出立準備
日を重ねるに連れファーラの回復も進み、既にして日常生活に支障のない程度までは進行を見せている。
とは言え、あくまでも日常生活の範囲内であって、未だ長旅に耐え得る体力はついていないのは確かだ。
そんなある日、俺はまだ日も高い内からファーラを伴ってグリフォンへと戻っていた。
無論、男女としての逢瀬ではなく、列記とした目的がある。
男女としての仲であれば、ファーラの日常生活に支障がない程度に回復した段階で、双方の合意の上で至ってはいるが、流石に日の高い内から求める程に節操がないつもりはない。
それに伴って俺とファーラの関係も恋仲へと進展はしているが、それはある意味では今更、と言える。
巫女と番と言う関係性も手伝って、村では既にして当初より恋仲としての扱いを受けていたのだし、それが現実になったと言うだけの事。
最も、虫食いの記憶とそれ故にどこか自己に対しての希薄感を感じていた俺にとっては、心底思える相手が出来たと言うのは重要な意味をもつ事は確かだ。
家族、友人と言った周囲からの定義があってこそ、人は己の立ち位置を把握できるのだ。
家族や友人と言った存在を失った俺にとっては、ファーラの想い人と言うのはこの世界で始めて得た居場所であると言って良い。
そして今回、日も高い内からグリフォンへと足を運んだのは、その辺りに起因する。
いずれ、近い将来にはこの村を旅立つ事を視野に入れている以上、ファーラの身の護りは必須事項。
巫女として与えられた『月と夜の魔法』を扱えるそうだが、それだけで渡っていける程安全な世界ではない筈だ。
無論、俺としても彼女を護り抜くつもりではあるが、万事において俺の手が届くと言う保障はない。
そもそもがエアロストライカーと言う極端に接近戦に特化した俺と、魔法使いと言う後方型のファーラだ。
状況次第では俺が接敵し、戦闘中に彼女が強襲を受ける可能性も低くはない。
如何にマスターステータスのエアロストライカーとは言え、あらゆる状況下の元でも駆け付けられる等と言う考えは自惚れにすらならないのだから、最悪に対する備えは必要であると言えた。
今回はその為の備えとして、彼女に武器と防具を――QCWとFCAと言う力を用意しようと言う訳である。
この世界の武器防具を・・・とも考えたのだが、文明レベル等から鑑みてもあのゲーム由来のものの方が性能としては勝ると見える。
世界全体を回った訳ではない為、中にはランクSを超える様な類の武器等もあるかも知れないが、もし存在したとしてもその手の武具はおいそれとは手に入るまい。
それにどの道、俺が扱うのはQCWでありFCAだ。
形状や重量と言った全てが何から何まで違う、この世界の武具を態々扱おうとは思わないし、そもそも“今のステータスの俺に耐えられるのか”と言う疑問もある。
未だ月狐族の村人たちしか知らない身ではあるが、この世界の住人達――少なくとも月狐族の村人たちは――あのゲームで言う所のレベル7~10前後換算の身体能力だった様に見えた。
無論、これらは戦闘職でもない村人のステータスなので、職業軍人等は異なるのだろうが、それらから大きく外れたレベルに位置する俺のステータスが通用する武器を早々得られるか、と問われれば望み薄だろう。
そう言った理由以外にも、QCWクリエイターのスキルを持つ俺ならば、彼女の特性にあった武器を作る事が出来る、と言う点もある。
このQCWクリエイターのスキルは、素材を加工する事でQCW本体を作り出す『創造』、素体となるQCW本体に素材を追加して能力地を上昇させる『改造』、QCW本体の重心位置や握りの太さ等を使用者に適合させる『調整』の三つの分化スキルから構成されている。
つまり、このスキルを持っていれば個人的に最適化させた武器を作り出せる、と言う事だ。
この時点で、店売りの量産品よりは余程手に馴染むものを用意できる事になるのだから、そうしない手はないだろう。
流石に不特定多数を相手に行う気はないものの、今回はファーラ。
即ち、今の俺にとっては想い人でもあり、この世界での居場所でもある少女だ。
俺の秘密とでも言うべき、異世界からの来訪者である事は既に知っているし、それに根ざした技術もある程度は見知っている。
全てを知らせる・・・と言うのは文明レベルの差異もあってまず不可能だろうが、『こんな事が出来る』程度には理解して貰えたと予測する。
