13話
「着いたよ」
文太郎は病院から少し離れた駐車場に車を止め、恭子と池澤に声をかけた。
「お父さん……無事かしら」
恭子が心配そうな口調で文太郎に聞いた。
「きっと大丈夫だよ」
文太郎は恭子の心配を少しでも吹き飛ばそうと勤めて明るい声で答えた。
三人は歩きで病院がはっきり見える位置まで近づくとゾンビの唸り声が聞こえた。病院の表門を見てみると、十匹ほどのゾンビが病院の中に入ろうと表門に集まっていた。表門の自動扉は開いているが、入り口には椅子、机、ベットを積んでバリケードにしているためゾンビは中に入れないようだ。しかし、ソンビたちは必死で中に入ろうとしてバリケードを拳を振り上げながら叩いている。
文太郎は表門以外にゾンビがいないか注意深くあたりを見回した。
「どうやらゾンビは病院の表門以外にはいないようだな」
名戸ヶ谷病院の一階は全面ガラス張りになっている。だがガラスは強化ガラスになっているので流石のゾンビもガラスを割って中に入ることはできない。また病院は三階建の建物になっていて、一階の全面ガラス張りの所も含めて全ての階でブラインドを下げて外から中が見えないようにしていた。
恐らく病院内の電気の明かりが外に漏れないようにしているのだろう。しかし、病院の表門から明かりを漏れるのを防ぐのは無理なようで、その明かりにゾンビは反応して集まっていた。
「病院の表門側は化け物でいっぱいだ。だけど親父が言うには病院の裏口には化け物はいないって話だ。裏に回るぞ」
池澤が恭子と文太郎に声をかけた。
文太郎は頷くとワゴン車にあったガンケースを一つ取る。
「よし、裏に回ろう」
「文太郎くん、頼むわね」
恭子が真剣な眼差しで文太郎を見ている。
「ああ」
文太郎は自信有り気に頷いた。だが、内心は不安で仕方なかった。
(ゾンビだけじゃなく、須藤や武装した奴らもいる。早くこの町から逃げ出さなくては)
その不安な心を見透かしたのか恭子が少し心配そうな顔で文太郎を見ていた。
文太郎は恭子の顔を見て決意する。
(俺は絶対に恭子と生きてこの町を出る! そのためならなんだってする……いや! しなくてはならない!)
文太郎たち三人は、病院の裏口に着くと、池澤が電話をかけた。
「親父、俺だ、裏口に着いた鍵を開けてくれ」
池澤が電話してすぐに裏口の鍵が開く音が聞こえる。するとすぐに扉が開いた。
「徹、早く入れ、友達も一緒か?」
開いた扉からドクターコートを着た五十代ぐらいの男性が出てきて池澤に声をかけた。三人は病院の中に入る。
「徹、無事でよかった。来るのが遅かったから心配したぞ」
池澤を徹と呼ぶ、五十代くらいのその男性は、恐らく池澤の父親だろう。池澤の父親は医者だということだが見た目はとてもそうは見えない。医者というと細身で神経質といった印象があるが、年の割には筋肉質だ。恐らく若い頃にスポーツか何かやっていたのだろう。
「ああ、悪りぃ、あちこち化け物だらけでさ、正直ダメかと思ったぜ」
「君たちが車で徹を連れて来てくれたのか、私は徹の父親の義和と言います。ありがとう、お礼を言わさせてもらうよ。」
義和が文太郎と恭子にお礼を言う。するとそれを見た池澤は恥ずかしそうな顔で文太郎と恭子を見ていた。
「親父、恥ずかしいからやめろよ」
「徹、何言ってんだ、この二人の車に乗せて貰えなかったらここまで無事にたどり着けなかったかもしれないんだぞ」
「んなことねーよ」
池澤は面白くなさそうな顔してそっぽを向いた。
「池澤先生、すみません、この病院にウチの父が入院していると思うのですが、どこにいるかご存知ありませんか? 名前は吉田純一です」
恭子が池澤の父親に訪ねた。
「う〜ん、何科の患者さんだろう? とりあえず、患者さんには部屋から出ないようにと伝えてあるので、病室がわかっていればそこにいると思うよ」
「そうなんですね! ありがとうございます」
恭子はホッとした顔で池澤の父親に礼を言った。
「文太郎くん、お父さんの所に行きましょう!」
恭子は文太郎に声をかけた
「ああ」
恭子と文太郎は恭子の父親の病室に向かった。
「お、おい! 恭子待てよ! 俺も行くよ!」
池澤が焦った顔で恭子に声をかけたが、恭子はあっさり無視した。
「徹、お前は母さんの所に行きなさい、母さん心配してるぞ、こっちだ」
恭子に付いて行こうとした池澤を義和が呼び止めた。
「あ、ああ」
池澤は渋々、父親の言う事を聞いて引き返した。
――――
恭子と文太郎は病院の二階に上がり、恭子の父親の病室に向かった。
「お父さん!」
