取る足さばきだ。
しかし、それは通用しなかった。須藤は視覚ではなく嗅覚で文太郎の位置を把握していたからだ。
須藤はすぐさま文太郎の位置を把握し左のフックを繰り出した。だが、この足さばきは死角を取るだけの技術ではない、相手に攻撃しづらく自分が攻撃しやすい位置を取るための技でもある。須藤の左フックが文太郎の当たる前に文太郎はアサルトライフルの引き金を引いた。
銃弾は須藤の頭に直撃する。
流石の須藤も弱点の頭を攻撃され思わずよろけた。文太郎はここぞとばかりに銃弾を打ち続ける。須藤は顔面を両腕で守っているがダメージがあるのか片膝をつく。
文太郎は銃弾がなくなるまで撃ち続けた。すると須藤はその場に倒れた。
(やったか……)
文太郎は須藤が倒れている方へ歩いていく。須藤が死んでいるかどうか確認するためだ。
「お、終わった……のか」
だが、現実は甘くなかった。須藤は勢いよく立ち上がり雄叫びをあげる。
「うぉぉぉぉ!!!」
須藤が拳を振り上げ文太郎めがけて攻撃しようとする。須藤の全身は血だらけでその迫力には鬼気迫るものがあった。だが、文太郎はその場から逃げようとせずただジッと立って須藤を見上げていた。
「大したもんだ、須藤。その異常なまでの体力、恐れ入ったよ」
危機的な状況だが文太郎は冷静だった。須藤はその事を不思議に思わなかった。そう思える状態でもなかった。須藤は拳を振り下ろした。
だが、その瞬間、須藤の左肩から血しぶきが飛んだ。
流石に驚いた須藤。
何事かと自分の左肩を見る。すると、驚いたことにそこにいたのは古谷だった。いや、正確には古谷に似た化け物だった。古谷は人間の姿をしていなかった。口は大きく裂け歯はサメのように尖っていた。そして手が倍以上に大きさで爪は猛禽類のように鋭く変化していた。そしてその鋭い歯で須藤の肩に噛みついていたのだった。
文太郎は古谷が生きている事に気が付いていた。古谷の体から流れていた血が止まっていたからだ。文太郎は古谷の体力が回復し須藤と戦えるまでの時間稼ぎをしていたのだ。だが、正直、古谷がこんな異常な生物に変形するとは思わなかった。だが、これはチャンスだと文太郎は感じていた。
須藤は古谷の顔を両手で掴みそのまま投げる。しかし古谷は軽く着地をする。そしてすぐさま須藤に向かっていく。
須藤は右の正拳突きを出す。だが古谷は須藤の手に噛みつきそのまま手を噛みちぎってしまった。そして古谷は須藤の顔面に向かって右手の爪を突き立てた。須藤の額から血しぶきが舞う。
須藤は片膝をついて顔を抑えた。
古谷は口を大きく開ける。変形した鋭い歯で須藤の顔を噛み砕こうとしたのだ。古谷の歯が須藤に襲いかかった。
だが、それよりも先に須藤は右の拳を繰り出した。須藤の右手は古谷に食いちぎられて無い。古谷はお構いなしに右手に食いつく。
文太郎は古谷の勝ちだ。と思った。だが、驚く事に古谷は後頭部から血を吹き出しその場に崩れ落ちた。
須藤が古谷の口から右手を引っこ抜くと須藤の右手の骨が剣のように変形していた。須藤は土壇場で古谷と同じように体を変形させていたのだ。
古谷の頭は須藤の右手の剣により破壊されていた。
今度こそ古谷は絶命した。
須藤が文太郎の方を向いた。文太郎は恐怖で後ずさりする。
(ば、化け物……)
文太郎はアサルトライフルを構え引き金を引くが弾は出ずカチッカチッと音がなるだけだった。
文太郎に近づく須藤。そしてゆっくりと剣に変形した右腕をあげるとそのまま文太郎の頭に突き刺そうとする。
(終わった)
文太郎は自分の運命を受け入れた。もう死ぬんだ。俺は須藤に勝てなかった。そう諦めた瞬間だった。だが突如、恭子の声が聞こえた。
「文太郎くん! 諦めないで!」
「恭子!」
文太郎は叫んだ。
須藤はその声に驚いたようで声がした方を呆けたように見ていた。だが何を思い出したかのようで突然、恭子の方へ走り出した。
須藤は自分が愛した女を思い出したのだ。単に好きな女を抱きしめたい。その気持ちだけで須藤は恭子に向かって走り出したのだ。だが、先程の古谷との戦いで限界がきたのか文太郎と戦ったような素早さはなかった。
文太郎も恭子の方へ走り出す。
(恭子! 恭子は俺が守る! 須藤!お前に恭子は殺させない!)
文太郎は須藤が恭子を殺すつもりで向かっていると思っていた。恭子を守るため懸命に走る文太郎。
すると恭子が文太郎に向かって何かを投げた。
(文太郎くん!これを使って!)
文太郎は前方に飛び込むながらそれを受け取る。
恭子が投げたのはマグナムだった。文太郎は前転して振り向くとマグナムを須藤に向ける。
「須藤! これで終わりだ!」
文太郎が引き金を引く。
銃弾は須藤の眉間を貫いた。そしてその瞬間、時が止まったような静寂に包まれた。だが、すぐにその静寂は破られる。須藤が大きな音を立てて後ろに倒れたからだ。
「文太郎くん!大丈夫?」
恭子が文太郎に駆け寄る。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう、恭子が来なかったら俺は死んでたよ。それにしてもこんな銃どこで見つけたんだ」
「文太郎くんを探しに戻る途中の部屋で見つけたの。それよりお父さんがゾンビに襲われてるの助けて!」
「わかったすぐに行こう。だが、その前に須藤が本当に死んでるか確認してくる」
文太郎は須藤の遺体に近寄る。
須藤は後頭部が破裂してピクリとも動かなかった。文太郎は須藤が確実に死んでいると確信した。
文太郎は少し悲しげな顔で須藤の遺体に話しかけた。
「須藤、お前の執念、見事だった。俺はお前と戦えた事を一生の誇りとして生きていくよ」
そう言うと文太郎は恭子の元へ向かった。そして純一を助けに急いで洞窟の出口に向かったのだった。




