9話
文太郎と恭子は道場から出ると、裏庭に出た。
恭子は林に蹴られた腹を抑え、少し苦痛に歪んだ顔をしていたが、外に出るとホッとした表情をした。
「よかったわ。こっちにも出入り口があって」
「あそこの出入り口は道場の内側から閂をして閉めるタイプの扉で外側に鍵はついてなんだ。だから開きっぱなしで逃げるしかない。きっと須藤かさっきの迷彩服の男、どっちかがすぐに追いかけてくるよ。早く逃げよう! …………そうだ! 奴らの車はどこだ? 拝借しよう」
「……もしかしたら、表玄関の方かもしれないわね」
「よし、行ってみよう! こっちだ」
文太郎と恭子が表玄関まで移動すると、ワゴン車が2台停まっていた。
文太郎は車のキーをポケットから取り出すと、キーのスイッチを押した。
すると一台のワゴン車のハザードが点滅してドアの鍵が開く音が聞こえた。
「これだな。よし、恭子、乗って」
文太郎と恭子が車の扉を開け、中に入り込むと、道場の方で大きな破壊音が聞こえた。
「な、なんだ? 今の音……」
「もしかして、圭一かもしれないわね」
すると、再度、道場の方で大きな破壊音が聞こえた。
「なんか……ヤバイ、早く行こう!」
文太郎は車のエンジンをかけて出発した。
「とりあえず、どこに逃げればいいんだ?」
文太郎は車を走らせていると、あちこちでゾンビが人を襲っていた。その光景を見ながら恭子は答えた。
「もう、この町はゾンビに乗っ取られてる、おしまいだわ。文太郎くん! お父さんが入院してる病院に行って! さっき、文太郎くんが気絶している時にあの男達に携帯を取られて壊されちゃったの、文太郎くんのもよ。きっとお父さん、私と連絡取れないから心配しているはずよ! お父さんを乗せてこの町から脱出しましょう!」
「わかった。 行こう!」
文太郎は向かってくるゾンビをハンドルを切って避けると、アクセルを踏んだ。
奪ったワゴン車の席は運転席と助手席しかなく後部座席は取り外してあった。そして後部座席の代わりにいろんな大きさのケースが置いてある、それに恭子が気づいた。
「文太郎くん、この後ろにあるカバン何かしら? わかる?」
「それはガンケースだよ。ライフルとかハンドガンとか、拳銃が収納されてるカバンだよ」
「そうなの?」
「うん、イーサン先生とグアムで射撃をしたことあるんだけど、イーサン先生がそのケースと同じものを使ってたんだ。」
「文太郎くん、拳銃とか使えるの?」
「まあ、少しならね」
「よかったわ、これで生き延びる可能性が高くなったわね」
「ああ、必ず生きてこの町から出よう!」
「うん!」
「ところで、文太郎くん、さっきはありがとうね」
恭子が文太郎にいきなりお礼を言った。
「ん、何の事?」
「あの迷彩服を着た男に、お腹を蹴られた時、凄い怒ってくれたじゃん! ほんと嬉しかったよ」
「い、いや、まあ、当然だよ」
文太郎も少し照れた様子で顔を赤らめながら答えた。
「ん? 当然、 なんで?やっぱり彼女だから?」
恭子が嬉しそうな顔で文太郎を見ながら言うと、文太郎の顔はさらに赤くなった。
「い、いや、俺らはまだ、そ、そんな関係じゃないよ。と、友達なら当然って事!うん!そう、そう言う事!」
文太郎は恥ずかしさでしどろもどろになった。すると、恭子はさらに嬉しそうな顔で文太郎に詰め寄った。
「まだって事はいずれ彼女にしてくれるの?」
「ま、まあ、い、いずれはそうなるかもしれないって言うかなんと言うか……」
文太郎は口をまごまごさせながら言うと、突然、恭子は笑い出した。
「なんだよ〜、恭子ぉ。俺のことからかってんのかよぉ〜」
文太郎はふくれっ面で恭子を見たが、そのうち文太郎も笑い出した。
「はははは」
