お引越しのごあいさつ
お正月からいく日か過ぎた、冷たく寒いある日の夜の事です。
誰もが寝静まったと思われるような夜更けだというのに、山の上の神社には、一人の参拝者の姿がありました。
白いお月様の光に照らされて立っているのは、真っ赤なワンピースを身につけたおかっぱ頭の女の子です。
冬だというのにワンピース一枚ではとても寒そうですが、女の子は寒そうな素振りも見せず、とてもまじめな顔をして、二回ペコリとおじぎをすると、ポンポンと二つ手を合わせてから言いました。
「土地神様。今日、となり町からきました。母さまとふたり、これからおせわになります」
そしてまたペコリとおじぎをして、母さまの所に帰ろうとした時です。
ふんわりとしたあたたかい風が女の子を包み、その風にまるで色がついたかのように、やさしいたまご色の光が目の前にあふれました。
女の子はびっくりしてギュッと目を閉じました。
しばらくして、おそるおそるゆっくりその目を開いてみると、目の前にとても美しく背の高い、立派な男の人が立っているではありませんか。
黒い髪を耳の後ろで二つに結って、まるでお月様の光のような衣装を着ているその方は、女の子に向かって声をかけました。
『ほう、珍しい。そなた、名を何と言う? こんな夜更けに一人とは。母御はどうしたね?』
「わたしの名前はサヨです。母さまは、ケガをしているので行かれないと、この下でわたしを待っているんです」
こんなに不思議な現れ方をしたこの方は、きっと神様にちがいない。女の子……サヨは金色の目をまんまるにしながらも、問われたことに素直に答えました。
この下でとふり向いたサヨの先を見るような仕草をしたのは、サヨの考えたとおり、この神社におわす、土地神様でした。
『ああ、うん。これで良かろう。母御のケガは治したぞ。それで、どうしてこの町に来たんだね?』
「えっ。母さまのケガを治して下さったのですか! ありがとうございます。……こちらに来たのは、前に住んでいた森に人がいっぱい来て、わたしたちのおうちに住めなくなっちゃったからなんです」
サヨはおじぎをしてお礼を言うと、母さまのケガが治ったのが嬉しくて、住んでいた所から追われたことがかなしくて、ポロリと涙をこぼしました。
『それは難儀だったな。我の山においで。我の山には結界があって、人の子は入って来られないから、母御と安心して暮らせるだろうよ。それからサヨよ。次に人の子になるときは、ちゃんと耳としっぽを消すんだよ』
土地神様はクスクス笑いながら、サヨの頭をひとなでして言うと、ポンと一つ手をたたきました。
するとどうでしょう。
サヨが恥ずかしくて頭の上にピョコンと出ているふわふわした三角の耳をおさえ、まるで着ているワンピースの色みたいに真っ赤になっていた間に、階段下の鳥居の向こうで待っていたはずの母さまが、となりにいるではありませんか。
びっくりして言葉も出ない、こぎつねサヨと母さま。我に返ったお母さんギツネが、あわててお礼を言おうとするのをさえぎって、土地神様が言いました。
『母御、これから我の山で暮らすがいいぞ。他にもケモノはおるが、仲良く達者で暮らせよ』
そのお言葉が聞こえたと思った時です。
たまご色のやさしい光がサヨ達を包みこみました。
とつぜんのことにおどろいて、またしてもギュッと目を閉じたサヨと母さま。
光がうすらいだのを感じて、閉じたまぶたを開いた時には、土地神様の姿はどこにも見当たらず、雪におおわれ、しんと静まり返ったお山の中にいたのでした。
こぎつねの姿に戻ったサヨと母さまは、神社の方へ向き直って、深々とおじぎをしてお礼を言いました。
「土地神様。本当にありがとうございました」
お読み下さって、ありがとうございましたm(__)m




