裏切りと歪んだ愛情
警備が……起動し無い……
やはり滝川は、男に鍵を渡していた。
1つ1つ鍵を解除し……迫ってくる。
慎太郎を殺した……あの男が……
翔太と桜は、息を殺し一心に扉を見つめた。
扉が静かに……開く……
マシュとチョコが一気に吠え始める。
滅多に吠える事が無く、到底番犬の役等出来そうも無いと笑われていた、ピレニーズのマシュと、バニーズのチョコ…後退りしながら必死に主人を守ろうとしているのか、入って来る男に向かって吠え続けている。
「やぁ……」
男は部屋に入るなり、棒立ちする3人に向かって、右手を上げ笑顔で言った。
傍で吠え続ける、マシュやチョコには目もくれない。
構わずズカズカと入って来る。
まるで、自分の家にでも帰って来たみたいに……
「…………?」
翔太と桜は……
言葉と、瞬きする事を忘れていた。
「来栖川も居たのか」
「?……」
男は桜を知っていた……
「久しぶり、茜!待たせたね」
恋人に話す様に茜に声を掛ける。
茜は、嫌悪と憎しみの視線をその男に向けた。
「佐渡先生…………何してるんですか?」
翔太が問いかけた。
「先生⁈…翔ちゃん……先生って?」
「知ら無かったんですか?……」
桜は茜に聞いた。
それでか。中学に入って学校の行事は率先して、滝川さんが全てやってくれていた。『仕事に集中させたい』とか言って、僕には直接学校の事を母さんに言う事を禁じた。佐渡先生と合わせ無い為、母さんが学校に行く事を拒んでいたんだ。
僕も気付か無い間に、見張られていたの?
茜がマシュとチョコを宥めた。
役目を果たしたとばかりに、2匹は誇らしげに、自分の定位置のソファの上に戻った。
佐渡は鼻唄を歌いながら、フラフラ部屋の中を歩き出すと、桜の前で止まった。
覗き込む様に顔を近付け
「お前等……何コソコソやってんの⁈」
桜は思わず顔を背けた。
「お陰であのヒステリー婆さんに余計な詮索されて、鬱陶しいったら」
「あなたが、慎太郎を殺したの⁈」
茜は単刀直入に聞く
「あーん?慎太郎?害虫の名前なんかいちいち覚えて無いな〜」
佐渡はまたフラフラと、茜に向かって歩き出す。
翔太は悔しさで、身体が震えるのを感じた。
「何で殺したの⁈」
「害虫は駆除しないとな……強いて言うなら……世間知らずで、挫折なんて味わった事も無くて、飄々と生きて来たあいつが許せなかった……って感じかな」
「何それ……?」
茜が、苛立ちを吐き捨てる様に言った。
「分からないかな〜…俺は、あの大学を目指して子供の頃からずっと、ずーっと勉強して来たんだ。
ゲームや漫画やテレビ、一切を生活から排除して、親からの期待を一心に受けてな!
どうしょうもない不安とストレスの中必死に頑張ってた。それなのに……たった1回の過ちで全てが終わった。
高校受験の失敗。俺の行く筈だった進路は閉ざされ、俺の未来は無くなった。
親にも見放され、行きたくも無い三流大学に通って、ただダラダラと生きてた。
そんな、生きてるか死んでるか分からない毎日を過ごしてた時、思いがけず慎太郎があの大学に通ってる事を知った。
沸々と湧いて来る嫉妬と憎しみは日に日に大きくなって、俺は狂いそうだったよ」
「既に狂ってる!」
翔太は吐き棄てる様に言った。
「そうだな…俺は狂ってる。それも全部あいつのせいだ」
「全て人のせい?……高校が駄目なら、大学で頑張れば良かったんじゃない?1度の失敗で諦めたのは自分ですよね…………」
「ふん!来栖川、君は何も分かって無いね。僕の人生は、完璧じゃなきゃ駄目なんだよ。優秀な人間に挫折は許されない!君には分かって貰えると思ったのに……残念だ」
佐渡は首を振り溜息をついた。
「大学に紛れ込んで、慎太郎を見付けて声をかけた。人が良さそうで人懐っこくて、俺の事あっさり信じ込んで、笑えたね。
人生お気楽に生きて来た奴はやっぱり違うなって…これ素直な感想ね。
それからずっと様子を探ってた。そして、茜って女と付き合ってる事を知った。
最初は邪魔してやろうと色々根回ししてた……後にこのお陰で、慎太郎の死が茜に知れるのが遅れた。
まさか今頃になる迄気づか無かっとは、想像以上だったけどな。
慎太郎の母親が、色々嗅ぎ回ってたけど、全く情報が漏れ無かった。
ずっとあの男に捨てられたって、思い込んでるお前を見てるのは愉快だったよ、茜!」
もはや、教師佐渡の姿は欠片も無い。
翔太は目の前で下品に笑う男を殴りたい衝動に、何度も襲われた。その度茜が翔太の手を強く握り締めた。
