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異界探索行  作者: 詩月凍馬
2/14

把握と転移

 俺がポッドルームで目覚めてから早一週間。

 艦内をくまなく調べ、色々思考を進めたものの何故自分がここにいるのかは相変わらず解っていない。


 ただ、あれ以降に解った事ではあるのだが、今の俺の容姿はゲームで使っていたキャラクターのそれである事は、初日の夜、改めて風呂に入った時になってから漸く気づいた。

 我ながら気づくのが遅いとは思うが、それだけ混乱していたと言う証左だと無理やり自分を納得させる。


 更に言えば、左手の端末からはやはりゲーム同様に自分のステータスも確認が出来た。


 デュラン・サージェス。


 ゲームで使っていた自キャラの名前だが、どうやら今の俺はデュランとして認識されているらしい、と言うのはグリフォンに搭載されている管理AI『リフ』に呼び掛けられた事で自覚した。


 まぁ、今更――白に近い薄い青の髪、190近い細身ながら筋肉質の長身、金色の瞳、なんて言う日本人離れした姿形で現実での名前を名乗るのも違和感がある。


 それにどの道、現実での自分に関して思い出そうとすればするほど、強さを増すあのノイズのせいで、自身の名前も思い出せないのだから仕方が無い。


 現代日本に生きる日本時であること。

 両親と姉と妹の五人家族であったことは思い出せるのだが、両親や姉、妹の顔や声、名前と言ったものは思い出せないし、漠然とさほど家族仲は悪くなかったと言った程度なら兎も角として、なら具体的にどう仲が良かったのかは解らない。


 そしてそれは友人知人に関しても同じで、中学以来の親友兼悪友が居た、何かと絡んでくる奴が居た程度は思い出せるがこちらもやはりなら具体的にはどんな人物でどんな名前かが解らない。


 どうにも落ち着かない――と言うか、もやもやとした物が残るが、そればかりに頓着する訳にも行かないので、一先ずは頭の隅に無理にでも追いやった。


 話を今の自分に戻し、ステータス。


 ステータスを見ても、速度と技量の値がカンスト、筋力を始めとするカンストしていないパラメーター項目も相当な高さになっている。

 これはゲーム内における自キャラ――デュラン・サージェスのクラスである空技闘剣士(エアロストライカー)のマスターステータスだ。


 更に言うなら、武器改造の為に取ったQCWクリエイタースキルを始め、結構な数のスキルがコンプリートされている。


 まぁ、俺が所有していたアカウント3つの内、間違いなく最強だったキャラであり、今の所大型のレイドボスイベントか、ギルドVSギルドでもない限りは使わない、一種の奥の手だったのだから、強いのも頷けるんだが・・・・。


 行き成りこうもハイスペックな能力を持ってしまうと、持て余さないかが少々心配ではあった。


 そう、あった、だ。

 グリフォン艦内の訓練室でヴァーチャルモンスター相手に模擬戦を行った結果、各種スキル郡も効率的に使いこなせている事が判明した為だ。


 高すぎる身体能力への違和感も戸惑いもなく、現実での運動能力とさして変わらない感覚でコントロール出来ているし、エアロストライカー固有のスキル系統も違和感なく扱えてしまった。


 ならばとQCWクリエイターのスキルを使い、倉庫の肥しレベルで眠

っている屑武器を改造してみたが、こちらも容易く最大強化を終えてしまうと言う、なんと言うか、出来る自分に混乱しかねない様な有様だった訳だ。


 そんなこんなである意味混乱尽くめの一週間が過ぎた今日、俺はコントロールルームにいた。

 と言うのも、いい加減艦内で調べられる事は調べ終えたので、艦の外に情報を求める事にしたのだ。


 実際、艦内で出来る事は全て終えているし、俺以外の人間が居る訳でもない。

 リフに尋ねても帰ってくるのは『マスター・デュラン以外の生態反応は確認できません。並びに、マスター・デュランの質問の内容が理解不能のため、回答出来ません』と言うものなのだから、もはやここで出来ることはないのだ。