・・・まぁ、それでもグリフォンの機能や俺の能力の内の数パーセントに過ぎないのだが。
ともあれ、俺達は目的に従いグリフォン内部にある開発区を目指す。
この区画にはQCW、FCAの他にアイテムクリエイトも行える設備が整っているが、それぞれが独立した一つの部屋として作られている。
それぞれのクリエイトに使う設備が違う・・・と言う事も理由に挙げられるが、最も大きなものは『それだけ性能が高い設備を用意した』結果である。
現代の地球においてもそうだが、性能を良くしようとすればそれに伴って設備の規模も大きくならざるを得ない。
あのゲームにおいてもそれは同様で、より高性能な設備を求めると相応の規模になってしまう訳だ。
その為、この区画の空間拡張装置の拡張位階をかなり上げている。
何しろ、そうでもしなければ居住区の個室数を減らすなりの対策が必要になり、結果、乗員数も少なくなるのだ。
設備の規模から考えて6名分の個室を削るのは、少々痛いものがある。
艦の戦闘能力に影響すると言うのもあるが、俺のギルド『求道者』の所属人数から考えるに、態々もう一艦シップを買い求めるのも馬鹿らしいし、そうする位なら空間拡張に必要な素材を集めた方がまだ早いのだ。
幾ら一般的とは言え、伯爵級ギルドシップは安い物ではないし、それだけの金を溜めるのも空間拡張用の素材を集めるのも、手間がかかる点では変わらないが拡張用素材の場合、余剰分は他の用途にも使う事が出来る。
ギルドシップの値段を考えれば、自然と素材集めに焦点が行くのはある意味当然と言えた。
当時は相応に苦労した様にも思うが、今となってはこの設備が心底有り難い。
俺の獲物であるエルツァイクを始めとした武装等も、この設備が無ければそれこそ整備すらままならんのだから、その重要度の高さは押して知れようものだ。
そうして着いた開発区の一室、QCWクリエイトルームの扉の前に立ち、俺はファーラへと視線を向けた。
「さてファーラ。渡したリングを使って、扉を開けてくれ」
そう、ファーラには俺との関係の進展もあり、既にリングを渡してある。
元々、彼女に渡す事事態は考慮の内ではあったので、日常生活に支障がない程度に回復した段階で渡すつもりではいたのだ。
まぁ、結果からみれば回復までに要した時間の経過に相まって、俺達の距離も縮まった言った為、恋仲になったのと同時、と言う形になった訳だ。
このリングだが、渡してから既にして数日が経過してはいるものの、今に至るまで彼女が使った事は殆どない。
夜になればグリフォンに戻る生活事態は変わらないものの、相変わらず彼女が寝起きしているのは俺の私室であるし、そもそも日常の殆どの時間を俺と共に過ごしている為、余り必要としていないのだ。
とは言え、これから旅に出た時の事も考えれば、ある程度の習熟は必要不可欠。
荷物の持ち運び一つとった所で、絶対的な収納量の違いからストレージを自在に使えるか否かだけでも相当に違ってくる。
安全面も考えて回復アイテムの数個は手元においておくにしても、貴重品の類はストレージ内に仕舞っておくべきだろう、と言うのも理由の一つではあるが。
加えて言えば、このグリフォン内部の施設ではその全てにおいてリングによる認証が不可欠である為、行動の自由と言う観点から見ても扱えるに越した事はないのだ。
そんな俺の言葉を受け、ファーラは若干近況した面持ちで左腕に付けたリングを扉脇の認証装置へと翳す。
『・・・生体波長の確認を終了。登録者ファーラと確認されました』
リフの音声が響き、認証装置のランプが閉鎖を示す赤から開錠を示す青へと変わり、小さな圧縮空気の音と共に扉が横にスライドした。
その様子を見て、ファーラは目をパチクリとさせている。
どうやら、驚いた様だ。
既にグリフォンで生活を始めて一ヶ月以上。
その間、俺が操作していたとは言え、この手の動作は見てきている筈なのだが。
「幾度も見てきている筈だが・・・未だに慣れんか?」
口端に浮かぶ苦笑を自覚しつつそう尋ねれば、ファーラは少し恥かしげに頬を染めて小さく頷いた。
「うん・・それに、今回は私が開けたんだなって思ったら、余計に・・」
そう答えるファーラだが、まぁ、それは無理もあるまいとは思う。
そもそもがグリーン・アースの技術レベルは確認が取れている限りでは、地球に置ける中世ヨーロッパ程度と予測されている。
この手の機械文明にはまだ程遠い技術の中で生きて来た彼女には、中々馴染めないのも道理だろう。
