僕の憂鬱
藤城翔太。小柄で、癖っ毛のまだまだあどけなさが残る中学1年生。
小説家の母と2人で暮している。
父は結婚を約束しながら、寸前で母の前から姿を消した。
その後、翔太を身籠った事に気付いた母は、シングルマザーを決意。
2度と男はこりごりと、山に篭って…現在に至る。
翔太は学校に来るのが憂鬱。
別に虐めを受けてるとかでは無い。
友人関係は特別得意な訳では無いが、それなりに友好的には、付き合えていると思う。
翔太の悩みは友人では無く学校?にあった。と言っても学校が遠い…とか、毎日本数の少ないバス通学のせいで朝が早くて辛い…とかでも無い。
理由は翔太の特異体質?が、かなり関わっている。
今日も憂鬱な学校に、早目に到着した。
あと少しで教室に着く頃、早朝練習を終了したクラスメートが、翔太を追い越し、教室に入る寸前
「こらーっ!」
と、大きな声がした。
クラスメートはそのまま、逃げる様に教室に入って行く。
その途端矛先が、翔太に向かった。
目の前には、ワイシャツやズボンにキチッとアイロンがあてられた、40代後半の男性が立っていた。
隙の無いその姿は、性格を現している様だ。
「君‼︎学年とクラス、名前を言いなさい。」
「えっ⁈あの……1年3組…藤城翔太です…」
翔太は男性の迫力に、思わず答えた。
「藤城君!一緒に居たのは君のクラスメイトか?」
「あ、はい…」
一緒にいた訳では無いが……そう言わなければいけない気がした。
「廊下を走るなと、君から注意しておきなさい」
『あーまただ……何で僕だけ……』
翔太の憂鬱の原因だ。
「分かったかね‼︎」
「は、はい!」
翔太はお辞儀をすると、慌てて教室に入った。
血の気が引いているのが、自分でも分かった。
その様子に気付いた、来栖川桜が声を掛けて来た。
黒髪にメガネ。よく見るとなかなかの美人。
頼り無い翔太とは対照的に、何でもそつなくこなすしっかりタイプ。
「大丈夫⁉︎…顔色悪いよ」
「え?うん!大丈夫」
『どうせ言っても分かって貰え無いし、逆に引かれるだけだ』自分に言い聞かせ、何でも無いふりをする。
あの男性は、随分前からこの中学にいるらしい。
みんなが噂している。この中学では、知らない人はいない位の有名人。
翔太が初めてあの男性に会ったのは、入学してすぐの事。
「ガンコツ先生怖え〜」
「マジやべーよ」
「俺も聞いた!その話。この学校マジ出るらしいぜ」
「今は使われて無い、宿直室に出るんだろ」
「噂じゃ、随分昔に暴走族と1人で対決して殺されたって……」
そんな噂話をしながら、2年生達が翔太の目の前を横切って行く。
その後ろを佐渡が授業を終え、教室から出て来た。
廊下を走る1年生を注意しながら、職員室へ向かい歩く。
「佐渡先生!先生ここの中学の卒業生ですよねー」
1人が振り返り尋ねた。
「あー…そうだよ」
「じゃぁ、ガンコツ先生って、佐渡先生がここの学生の頃生きてたんですか?」
「あー…いたね」
他の生徒も、興味津々で佐渡を囲んだ。
「どんな先生だったんですか?」
「厳しい先生だったなぁ。怒るとゲンコツが飛んで来る。俺も良くされたよ。噂じゃ、目ェ付けられて、ノイローゼになった奴もいたって話も……」
佐渡は苦笑いした。
「ひぇ〜怖過ぎ!」
「えっ?もしかして、ガンコツって…ゲンコツする頑固な先生って事?」
「そうだよ」
「まんまかよー。センスね〜な〜」
「そうか?」
「誰が付けたんだよー。もしかして…佐渡先生?」
「いや!俺が入学した時にはもう、みんなそう呼んでたよ」
賑やかな団体が、通り過ぎて行く中……翔太は佐渡の隣を歩く、誰にも気付かれない秋田川の姿を1人見ていた。
「…………」
物心付いた頃から翔太は、普通…人が見えてない物を見ていた。
その姿形は、何ら生気を持っている人間と変わりは無い。が、独特の匂いと、それらを取り巻く冷ややかな霊気の様な物が、翔太には見えた。
そして、それらは必ず自分に関わって来る。
出来るだけ気付か無いふり、見ないふりをしていても、いつの間にやら翔太の側にいた。
構って欲しがったり、助けを求め縋り付いて来るものもいる。
それは翔太が、それらを感じ取れる数少ない存在である事を、それらが知っているから。
しかし、その男性は自分がこの世の者では無い事に、全く気付いてい無い様子。
昼間学校に生徒がいる間は、ずっとこの体育館と職員室の途中にある、一年生の教室が並ぶ廊下を、行ったり来たりしている。