文太郎は、恭子と一緒にいるのはやっぱり楽しいと改めて思い始めた。
(元々、恭子と俺は仲のいい友達だったんだ。相性はいいはず、だから友達から恋人同士になるってのもありなのかもね)
文太郎はそんな事を考えながら恭子と一緒に笑いあった。
二人は幸せな気持ちに包まれて、一時この悲惨な状況を忘れることができた。
「病院まであと十分ぐらいだよ」
「無事着きそうね。良かったわ」
文太郎は幸せ絶頂の顔で運転していた。そして軽快にハンドルを切って曲がる。
すると、目の前に突然、人が飛び出してきた。文太郎は慌ててブレーキを踏む。
「うわー、なんだ!」
文太郎は悲鳴にも似た叫び声を上げた。最初、ゾンビが飛びだしてきたのかと思った。だが違かった、その人物が言葉を話したからだ。
「た、助けてくれ! 俺もその車に乗せてくれ!」
文太郎は目の前の男に見覚えがあった。
「んん? 確かあんた。同じ学校の……。そうだ! 池澤だ!恭子、あれはボクシング部の池澤だよ!」
文太郎は恭子に向かって話しかけた。しかし、恭子は何も言わず、困った顔で前を見ていた。
「あれ? お前……恭子……恭子か!俺だよ!」
池澤は助手席の恭子に気づいて叫んだ。だが、恭子は池澤を無視してそっぽを向いていた。池澤はフロントガラスを何度もバンバン叩きながら恭子の名を呼ぶ。
「恭子!恭子!」
必死に恭子の名を呼ぶ池澤を見ていた文太郎は何か嫌な予感を感じながら、ゆっくり恭子の方を向き、恐る恐る聞いた。
「……恭子、池澤と友達……とかだったの?」
恭子は左手を頭に当て気まずそうな顔で言った。
「う〜〜〜ん、元カレ!」
――――――
柏木と島木は文太郎の家の庭で数匹のゾンビと戦っていた。
「柏木さん、林らしき奴があっちの建物で死んでましたよ。頭が潰れてましたが、多分、林です」
島木は向かってくるゾンビを撃ちながら言った。
「そっか、全員死亡ってわけか……嫌な予感が当たっちまったな」
柏木もゾンビを撃ち殺している。
「島木、ここにいるゾンビを始末したら本部に連絡するぞ」
「了解です」
柏木と島木が文太郎の庭にいるゾンビを全部始末すると、本部に連絡をした。
「――はい、自分と島木が到着した時には張含め全員死んでいました」
「はい……はい……。え? わかりました。はい、すぐ追います」
柏木は本部との通信を切った。
「島木、どうやら宋と林の車を誰かが運転しているらしい。本部が車に備え付けてあった追跡装置で追ってる、その車を追って運転しているやつを捕まえろって命令だ」
「やっぱり……。ここに到着した時、ワゴン車が一台しかなかったから、もしかしたらと思ってんすよね。了解っす。今度は俺が運転しますよ」
柏木と島木は自分たちの車に乗り込んだ。
「それにしても、全員、どうすればあんな無残な殺され方になるんですか? やっぱ、"レア"はとんでもないですよ。良かったっすよ、俺も無理に須藤を追っていたら今頃、あいつらと同じ運命だったかもしれませんよ」
「島木、お前は能天気に見えて実は慎重派だからなぁ。まあ、お前の判断は正しかったよ。須藤は怪物中の怪物だ」
「なんか、褒めてんだか微妙にけなしてんだかわかんないっすけど、まあ、一応、ありがとうございますっす」
「ところで宋と林の車に乗ってんのはやっぱ、伊達ってやつですかね?」
島木は先ほどまでふざけた顔で柏木と話していたが、突然、神妙な面持ち柏木に聞いた。
「だろうな。伊達って奴、大したもんだよ。張や須藤を相手にして逃げ切ったんだからな。本部の話によると、伊達は吉田恭子って女と一緒だったようだ、その女は須藤の元彼女だ。さっきの伊達の家には女の死体はババアだけだったから、その女、伊達と一緒に逃げてんだろうなぁ。まあ、よく女連れで逃げられたよ」