最も、その割には風呂や調理場と言った場所への適応は早かったものだが。
その点を指摘しても良いのだが、今はやめておこう。
出会いからこれまでの付き合いで解ってきた事だが、彼女は心を許した相手に対してはかなり明け透けだ。
例えそれが恥かしいと思える様なことであろうと、本心を隠そうとしない。
故に下手に弄ろうとすると、此方までもが赤面必至な返答が返ってこないとも限らないのだ。
それもまた一つのコミュニケーションの形だ、と言われればそれまでではあるのだが、何も好き好んで赤面したいとは思わんし、ファーラの恥じ入る様子を見て喜べる程ひねた性格をしてもいない積もりだ。
よって、内心で苦笑するに留める事にするとファーラを伴って室内へ入る。
QCWクリエイトに使う室内は、QCWと言う武装の機構上もあって研究室と言った感が強い作りになっている。
これは量子制御を利用して刀身等を構成すると言う機構――つまりは、剣や弓、槍等とは名ばかりの精密機器である事が理由だ。
最大の特性である量子制御による半実体型力場を形成する為の制御装置や、自然界に存在する量子を吸収・蓄積するし使用可能な特殊量子として変換する変換装置を基幹として、それぞれの武器の形状に即した各機構が組み込まれる事になる。
無論、それらを保護し、使用時には『握り』や『柄』として機能する外殻の形成もここで行うのだが、この握りや柄の形状一つ、長さ一つとった所で使い心地に差が出てくる。
『真の達人は武器を選ばない』等と言うのは、かつてどこかで聞いた言葉だが、個人的には大いに否と言わせてもらおう。
如何に多くの武装を操れようが、真の意味で適合した武器ほどに力量を発揮できるもの等存在せんし、達人と呼ばれる程に武器に習熟しているものであるのなら、それを身をもって理解している筈なのだ。
故に、そう言った者程扱う獲物への拘りは強くなるものだ、と言うのが俺の個人的な考えであり、ある意味皮肉ではあるがあのゲーム内における常識でもあった。
クリエイターの手によって調整を施され、最適化されたQCWに比べると、市販そのままのQCWを扱った場合では振りの速度や攻撃の威力は当然として、耐久値とでも言うべきQCW本体への負荷の大きさまでもが変化していた。
まぁ、これも謳い文句の『リアルへの追求』の結果なのだろうが、お陰でレアな武装を手に入れても、真の意味で己の獲物にする為にはクリエイターの手による調整が――もっと言えば、その為の素材が必要になると言う些か手の掛かる仕様になっていた訳だ。
とは言え、その所為もあってより一層己の武装に愛着を感じる、と言う点もあったのは確かだが。
と、少々話しがずれたが、室内に入った俺達は事前に決めていた武装を作る為の作業を開始する。
昨夜の内に話し合い、ファーラが選んだのは『弓』。
元々近距離戦闘への適正が高くない魔法職と言う後衛型である事に加え、巫女として目覚めて以来、四肢を失うまでは己を磨く為、いつか出会うだろう番の力になる為と弓の修練を積んでいたのだそうだ。
四肢を失ってから数年のブランクこそあるが、かつて修練を積んでいたのであれば、再度の習得に掛かる時間はその分短縮できるだろう。
それに俺としても弓と言う遠距離武器を扱う者が身内に居るというのは有り難い。
それと言うのも、俺のクラス、エアロストライカーはあのゲームに登場する全クラスの中でも飛び抜けて速度に特化しており、他の速度型のクラスに比べても頭二つ分は抜けている。
その代わり、弓や銃と言った遠距離武器――その中でも飛び道具に分類される武装の類が一切装備出来ないのだ。
実際、弓やら銃やらを撃つよりも、ある程度まで育ったエアロストライカーであれば走って近づいた方が早いので、然程問題視はしていないが、だからと言って飛び道具を扱える者が不要かと問われれば、それは否である。
極端なまでに接近戦に特化しているが故に、遠距離形の存在は色々な意味で有り難いのだ。
無論、俺の様にマスターステータスまで育ってしまうと、その限りではないのは確かではあるのだが。
閑話休題。
ファーラの現在の身体能力なども鑑みて、彼女が使えるだろうQCWの位階上限はC。
あのゲームで言えば初期武装から抜け出した程度の初級武装だが、それでもグリーン・アースで数売りされている弓よりは幾分マシだろう。
