ファンクラブ会報
ファンクラブ会報。
別のその辺りは個人の自由である。誰がどのアイドルだのタレントだののファンであろうと。興味はないし、第一プライバシーの範疇であろう。勿論そんなものを職場に持ち込むのは正しくはあるまいが。
ただウィル・B・キングがそれに目を留めたのは、留めずにおられなかったのは、それがルーク・マクウェルファンクラブという名称だったからだ。ルーク・マクウェル、このマクウェル社の副社長にして、ウィルが絶対の忠誠を捧げきっている対象である。
「…これは?」
「知らないんですか?最近有名ですよー。副社長の最近の動向だとか色々あって面白いんです。記事的には服装関係とか小物関係とかちょっと素敵な行動とかが特集されてるんです。勿論副社長には秘密らしいですけど」
あっけらかんと答えたのは、メリッサ・カーライルだ。このアリスヴァル研究所でサーラ・アリスヴァル博士の助手を務めている。
「そりゃあ秘密でなきゃできないだろうが」
金髪碧眼、怜悧な美貌の副社長はこういった冗談を喜ばないだろうことは容易に予測できた。
「でも結構女性社員の間では広まってるんです。いや、女性社員だけじゃないかなあ。男性社員にもファンはいますしね。あ、あと結構調査部にもファンがいるらしいですしね。会報作ってる人たち、謎ですけど、裏情報多いんで、絶対調査部とか秘書室とかにもメンバーいますよ、きっと!」
メリッサの力説を流して、彼は会報を手に取った。B4版の上質紙を二つ折りにした四面構成のようだった。
見れば一面は副社長のごく最近の写真である。凛とした表情とどこか冷たさを覗かせる瞳は、どうやら人気があるようで。
「この写真いいですよねー!まさか盗撮とは思われませんよね。副社長、広報用の写真だと一応笑うじゃないですか、女子社員にはこの方が実は受けがいいんですよ!!!勿論笑顔もむちゃくちゃかっこいいですけどね」
ということだった。
中を開けば、この一週間の副社長の行動報告と服装についての調査が載っている。ところどころの空白は会報の方でも調べのつかない、もしくは載せてはならない事情のあるものということらしい。
裏面に回ると来週のスケジュールが載っている。
「ファンはさりげにその場にいるようにするんです。愛ですねー」
「…お前もやってるんじゃなかろうな」
「嫌ですよー。お仕事中ですもん、諦めてますってば、直に見るのは」
「直?」
「映像通しては見てますよ。折角アリスヴァル研究所にいるんですもん、裏から手をまわさねばね」
メリッサによればアリスヴァル研究所のホストコンピュータからのメインコンピュータへのアクセスは容易で、警備関連で使われるカメラ映像を横流しできるそうなのである。アリスヴァル研究所に与えられているハード面での環境は開発部門なぞ比ではないほどに充実しているし、甘すぎるほどなのだとメリッサは言う。
「実際見てみます?」
メリッサはそう言って会報にある副社長の予定で、現在副社長室にいることを確認して、落ち込んだ。
「副社長室、見れないんです。あそこカメラ設置してないんです。やっぱ副社長のプライバシーですかね。このマクウェル社内で監視カメラ設置してないの、副社長室だけなんですけど」
わずかに期待をしていた、彼も例に漏れず副社長の崇拝者である、ウィルは慌てて言いつのる。
「当たり前だろうが、副社長が監視される必要がどこにある!そもそも副社長がこのファンクラブ発見したらどうなると思ってるんだ!」
「そういうとこ寛大だと思うんですけどね」
「副社長が?…まさか」
彼は知らない。調査部長補佐と副社長の話を。
「なかなか面白いと思いますよ」
忍び笑いが漏れた。
「そこそこに気を使ってるのも判りますし、害はないでしょうね」
補佐が手に持つのは例のファンクラブ会報だ。今回は式典で花を持つ副社長の写真が一面である。
「まったく、呆れ返るがな」
「この程度の自由なら与えても構わないでしょう。あなたの容貌が女子社員からの人気を集めるのは自明なんですし、禁止するのも大人げないですよ」
今日の副社長はごく普通の作りのダークスーツだ。たまには奇をてらってみるのも面白いだろうに、と補佐は思うが口に出すほどのことではない。
「とりあえず、首謀者と購読者ぐらい抑えてあるんだろう」
「首謀者のリストはここにありますが、購読者は御覧にならない方がよいと思います。落差に驚かされる人間も多々混ざっているので」
「落差?」
「忠実な部下達が裏で会報を見て喜んでいるのは知らない方がよいかと」
「…そこまで言われると、全員疑いたくなるんだが…?」
「それもまた一興といったところでしょう。上の立つ人間としては下の楽しみを奪ってはいけませんよね」
憮然とした表情の副社長に補佐は笑みを漏らす。
「勿論あなたがどうしても嫌だというなら禁止の措置もとりますが」
「いや、構わないさ。あとはこれを作っている人間が仕事をきちんと出来る人間だという保証とその他これによる損害がない保証をお前から得られるなら反対する理由はない」
「保証はしますよ。なんらかの害があるならばこちらで手を打ちます。それでよろしいでしょうか」
「ああ、あとはまかせる」
そうしてルーク・マクウェルファンクラブ会報は存続を許されたのである。