「恭子! 無事だったか! 電話が通じないから心配したぞ。良かった、本当に無事で良かった」
恭子の父親の純一が目に涙を浮かべながら恭子を抱きしめた。
「ごめん、途中で携帯が壊れちゃって、でもお父さんも無事で良かった!」
恭子も目に涙を浮かべていた。文太郎はその二人の姿を見て、ここまで無事これて良かったと心の底から思った。
「お父さん、こちらは伊達文太郎くん、私の同級生なんだ。伊達くんが私をここまで連れて来てくれたのよ」
恭子が文太郎を父親に紹介すると、文太郎は純一にお辞儀をする。
「伊達くん、娘を守ってくれてありがとう。心から感謝をするよ」
「いえ、当然の事をしたまでです。気になさらないでください」
文太郎は恐縮しながら答えると、恭子の方を見て頷いた。それを見た恭子は頷き返した。
「お父さん、ちょっと話がしたんだけど良い?」
恭子が真剣な口調で純一に話しかけた。
「あ、ああ、もちろん良いよ」
純一が少し戸惑いの表情を見せる。
「お父さん、突然だけど、私と伊達くんと一緒にこの町から出て欲しいの」
「なんだって! 恭子! 何を言ってるんだ。外は化け物だらけだぞ!外に出るなんてとんでもない。ここにいた方が安全だ。恭子は知らないかもしれないが、もうこの町のことはニュースになっていて、あと数時間もすれば自衛隊と米軍がこの町に突入するとテレビでやっていたんだよ。悪いことは言わない、ここにいて助けを待った方がいい」
「お父さん聞いて、怖いのは外にいる化け物だけじゃないの! もっと恐ろしい物に私たちは命を狙われてるのよ」
「何? 外にいる化け物より恐ろしい物だって? そ、それは一体なんなんだ?」
「須藤圭一よ! 彼が私たちの命を狙ってるの」
「な……きょ、恭子、お前、まだあんな不良と付き合ってたのか? 父さん反対しただろ?」
「お父さん、そうじゃないの聞いて」
恭子は今まので経緯を純一に説明した。
「なんて事だ…… まさか、須藤がそんな化け物に…… それに武装した男達だって! そんな奴らが恭子たちを殺そうと狙ってこの町をウロウロしているのか!」
純一はにわかには信じられないといった表情で呟いた。
「しかし、そんな化け物がいるなら尚更ここにいた方が安全じゃないのか? さっきも言ったが、もうそろそろ自衛隊と米軍がこの町に突入するんだぞ。ここで助けを待っていた方がいいだろう」
どうやら純一は病院にいた方が安全と思っているようだ。
「いいえ私たちがここにいたら病院にいる人達に迷惑がかかるわ。武装した男たちと圭一がこの病院に来たらバリケードなんて意味ないの」
恭子は必死に純一を説得する。
「う〜ん、しかし……」
純一はなかなか判断できないようだった。すると、二人の会話を聞いていた文太郎が恭子に話しかけた。
「恭子、確かにお父さんの言う通り、この病院で助けを待った方がいいじゃないのかな? すぐに自衛隊が助けにくるかもしれないよ」
文太郎がそう言うと、恭子は首を横に降った。
「文太郎くん、違うの、私の勘だけど自衛隊の助けを待ってたら私たちは助からないわ」
「何故?」
文太郎は不思議そうな顔をして聞く。
「圭一はお父さんがここに入院しているのを知ってるのよ。あいつは必ずここにくるわ、それに、さっきすれ違った自衛隊の車みたいなトラック、やっぱりなんかあれ怪しかったわ、奴らの車かもしれない。もしあのトラックが奴らの車なら、すぐ近くに奴らはいるはずだわ」
恭子は自分の勘に自信を持っているようだった。
「う〜ん、だけどさっきのトラックが軍用トラックかどうかはハッキリ見えたわけじゃないから……ただのトラックだったかもしれないし、俺は確信持てないよ」
恭子とは逆に文太郎は迷っていた。先ほどは恭子と一緒にこの町を出るつもりだったが、純一から自衛隊と米軍が助けにくるという情報を聞くと、正直ここから出ない方がいいような気もしていた。すると今度は純一が恭子を説得し始めた。
「恭子、例え私たち三人で逃げたとしてもそいつらから逃げきれるなんて出来るのかい? 恭子の話を聞く限りだと、とてもじゃないが私たちで手に負える相手じゃないよ。悪いことは言わないここで助けを待とう」
すると恭子はハッキリと答えた。
「大丈夫、伊達くんがいれば私たちは絶対、生きてこの町から出れるわ」
「……何をいってるんだ、確かにここまで恭子が無事に来れたのは伊達くんのお陰かもしれないが、言ってはなんだが彼は恭子と同じ高校生でスーパーマンじゃないんだぞ」
純一は突然、娘がわけがわからない事を言い始めて呆気取られていた。しかし、恭子はまたもハッキリと答えた。
