探検します!
「あ、ねぇねぇ」
彼から話を切り出されたのは突然だった。
いつかは来るとは解っていた。
それでも────……
「ちょっと、探検しよう…?」
そういった類のものが一切ダメな私にされた提案は、もちろん予想の出来ていたものだった───
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「え、え、ちょっとはやと、本当にやるん?
え、なんかもうちょっと後にしようとかそういうのはないん?え?」
「嫌なら1人でもい……」
「駄目えええええぇぇぇっ!」
さっきから3度ほど同じような会話を繰り返している。
何度話したって、結論は変わらない。
繰り返して30分後。ついに私は折れたのだった。
「あぁぁ……………」
「よーし、いくよー」
最大の妥協点は、はやとが私をおぶっていくということだ。
それはそれで、違う意味でいろいろと困るのだが…。
=======1階=======
まず私たちがまわるのは、玄関のある一階だ。
…そりゃあそうだけど。
階段が上にも下にも続いていたことから、ここは地下や2階もあるようだ。
私が見た時は、玄関だけが白い壁に埋もれているような状態だったので、全体像は見られていない。
ここがどこかは未だ全くわからないが、民家だとしたら地下があるなんて随分と豪華ではないか。
「うー…どっから行こう…」
先が見えないほど長い廊下を見据えて、彼は呟く。
「どどどど、どこでもいいいんやない!?さっさとししししいや!?」
「ぷふっ。ほたるおかしい。」
そう言って頭を撫でてくる。
いやはや、おんぶした状態で頭撫でるってどんなだ…
……というかなぜ頭を撫でる!?
「…………ずらしくほ…るが無抵こ………」
聞こえてますよー。
盛大な独り言、痛いです。
そんなことをしていたら、いつの間にか最初あったような恐怖はほとんど薄れてきていた。
こんな、彼の気遣いだなんてことは無い…よね?
普段は鈍感な癖にこんな時だけなんて、無いよね…?
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「よーし、ここ開けよ〜?」
何も言えないのでこくこく、と頷く。
震えている肩も、おぶられているので誤魔化しようがない。
カチャリ…と音を響かせて彼がノブを引いた。
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
ジェットコースターに乗った時は先に叫んでおくと怖さが半減するとネットの掲示板に書いてあったので、とりあえず叫んでみる。
現代のネット社会、最強。
「わわわ、ほたる大丈夫!?まだなんも怖いものないよ!?」
全くもって効果が感じられないうえ、彼が驚いていた。
───というか引いていた。
前言撤回。現代のネット社会、最恐。
「う、うちなんか言った?た、多分それ空耳とかいうやっちゃで?ん。うちはなんも聞こえんかった。うん。『わー』とかいう叫び声とか聞こえん。耳に入らへん。」
「そっか、空耳かぁ〜!」
おい。
いや納得!?
まあ、信じて貰えたのは嬉しいんだけどさ?
自分でも平然と言い張れたとは思ってないよ、普通に嘘っぽかったよ?
「あー、なんというか、ここ…」
彼はなんといったらいいのか分からない様子で、きょろきょろと周りを見渡している。
私たちが入った部屋はあまりにも殺風景だった───
という展開が待っているわけではなく、私たちは
ごく普通の民家にありそうなドアを開け、
ごく普通の民家にありそうな床を歩き、
ごく普通の民家にありそうな部屋を横切って、
ごく普通の民家にありそうな窓へ辿り着いたのだ。
特に何もアクションは無い。
──────でも、その窓からの眺めはごく普通の民家にあるものとは掛け離れていた。
窓の外に見えるのは、黒だった。
「黒色のもの」ではなくて、景色がもう、黒いのだ。
あの黒いものたちが、ひしめいている。
「---------!----、----」
仲間同士で押しつぶされて壁にぐっちょりとなすりつけられている体、ちぎれてはちぎれては再生する腕…
「…………ヤモリみたいだねぇ…」
能天気な彼のつぶやきを、適当に笑って返そうとした私だったが、なにか引っかかるものを感じた。
………なんなんだろう。
「……………………っ!!」
走った。全速力で。狭い廊下を。
もちろんのことぶつかったり転んだりするが、そんなことを感じられるほどの余裕はない。
玄関まで辿りついて、靴を手に取った。
舐めるのではない。
「ないっ………!?」
あの日、すべての始まりのあの日、私が踏みにじった命のことを、私の頭はまだ忘れてはいなかった。
ぐちょりと嫌な感覚がして、もうこの靴は履きたくないと思ったことを、忘れない。
吸い込まれるような、漆黒。
あれらと同じ、色。
─────黒くなっているはずの靴の裏には、何もなかったのだ。
最初からそんな出来事はなかったとでも言うように。
私の肩が揺れる。意識も揺らいでくる。
私の背よりも大きな灰色の掃除道具入れが後ろで──────揺れた。
頑張って恋愛から帰ってこようと頑張っております。
ちょっとゾンビきました。お待ちどうさまです。