父さまと美月先生の物語
土地神様は出て来ません。
少々長いですが、本編裏話ですので、宜しければお付き合い下さいませ。
サヨの家族が住んでいる森は、その昔「鎮守の森」と呼ばれ、森そのものが人々の信仰の対象となっていました。
その森の中ほどにはこんこんとわき出るわき水があり、小川となって森の周りにある田畑を潤していました。そこで大昔の人々は、わき水のすぐとなりに小さな祠を作り、水の恵みに感謝を捧げていたのです。
しかし時が流れた今、祠は朽ち果て、周囲の田畑はなくなり、既に森が鎮守の森だった事を覚えている人はいなくなってしまいました。
忘れられていくうちに、わき水はだんだんと少なくなり、森が削られ、祠が崩れてしまった今では、わき水は枯れ果て、森に住んでいた動物達も次々と森を後にしていきました。
さて。サヨ達キツネの家族はそんな森の一番奥に住んでいました。
先の春にようやく授かったサヨを、父さまも母さまも、とても大切に育てておりました。
サヨがよちよちと歩けるようになった頃、コロンと転んだ拍子に人の子になった時はとてもびっくりしましたが、その昔、どこかの神様に頂いたお力だということは、父さまも母さまも聞いたことがありました。
「なあ、母さん。サヨをりっぱに育てねばならないなぁ。頂いたお力に恥じぬよう、我らもがんばらねば」
「そうね! でもきっといい子に育つと思うの」
母さまは、ぐっすり眠っているサヨをペロッとなめました。
父さまも、サヨに鼻先を押し付け、そのあたたかく小さな命を愛おしく思うのでした。
そんなサヨ達家族が住む森の奥に開発の手が入ったのは、秋になろうかという時でした。
キイインという、甲高い音の後に、ドドウという木の倒れる音が森中にひびいたのです。
それまでも遠くから音がしていましたが、こんなに近くで聞こえたのは初めてのことでした。
まだまだ小さなサヨを連れての引っ越しは危険だと、サヨが長く走れるようになるまで待っていた父さまでしたが、嫌な臭いのする道が、祠があった場所の近くまで近付いてきているのは知っていました。
「もうここでは暮らせない」
サヨがようやくしっかり走れるようになり、友達のフクロウさんのすすめもあって、父さまもついに生まれ育った森を後にすることにしたのです。
となり町に行くには、ビュンビュンと四角い何かが通りすぎて行く広い道を横切り、険しい山をいくつも越えるか、人の住んでいる町を通り抜け、となり町との境にある、山にぽかりと開いた穴の道を通るしかありません。急いでいた父さまは、町を横切って行くことにしました。
フクロウさんが心配して、いっしょに行こうか? と声をかけてくれましたが、サヨ達残した家族の方が心配だから、サヨ達に危険がないように見ていてくれないか? とお願いしました。
そして父さまは夕暮れの中、となり町へと出発したのでした。
姿がかくれるように、出来るだけものかげに体をかくしながら、走っては止まり、走っては止まりをくり返し、となり町に通じる穴の道が見えて来る頃には、すっかりつかれてしまった父さまでしたが、あれさえ通りぬければもうとなり町だ! と元気をふるい起こして、穴の道へ行くために小さな道を渡ろうとした時のことです。
なにかとてもまぶしい光が父さまの目をつらぬきました。
びっくりして思わず立ち止まった父さまは、次の瞬間、衝撃と共に体が浮き上がり、そして固い地面にたたきつけられました。
(サヨ──!!)
ぐったりと動かない体を引きずるように、穴に向かって進もうとした父さまでしたが、前足は固い地面をかくばかり。
──そして暗やみが父さまを包み込んでいったのでした。
◇◆◇◆
春野 美月さんは、動物病院のお医者さんです。
病院がお休みの今日は、友達といっしょに車で海を見に行った帰りでした。おいしいお昼ご飯も食べられたし、久しぶりに会った友達との話もはずみ、大満足でルンルンと運転を楽しんでいる美月先生です。
「秋の海はちょっと寒かったけれど、夕焼けがきれいでステキだったなぁ」
そんなひとり言を言いながら、自分の家がある町へと続くトンネルへの道に入ろうと、ハンドルを左に切ろうとした時、何かが道路に横たわっているのが目に入りました。
「あら 大変!」
すぐ手前でライトをつけたまま車を停め、車を降りてかけ寄ったそこにいたのは、一匹のキツネでした。
すぐさまキツネの首のつけ根に手を当ててみると、トクントクンと手にふれる命の鼓動が!
