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異界探索行  作者: 詩月凍馬
8/14

出立

 村を立つ朝、俺とファーラは互いに自身の装備を確かめていた。

 俺は袖抜きのインナーに袖なしのジャケット、ズボンにブーツと腰巻のマントと言ういつも通りの服装に腰の両脇のホルダーに実体化させたエルツァイクを、腰裏のホルダーには同じく実体化させた双刃剣型QCWファルセイクを装備して、FCAをオンにする。

 黒いインナーとズボン、白が基調になったジャケットと腰巻マントがそれぞれ色合いに深みを増した事で、FCAが作動した事を確認。


 一方のファーラはと言うと、こちらもズボンに長袖のシャツを着込み、その上にフード着きのローブを羽織っていた。足元はブーツではなく、ローファーに近い形の靴を選んだようだ。


 普段の服装で言えばロングスカートが多く、また、本人もそちらの方が好みである様だが、流石にこれから旅に出ようと言う時にスカートは止めた様である。

 まぁ、ファーラにもFCAが存在する為、服装等それこそ下着一枚であろうと防御力的な問題は無いのだが、現代日本と違い整備されていない道を歩く以上は、肌の露出が少なく、動きやすい物を選ぶのは道理であろう。


 この服や靴だが、グリフォンの設備とアイテムクリエイトのスキルを使って作り出した物だ。

 あのゲームでは鎧系の装備は兎も角として、衣服や靴の類はアイテムに分類されていた為、鎧系装備を作りたければアーマークリエイトと言う別種のクリエイトスキルが必要になる。

 最も、アイテムクリエイトにした所で所謂回復薬の様なアイテムと衣服が同じ扱いであろう筈も無く、衣服の場合はドレスクリエイトと言う派生スキル扱いにではあったが。


 あのゲームに登場した衣服のレシピは既にグリフォンのメモリーに登録されている為、その中から彼女自身に選んで貰ったのだが、ファーラはその中から動きやすく、派手にならない――むしろ地味な系統の服を選んだ。


 と言うのも、ファーラの満月の光を連想させる様な銀の髪や同色の毛に覆われたふさふさとした尻尾はそもそもが酷く目立つ。

 いっそ白銀に近いその色あいは、『夜と月の巫女』特有のものである事はそれなりに知られているが、中にはそれを承知の上で狙おうとする輩もゼロではないのだと言う。


『いくら私が巫女って言ったって、番が居なければ単なる狐人の娘だもの。巫女を常に女神様が見ていらっしゃる訳でも無いし、中には攫って売り払おうって考える人も居るから』


 とは以前ファーラが言っていた事だが、どうやら奴隷制があるらしいこの世界では、番の居ない巫女――より正確には通常の獣人族とは違う、珍しい体毛をしている場合、そのレアリティの高さから一部の裏ルートでは高値が付くそうだ。


『今の私にはデュランって番が居るけど・・・だったら番を殺してしまえば良いって考える人も居ない訳じゃないからね。だから街の中とかなら兎も角、旅の最中はあんまり目立ちたくないの』


 一応、街に入ってさえしまえば髪や尻尾を曝した所で、ある程度の安全は保障されると見ていい様だ。


 何しろ、この世界では『巫女と番』はそのまま幼い頃に聞く寝物語にもなる程に有名である為、表立って害そうと言う輩はそうそう出ない。

 まぁ、件の領主家次男の様な輩もないではないが、基本的には女神に認められた『聖女』に近い立ち位置である訳だ。


 自身が直接信仰する神ではなかったとしても、害するよりは協力する事で善行を積むというのが一般的な対応であるらしい。


 実際、領主家次男の暴走で四肢を失った際には、その話を伝え聞いたのか街に住む『名医』や『凄腕』と呼ばれる治癒師達が態々診療に訪れたと言うから、一定の信頼は置いていいだろう。

 無論、だからと言って完全に警戒を解く気もないのだが。


 いずれにせよ、ある程度落ち着けるだろう街中以外では、着飾るよりも動きやすさと安全性に重きを置く、と言うのであれば俺としても否やは無い。


 まぁ、目立つ目立たないを論じるのであれば、既にして俺自身が目立ってしまっているだろう気もするので、ある意味、今更と言う気もしないではない。

 ゲーム内での出来事とはではあるが、数多のミッションをこなし、数多くのフィールドを駆け抜ける際に身に着けていたこの服以外を・・・と言うのも余り気乗りはしないのだ。


 デュランの体へ変わった後に得た、『慣れ』と言う感覚はあくまでゲームで行っていた事に対して感じられるものだ、と言うのはここまでの日々で理解している。


 一度これ以外の服装で狩りにどうこうした事があるのだが、何と言うべきか・・・据わりが悪いと言うか、落ち着かないと言うか、どうにも感覚が違っていた。

 いつも通り、エルツァイクは両腰のホルダーに収まっている事に変わりは無く、ホルダーの位置も変わっていない筈なのだが、エルツァイクを抜こうとした段階で一瞬と惑いにも似た感覚を覚えたのは記憶に新しい。