それは多分何年も続いているのだろう…彼がこの世を去った20年近く前から……。
「藤城君…」
桜が声を掛けて来た。
「⁉︎……」
突然名前を呼ばれ、翔太は驚いて顔を上げた。
「あー、来栖川さん……何?」
「藤城君…て、もしかして…何か見えてる?」
桜は耳打ちする様に、翔太に尋ねた。
翔太は再び驚いた。
「‼︎…」
そして、返事に困った。
「見えてるでしょう?見えてるよね」
その様子に確信を得た桜は、瞳を輝かせながら再度聞いて来た。
「来栖川さんも…見えるの?」
そっと小声で、慎重に聞いて見た。
「ううん!残念ながら」
翔太も残念だった。
同じ悩みを持った仲間がいると、少し期待してしまった。
「でもね。匂いなら分かるの。嗅いだ事無いけど、死臭とは違うの。何か独特な匂いが有るの」
翔太はうんうんと頷いた。
「やっぱり!」
桜は話の合う相手に出逢えて、テンションが上がっている様子。
「藤城君は会話も出来るの?」
「ん…うん…」
「う〜ん凄〜い!」
もう桜は自分を抑えきれずに、興奮している。
「何で?…」
自分の憂鬱の種を、羨ましがる桜が不思議で仕方無い。
「だって凄いじゃない。羨ましいわ」
翔太は、満面の笑みで食い気味に話す桜に、冷やかしの類かと…少し引いた。
「で、やっぱり見えてるの?ガンコツ先生⁉︎」
構わず話す桜。
「多分……ガンコツ先生かな?」
「私、ガンコツ先生の事色々調べたの。それでね…私、思うんだけど、ガンコツ先生が未だに彷徨っているのは…犯人が捕まって無いからじゃないかしら。良く言うじゃない。この世に未練や恨みを残すと成仏出来無い!って…でね…」
「でも……ガンコツ先生って事故で亡くなったんじゃないの?」
「違うわ‼︎ 事故じゃないわ。こんなに彷徨ってるって可笑しいじゃない。絶対殺されたのよ!何かの陰謀が働いて、真相は隠されたままなんじゃないかしら」
一気に捲し立てる桜に、翔太はどう対処して良いか困惑した。
始業のチャイムが鳴った。
翔太には、天使の鈴に聞こえた。
やっと解放されると、ほっとしていると、
「藤城君!放課後詳しく話ましょ」
「えっ⁉︎……まだ有るの?」
『来栖川さんて、ハッキリしてるな〜とは感じていたけど…もう少し静かな人だと……あんなに積極的に来られると……ちょっと苦手だな…』
翔太は、また憂鬱が増えそうで、不安だった。
放課後。バスの時間迄にはまだある。
桜に見つかる前に、何処かに避難しようかと……
「藤城君‼︎ねぇねぇ続き、相談しましょ」
桜が大きな声で、手を振っている。
逃げる間も無く…敢え無く、捕まった。
『相談⁉︎』って、放課後に何を話そうと言うのか、桜の妙なテンションに、嫌な予感しかしない。
「でね。私、子供の頃からずっと考えてたの。でも、私の力じゃどうする事も出来無くて……藤城君みたいな才能?…能力?持った人を探してたの」
そう言ってにっこり微笑んだ
そして、急に思い出した様に
「あっ!ごめん。引いてる?……私夢中になって、一人で喋って……」
『えっ?今頃?……』
「やっぱり…引いてる⁉︎」
桜のテンションが一気に下がる。
2人に沈黙が流れた。
その沈黙に、責められている気分になった翔太、
「何が……したいの?」
耐え切れず、言葉を発してしまった。とたん、まずかったかな?と頭をよぎった。
何か…言っちゃいけない事を言った気がする。
「聞いてくれるの⁈良かった〜」
桜の顔が、パッと明るくなった。
やばい、火を点けてしまった……。
桜の策略にまんまと、はまったのか?
この人には同情はいらないと、翔太は後悔した。
ずっしりと憂鬱を抱え、翔太は家路へと向かうバスに乗っていた。
桜の話は案の定、2人でガンコツ先生を助けよう!……って事らしい。
そんな簡単な事じゃ無いし、素人が出来る訳無い、
危険だよ!……そんな翔太の意見は、あっさり無視された。
「まず本人に話を聞かない事には……その為には藤城君の力が必要不可欠なの。もう直ぐ夏休みになるし、調度良いと思わない?」
何が調度良いのか、僕にはさっぱり分からなかったし…
作戦決行‼︎やるぞー!オー‼︎
謎の掛け声かけさせられたり……
作戦決行って……結局やるの僕なんじゃ?
何か言いなりになってるだけの様な?
逃げる様にバスに飛び乗ったけど…憂鬱だ。
夏休み迄1週間。
憂鬱だー!