「よし! 生きてる! ちょっと待っててね!」
車から、運転中にかけていたひざかけを持ち出した美月先生は、そっとキツネをくるむと、ヨイショっと抱え上げ、シートをたおしておいた助手席へと運び入れました。
「がんばれ! もうちょっとだからね!」
ピクリとも動かないキツネに声をかけながら、大急ぎで自分の自宅でもある病院へと車を走らせ、自宅の玄関で中に向かって大声をあげました。
「お父さん、ちょっと手伝って!!」
美月先生のお父さんも動物のお医者さんなのです。
それからの美月先生とお父さん先生の奮闘は、朝が来るまで続きました。
まだぐったりと動かないキツネですが、命を取り留めることができたのです!
「良かったわねぇ。まだまだ歩けないけれど、歩けるようになったら、ちゃんとお山に連れて行ってあげるからね! ふわぁ~、なんだか眠くなっちゃったわ。おつかれ、わたし! お父さんはとっくに寝ちゃったし、わたしも寝ようっと。今日もお休みで良かったわぁ」
大きなあくびをした美月先生でしたが、朝の光の中で、やさしくキツネを見つめるその姿はとても凛々しく、そしてかがやいて見えたのでした。
◇◆◇◆
美月先生のおかげで、一命を取り留めたサヨの父さまが目を覚ましたのは、それから丸一日がたったお昼のことでした。
これまでかいだことのない臭いがして、父さまは飛び起きようとしました。
ところが、体が全く動きません。
目を見開いた父さまが最初に見たのは、自分の周りにある、銀色のたくさんの棒でした。
(ああ。なんということだ! わたしは人の子に捕まってしまったにちがいない)
「きゅきゅ~ん(サヨー! 母さん!)」
鳴き声を聞き付けた美月先生は、食べていたサンドイッチを放り出し、あわててキツネのところにかけつけました。
「ああ~! 良かったぁ! よしよし。もう大丈夫! 骨がちゃんとくっつくまでは、ちょっとがまんして動かないでいてちょうだいね!」
父さまは人の子が近づいてきたので、ぐるるとうなったのですが、人の子は父さまを恐れることなく、それどころか、もっと近づいて、父さまの背中をやさしくなでたではありませんか!
これには父さまもびっくりして、細めていた目をまんまるにして美月先生を見上げてしまいました。
(なんだ? この人の子は……!?)
「ん? ええっとね~。君は車にはねられたらしいのよ。後ろ足の……って分からないわよねぇ。う~ん。とにかくね、今は眠ってなさい!」
(なにか鳴いているようだが、まるで分からない。それにしても……動けないのに、痛みを感じないのはなぜだろう。それになんだか眠く…………)
「うんうん。寝るのが一番よ。さあて、仕事仕事」
キツネが寝付くまでゆっくりとなでていた美月先生でしたが、午後の診察時間が近い事に気付き、おまけにサンドイッチを放り出して来たことを思い出し、ゲージから離れ、トボトボと診察室へと帰って行きました。
◇◆◇◆
初めの頃こそ、出された食べものにそっぽを向き、美月先生が近付く度にうなっていた父さまでしたが、やさしくなだめるような美月先生の言葉のひびきに、父さまもだんだんと心を開き、うなることもなくなっていきました。
それでも父さまの心にあったのは、サヨとサヨの母さんのことばかりです。
(もう雪の季節になってしまった。サヨ達は無事に着いたんだろうか。わたしのように、痛い思いをしてはいないだろうか。母さん、すまない。サヨを頼む。サヨは父さんを待っているだろうか)
どこか遠くを見つめながら、時おりきゅーんとかすれた声を上げるキツネのことが、美月先生は心配でなりませんでした。
ですから、何日かたったある日、キツネが少しずつ食べ物を口にして、瞳に強い光が戻って来たことを、とても嬉しく思いました。
「そうそう、いい子ね! しっかり食べてお山をかけ回れるようにならなくちゃね!」
父さまは、必ずサヨ達にもう一度会うのだと、決心しておりました。
(どうやら、この人の子は、わたしを助けてくれたらしい。ならば今は力をつけなくては! ケガに負けていてはサヨに笑われてしまうからな。サヨ、母さん。待ってておくれ。必ず会いに行くからな!)