「ええ、でも、俺達の目的は須藤でしょ? 伊達が須藤から逃げ切ったんなら、もう、伊達を追っても意味ないんじゃないですか?」
「島木、須藤を探す手がかりはもうないぞ。本部はもう須藤は追わなくていいってよ。てか、正直、須藤みたいな怪物は俺らの手には負えねーよ。ともかく、なんで本部が伊達を追えって言ってのかわからねーが、俺らは言われた通りの事をしてりゃあいいさ、それにまだ伊達を追ってる方が気が楽だ」
「俺も正直、このまま須藤を追っていいいのかって迷ってたんですよ。あれですよね、ぶっちゃけ、小坂と立花と一緒に逃げた方が良かったかもしれないっすよね?」
「おいおい、滅多なこと言うな。お前はまだよく知らないかもしれないが、組織からは逃げられねーよ。この組織と関わっちまったら、死ぬか大金貰うかのどっちかだぞ。俺は大金の方を選ぶね」
「そうなんすか?まあ、自分も大金の方っすね。だけど、本当に須藤を追わなくていーんすか?」
「ああ、もう、この町には俺とお前、そして本部の人間しか組織の者はいない。須藤を捕まえるのは多分無理だ。いくら何でも俺たちだけで"レア"を捕まえろなんて、そこまで無茶な命令は言わねーよ。まあ、後にでも、こんな田舎の本部じゃなくて本当の組織の本部が須藤を捕獲するために動くんじゃねーの?」
「そうですか。まあ、自分としては須藤を追わない方が願ったり叶ったりでいいんすけどね」
島木はアクセルを踏むと、本部から連絡がきた。
「柏木、島木、どうやらワゴン車は名戸ヶ谷病院に向かっている。それと、そろそろこの町に自衛隊と米軍が突入してくると言う情報が入った。急いでワゴン車を運転しているやつを捕まえてくれ」
「な…… 名戸ヶ谷病院ですか。なんで……またなんで、そこに向かってるんですか?」
柏木が初めて本部の男に質問した。
「さあな…… だだの偶然だと思うが…… とりあえず向かってくれ。まあ、こっちには好都合だ」
「了解」
柏木は少し解せないといった顔で答えた。
「……島木、行くぞ」
「名戸ヶ谷病院とはね〜 偶然だと思いますよ。でも、了解っす!」
島木はアクセルを踏んでスピードを出した。
だが突然、数発の銃声が聞こえた。それと同時に前輪のタイヤがパンクした。
車は右に左に蛇行し始める。島木はコントロールが効かなくなった車を懸命に立て直そうとしていたが、その努力も虚しく車は横転してしまった。
「う、う……な、何が起こった……。おい、島木! 大丈夫か?」
「ええ、大丈夫っす」
柏木と島木はヘルメットをしていたおかげで大事には至らずに済んだ。
「どうやら撃たれたようだ。島木、車から出るぞ!気をつけろ!」
「りょ、了解です」
柏木と島木はフロントガラスを何度も何度も蹴る、すると「バーン」という音とともにフロントガラスが粉々になった。
島木が車から頭を低くして射撃されないよう慎重に出る。そして、柏木の手を取り車から出るのを手伝った。
「くそ! どっから撃って来やがった」
島木が辺りを見回した、この通りは、駅が近いせいか田舎町のわりにビルがたくさん立っている。流石の島木も撃ってきた場所を特定するのはできなかった。だが、もうこの車を撃った人物はどこにいないようだった。
「島木、もう、この車は使えん、どっからから車を盗んでこよう。行くぞ」
「了解です」
柏木と島木が車を盗みに行ことして走り出した瞬間、どこからともなく唸り声が聞こえてきた。
二人は警戒した。すると、あちこちのビルの入り口からゾンビが大量に出てきた。
「こりゃ、やばい。島木、流石にこれだけの数のゾンビは相手すんのは無理だ。逃げるぞ!こっちだ!」
「りょ、了解っす!」
二人は比較的にゾンビが少ない方へと走り出した。




