巫女と番
「これは・・導きの灯火! まさか、この男がファーラの番じゃと言うのか!?」
突然、俺の胸部――もっと言えば、心臓の辺りに灯った銀色の光が奥の部屋へと伸びていったのを見て、ジャニアが思わずといった様相で立ち上がり声を上げた。
一方、俺はと言えば状況が飲み込めないながらも周囲の柵的レベルを一段上げ、視界の片隅に移る俺以外は不可視化したモニターに移るレーダーサイトに視線を向ける。
これは今まで表示させていたマップと違い、生体反応の有無は元より地形を場の高低のレベルまで示しだしてくれる物で周囲を詳しく探るのに向いている。
反面、有効範囲が狭く、大体俺を中心として30メートルあるかないか、と言った程度だろう。
これでも相当に索敵システムには素材を注ぎ込んで改良してあるのだが、やはり距離の延長には限度がある。
廃人と呼ばれるごく一部には、このレーダーサイトの有効範囲が100圏内等と言う化け物も居ないではないが・・・あれは本当に例外中の例外だ。
一単位三メートルで伸びていくプラスツール一つ作るだけで、必要な素材が相当数に上るのだ。
それを初期値15メートルから100メートルオーバーに、等考えたくもない。
と、それは兎も角として、銀光が伸びた先にある部屋にも生体反応があるのは解っていたのだが、レーダーサイトに切り替えてから確認すると、どうにも様子がおかしい事が解った。
扉の奥は個人の寝室になっているのか、起伏の大小は配置からみる限りは小さなテーブルや椅子、ベッド等が置かれているのだが、生体反応の動きが余りにも小さい。
加えて、ベッド上の起伏がどうにも不自然だ。
全体の大きさだけを見れば小柄な子供程なのだが、それにしては胴体とが大きすぎる。
まるで、手足を失った大人の様な――
そこまで考えた時、脳裏にゲーム時代――と言うのも少々表現がおかしいが――に見た光景を思い出した。
あれはギルドVSギルドの最中だったと思うが、敵の攻撃とトラップの同時ダメージで四肢欠損の状態異常を起こしたプレイヤーキャラクター。
そのレーダーサイト上に表示された状態にあまりにも近い。
となると・・・。
俺がそんな事を考えている間、何かを悩むかの様に扉と俺との間で視線をさ迷わせていたジャニアだったが、やがて何かを決めたかの様に大きく息を吐いた。
「村に来たばかりの旅人が相手とは言え、掟は掟・・じゃな。こればかりは女神の導きに従うより他あるまい・・」
そう言って一人頷くジャニアを横目に、尋ねる。
「一人で納得してる様だが・・・説明は貰えるのか? 正直、状況が全く読めないんだが」
尋ねながらも、俺の両手は即座にホルダーに納めたエルツァイクに届く位置にある。
この世界の魔法がどの程度かは解らないが、この距離で、尚且つマスターステータスのエアロストライカーの速度であれば動きより速く斬り捨てる事は容易い。
そんな俺の様子に気づいたのか、ジャニアは一瞬肩を震えさせるももう一度深く、大きな息を吐いてから俺に向き直った。
「そう警戒せんでくれんか。他ならぬお前さんにも関係のある事じゃ。一から順に説明するわい」
そう言って改めて揺り椅子に座りなおすジャニアに、俺は両手をひざ上に組む事で答えた。
「では、そうじゃな・・・どこから話したものか」
そうして語られたのは、月狐族に伝わる伝承とその実態についてだった。
ここまでの道中、パロゴに月光の女神の祝福については聞いていたが、この月狐族の里では数代に一人の割合で『巫女』と呼ばれる特別強い祝福を受ける女性が生まれるらしい。
そしてその巫女なのだが、どうやら強い祝福以外にも特殊な役割を持つのだとか。
それが『番』と呼ばれる運命の異性と結ばれる事で、その男性の能力を飛躍的に上げると言うもので、その為に番を支え、生涯をかけて尽くすと言うものらしい。
「まぁ、それが巫女の役割じゃな。と、これに関してはまぁ、問題はないんじゃ。巫女として目覚める事は女神の目に留まったと言う事じゃからな。名誉な事じゃ。ただ・・今回はちと特殊での・・」
話によると、今代の巫女になったのはジャニアの孫にあたる少女でファーラというらしい。
幼い頃から芯が強いながらも穏やかで優しく、周囲からも愛された育ったと言う。
そんなファーラが巫女として目覚めた事に、ジャニアを始め村中が喜びに沸いたのだそうだ。
ただ、そんなファーラの運命が狂ったのは、ここから馬車で二月程の場所にある町で、そこの領主に当たる家の跡目争いがあった事だという。
「こう言ってしまうと身贔屓に聞こえるかも知れんが、月狐族の巫女と言うのはそれなりには有名での。御伽噺に伝わるような英雄譚の中には、月狐族の巫女を番とした勇者と言うのもそれなりに居るんじゃ。まぁ、じゃからこそこんな小さな集落が自治を許されているんじゃが・・」
つまりはこう言うことだ。
領主の座を奪い合う兄と弟。
この中で兄は文武に優れ、常に自己を厳しく律して民の為にと早い段階から活躍してきたらしいのだが、一方の弟はと言うとこちらは少々問題があった。
才能はあるのだが独善的な面が目立ち、領主の息子と言う立場を利用して夜な夜な飲み歩いてはあちこちで問題を起こす、というのを繰り返していたらしい。