「大丈夫よ。伊達くんはスーパーマンだわ」
「恭子……」
文太郎は少し驚いた顔で恭子を見た。
純一は困り果て、なんて言っていいかわからずにいると突然病院の一階で悲鳴が聞こえた。
「今の悲鳴は一階からだ。ちょっと見てくる」
文太郎はそういうと走り出した。
「文太郎くん! 私も行くわ!」
恭子は文太郎の後を追った。それを見た純一は慌てて恭子を引き留めたが、恭子はもうすでに走り出していた。
一階につくと、驚くことに病院内で一匹のゾンビが暴れていた。どうやらバリケードを突破したようだ。
暴れているゾンビは小柄な女性だった。
「あのゾンビ……小柄な女性だから上手くバリケードの隙間をくぐり抜けたのね」
恭子が冷静に状況を判断する。ゾンビは周りの人を威嚇して今にも飛びかかろうとしていた。
「文太郎くん、銃であのゾンビ撃てないの?」
「だめだ、これだけ人がいると流れ弾が病院内の人に当たってしまう可能性があるよ」
文太郎がどうすればいいのか悩んでいると、女ゾンビが近くにいる女性を襲おうとしていた。女性はドクターコートを着ている、どうやらこの病院の女医のようだ。女医は恐ろしさのあまり腰を抜かしていた。
すると女医の後ろから一人の男が飛び出してきた。
「お袋! 大丈夫か!」
飛び出してきた男は池澤だった。女ゾンビに襲われそうな女医は池澤の母親のようだ。池澤は母親の前に立つと女ゾンビに向かっていく。
池澤がジャブを繰り出す。するとその攻撃が女ゾンビに全てヒットした。女ゾンビはガムシャラにパンチを繰り出すが池澤は軽く交わしている。そして右ストレートが女ゾンビの顔面に入ると続けざまにパンチを繰り出しそれも全てヒットした。
「ふん! ちょろいもんだ」
池澤はさらに何度も女ゾンビに打撃を与えた。池澤のパンチが当たるたびに「ドゴン」と凄まじい衝撃音が聞こえ女ゾンビが後ろに吹っ飛ぶ。
「すごい……」
文太郎は池澤の凄まじいパンチ力に驚いていた。しかし、女ゾンビは何度、吹っ飛ばされてもすぐに立ち上がり池澤に向かっていった。そのことにだんだんと池澤は苛立ち始めた。
「くそ! こいつ!」
池澤は女ゾンビにアッパーをぶち当てさらに右のストレートを顔面に食らわす。すると女ゾンビはまた吹っ飛ぶ、そしてすぐに立ち上がるが今度は一旦、動きを止め池澤を唸り声で威嚇した。
それをチャンスとみた池澤は前に出て右左のパンチを繰り出した。
パンチは女ゾンビの顔面に当たる。が、しかし池澤の体力に限界がきていたようであまりパンチにあまり威力がない。女ゾンビは、今度は後ろに吹っ飛ばず前へ突進してきた。そして、女ゾンビがパンチを繰り出すと池澤の顔面にモロに当たった。
今度は池澤が吹っ飛ぶとすかさず女ゾンビは馬乗りになり何度も池澤の顔面を殴りつける。池澤は両腕で顔面をガードしているが、だんだんと腕のガードの隙間を女ゾンビのパンチがかいくぐる。
「や、やめ……」
池澤の顔面は血で染まる。池澤は絶望していた、腕に全く力が入らない。それに意識もだんだんと薄れ始めた。すると女ゾンビは口を開け牙をむき出しにし池澤に噛み付こうとしていた。
(もうだめだ)
池澤が諦めたその瞬間、突如、女ゾンビが吹っ飛んだ。誰かが女ゾンビに蹴りを入れ吹っ飛ばしたのだ。池澤は自分を助けてくれたその人物の顔を見ようとしたが、天井のライトが眩しくてよく見えなかった。
「だ、だれ……」
池澤は助けてくれた人物に声をかけた。すると聞き覚えのある声が聞こえてきた
「池澤、大丈夫か? 立てるか?」
池澤がその人の肩に手を掛け立ち上がると、やっと顔を見ることができた。すると驚いたことにその人物は伊達だった。
「お、お前は、伊達……」
「池澤、動けるか? 少し下がってくれ、このゾンビは俺がやる」
「な……む、無理だ。俺ですら勝てなかったんだぞ、お前に勝てる相手じゃない! やめろ……殺されちまうぞ」
池澤が顔面を抑えながら文太郎が女ゾンビに向かって行くのと止めようとした。
「大丈夫、勝てるよ。さっき池澤とあのゾンビの戦いを見てわかった。こいつらには弱点がある」
「なに!」
池澤は信じられないといった表情で文太郎を見た。文太郎の表情は自信に満ちていて化け物に対する恐怖心などまったく感じられなかった。池澤は文太郎の言葉に半信半疑ながらも言われた通り後ろに下がった。
女ゾンビが立ち上がると今度は文太郎に威嚇するように唸り声をあげる、しばらく唸り声を上げていた女ゾンビだったが、突如、文太郎めがけて走り出した。しかしそれと同時に文太郎も女ゾンビに向かって走り出していた。




