史家村
〜史家村〜
どれくらい歩いただろう
正直、疲れている。当然だ。もう数日、徹夜で歩き続けている。
高俅は追っ手を仕向けているだろう。そう思うと、止まってはいられなかった。
だが、母も元気がない。もうそろそろ、どこかで休むべきか。
私が消えたあとの禁軍の師範は誰だろうか。やはり、林冲あたりだろうか。
林冲は豹子頭の異名を持っている。その異名の通り、まるであの蜀漢の張飛を写したような人物だ。得物も蛇矛、この世の張飛といっても過言ではないだろう。
他にも、私が目をつけている将は多くいる。
青州の小李広こと花栄、霹靂火こと秦明。そして大刀こと関勝、双鞭こと呼延灼。名を挙げればきりがないが、高俅にこれらを見出す力もないだろう。やはり、今禁軍にいる林冲が有力だろう。
いや、もう禁軍から離れねばならんな。
ちょうど近くに史家村という村があるらしい。そこで、少し休ませてもらおう。
史家村の豪農、史賛という老人が快く泊めてくれた。
名は、偽った。李、と名乗っている。
母も休んでいる。だが明日には発つつもりだ。史賛殿にも、迷惑はかけられない。
棒を振る音が聞こえる。庭からだろうか。それは若者の勇ましい声とともに私の耳に入った。
私はその若者の近くにより、
「お見事」
と声をかけた。
〜九紋竜 史進〜
これまで俺は、多くの師を招き、教えを受けた。初めの師は、李忠殿だっただろうか。あのひとは、私には素質があるといい、教えてくれた。だが、今思えば三流だ。あの程度の武技では、この村を守ることはできない。それからはまた多くの師を招き、その師を超えた自覚がある。今なら、この村も一人で守ることも容易いだろう。
「お見事」
夢中で棒を振っていると、声が聞こえた。
そこには一人の男が立っている。その目は私の棒術を見世物でも見るかのように見ていた。
無性に腹が立った。俺はその男を睨みつけ、
「誰だ」
と聞いた。
「私は先ほどこの家の主人に泊めてもらった、李という。」
「ふん。やけに態度が大きいな。俺はこの家の主人の子、史進という。この体の刺青をみて、九紋竜と呼ぶものもいる」
「おお、史賛殿のご子息でしたか。これは、失礼いたしました。その武術、見世物にしては良い出来だと思いましてな」
「見世物だと?」
腹が立った。俺の村を守るための術を、見世物だというこの李という男に
「ええ、形は見事ですが隙が多い。そこを突かれては、終わりです。」
「ならば教えてくれ。俺の武術の隙を!」
「いえ、私は止まらせていただいておる身、そこのご子息に怪我でもさせてしまえば、申し訳ない」
ここまで挑発しておいて勝負はせぬと!?
俺は、もう一本棒を取り、男に投げつける
「男なら取れ!お前のような輩に、俺が負けるものか!」
「何の騒ぎだ!進!」
父が出てきた。
李という男が、父に近寄り、事情を説明しているようだ。
父が
「あの愚息は、天狗になっております。どうか、あやつの鼻を折っていただきたい。」
はっきり聞こえた。
父も、俺には勝てないと思っているのか。
男が父に頷き、棒をとった。
「よろしいですかな」
「いつでも来い!」
にらみ合った。相手は仕掛けてこない。ならば!
勢いよく棒を前に突き出した。それは軽く避けられる。だが、すぐに次の攻撃に移る。
男が言っていた。己の隙をなくすために。
俺が攻撃し、男が避ける、しばらくそれが続いた。
「なぜ攻撃してこない!」
思わず叫ぶ。
すると男の構えが変わった。俺はまた攻撃を仕掛ける。しかしその棒は男の一撃によって跳ね飛ばされ、俺の後ろに転がった。そして次の瞬間、俺の目の前に棒が突き出される。
隙は、作らなかったはずなのに。俺は男に敗れた。
「なぜ」
つい、言葉が漏れる
「ひたすら攻撃し、隙をなくそうとしたようだが、隙は心にあったようだな」
そう言い、男は父に一礼し、去ろうとする。俺はつい、男を呼び止めた。
「頼む!俺を弟子にしてくれ!」
男は首を振る。
「私は明日には発ちます。1日で、術は伝えられない」
そう言い、部屋に戻って行った。
夜、俺は父に頼み、李殿を説得してもらった。
そして明日の朝、改めて願うつもりだ。
緊張で眠れなかった。
朝
改めて願った。父と共に、頭を下げた。
結論から言うと、了承してもらえた。李殿、いや王進殿は渋っていたが、王殿の事情を聞いた上で願うと、了承してくれた。
明日から、鍛錬が始まる。嬉しくてたまらなかった。
思う存分教えてもらった。自分が強くなるのがよくわかった。
そしてついに王進殿は旅立って行かれた。
〜山賊 陳達・朱武・楊春〜
我らは死ぬときは共に、と誓った。
陳達、楊春共に私の同志だ。我らの絆は劉備、張飛、関羽の絆にも引けを取らないだろう。
陳達は跳澗虎と呼ばれ、楊春は白花蛇と呼ばれている。私、朱武は神機軍師と呼ばれている。
我らは得意とすることはそれぞれ違うが共に集まり、山賊となれたことは天意だと私は考えている。
戸を叩く音がした。
「誰だ」
「兄貴、大変だ。」
「楊春か。どうした。お前は何があっても動じないと思っていたが」
「陳達の兄貴が、史家村を襲撃した。」
「史家村を!?」
史家村には、史進という若者がいると聞く。陳達はそこまでの男か試しに行ったのだろう。
だが、正直陳達では九紋竜には勝てない。一歩間違えれば、死だろう。
「こうしてはおれん。陳達の援護にむかうぞ」
もう陳達は死んでしまっただろうか。いや、生きている。そう信じよう。
史家村に着くと、味方の兵が多く倒れている。
嫌な汗が肌を伝う。近くの兵を揺さぶり起こし、陳達の安否を聞こうとする。
だが、誰として起きるものはいなかった。
「まさか」
楊春が言う。だが、私は諦めない。
「また来たのか」
楊春ではない。若者の声がした。
「あの山賊の仲間か?」
山賊とは、陳達の事だろうか。
「待て」
楊春が若者に呼びかける。少し冷静さを取り戻したようだ。
「その山賊は我らの兄弟、死を共にする約束をしたものだ。だから我らも抵抗しない。捕らえられても構わないから、陳達に会わせてくれ。頼む」
「私からも頼む。もし陳達をすでに殺したのなら、我らも殺してほしい。楊春の言う通り、我らは死を共にすると誓っているのだ」
若者は少し考えていた
「俺はあの山賊は殺していない。それに、お前たちの熱い友情は伝わった。ここまで言われたら、役人に差し出す気も失せてしまったな」
「では?」
「あの山賊はお前たちに返す。だが、ひとつだけ条件がある。俺と、一晩飲もう!お前たちの話を聞きたい」
若者はやはり九紋竜史進だった。我らは陳達を加え、朝まで語り合った。我らの出会い。史進の師、理想。
そして我らは互いを分かり合えた。そんな気がした。