恐怖のシナリオを書く男
「慎太郎さん。そのまま当日の事を考えてて下さい」
そう言うと桜は集中した。
「えっ?あ、分かりました。えーと、あの時は確か……」
「あーすいません。声に出さなくてもいいです。大丈夫です」
慌てて桜が遮った。
「あ、ごめん……」
「いちいちシュンとしない!」
茜が、子供を叱る様に言った。
慎太郎が、車を運転している。助手席には、謙也らしい男が乗っている。
当時の流行なのだろうか?
その男の風貌は、到底爽やかさとは程遠く、髪は肩まで伸び、髭も生やし、サングラスをかけ、まるで顔を見られるのを恐れている様な、そんな風に見える。
この格好でデート?喧嘩の原因はこの格好のせいか?慎太郎以外は、皆同じ事を考えていた。
何時頃だろう?外は大分暗くなっている様子。すると、謙也がドリンク剤の蓋を開け、慎太郎に差し出した。
「えっ?ああ、気が効くね!いつの間に?」
「ブラブラしてる時に」
「そうなんだ……ありがとう」
ドリンク剤?って準備良すぎ?まるで、出掛ける事が分かっていた様な……
「簡単に信用しない!」
茜が苛々して言った。
「母さん!過去の事だから……」
「そうなんだけど……」
「眠く無いですか?少し仮眠します?俺、運転変わりますよ」
「えっ、ああ…君は?大丈夫なの?」
「昼迄寝てたから大丈夫です」
「そう…じゃ頼もうかな」
何から何まで…慎太郎は謙也の計画に乗せられてしまっているんじゃないのか?
そろそろ問題の時間だ!
一体慎太郎の死に何が隠されているのか?
謙也の本当の目的は……?
慎太郎が助手席で、スヤスヤ寝息を立て始めた。何の疑いも無く、安心し切っている。
こんなに安らいでいる時間を、何が?誰が?壊したのか?もうすぐ‼︎分かる筈……
謙也が脇に車を停めた。
慎太郎の寝顔をジッと見ている。
耳を澄ませ、寝息を確認している。
謙也が車を降りて行った。
5分位だろうか…謙也が戻って来て、後ろの座席に何かを置いた。
再び車を発進させた。
「トイレにでも行ってたのかな?」
「じゃない」
桜は、この親子の会話に『違うだろ!』
と、口には出さずに突っ込んだ。
山道に入ったのか?登りのカーブが続いている。
真っ暗な闇を無心に走る謙也。
後ろの車のライトが、ルームミラーを照らす。さっきからずっと、後ろに車が付いている。
いつから?
峠の一本道、後ろに車が居ても不思議では無いが、さっき車を止める前もルームミラーはライトに照らされていた。追い越して行った様子は無い。
大分真夜中だ、峠を越える車はそんなに多く無い筈……同じ車か?
そろそろ山道は下りに入る。
すると車は脇の林へと入った。舗装されていない、ようやく車が1台通れる獣道をガタガタ揺れながら……後ろの車はまだ付いている。
こんなに揺れているのに慎太郎は起きる様子が無い?
まるで薬で眠って……いるのか?