そんな二人だから、普通に考えれば兄弟の順序とそれに関係した継承権の順位で兄に決まりそうな物なのだが、まぁ、そこは貴族と言うべきか。
それぞれ母が違うこの両者をそれぞれ持ち上げる者たちがいた、と言う訳だ。
兄の方はどちらかと言えば保守派・・・と言うべきか、兎に角堅実に職務に励む者たちが多かったが、弟の方はこちらもやはりと言う気はするが野心派の家臣が多かった。
彼らはあの手この手で弟を煽て上げてその気にさせると、跡目争いを本格化させていく。
そして、そんな中すっかりと領主の座を目指す事を決意した弟ではあったが、能力は勿論民からの人気の面でも勝てないのは自分でも解っていた様だ。
そしてそんな弟が最後の賭けとして求めたのが――
「巫女・・・そしてその番と言う訳か」
幾つもの英雄譚に登場し、言わば英雄の条件の一つとも言える『巫女の番』と言う立場はある意味で伝家の宝剣とも言える。
巫女に番として選ばれると言う事は、即ち、月光の女神に間接的にとは言え見初められたと言えるのだから、言ってしまえば神よりの託宣とも取れる。
そうなれば、目に見える個人の能力や民からの評価など、容易く覆せよう。
『神に認められたものが、英雄でない筈が無い』のだから。
故に、弟は巫女を――ファーラを求めた。
「じゃが、その時は番の選定を示す導きの灯火が灯る事は無かった。まぁ、当然じゃな。女神の選定なんじゃ。性根の腐った輩には反応などするはずもない」
そう、反応しなかった。
本来なら、そこで話は終わるはずだったのだが――
「事もあろうに、彼奴はファーラを強引に犯そうとしたそうじゃ。ワシらは彼奴めのつれて気負った兵士に遠ざけられておってな、ファーラの状況が掴めなんだ。そして、あれが起こってしもうた」
強引に奪われそうになったファーラだったが、純潔を奪われる事はなく済んだそうだ。
巫女とは即ち処女性に宿るとも言われるが、ある意味その通りだった様で巫女と結ばれる事が出来るのは選定を受けた番だけ。
故に、強姦に及ぼうとした弟を弾き飛ばし、ファーラを助けた。
が、その弾みで弟は片目を家具の過度にぶつけ、潰してしまう。
それに激昂した弟はファーラの手足を切り落とし、更に目を奪おうとした所で
「異変を感じたワシらが強引に押し入った訳じゃ」
結果、ファーラは何とか一命を取り留めたものの、斬りおとされた手足を繋ぐ術はなく、私室のベッドで暮らす事を余儀なくされていると言う。
「巫女、と言うのは名誉な反面、やはり重い部分もあっての。それが自殺の禁止じゃ。これは掟の様なものでなく、女神の力によって自殺そのものが出来なくされとると思ってくれればええ。そして自殺以外にも大概の死から遠ざかることになる。病死を始め、な。巫女にとっての死とは、結ばれた番と同時に授かるものに他ならんのじゃよ」
例外があるとすれば、番が殺す事位じゃろうよ。
そう言って話を終えたジャニアは、再び陰鬱そうに息を吐く。
「これで、ワシが戸惑った理由が解ったじゃろう? 月狐族を知らんらしいお前さんが巫女の番として選ばれた事もそうじゃが、ファーラの状態も状態じゃ。お前さんがもし下種な輩という事でもあれば、それこそ弄ばれるだけ。それも、手足がないファーラでは逃げる事もまともな抵抗をする事も出来ん」
成る程、確かに警戒する訳だ。
手足がない為に碌な抵抗も逃げる事も出来ず、弄ばれるだけしか出来ない状態の女性を――それも血の繋がった孫娘を、選定が下ったとは言え見知らぬ男性に預けるともなれば、色々と思うところもあろう。
無論、この世界に来て間もない俺はと言えば、その『月夜の巫女』なる存在も、それが出てくる伝承も知らなかったのだから、知らぬ存ぜぬを貫けば良かったとも言えるが、少なくともその伝承を受け継ぐ月狐族の中で生まれ育ったジャニアには、それが出来なかった、と言うのもあると見える。
現状、ファーラと言う今代の巫女の状態が状態であるが故に問題があるが、そうでなければ巫女と番が出会い、選定が下される事に関しては確かな栄誉なのだ。
常ならば万雷の拍手で出迎えられたかも知れない。
と、IFの話は兎も角として、現状、俺に下ったと言う選定とやらの相手は四肢を失い、体の自由を奪われた女性らしい。
まぁ、その伝承そのものに従うか否かは別として、こうなっては一度顔を合わせる必要はありそうだ。
ジャニアとしても、ファーラの状態ゆえの警戒こそあれど、ファーラに俺を引き合わせる点については決定事項であると見ていいだろう。
それゆえにこその警戒、と言う訳だ。
断る事も出来なくはないだろうが、俺としても『巫女とその番』とやらには興味がないではない。
どこぞの小説などに出てくる英雄譚よろしくの関係性は、ゲーマーとしては気になる所である。
そこまで思考を進めた後、俺は今だ思案気な表情のまま俺を見据えるジャニアへと視線を戻し、口を開いた。
「取り合えず、事態は把握した。そのファーラとやらに危害は加えんと誓おう。故に、一度引き合わせを願えるだろうか?」
暫し俺の目を見据えた後、頷いたジャニアに引き続き、今だ銀光の伸びるドアへと向かう。
ドアを開けた先には、レーダーサイトの走査で見たとおり簡素なテーブルと小棚が置かれ、窓際にあるベッドに身を預ける女性――いや、見た所まだ少女と言った所か?