 それ以来、目立つのは覚悟の上でも服装は変えない事にしている訳だ。


 あの時は単なる狩猟――食料を得る為のそれを単なると評するのは些か違う気もするが――であり、例え獲物を獲られずともそれこそイーニャ辺りにからかわれる程度で済んだだろうが、あれが戦場であったらと思うと正直笑い事ではない。

 よく言われる事だが、戦場では僅かの時間が生死を分かつ。

 下らない誤差で時を潰されるくらいなら、多少目立つ事を許容した方が良い。

新しく地味な服で慣らせば良いだけかも知れないが、長くこの服で戦ってきたと言う自負もある。

もはや、俺の意識的には、この服装=戦装束と言う認識は変えがたいのだ。


閑話休題。


装備を確認した俺達は揃ってゲートを開き、月狐族の村にあるファーラの私室へと移動する。

部屋を出ると、いつも通り揺り椅子に座るジャニア老の姿が見えた。


「ほほぅ、準備出来たようじゃの」


 そう言って俺達を細めた目で眺めつつ、小さく頷くジャニア老にファーラが一度頭を下げた後、笑顔を向けた。


「それじゃ、行って来るね。お婆ちゃん」


「あぁ、こっちの事は心配せんでえぇ。デュランと一緒に確りな」


 ジャニア老はファーラの言葉にそう返すと、今度は俺に視線を向ける。


「デュラン。異世界の旅人であるお前さんに伝承を押し付ける形になってしもうたが・・孫娘をよろしく頼むぞ?」


 その言葉を受け、俺は首肯を返す。


「承知した。まぁ、伝承とやらは兎も角、未だ目的すらない旅だ。警戒を怠る気は無いが、ファーラと共に旅自体を楽しませてもらうさ」


 俺の言葉と笑顔で俺の隣に立つファーラを見て、ジャニア老は笑みを一層深める。

 その笑みに見送られ、俺達は村を後にした。




 ここ月狐族の村では夏も深まりつつあるが、早朝の空気は涼しく澄んだ爽やかなものだ。

 村人達との別れは既に昨夜済ませてある為、たゆたう朝靄の他は時折響く鳥の声が聞こえるだけで、村は静けさの中にある。


 そんな村を歩き、あの日、俺がたどり着いたものとは逆に位置する門へ。


 この村は所属する領地の中では外れに位置しており、以前俺が辿りついた側の門から先は平原と森、山が広がるだけの未開地域が広がっている。

 グリフォンによる広域マップを見る限り、平原の先にある山脈の向こうは海になっていたが、その事はファーラを始め村人達も一応知ってはいたらしい。


 と言うのも、この村の住人はかつて暴政を逃れ、海を渡ってきた孤人族の一部が先祖にあたるのだと言う。

 最も、伝承の中に謳われる程度の認識でしかなく、『山を超えれば海がある』と知ってはいても、実際に海とはどういうものなのか、と言う事は知らないのだが。


 村に着いた当初、明らかに見慣れぬ服装に身を包んだ俺を見て、パロゴが余り驚かなかったのはその辺りに所以する様である。


 曰く、『海超えてまで来る旅人がよ、俺らの知ってる服と同じってなぁ出来すぎだろ』との事だったが、まぁ、真相はそれすら越えて世界そのものが違っていると知った時は、『世界が違うんなら、それこそ当たり前だわな』と笑い飛ばしていた辺り、何となく海がどうこう以前に大らか過ぎる気もしないではない。