作業台の横に設置されているコンソールを操作してギルドストレージを開き、カーソルをQCW→弓→FPC(Female Player Character あのゲーム内における女性キャラの略称)の順に操作していく。
俺を筆頭に、『求道者』には蒐集癖の強い面子が多かった事もあって、浮かび上がったリストに並ぶ名称は相当な数に及ぶ。
その中から更にランク指定をかけ、ランクCのみを表示。
それだけでもそれなりに数はあるが、『+』『-』の付かない純粋なランクCの中で、比較的汎用性に優れ、攻撃力もそれなりに高い物を・・・となると数は絞れてくる。
幾つかの候補を比較検討した結果、最終的に候補に残ったのは三つ。
○やや攻撃力が低いが連射性能に優れた連弓型『パーリッド』
○連射性能は落ちるが攻撃力が高く、飛距離に優れた長弓型『ウッドロウ』
○平均的な能力で安定性の高い短弓型『レスト』
その中から、ファーラは安定性の高いレストを選択した。
勿論、実際に実体化させて大きさや重量等を確認して貰った上で、である。
性能的なものもそうだが、レストの大きさが彼女の以前に使っていた弓と然程変わらないと言うのが最大の理由だそうだ。
「それに私って、そこまで遠い的・・・それも素早く狙って当てるのって得意な方じゃないし、早撃ちもそう。だったら、安定して使える方が安心かなって」
まぁ、道理である。
ギルド単位、もしくはパーティー単位での行動なら兎も角、現時点で想定しているのは俺と彼女の二人なのだから、下手に遠距離や連射に特化するよりは安定した汎用型の方が良いのは確かだ。
それに攻撃力や連射性能の不足は、『改造』で十分に補える範囲である。
流石に長弓ではなく短弓型故に、飛距離はどうしようもない部分はあるものの、その辺りはどの武装でも言える事だが、使い方次第、と言う奴だろう。
ベースとなるQCWが決定した所で、実体化させたレストを作業台に置き、次の工程へ移る。
『改造』だ。
再びコンソールを操作してギルドストレージにアクセス。
素材の項目から弓系強化を選び、表示させる。
ランク指定をかけてランクCQCW用の素材郡を表示させると、その中から攻撃力と連射性を強化する為の素材を選び、プラスツールとして合成。
あのゲームに置ける『改造』は、QCW本体にプラスツールとして合成した素材を追加していく事で行われる。
各QCWにはランクに応じて、ツールスロットと呼ばれるプラスツールを追加する為の項目があり、そこに作成したプラスツールをセットしていくのだ。
最も、今現在の俺には単なるカーソル移動で行う事は出来ないので、本体となるレストの外郭を外し、小さな基盤を思わせる形のプラスツールをタワー型パソコンの増設よろしく空きスロットに差し込んでいく事になるのだが。
今回用意したプラスツールは『威力強化』が二つと『連射強化』が二つ、『命中補正』を一つの計五つ。
ランクCのQCWに存在するツールスロットは五つなので、これで最大という事になる。
プラスツールを搭載し終え、外殻を再び取り付けると、今度は最後の工程となる『調整』に移行。
これは少々地道な工程だ。
実際に実体化させたレストを起動して貰い、重心の位置や握りの形状、太さ等を使用者であるファーラの意見と、リフのサポートシステムから見た分析結果とをすり合わせて調整していくのだ。
当然、QCWの外殻が木材か何かの様に手で削れる筈も無く、専用の機材にセットして削り、再び確認しては削り・・と言う繰り返しである。
同様に削りだけではなく、太さを増す為の措置も必要なので、細かく地道な作業の連続になる。
とは言え、これもマスターレベルまで育てたクリエイトスキルの恩恵だろうが、40分程の作業で何とか調整を終える事が出来ていた。
少し前に自身の相棒たるエルツァイクを加工した時にも思った事ではあるが、初めて行う筈の作業にも関わらず、熟練の手際と半ば直感染みた経験則――と言うのも少々御幣はあるが――が発揮されると言うのは、中々に不可思議で違和感を感じさせてくれるものなのだが、これもまた『こんなものなのだ』と割り切るしかないのだろう。
何と言うか、割り切るしかない事柄もここまで多くなってくると、もはやここまで来るとある種の悟りに近いものがある。
「えっと、デュラン? どうかしたの? 何だか微妙な顔してるけど・・」
どうやら、そんな心境が表情に出ていたのか、完成したレストを持って握り心地を確かめていたファーラが、こちらを見て小首を傾げていた。
