嵐の前の静けさ……
2人は、翔太の家へ向かうバスの中。
「君の家って……凄いね」
「凄い?何処が?」
「いやいや、昔の武家屋敷みたいだし……」
「ただ古いだけよ。小さい頃は、薄気味悪くてで大っ嫌いだったけど、仕事するようになって慣れたわ」
「へー……確かに、人の気配の無い部屋がいっぱい有りそうで、寒々しくて……ちょっと怖いかも……」
「何よ!翔太もしっかり不気味がってんじゃないのよ人の家!」
「あーいや。お手伝いさんもいっぱいいて…お金持ちだな……って」
「あー……あの人達、お手伝いさんじゃないわ」
「えっ、違うの?……」
「所謂…信者よ!」
「信者?」
「そっ!」
「分かりやすく言えば、亡くなった先祖に縛られて生きてる、気の毒な人達」
「……」
「父親とか、母親に洗脳されて育って来て、亡くなった後もずっと引きずっているの…呪縛が解けないって言うより、解かないのよ……いつまでも繋がっていようとしてるの……そう言う人達」
「ふーん……」
「わたしだったら……祖母も母も居なくなったら、あんな事さっさと辞めて自由になるわ」
「自由?……じゃないの?」
「翔太が思っている程はね」
桜はいつものように笑顔だったが、意味有り気だった。
「宿直室、鍵付けたの佐渡先生みたいね」
「佐渡先生……僕等が宿直室に出入りしてるの、知ってたのかも……」
「にしても何故お札?……しかも今日いきなりって?何があったのかしら」
「宮崎先生が『佐渡先生が可笑しくなった』って言ってだけど…前に佐渡先生に、ガンコツ先生の話した時は、生徒が勝手に騒いでるだけだからって、全然信じてなかったのに……」
「佐渡か……油断出来ない感じはしたけど…」
「えっ?そなの?今迄、全然そんな素振り見せなかったじゃないか。仲良いのかと思ってた」
「ちょっと感じただけよ。他意は無いわ」
自宅に着いた頃にはすっかり夜になっていた。
翔太がインターフォンを押す……何の反応も無い。
2人に不安がよぎった……心臓の鼓動が早くなるのを感じながら、もう1度押す。
暫く時間を置いて…
「翔ちゃん?…」
インターフォンから微かに茜の声が聞こえた。
「何かあったの母さん!」
「しっ!静かに、今開けるから」
何重もの鍵が煩わしい。翔太は苛っとしながら、次々に解除されるのを足踏みをしながら待った。
最後の鍵が解除されると、2人は部屋の中へ飛び込んだ。
「母さん!」
「茜さん!」
何かを抱え、驚いた顔で立っている茜がいた。
「何?どしたの?2人して…って言うか何で帰って来たの?」
そう言って、茜は部屋の中をウロウロと歩き出した。
「母さん……何してんの?」
「最後はここかな……」
「……」
「……」
「良し‼︎バッチリ」
茜は腕を組み満足気に頷いた。
「あっ、お待たせ〜…ふふ〜ん。今ね隠しカメラをあっちこっちに設置してたのよ」
「カメラ?」
「何の為に……?」
「滝川さん、今日の事を早速男に報告してる筈。近々絶対現れるわ。そうなったらこっちのものよ…証拠撮ってやる!」
「証拠?って……危険だよ。そんな事」
「茜さん……」
「だから他所に行ってなさいって言ったのよ」
「そう言う事じゃ無いよ!母さんが危ないって話だよ」
危機感の全く無い茜に苛立ち、思わず翔太の声が大きくなった。
「大きな声出さないの……チャンスなのよ…お願い」
「母さんが囮になるって事だろう。慎太郎さんがあんな目にあって、母さんに迄何かあったら……危険すぎる!」
「翔ちゃん……ここで食い止めないと…あいつはいつか、あなたに迄手をかけるわ。それだけは絶対に避けないと……その為には証拠が必要なの。証拠があれば、警察も動いてくれるし、過去の事も調べて貰えるかもしれない」
「母さん……分かった。じゃ僕も居る」
「駄目よ‼︎」
「駄目なのは母さんだよ!」
「言う事聞きなさいよ!」
「いやいや、年取ったら子供の言う事聞くもんだから」
「なっ!そんな年寄じゃないわよ!」
2人の押し問答にすっかり存在感を無くした桜が、
「あっのー…わたしも居ます」
顔の横に右手を上げながら桜が言った。
「あ、ああ桜ちゃん⁈……でも、あなた達に、もしもの事があったら……ましてや桜ちゃん迄……」
「大丈夫です!わたし、結構な腕前なんです……ハーーッ!」
そう言いながら空手の型を見せた。
「あ、そうだった……」
翔太が思い出した。
「へー……頼もしいわね」
茜が感心して頷いた。
「取り敢えず今日は仕方無いわね。そう言えばあなた達お腹空いてない?夢中になってて、わたし夕飯まだなのよ」
「あ、そう言えばわたし達も……色々あって忘れてました」
「慌てて帰って来ちゃったからな……」
「ピザでも取ろうか。いい?」
「はーい!」
翔太と桜は元気良く手を上げた。
「40分位かかるそうよ。9時頃になっちゃうわね。お腹空いちゃったわ」
「山だからね…配達してくれるだけマシだよ」
「暇ね、そうだ!少しカメラテストして見ましょう」
「リモコンですか?」
「そっ!これで…OK…ね。ハ〜イ!撮れてる〜」
茜と桜は楽しそうにカメラに向かって手を振っている。
その時、インターフォンが鳴った。
「あら、以外と早かったわね。翔ちゃんそこのお財布取ってくれる。はーい!」
インターフォンの通話ボタンを押し、茜が応対した。
「………⁈」
「どうしたの?母さん……」
「……来た……みたい」
「……うん…んっ?」
「間違い無い……あの男‼︎」
翔太と桜は緊張した。
「ただいまー……」
インターフォンから、男の声がした。
翔太と桜がカメラを覗いた時、男の姿は無く。
既に門の中へと入って来ていた。