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土地神様へのおくりもの  作者: 神 雪
完結編という名のエピローグ
9/10

サヨと土地神様のその後の物語

本編から数年後のサヨと土地神様です。

本編よりも踏み込んだ表現があり、少ししんみりしますので御注意下さい。

 どこからか、春告鳥(うぐいす)の鳴き声が聞こえてきます。

 お山はやわらかく色付き、雪解け水がささやかな小川となって、せせらぎの音を立てながら流れています。

 


 サヨがお山に来てから、いくつもの春が通りすぎていきました。


 生まれたての赤ちゃんをそっと見に行ってはかわいいね、とイタチのミヨちゃんと笑い合ったのも春。

 奥の山からおよめさんをさがしにきた、若くたくましいキツネと出会ったのも春でした。

 無口だけれど、とてもやさしいだんなさまとの間に、かわいい三つ子の男の子を始め、器量良しの娘達が生まれたのも、そして孫達が生まれたのもまた、春のことでした。


 考えてみれば、春はすてきなことでいっぱいだった気がします。


 今、サヨは久しぶりに巣穴から出て、ひらひらと()う黄色いちょうちょをながめながら、過ぎていったなつかしい春を思い出しておりました。

 今日はめずらしく聞きたがりやの孫達も姿を見せず、ポカポカとしたお日さまに見守られながら、時折うつらうつらと目をとじては、流れて行く楽しい思い出の数々にクスクスと笑みがこぼれるのでした。


 ──そうそう。お風呂を気に入って下さった土地神様が、他の神様方をお誘いになって来られるのも春だったわ。やさしいたまご色の光だけでなく、まるで芽吹いたばかりのような薄緑色やひらひらと舞う桜の花びらみたいな光が見えて、わたし達までポカポカした気持ちになったんだった。

 次の日にお風呂が少し大きくなっていたのには、みんなでびっくりしたけれど。

 今年もそろそろ桜が満開だそうだし、またお見えになられるかもしれないわね。


 サヨの思い出は尽きることなくあふれていました。





 やがてお日さまが山向こうへとしずみ、おぼろげなお月さまが辺りを照らし始めた頃、サヨの元へお客様がありました。


 たまご色のなつかしくやさしい光があふれ、姿を見せたのは土地神様です。

 初めて出会った時と同じ、お月さまの色の衣装(いしょう)()した土地神様は、あれから少しも変わっておられないように見えました。



『サヨ。今宵(こよい)はそなたに頼みがあって参ったのだ』


 土地神様は、サヨのそばにかがみこみ、やさしく毛並みをなでながらおっしゃいました。


 ──あまり自由の効かなくなった体をこうしてなでて下さるなんて、おやさしいのもちっとも変わっておられないのね。

 サヨは気持ち良さに目を細めながら答えました。


「はい。わたしに出来ることでしたら、なんなりとお申しつけ下さい」


『うん。そなたにしか出来ぬ。……なぁサヨ。我の元へ来て、我の手伝いをしてはくれぬか?』


「わたしが……?」


『そうだ。長い時が過ぎていくうちに、変化(へんげ)できる者が少なくなっていったのは、そなたも知っておろう?』


「はい。ずっと前に母さまが話して下さいました」


『あれは、はるか昔にそなたらの始祖(しそ)に与えた力であった。もう今ではそなたしか使える者はおらぬ。我の声を聞ける者すら、ほとんどおらぬようになってしまった』


 土地神様はサヨをなでながら、少し寂しそうなお顔をされておりました。サヨが心配して顔を上げると、土地神様は安心させるように、目を細めてからお話を続けました。


『なぁ、サヨ。山での暮らしは楽しかったかね?』


「はい。今日もその幸せを思い出しておりました。土地神様には本当に感謝いたしております」


『そうか。……では、人の子はどうだ? もう(うら)んではおらぬか?』


 サヨはびっくりしました。生まれた森をこわし、父さまに会えなくさせたのは人の子です。ですから森から追われるようにこのお山に来た頃は、たしかにそんな気持ちもありました。

 土地神様は知っておられたのだと思うと、いまさらながらに、サヨは恥ずかしくなりました。


 でも……父さまを助け、長い間看病して、サヨと母さまの元へと帰してくれたのもまた人の子です。

 あの秋祭りの夜に、お山をさまよいながらサヨ達を探していた父さまを連れて来てくれたのは土地神様でしたが、大切な父さまの命を助けてくれたのは人の子でした。


 サヨはそれを知った時から、全ての人の子に対して感じていた嫌な気持ちが消えてなくなり、色々な人の子がいるのだと自然に考えるようになっていったのです。


 それに……とサヨは思いました。

 この町の人達は、毎年実りを感謝して秋祭りをしているもの。それはきっと、わたし達お山の仲間が土地神様に感謝しているのと同じこと。そんな人の子達に嫌な気持ちが持てるはずがありません。


ですから、サヨはまっすぐに土地神様を見て答えました。


「はい。あの秋祭りの夜から、そんな気持ちはなくなりました」


『そうか。それは良かった。我には人の子も山のケモノ達も皆同じであるからな。皆同じ我の(いと)しい子らなのだ。だからな、サヨ。我の力を受け()ぐサヨよ。我の元で、いっしょに皆を見守ってはくれまいか?』


「もちろんです! わたしでよろしければ、おそばでお仕えしたいと思います!」


『ありがとう。では参ろうか』




 土地神様がサヨを抱き上げると、不思議なことに、サヨは土地神様と初めて出会った時のようなこぎつねになっていました。それだけではありません。こんがりとした赤茶色の毛並みが、いつか見た土地神様の白い鹿のお姿のように、雪のような純白のキツネになっていたのです。


 もうどこも痛くはありません。重いだけだった体はどこにもありません。不思議そうに見上げたサヨを、そっとひとなでして土地神様は言いました。


『この方が身軽であろう? そうそう。そなたの子らは案ずるでない。これからずっと見守っていけるからな。さあサヨ、いざ参ろうぞ』



 お山にやさしいたまご色の光があふれました。ほんのいっしゅんあふれた光はすぐに消え、それを見ていたのは春のお月さまだけでした。











 その神社は町を見渡せる小高い山の頂上に、ずっと昔からどっしりと建っておりました。

 神社のある町の子ども達や、その奥にあるお山の動物の子ども達は、お父さんやお母さんからこんなお話を聞かされて育ちます。


「この町の神社には、山や町を守って下さる土地神様がいらしてね、そのそばにはいつも、小さな白いキツネがちょこんと座っているそうなの。その小さな白いキツネはね、みんなが寝静まった夜になると星でいっぱいのお空を()けて、この町や山のようすを土地神様へと伝えているそうよ」




☆完☆

お読み下さって、本当にありがとうございましたm(__)m


尚、来週土曜日の午前10時に本編裏話である、サヨのお父さんの行方不明中のお話を番外編として続けて投稿致します。

こちらはお読みにならなくてもなんら問題はありませんが、宜しければお付き合い下さいませ。


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