「間抜けな慎太郎が、俺に茜を紹介して来た。その時思ったんだ……この女が欲しいって。この女には、俺の方が相応しいってね」
慎太郎の言った事は記憶違いじゃ無かった……しかし、茜にはこの男を紹介された記憶が全く無い。
それ程……茜の中では、どうでも良い存在だった。
「それから忙しかったよ。茜に近付く為、なんの興味も無い滝川に近付いた。
男に免疫が無い滝川は直ぐに靡いて、俺の言いなりだった。
滝川に探りを入れさせている時偶然、茜が結婚の報告しに慎太郎の実家、北海道に行く事を知った。
俺は慌てた……それで、慎太郎を殺す事を決めた。
緊急だったから、仕方無いよね。
その時滝川に、『脅迫されてる。助けてくれ』って泣き付いたら、あっさり殺す手伝いをした。簡単な女だよまったく。
それから滝川は、益々言いなり。一切逆らわない、いや、逆らえ無くなった」
「最っ低‼︎」
「突然、茜が消えた時は焦ったよ。折角茜の為に始末してやったのに、この女は礼も言わずに消えた……
滝川に茜の居場所を探させた。
担当が違うから居場所迄は無理だとかほざくから……『人殺しの癖に…何とかしろ!』って言ったら、震え上がってたよ」
ヒッヒッと下品な笑い声が漏れる。
その姿は狂気その物で不気味。
「茜の担当になる様に滝川を焚きつけ、やっと、
この家を探し出した。
なのに……お前は‼︎あんな男の子供を産んでた‼︎
俺は発狂したね。ふざけるな‼︎……って、しかし、お前は、怯むどころか威嚇して来た。流石だね。俺は益々茜に夢中になった……最高だ!」
急に甘えた声で話す佐渡に、3人はぞっ!とした。
「滝川にはこの家に入り込ませ、ずっとお前等を監視させてた。滝川は上手くやってくれてたよ。何から何迄筒抜けだった」
佐渡が愉快そうに笑いながら、ゆっくり、翔太の前に来て止まった。
「お前等がコソコソしてるお陰で、確信した。
やっぱり茜を離したくない、俺が愛してるのは茜だけだ……てな!
慎太郎始末して、本当はすぐにでも一緒になりたかった……だけど……あの時は許せなかったんだよ。
お前の存在が……
ずっと後悔してた。お前の始末もしとくべきだったって……なぁ翔太!
学校でお前を見掛ける度、吐き気がしたよ」
佐渡は苛ついた、冷たい目を翔太に向けた。
「滝川は用済みだ!茜…待たせたな。
やっと結婚出来るよ」
茜に向かって手を差し伸べた。
「謙也……どう言う事?」
一斉に声のする方に視線を向けた。
誰も気づかなかった。いつの間にか、滝川がピザを持って入り口に立っていた。
佐渡が面倒そうに
「あーん!何だお前、来るなって言っただろ!帰れ‼︎」
「あなた…全て終わったらわたしと結婚してくれるんじゃないの?」
「寝ぼけてんの?少し考えればわかるでしょう。お前と俺じゃ釣り合う訳無いだろう」
「……そうなんだ……あ、みんなお腹空いてるんでしょ。ピザが来たわ。用意しますね」
そう言って、滝川はキッチンへ消えた。
滝川さん……翔太は裏切られていたけど、この人も淋しい人なのかと…少し気になっていた。
「で、今の話の何処に茜さんと結婚する要素がある訳?茜さんの気持ちは?無視⁈」
「僕はね……君みたいに特殊な能力が有るんだ。君も辛かったろう?他人に認めて貰え無い悔しさ、僕には分かる。凡人には理解出来ないんだよ……何故なら、僕達は高等な人間だからさ。なぁ桜!」
ニヤニヤしながら桜を見る。
「能力?」
「人の気持ちが僕には分かるんだよ。特に、僕に熱い思いを持っている心は……手に取る様に」
「思い違いの能力じゃないの?」
「面白いね君は…自分は死んだ人間と話が出来るなんて、インチキ商売してるくせに……人の事は信じないなんて、虫が良すぎるじゃないか。
僕も辛いんだよ。全ての人の心に応えてあげられる訳じゃないからね。茜は選ばれたんだよ僕に……その分、茜には精一杯応えて行くつもりだよ」
「思い込みの能力正解だわ」
茜が吐き捨てた。
「つうか、ただのストーカーだし」
桜も吐き捨てた。
「キモッ‼︎」
翔太はただぞっ!とした。
「だいたい、何故そこ迄慎太郎に執着するの?慎太郎は、大学で初めてあなたに会ったって言ってたわ。あなたは何処で慎太郎を知ったの?」
「俺も、慎太郎と会ったのは、あの時大学で会ったのが初めてだよ」
「あなた、慎太郎があの大学に通ってる事知ってて会いに行ったって……」
「存在を知ってただけさ……秋田川の息子が居るって……」
「……?慎太郎のお父さん?」
茜にはピンと来なかった。
「秋田川?…の息子」
桜はもしや……。
「ガンコツ先生……?」
翔太……?