 と、パロゴ・・・ひいては月狐族の大らかさについては置いておくとして、その時の門の反対に当たるのが、街へと続く道へのそれだ。


 とは言え、領内でも一種辺境にあたる月狐族の村への道筋は、その殆どが整備されておらず、馬車一台が通れる程度の道幅が踏み固められているだけに過ぎない。

 まぁ、それですらオルニードと言う特産があるが故であろうし、それすらなければ本当の意味での獣道であった事は予想に難くない。


 門を抜けてそんな道に出ると、俺はリングを通して個人用ストレージへのアクセスを開始した。

 光学式パネルで表示される一覧を確認しつつスクロールさせて行き、目的のものを見つけ放出させる。


 俺達の少し前の地面に青い光が波紋状に広がり、その後に出現したのは一台の乗り物。


 あのゲームに置いて広大なフィールドを駆ける為に重宝したエアバイクである。

 最も、バイクとは言え見た目で言えば水上バイクが近いだろう。


 エアバイクの名称から解る通り、このバイクは二つの車輪で地を駆けるのではなく、感性制御と重力制御を利用して浮遊した機体を、後部推進口より噴出させる特殊量子で進行させるのだ。


 俺が所有しているエアバイクは二台あるが、その内の一台は完全なレーサー仕様になっていて、操作性自体かなりピーキーである上に乗員数も一人のみだ。


 これはあのゲーム内において、エアバイクを使ったレースが定期的に行われていた事に起因する。

 結局の所、エアロストライカー等と言う極端にスピードに特化したクラスを選んだ俺は、エアバイクと言う分野でも最速を求める事に楽しみを見出した訳である。


 バイク自体、アイテムに分類されているのでアイテムクリエイトのレベルを上げていれば、様々に手を加える事が出来た為、ことレースともなれば実際のバイクレースさながらにチューンにチューンを重ねたバイクが銀河系のあちらこちら――あのゲームでは架空の銀河系内が一つ丸ごと舞台になっていた――から集まり、最速を競い合ったのだ。


 当然、レース仕様にチューンされたバイクなど、日常における使用――つまりはミッション等の際におけるフィールド移動に使うには、余りに適さない。

 ガソリン車と違い燃料を補給する必要こそ無いが、高めに高めた推進力による騒音もそうだが、余りに高い加速性故に場合によっては市街地や森林エリア等も走る事になる日常では、まともに走れた代物ではない訳だ。


 その為、レース用とは別にもう一台、日常で使うものを所有するのである。


 最も、エアバイクと言う代物自体、それなりの値段はするが馬鹿に高いと言う訳ではないので、中にはコレクションの様な形で複数台買う者もいたが、それは置いておく。


 今実体化させたエアバイクは、最大乗員数二人の最もスタンダードな機種にあたる。

 加速性もそれなりにあり、機体の安定性も高い。

 何より、スタンダードであるが故に整備がしやすく、換装パーツも手に入りやすいので、高い安全性を維持できるのが一番有り難いと言える。


 何しろ、リアルの追求を謳ったゲームであるだけに、定期的に検診・整備をしなければ予期しない故障を引き起こすのだ。


 代表例で言えば、冷却液の劣化が原因で起きたオーバーヒート等だが、中には改定洞窟を走行中にフロントライトの電球――正確に言えば電球、では無いのだが――が切れて視界を失い壁に激突した、と言う者も居た。

 つまり、現実の世界で車やバイクに車検や定期点検が義務図けられているのと変わらない、と言う訳だ。


 さて、今回このエアバイクの様なオーバーテクノロジーの塊を使う事にしたのには、当然理由がある。


 一つは季節的な問題。


 今は夏――現代日本で言う所の6月後半から7月初め頃の気候だと思ってもらえば良いだろう。

 故に、ここ暫くは気候的な問題は出てこないのだが、俺達が向おうとしている領主が住む街は馬車で二月程の時間が掛かる。

 馬車ですらそれなのだから、徒歩で向おうものなら到着までに掛かる時間は押して知るべしである。

 ファーラによればこの辺りの冬は相当に冷え込むとの事でもあるので、旅の空の下、野営を繰り返すのも少々厳しい物があろう。

 無論、夏だからと言って容易いと言う訳でもないが。


 そしてもう一つは地理的なものだ。


 これが最も大きな問題で、何とここから領主の住む街までの間には一切の街や村がないのだと言う。

 ファーラはその理由までは知らない様だが、基本的に領主側で開発を行うのは月狐族の村以外の方向へ、であるらしい。

 流石に二ヶ月以上の道のりを一切の補給梨で踏破するというのは、正直正気の沙汰ではないだろう。


 一応、俺達の場合はストレージに大量の物資が確保されているとは言え、それだけでどうにかなる様なものでもない。

 野営である以上、一定レベルの警戒を維持する必要がある為、どうあっても睡眠は短く、不定期になりがちでもあるし、衛生的な問題もある。


 グリフォンへのアクセスにした所で、ストレージ関係ならばいざ知らずグリフォンへの帰還――つまりはゲートの開放の為にはそれなりの条件が居る。

 と言っても、リング保持者名義の個室――金銭を支払い借り受けた宿の部屋や購入した自宅の他には、月狐族の村でのファーラの私室の様に持ち主の同意を得ることでもゲート開放権現が得られるが、旅空の下ではその条件に合致するもの等流石にある筈もない。