俺の判断と月狐族の外見年齢がそのまま当てはまるかは解らないが、年の頃は恐らく17~8程度。
月光を溶かし込んだ様な銀糸の髪と、ほっそりとしたラインを描く小顔をした儚げな少女だ。
クッションを使い、半身を起こしたそんな少女が、窓から注ぐ日光を受けて窓の外を眺める様は、いっそ一つの絵の様にすら思える。
幻想的、と言う言葉がまずは口を吐いて出る。
そんな光景だった。
そして、そんな光景の中であるからこそ、肘のやや上手辺りで断ち切られたらしき少女の腕や、膝下から膨らみを失ってしまっているシーツの膨らみが目立ち、少女の儚さを一層強調して見えた。
この時、俺が抱いた感情はと言えば――
素直に言えば、美しいと言うものだった。
確かに四肢を失い、重篤なハンデを背負った身なのではあろうが、その中にあって気高さを失っていないように見える少女の横顔は、俺にとって酷く美しく見えたのだ。
故に――
恐らくはそんな彼女に暫し見ほれていたのだろう。
ファーラと言うその少女がこちらへと視線を移し、口を開くその時まで俺は呆けた様に立ち尽くしていた。
「この銀光は確かに導きの灯火・・・そう、貴方が私の番となる御方なのですね」
極上の鈴を転がすかの様な声音で紡がれたのは、問いではなく確認の言葉。
儚げな容姿に対し、以外にも思える程の芯の強さの篭ったその声は、呆けていた俺を正気に戻すには、十分に過ぎた。
彼女に無様は曝せない。
唐突に湧き上がったその思いに従い、俺は表情を常のものに戻す。
「そう・・なるらしいな。故在ってその伝承とやらも今し方知り得たばかりだからな、今一つ現実感とやらがないのは確かだが」
そう言った俺に対し、ファーラは小さく笑みを浮かべた。
「くすっ、それは仕方がないと思われますよ? この大陸でこそ月夜の巫女の名は知られておりますが、まさか遠く異世界にまで伝わっているとは思えませんもの」
そんなファーラの言葉に、俺は表情が強張るのが解った。
今、この少女は何と言った?
『遠く異世界にまで』
確かにそう言わなかったか?
俺の疑念に答えるように、ファーラは穏やかな表情のまま続ける。
「全ては月夜の女神に伺っております。遠い異世界よりの来訪者、満月の如き白の髪と金色の瞳を持った双剣士こそが、私の番であると。巫女として目覚めたその瞬間から、私はその言葉を胸に貴方をお待ちしていたのですから」
そう告げるファーラの表情は、漸く出会えた思い人へと向けられるそれだ。
だが、俺はそんな彼女の表情に目を奪われるよりも、彼女の言葉の内容が気になっていた。
『全ては女神より伺っている』
何だ?
その女神とやらは俺がここに来る事を知っていたと言うのか?
ジャニアの話によれば、彼女が巫女として目覚めて既に数年の月日を経ている。
数年前と言えば、俺がこのゲームを始めていたかどうかも怪しいその時期に、俺があのゲームを始め、この容姿のキャラクターを作成し、一流を抜け出すレベルのプレイヤーとしての熟練を得ると知っていたと言うのか?
そして、そのキャラクターとそれに付属するスキルやアイテム、ギルドシップ等を携えてこちらに飛ばされると知っていたと?
・・・駄目だ。
情報が足り無すぎる。
月夜の女神とやらについてもそうだが、巫女に関するそれすらもジャニアから聞いた程度の知識しかない今、幾ら考えた所で満足の行く答え等出よう筈もない。
小さく頭を振って湧き上がる疑問を脳裏の隅へと追いやると、俺は改めてファーラへと向き直った。
色々と尋ねたい事は数あれど、まずは成すべき事を成してしまおう。
その手始めとして、俺は
「まずは、自己紹介といこうか? 俺はデュラン。デュラン・サージェスだ」
自らの名を、名乗る事にした。