二
「さて、どうしましょうか」
町を出て一週間、雨の日も、晴れの日も、時には熊っぽい何かに追われた時もあった。敬語っぽい話し方にも多少慣れてきた。
道中小さな町、というより村を見かけたのだが、全てスルーしてきた。手配書か何かが出されているなら、なるべく人目に付かないで行動すべきだ。
幸い飯はスクリウムが採ってきてくれているので、なんとかなっている。服は汚れてきたけど、たまに川に入って洗っているのでそこまで目立ってない。
そんな苦労をかけ、そしてようやくたどり着いたのだ、国境に。
ただし、当然国境には門番がいた。もちろん俺が手配されていればすぐ捕まってしまうだろう。
「ねぇ非常食」
≪ケイ……やめてよその名≫
きちんと果物をたくさん採ってきてくれたお礼に名前を付けてあげたのだ。何時までも名無しじゃ不便だしね。
でもどうやら気に入って貰えない様子。寂しい限りである。
ちなみに俺はケイと名乗ることにした。ま、俺の名前が恵介だからケイでいいかなと。安直いうな。
「じゃあどんな名前が良いんです?」
≪私に相応しいエレガントでキュートな名前が良いわ≫
何だよその頭の悪そうな回答。
リスの分際でふてぶてしいし、そもそも頬袋をぱんぱんにしたまま、エレガントとかキュートとかいう単語を使うなよ。
「では、メシってどうです?」
≪…………ケイってかなりサドですわね≫
否定はしないかも。
リーマンたるもの上には平伏し、下には威厳を持たねばならぬのだ。
たださすがに非常食だのメシだのは、名前じゃないなぁ。仕方ない、少し真面目に考えるか。
「ならメシアでどうですか?」
≪どういう意味?≫
「私の生まれ故郷では、救世主、という意味です」
≪あら、なかなか良い名ね≫
気に入って貰えたようだ。
安定した食料を提供して貰ってるし、多少は救世主っぽく思うけどね。
それに……どうせあの国境を越えて最初の町にたどり着けば、そこでドナドナするんだから、これくらいはな。
「じゃあ改めてメシア、あれって超えられます?」
≪無理よ≫
あっさりメシアは答えた。
でも、あの国境って、どうみても誰でも簡単に超えられそうなんだけど。
高さだって二メートル程度の壁しかないし、そもそも数百メートルもいけば壁すらない。あっちから行けば素通りできるじゃん。なんの意味があるのかさっぱり分からない。
壁のない方向を見て首を傾げてる俺を見上げたメシアは、淡々と答えた。
≪聖国アルファーゼの国境や聖都には女神カサライデの結界が張られていて、認定を受けたものしか出入りできないの≫
「その認定とは、あの門番に認められなきゃダメって事ですか?」
≪そうよ≫
ふむ、こっそり出入りできないのか……って、あれ?
国境や……聖都?
結界?
良くは分からないけど、その結界があるからこそ、あそこまで無防備だったのかな。あれも壁がないだけで実際は結界とやらがあるのかな。
でもさ、俺の居たところって聖都で、壁普通に超えられたんだけど……。
もしかしてあの結界とやらはこの世界の住人しか効果がなく、異世界出身の俺なら軽くスルーできるとか?
うん、考えられる。
じゃあ夜を待ってあそこ通れるか試してみよう。
「メシア、もしかすると私、あれ超えられるかもしれないから今夜通ってみます」
≪え? え? 女神の結界は絶対に破壊できないのよ? 通れる訳がないじゃない!≫
ごちゃごちゃと細かい事を叫ぶメシアを無視して、俺は木の上に登って目を閉じた。
♪ ♪ ♪
≪ねぇ、無駄な事はやめようよ。目に見えない壁があるだけだよ?≫
「一度試してみてからでもいいじゃないですか」
夜を待って俺はこっそり壁があると思しきところへと近寄った。
門番のいる所では煌々とかがり火のようなものが揺らめいているのが見えるものの、さすがにここまで距離が離れていればこっちは見えない。
さて、目に見えない、しかも壊す事もできない壁か。確かにそのまま歩いて行って、ぶつかるのは痛い。ならば、手を前に出してゆっくり歩けばぶつかる前に分かるだろ?
ゆっくり歩いて……ゆっくり……ゆっくり……ごちん!≪あうっ!?≫……ゆっくり……。
ん? 今なんか声が聞こえたような。気のせいかな。
しかしどこまで歩けばいいのかな。もう超えているのかな?
「メシア、壁ってどこにあるのですか? 結構歩いているような気がするのですけど」
そうメシアに聞いてみたけど返事がない。ただの屍……じゃなく、何やってんだあいつ。
どこにいるの、と言いかけて足下を見ると見当たらなかった。
きょろきょろと探すと、後ろから声が聞こえてくる。
≪な、なんでケイが通り抜けられるの!?≫
あれ、いつの間に通ったんだろ?