 ファーラの体も回復し大分体力もついてきてはいるが、だからと言ってそれ程の長期間を野宿で過ごさせるのは少々問題もあるだろうし、俺とて体力的なものは兎も角として精神的な疲労は抜けないだろう。


そして最後に、俺の身分が確定していない事が上がる。


 本来であればどの領地に入るにしろ関所を通らなければならない必要上、仮の身分証を所持しているのだが、俺はゲートにより月狐族の村近くに降りた為にその手のものを所持していない。

 よって、早々に手に入れる必要があるのだ。


 地球に比べれば文明レベルは低いが、だからと言って税を始めとする一切が存在しない訳では無い。

 俺の様な旅人にまで厳格に行えるレベルの戸籍制度はないにしろ、税を始めとする分野は問題になりやすいと相場が決まっている以上、手に入れるのは早い方が良いだろう。


 幸いにして、街にはファーラの父母と姉がいるらしいので、その伝を使う事になる筈だ。


 後は回復したファーラの姿を一刻も早く父母や姉に見せて安心させてやりたいと言う思いもあるが。


 兎も角、実体化させたバイクを前にして興味深そうに視線をバイクのあちこちに彷徨わせているファーラに声をかけ、俺はバイクに跨った。

 一応、昨夜の内に説明していたお陰か、恐る恐るではあるもののファーラは俺の後ろに跨り、腕を俺の腹に回すようにして身を寄せてくる。

 流石に横座りでは少々危険なので、キチンと跨って貰ったがもしかしたらこの辺りもファーラがスカートではなくズボンを選択した理由の一つかもしれない。


「さて、ではスタートさせるが・・・しっかり掴まっていろよ?」


 背後のファーラに一声かけ、頷いたのを確認した後アクセルを操作し、バイクをスタートさせる。


 このエアバイクはあくまでも操作性と乗り易さを重視して選んだ為、マニュアル操作ではなくオートマ操作のタイプだ。

 なお、地球ではバイクを乗る際に必要なヘルメットだが、俺達が装備しているFCA以外にもバイクに乗り込んだ時点でバイク自体が簡易型FCAを展開させている為に不要となっている。


 フィィィ・・・と言う軽い吸気音と共に、後部にある推進口に特殊量子が充填され、アクセル操作によってバイクを前へと押し進める。

 地上から1m程の高さを浮遊しながら前進するエアバイクは、その構造的なものもあって酷く静かだ。


 ガソリンを燃焼させるタイプのエンジンと違い、推進力となるのは特殊量子を用いた推進口である事は前述したが、これはレーサータイプの様な例外を除き極僅かな吸・排気音がするだけで、乗っている俺とファーラも極普通に会話を交わすことが出来るレベルの音でしかない。

 浮遊している為に地形の影響を受けず、慣性制御のお陰でカーブや停止の際に感じる圧迫感にも似た感覚も殆ど感じないで済む。


 最初こそあまり速度を上げずに走っていたのだが、段々とファーラも慣れてきたらしいタイミングで、徐々に速度を上げ始める。

 徒歩や走りはおろか、馬車のそれすら比較にならない速さで流れていく景色を眺めながら、ファーラが「わあぁ・・」驚きと楽しさが混じった様な声を上げた。


そして俺へ抱きつく力を強めると、楽しげに声をかけて来る。


「ね、ね、デュラン。すっごく速いけど・・もしかしてもっと速くなったりするの?」


 その言葉に、俺は驚き半分、感心半分、と言った所か。

 どうやら俺はファーラの適応力を過小評価していたらしい。

 始めてみる乗り物に乗ったにも関わらず、恐怖や戸惑いよりも好奇心と楽しさが勝っていると見える。


 恐らく今、ファーラの表情を見る事が出来れば楽しそうな笑みと好奇心に星を散らした様に瞳を輝かせる様子が見られた筈だ。

 バイクと言う乗り物の特性上、その表情が見られない事に若干の寂しさを覚えつつも、俺の口元は知らず笑みの形を刻んでいた。


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