行き止まりで車が停まった。
目の前は断崖絶壁……
謙也がまた、車を降りる。
誰かと一緒に戻って来た……女だ。
「彼女が追い掛けて来てたの?仲直りしたのかな……」
「違う‼︎」
桜は、翔太の空気を読ま無い発言に苛っとした。
「何能天気な事言ってんのよ!あんたは…でもこの女の人?」
2人は慎太郎を運転席へと移動させている。
謙也が慎太郎の上半身を引っ張り、女が足を持ち上げている。ぐったりと、力の入っていない体は重く、女は手こずっている。
「しっかり持てよ馬鹿‼︎使えねー女だな!」
「決まりね!」
桜は確信した。
「ねー翔ちゃん……この女の人…滝川さんに似てない?」
「えっ⁈……嘘‼︎」
「それに……この男。あの時の……」
「……?」
「ストーカーよ‼︎」
「‼︎……」
「止めてよ。そんな事しなくても、ここから落ちたら確実に死ぬわよ。」
「うるせー黙ってろ‼︎万が一でも生き延びでもしたら困るんだよ。こいつには確実に死んでもらわないと」
謙也はさっき、車の後部座席に置いた物を取り出した。その手には金属バットが握られている。
次の瞬間!……それは何の迷いも、戸惑いも無く、慎太郎の頭部へと、思い切り振り落とされた。
「ひーーっ‼︎」
「…………っ‼︎」
3人にはもう凝視する事は出来なかった。
息絶えたであろう慎太郎を乗せた車は、静かに崖の方へと向かって行く。
「もういい!止めて‼︎」
茜が堪らず遮った。
「そう言う事か……」
桜は深い溜息をついた。
「確かに……凄く若いけど、滝川さんだ。
睡眠薬は多分、ドリンク剤に入ってたんだね。
眠らせてるから、自分は見られて無いって安心してるんだ……滝川さん」
「僕…殺されたの?」
慎太郎は心細げに肩を落とした。
「慎太郎!あの男とは、いつ何処で、どうやって知りあったの?」
「3年の時、いきなり親爺の教え子だって、キャンパスで声掛けられたんだ。それ以来、会えば挨拶する程度だったけど……そう言えば、別の後輩に聞いても、彼を知る人間は1人も居なかった。大人数だから、そんな事もあるかな?って、その時は深く考えなかったけど…」
「少しは人を疑いなさい!…今更言っても仕方無いけど…」
「母さん……ストーカーってあの時の?」
翔太は朧げな記憶の中から、必死に記憶を呼び起こすが、顔中髭だらけの顔では比較のしようが無く、思い出す事が出来無いでいた。
「声よ!あの怒鳴り声」
「声?……」
「あの時確か言ってた……害虫を駆除してやったとか……何を言ってるのか分からなかったけど……そう言う事?」
確か当時の茜の担当は、浅岡と言う男性だった。彼には結婚の話をしており、北海道に挨拶に行く事も、詳しく話してあった。
それを浅岡は滝川に話したのだろうか?
それから何年か後に、あのストーカー事件。
そして、どう言う経緯なのかその後、担当が滝川に変わった。
彼女がこの家に来る事になったのは、茜達を見張る為?
「警察は⁈」
「無理よ。とっくに事故扱いで処理されてるし、証拠も無い。慎太郎さんの遺体も遺骨になってるし、もう14年も経ってるのよ。今更警察は動いてくれないわ」
「そんなーじゃどうすれば……どんなに死者の話を聞いたり、見る事が出来たって、犯人捕まえられなきゃ意味ないよ!」
翔太の心は、遣り切れ無さで破裂しそうになっている。
拳に力を込めテーブルに振り落とす、大きな音が部屋中に響く…
激しい自己嫌悪‼︎それは涙となって溢れ、翔太は両手で顔を覆い……泣いた。
「翔太……」
「あなた達、これ以上関わると危険よ。もう辞めて!」
「僕のせいで危険な目に……命に変えても君達の事は僕が守るから!」
「…………慎太郎さん」
「ありがとう…」
「翔ちゃん今からどこかホテルにでも泊まって……滝川さんが犯人と繋がってるって分かった以上危険よ!」
「母さんは?」
「わたしは大丈夫!」
「駄目だよ!犯人は母さんを狙ってるんだ!1人じゃ危ないよ。一緒に行こう」
「2人一緒にいなくなったら怪しまれるわ。あいつはどんな手を使っても見つけ出す。前みたいに……わたしは色々準備してから、マシュとチョコの世話もあるし…だから先に…ね!」
「わたしの家に…翔太の事は任せて下さい」
「お願い!桜ちゃん」