でもこれでさっきの仮定は正しいと証明された。俺は別世界の出身だから結界は通れるけど、この世界出身のメシアは通れない。
ふむ……置いてくか? でもあいつを売らないと金が無いんだよな。
「この辺りに壁があるのですか……何もないように感じられますけど」
メシアがいるところへ戻り試しに往復するもやはり何もない。
でもメシアは後ろ足で器用に立ち、前足で何もないところを叩いている。リスのパントマイムを見ているようだな。
≪ううぅぅぅ、何故ケイが通れて私が通れないのよ……≫
「……日頃の行い?」
≪違うわよっ! ……あ、ケイが私に許可をすれば私も通れるかも≫
「……許可? それはあそこにいる門番と同じようにすれば良いって事です?」
こくこくと頷くメシア。若干萎んだ頬袋もそれに合わせて上下に揺れている。
夕べ食ったなこいつ。
しかし許可かぁ、どうやってやればいいんだ?
≪眷属が女神の力を少し分けると、数時間ほど女神の眷属として認識されるのよ。それで壁を越えられるわ≫
「……眷属? じゃ、私は女神の眷属なのですか」
≪うーん、多分そうとしか思えないのよね。女神カサライデを信仰している教団では、何十年かに一度女神の使徒を迎えるの。その使徒が教団の連中に祝福を与えることによって眷属となるらしいのよ。ケイもその教団の祝福を受けた関係者だったんじゃないの?≫
教団とはこれまた怪しげなものが出てきた。しかもメシアは連中、なんて言葉使っているし、それだけ一般からは忌避されるような存在なのだろうか。
俺を探してたあのおっさんたちって、白い神官のような服を着ていたし、そいつらが教団の幹部かな。
しかし……俺が眷属ねぇ。ふーむ、元々この身体の持ち主は教団を抜けようとして、あの泉のところに隠れて、それで何かがあって俺が乗り移った?
それとも教団の闇の部分を知ってしまいそれで追われた? これは小説の読み過ぎか。
ま、なにはともあれ俺は壁を通り抜けられるんだ。眷属というものはいまいち分からないけど、この力を与えればメシアも通れると。
「どうやって、その女神パワーとやらを分けるんです?」
≪知らないわよ。私は眷属じゃないんだし≫
ですよねー。
こう、力んだら身体の中から何かがわき出てくるような……とか?
そんな都合良くできるわきゃないか。
じゃあ教団という事だし女神とらやに祈ればいいのかね。
「女神カサライデよ、この者に祝福を与えんことを」
なんとなく浮かんだフレーズをそのまま口に出してみた。が、やっぱり何も起こるわけがなかった。
メシアがジト目っぽい呆れたような顔で俺を見上げてくる。
そ、そんな目で見るなぁぁぁぁぁ。
≪口に出すだけで心が篭もってなきゃ、女神様も力は貸してくれないわよ≫
「そりゃそーですね」
でも俺は無宗教であり今まで一度も信仰なんてしたことがない。
どうやって心を篭めろというのだ。第一女神カサライデってどんな神なのか知らないし。
まあ、法蓮華経とか仏様に祈るようにすりゃいいのかな。それとも神道? 手を三回鳴らすのはなんだっけ。
よく分からんけど、とにかく祈ればいいのかな。
手を合わせ目を塞いで仏壇に祈るようにする。
「女神カサライデよ、この者に祝福を与えんことを」
先ほどと同じフレーズを口に出す、しかし今回は強く念じる。
メシアをどうか壁を越えられるようにしてくれ。
町を出て数日と、メシアと会ってからの数日を比べても、やっぱり会話を交わす人、というか動物がいるとすごく楽になったんだよ。
一人だと心細い。
もしかすると売るかもしれないけど、いや売るだろうけど、それでもそれまでの間は一緒に居たいから通せるようにしてくれないか?
(そこまで思っているのなら売らないで下さいよ)
一瞬誰かの声が聞こえた気がした。
次の瞬間、メシアの慌てたような声が頭に響く。
≪ちょっ、ちょっとケイ!? な、なにこれっ!?≫
「え?」
目を開けるとなぜかメシアのいる地面に丸い、赤紫色のまるで魔方陣のような光が浮かんでいた。
そしてそこから上に光が溢れだし、メシアを包み込む。
≪へ? え? ふぇ?≫
数秒ほど続いただろうか、光が収まった。が、そこには全く変わらないメシアが佇んでいた。
でも何となくメシアから何か見えないオーラというか、気配というか、そんなものが纏っているのが感じられる。
これって多分成功したんだよな。うん、何故かは分からないけど通れると確信できる。
あ、いや、それよりこんな暗闇で光が出たら、丸見えじゃないか?
いくら距離があっても門番に見つかってしまう。っつか、こっちから門のあるかがり火が見えたんだから、逆からも見えるだろ。
やばい。
俺はメシアを掴み揚げると、走り出した。
「急ぎます! 見つかっちゃう!」
≪ちょっ、ぶつか……ってあれ? 通り抜けられた?≫
思った通り、メシアも通り抜けられた。
さっきまで十分休んでいたので体力は十分だ。
さあ、逃げるぞ!
俺は暗闇の中を駆け抜けた。