それからの父さまは、順調に回復していきました。それでも自分の足で立てるようになったのは、春になってからのことでした。
◇◆◇◆
そして新緑がまぶしいある朝のことです。
いつものように、父さまのところにやってきた美月先生が、父さまに声をかけました。
「さあ! これからお山に連れて行ってあげるからね!」
言っていることは分からなかった父さまですが、なにか良いことがあるような声のひびきを感じて、じっと美月先生を見つめました。
「ちょっと動かすからね!」
美月先生はお父さん先生といっしょに、ゲージごと父さまを持ち上げ、そのゲージを車につみこむと、お山に向かって車を走らせました。
トンネルを越え、キツネを見つけたところを通りすぎ、森があった場所の近くから、高速道路へと入り、だれもいない小さなパーキングエリアに車を停めて、大きくのびをしてから父さまに声をかけました。
その間父さまは、次々に変わる景色にびっくりして、ゲージの中で小さく丸くなっておりました。
やがて景色が止まり、目の前には森からも見えていた大きな山々の姿があります。美月先生はなるべく人の来ないところにキツネを放してあげようとしていたのです。
「ここなら大丈夫。もう車の走るところに行ってはダメよ! さあ、仲間の所にお帰りなさい!」
父さまは、ゲージが開かれていることに気がついて、おそるおそる外へと出ました。そしてじっと美月先生を見つめたあと、お山に向かってまっすぐに走り出しました。
「うふふ。まるで飛んでるみたいだわ! ああ良かった! これで一安心ね!」
なつかしい木々の匂いがします。父さまは一度だけ美月先生を振り返り、フサフサのしっぽをひとふりして、お山へと入って行きました。
「元気でね~!」
ブンブンと大きく手を振りながら、キツネの姿が見えなくなるまで見送っていた美月先生の瞳から、涙がこぼれ落ちました。
「さびしくなっちゃうなぁ。でもきっとあの子には待っている仲間がいるはず! うん。これで良かったんだわ! 私も元気出して行かなくっちゃ!」
◇◆◇◆
父さまは、サヨ達をさがして、山から山へと旅をしました。すれ違う動物に聞いてみたり、時には間違ったうわさ話に惑わされて、遠く離れてしまったりもしました。
それでもきっと待っていてくれると信じて、父さまは決してあきらめませんでした。
季節は初夏から、夏へと移り変わり、やがて景色が赤や黄色へと変わっていったある夜のことでした。
一日中走ってくたびれた父さまが、木陰で横たわっていた時、突然やさしいたまご色の光に包まれたのです。
びっくりした父さまが、思わず閉じていた目を開けたところには、たくさんの動物の姿がありました。
そして聞こえてきた、一時も忘れていなかったなつかしい我が子の声!
「父さまぁ~!」
──こうして長い長い父さまの旅にようやく終止符が打たれたのでした。
◇◆◇◆
それからどれだけの月日が流れたのでしょう。
美月先生は、今でも冬が近付くと、赤茶色をしたキツネを思い出します。
その夜も動物病院の大きな窓から見える神社の向こうのお山を見つめながら、そっとため息をついた美月先生の目に、神社の方からこちらに向かって来る白い光のようなものが見えました。
その白い光は近付いたと思ったらあっという間に神社の方へと去って行ってしまったのです。
「何だったのかしら。ちっちゃなキツネのような形をしていた気がするんだけど……気のせいよね?」
美月先生はそうひとり言を言うと、カーテンを閉めようと窓に近付きました。
すると、窓のすぐ外に、赤く色付いたもみじの小枝がそっと置かれていたのです。
不思議なことに、もみじの葉はいつまでもしおれることなく、長い間美月先生の目を楽しませてくれたのでした。
*おしまい*
これを持ちまして、サヨ達家族のお話は終了となります。
このお話を見つけて下さった事。そして二ヶ月に渡ってのご閲覧、あたたかなご感想に心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございましたm(__)m
いつかまたお目にかかる事が出来ますように。
そして。本年中の活動はこれで最後となります。
今年もお世話になりました。
皆様、良いお年をお迎え下さいませ。