 ならば、外に意識を向けるべきだろう。

 俺の欲する情報が手に入るかどうかは別にしても、いい加減、艦に篭りきりと言うのもどうかと思う。

 帰れないなら帰れないで、艦以外の生活拠点でも探してみるのも良いかも知れない。


 どの道、地球に未練があるか? と問われれば、少々答えに困窮するのも事実ではあるのだ。

 向こうでの事を明確に思い出せないが故か、どうにも現代日本に生きていた自分の居場所へ帰りたいと言う想いが弱い。

 完全に湧かないとまでは言わないが、現時点でも『帰り方でも見つかる様なら考えても良いか』程度のもので、こちらでの生活に慣れてしまえば埋もれてしまうだろうもの。


 身命を賭け、一心不乱に帰還を目指す様な気概は湧かないのだから不思議なものだ。

 あちらでの名前を始め、具体的なものこそ思い出せないが、性格面での変化はないと自覚している以上、身命を賭け・・・とまでは行かないにせよ、大きな目標の一つに掲げる程度には故郷と周囲の人達への愛着はあったと思うのだが・・・。


 さて、我が艦たるグリフォンの現在位置が何処かと言うと、虚数宙域と呼ばれる場所である。

 まぁ、簡単に考えれば、映画などに出てくるワープ中の空間をイメージして貰えれば良いだろう。

 空間と次元の狭間と言った所で、明確なイメージを想像するのは難しいだろうし、映画やアニメ等で使用されている、あの極彩色のトンネルの様なものを想像すれば、まぁ正解に近い。


 そんな空間に居る理由は、と言えば周囲を警戒したからと言うのが回答になるだろう。


 あの日、俺がポッドルームで目覚めるよりも早くからリフは再起動していたらしいのだが、広域走査した限りではゲームないで舞台になる『○・○○○(ザッザザァ・・・)』――くっ、やはりノイズが走るか。

 まぁ、兎も角その世界で確認されている宙域とは全く異なる惑星配置だったらしく、もし仮に文明が存在したとしても技術レベルが解らない為、まずは身を隠す事を優先した様だ。


 正直な所、この判断は大いに助かる。


 このギルドシップ『グリフォン』はギルドVSギルドに置ける宙域戦闘も行える戦闘艦ではあるのだが、基本、武器系統の仕様にはマスターたる俺の開放許可が居る上、確実な戦力として扱うには操作するプレイヤーが必要になる。

 全力戦闘に必要な各種オペレーティングスタッフの総数は、そのままギルドシップの最大乗員数の約半分・・・つまり、このグリフォンで言えば10人が必要と言う事だ。

 無論、それ+でキャプテンに当たるシップ・マスター――つまりは俺だ――が必要なので、総数11人。


 一方、その時のグリフォン内部にはポッドで眠る俺一人。

 これでは戦いようも無い。


 結果、虚数宙域に身を隠した訳だが、俺が目覚めてからの一週間で周囲の宙域は粗方走査を終えていた。

 ゲーム故のとんでも設定とも言えるが、単に生命体の有無や簡易の文明レベル程度は虚数空間からも走査可能と言うのが、このギルドシップの売り文句だった訳で、計らずも今回の件でそれが証明された形になる。


