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ある日立方体に触れてしまった。

「で、出れへん…」


==============


友情やら恋愛やらで疲れ果てた重たい心を引きずって歩く。

ここを歩いているのが何故か申し訳なくなった私は縮こまってそそくさと駅へ向かった。

鎖に繋がれた犬に目を向けて共感を覚える。ふと目が向いた先に、それはあった。


「箱やんね…」


それに向かって踏み出した足はぐちょりと嫌な音を立て───ひとつの命を踏みつけていた。

ちぎれた尻尾は地面を這っていて。


「ひぃっ…………………!」


─────靴の裏についてあるであろうヤモリを確認する気になど、なれなかった。


気持ちを「それ」に戻す。

崩れかけたコンクリートの通りにはあまりにも不釣り合いな、淡い光を放つ立方体がそこにはあった。

「それ」はそこから少しも動かず、私は「それ」がこちらをじっと見つめてきているような錯覚に陥ってしまった。


───────実際、それはこちらを見つめていたのだ。


その時私はもう既に、一歩踏み出してそれに触れる寸前だった。

その箱から湧くように出てきた沢山の目がこちらを見つめていた。

あたりには、先ほどの犬の鳴き声が響くだけ。


それらは次々と形を変えその箱から無限に出てきて、地上に降りると人の形をとる。

ただ、それらの持つ色は、決して人間のそれではなかった。


「---------!---、------」


私には聞き取ることのできない悲鳴を上げ、真っ黒い色をしたそれがこちらに走ってきた。

この悲鳴の意味は、わからない方が正解だ。そんな事わかったらもっと強くなるだけだ。自分に言い聞かせながら、私も走る。逃げる。


うまい具合に家の間をすり抜ける。なんとか巻けたかもしれない。でもあれは次々と出て来ていたし、どうせ逃げ切る事なんて出来ない。


肩で息をしながらツカツカと歩いていると、広い車通りの向こう側に人が見えた。


「!は、はやと!」


「…ほたるだー」


どうやら向こうも気づいてくれたらしく、ほんわかとした笑顔で呑気にこちらに手を振ってくる。

…私は、こんなに、焦っているのに…。



その時、彼の後ろの植木がカサカサと動いた。そこから1本の黒い腕が伸びる。


「はやと…………………!」


とっさに叫んでしまった私の声を聞いたらしい彼は、いつもは見ないような身のこなしでその腕をかわしてこちらに渡ってきた。

しかし、彼が渡っているのは十数メートルほどもある広い道路。

もちろん、信号なんて気にする暇もないわけで。



───彼の右には轟音を立てて迫ってくるダンプカーがあった。


頭が真っ白になった。

耐えられなくなった瞼が閉じる。

視界にはもう何も入らなくなった。


そんな時に肩に置かれた大きな手が、死の宣告だと直感的に感じた。

この手はきっと、黒色をしているんだろうな。と。


==============


「ほたる。」


耳元で、信じられないくらいリアルな空耳が聞こえる。

はやとの、声。


皮肉のような空耳に泣きそうになりながら振り向いた目の前には、幻ではない、本当の本物のはやとがいた。

肩に置かれた大きな手は、暖かいはやとのもの。

心配そうに覗き込むその顔も、全部本当の事で。

あと少し、はやとが遅れていたら。そうだったらはやとがいるはずの場所にはダンプカーと混じり合う黒色のものがあった。


「い、きててっ…よかったよっ…はや…」


そのまま地面にへたり込んだ私を支えるように、彼が抱き起こす。

「大丈夫。」と、小さな子供をたしなめるように優しく頭を撫でられた。


「あ…」


カサカサ、と葉がこすれるような音を聞いて、辛い現実に引き戻される。

ここまで忘れていたが、今この周辺にはあの黒い何かがはびこっているのだ。そうなると、こうして会話ができているのがとても幸せに感じられてきた。


「ほたる、ちょっとごめん…」


彼はいかにも軽そうにひょいと私を背負って、急ぎ足で沈んでしまいそうな太陽の方に進んだ。


「…どう、してん…?」


ついさっきまで泣いていたせいか、かすれている声を精一杯出して問う。

私を背負った広い背中はどこか焦っているように感じたから。


「ラジオ、聞いてるんだけどね…?」


そう言って彼が渡したイヤホンの片耳から聞こえたのは、嫌気がさすくらい落ち着いたキャスターの声。


『--、--えー、現在、--発生した--の行方-、----。さらに、東西に広く分布---て。早急に---------にいる方--------断念したよう--す。----------』


「もう、駄目なんだ。ここにいたって誰も何もしてくれないみたい。…だから、僕たちで。」


「そう、なんね。」


後ろから見える綺麗な横顔は、止まることなく進み続けた。

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