で、でれへん…
二人で掴んだドアノブはカチャリと音をたてて、大理石のように見えたドアは思いのほか軽く手前に開いた。
「わわわわわ!?」
何か危険があるかもしれない、と言われて飛びのいた私だったが、『危険がある』といった張本人こそ興味を隠せずにドアの向こうを覗いている。
「ねぇ、ほたる玄関があるー」
「ハァ?」
さっきまでの緊張したような、真面目な様子はどこへ行ったのやら彼は呑気に笑っている。
そう。私はこんな彼が好きだから。
「い、いや、違うで違う!?いやそういう意味やのうて!さっきと比べてこの方がってことやん!あかん。わかった!?違うねんて!」
「……………え、ほたるどうしたの…?」
訝しげに彼はこっちを見ているが…そうだった。何で心の声に声を上げて反論しちゃってるんだろう。
もう駄目。私、ちょっと故障中かも。
「え、え、なんも?」
「そっか、なんかあったらすぐに言ってね。色々心配だし…」
「ん…」
まぁ、どうせ彼が心配なのは私の体とかではなく、あの黒い何か達であって、決してこんな言葉に安堵したり喜んだりしてはいけないのだが。
こっち来て、と彼が言うので、こわごわながら玄関の中に一歩踏み入れる。
「だ、大丈夫みたいだね…」
彼も少し不気味だったようで、微妙に声が震えている。
「あぁ…せや…」
ここに入って、やっと気がついた。やっと現実を見られた。
私たちは、もう救助も放棄された危険地区で、無防備な未熟な中学生が二人。
夜になったのにまだ安全ともわからない場所に足を踏み入れているわけで。
そんな私がいつ死ぬかなんて、そんなのはたった5秒後だったりするかもしれない。
それはもちろん、彼も同じこと……
「…な、なぁ…」
「ほたる?」
「あ、あのな、夜…だし…あいつ、ら、が、いつ来るかわからんし…あの、だから、ほら………」
彼はまだ訳がわからなさそうにこっちを見ている。そりゃあそうだ。だって…そんな、言える訳が無いから…
「………て、つなぐ…。」
ただそれだけの言葉に、問い返すこともせずに、大きな手で包んでくれた。
ぎこちない私の手は、開いたままの形で固まっていて。
それでも、左手からすーっと、暖かい何かが伝わってきて。
私の心まで。
【ガチャン……】
「ほたっ………」
繋がれたままの左手を引かれて、彼の息の音が聞こえるくらい側に。
「…………っ!!」
目の前の光景に息を呑む。
ドアが、閉まっている。
止めるために挟んでおいた石は、無残にも粉々に砕け散っていた。
「はやと、はやと……」
「繋いでてよかったねー」
「開く、開くよね!?
せやんね!?
うち、何考えてんだろうね!?
ちょっと、風が強かったんやけんね!?
あーっははっ!何言っちゃってんやろーね!
何焦ってやがるんでしょーね!
何してございますなんだろーね!?
あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
なんか、雨の音が聞こえるな。
この調子だと、もうちょっと続きそうだな。
天気予報、本当にあってるね。
確か、気温は26度だったっけ。
湿っぽいんだったね。
「…………………ほたる……………。」
「ははっ!ほら、その目!
何?!可哀想な子?いやそんなの通り越して
【痛い子】を見てるね!?
はっはははは、馬鹿みたい!
ほら、開いてやるから見ててやんなさいよ!?
ドアはねぇ、開くんですってよォ
ふっつーーーーうにね?
何があったのってくらいに、ねぇ、見てなさいよ!?
このドアは、開くってってんだから───
開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開くの開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開け開けあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ───」
【ガンッ…ガタガタガタッ…………ガンッ、ガンッ…………】
「あれほど軽く開いた大理石のドアは、その重そうな石の見た目通り、少しも動くことはなく。
どんなに力半端の中学生の少女がそのドアを殴ったからといって、どうかなるわけでもなかった。
その左手を離すことなく、隣に立つだけの彼の口も、働くのをやめてしまったようで。
「で、でれへん…」
ついに、一旦キリがつきました。
第1章終了です。