そんな彼女に小さく頭を振って何でもないと答えると、彼女を伴って次の目的地に向かう事にする。
次に向かうのはポッドルーム。
あのゲームは武器の使用にも手順・・・と言うか、その武装を扱う為に『習得』と言う経過を経なければならない仕様だった。
その『習得』だが、まず最初にバイタルポッドを使用して習得したい武装の『武装技能』を睡眠学習と言う形で学び、『修練ミッション』と呼ばれるバーチャルシステムを利用したミッションをこなす事で、自身のスキル欄に武装スキルが追加される形だ。
当然、その中にはファーラが選んだ弓に関するものの存在する。
そして、あのゲームに置ける弓は少々特殊と言うか、弓本体を使用した近接戦闘技能を含む『弓闘技』に当たる。
これは握り以外の部分が量子制御による半実体型力場である事を利用して、弓本体を使った殴打や突きを含めた一種の総合格闘術と言えよう。
これは弓に限った事ではなく、俺の使う双短剣は勿論、剣に杖、果ては銃に至る全てが『武装の名前+闘技』と言う名が付いた武装を使用した総合戦闘術である訳なのだが、これもまた『リアルの追及』が故なのだそうだ。
『剣士だから剣しか使わない等あり得ない。実際に戦闘するのであれば、体術を含めた総合格闘術になる筈だ。事実、古流と呼ばれる実戦剣術はそうなっているのだから』
と言う運営の主張の基に構築された仕様だった訳だが、まぁ、これに関しては俺を含むプレイヤー陣に不満は無かった。
ただ単に剣を振り上げて下ろす、横に薙ぐだけしかしないキャラクターの戦闘よりも、時に拳、時に蹴りを含めたアクション性の高い戦闘の方が傍観者として眺めるにせよ、実際に操るにせよ、楽しめるのは事実だからだ。
そして今回はその仕様に助けられる形になった訳である。
ゲームと違い、1ミッションこなせば習得とは行かず、実際に体を動かしての鍛錬を積む必要こそあるが、必要な動き方が頭の中にあるのならば、その分の習得は早くなる。
弓を選んだファーラ故に、近接での戦い方の基板をある程度備える事の出来る『弓闘技』は正にうってつけであると言えた。
隣を歩くファーラに、弓闘技に冠する内容を教えつつ、グリフォンの館内を歩いていく。
「・・・と、まぁ、そう言う訳だ。あぁ、それと、今回はポッドの中に入って貰うが、別段服を脱ぐ必要はないからな」
説明にプラスして、服を脱ぐ必要が無い事を教えると、ファーラは少し顔を赤らめつつもホッと息を吐く。
既にして体を合わせた上、そもそもその前から風呂や着替えと言う世話の一環で肌を曝してきては居ても、彼女とて羞恥心が無い訳ではないのだ。
俺相手に肌を曝す事事態には忌避感はないらしいが、かと言って必要以上に裸になりたいとは思わないだろう。
「それを聞いてちょっと安心、かな? 別にデュランに裸を見られるのが嫌って訳じゃないけど・・でもやっぱり、お風呂とかベッドの中だけ、の方が私は良いな」
頬を赤らめたまま、そう言って笑うファーラに、俺もまた頷いた。
「まぁ、確かにな。治療の目的があるなら兎も角、学習に使う分にはエリクシルを注入せずに済むのは有り難くはある。俺とて、お前の肌を見て平静であれる自信はないしな」
これも確かだ。
自身にとって最愛となった異性。
それも、想い人としての贔屓目を抜いたとしても間違いなく、美少女と言って良いだろう威勢の裸を前に、全く欲望を刺激されずに済む男等まず居ないだろう。
そうなればそうなったで、ファーラは受け入れてくれそうではあるが、節操無く求めるのも男として何か間違っている気がしてならない。
理性を鋼鉄にすべく努力すると言うのも一つの手だが、まずもってそんな状況が回避できるならそちらをこそ選ぶべきだろう。
そんな俺にファーラはクスリと小さく笑うと、俺の腕に自身の腕を絡めてきた。
「ね、その睡眠学習ってどの位で終るの?」
直前の話の内容が無いようだっただけに、腕に感じる感触と体温にドキリとするものの、ファーラの表情を見るに誘惑している、と言う事ではないらしい。
元々、俺に対しては接触を含むコミュニケーションを好むファーラだけに、一種の愛情表現の一環だろう。
それが解ってしまえば、俺の心音も落ち着きを取り戻す。
「そうだな、大体・・・」
ポッドルームまでのそう長くない距離、説明を含めた雑談を交わしながら歩を進める事にした。