 まぁ、現実問題、そんな事がリアルで可能なのか? と問われれば大いに首を傾げるしかないが、そういう設定の船なのだからと思って認めるしかない。


 そうして見つけたのが、便宜上『グリーン・アース』と名づけた惑星だ。


 太陽と同規模の恒星の軌道上を回る第二惑星だが、距離的なもので言えば太陽―地球間と距離がほぼ同じであり、3つの衛星を持っている。

 如何なる偶然のなせる業か、惑星の大きさから大気組成まで殆ど地球と同じとくれば、もはや神の悪戯と言うしかないだろう。


 ただ、この世界での海は地球とは違い、深い緑の色を湛えている。

 大気組成が同じと言う事は、光の屈折率や透過率も同じはずなのだが、その辺りは謎だ。

 詳しく調べるにはサンプルを回収でもしない限りは不可能なので、今は取敢えず置いて置くしかない。


 人型の生命体も確認できたし、走査による簡易診断では凡そ中世レベルの文明を確立できていると見ている。

 ある意味では最適とも思える環境である。

 下手に文明レベルが進んでいるよりは、色々と誤魔化しが利くし、原生住民の移動範囲が狭い分、遥か遠方の出と言う事で常識の違いは済ませられる可能性も高い。


 まぁ、一方で未開故に閉塞的である可能性も低くは無いが、その辺りは実際に行ってみるより他にないので、こればかりは運頼りになる。


 幸いにして、ゲートを繋ぐ事が出来る場所の程近く――と言っても普通に歩けば半日ほど掛かりそうだが――に小さな村落がある様なので、まずはそこを目指して見るとしよう。

 本来であれば小規模の都市を狙いたかった所だが、この虚数宙域からアクセス可能な地点の周囲には存在しないのだから仕方が無い。


 コンソールに向かい、設定を終えると最後に装備の確認。


 現在の装備は最強装備ではないが、まぁ、それなりと言ったレベルの装備で固めている。

 S~Dまでのランクの内、B-に分類される双短剣型QCWエルツァイクを主武装に、副武装に双刃剣型と呼ばれる、柄の両脇から刀身が伸びたQCWファルセイクを。


 そして防具だが、クラス的な理由もあって鎧系装備が苦手な俺は、何時も領域制御防具――FCAと呼ばれる物を愛用している。

 これは通常の服装の上に極薄の力場を展開させて強度を引き上げるもので、通常・・と言うか店売りのものでは殆ど意味を成さない紙装甲にしかならないが、FCAクリエイトスキルをマスターしたプレイヤーが相応の素材を使用して製作した場合はその限りではない。


 俺の使用しているFCAもそれに辺り、鎧を嫌った俺はFCAクリエイトのスキルを只管上げまくり、その上で考え得る最高の素材を使用して作った一品で、それこそ、そこいらの鎧程度は一蹴する程度の防御力を発揮できる。


 QCW・FCA共に量子化データを左腕の端末にインストールし、FCAの展開と主武装に設定したQCWの実体化を行う。


 服装も普段着――と言うか、部屋着であるジーンズとTシャツから、袖抜きのシャツに同じく袖の無いジャケット、前腕部を覆う軽手甲、ズボンの上には腰巻のマントと言うフィールドに出る際の服装に着替えている。


 そのそれぞれの上に極薄の力場が展開し、服の色合いが若干深みを増して見える様になる。

 これがFCAの展開状態だ。


 QCWの方は腰の両脇に着けたホルダーの中に、鍔から柄の部分だけが実体化して収まる。

 刀身は使用時に展開用の始動キーを唱える事で形成されるのだ。


 アイテムに関して言えば、個人用のみならず、ギルドシップのストレージにも端末をリンクさせているので、それこそ腐るほどに、と言う表現が該当する程度にはあるのだから、気にする必要は無い。

 強いて言えば、個人用ストレージに当座の飲み水となるボトルウォーター(そのままペットボトル入りの水)と簡易調理キット(上面に小さなスイッチがついた弁当箱の様な見た目で、スイッチを入れて10秒程で出来たての弁当を提供してくれる)を複数種追加した事くらいだろう。


 全ての確認を終えると、俺はリフに声をかけてゲートを開く。


「では、行って来る。後は任せたぞ、リフ」


『承知いたしました。御武運をお祈りいたします、マスター・デュラン』


 即座に返ってきた若い女性を思わせる音声に頷きを返し、俺はゲートを潜り抜けた。




 ゲートを抜けた先にあったのは、まるでアマゾンを思わせるような鬱蒼とした原生林。

 とは言え、アマゾンの様な熱帯雨林とは植生が異なるので、純粋に人の手が入っていないが故の密林だろう。

 その中に一本、獣道をそのまま太くしたかのような道が伸びている。

 恐らく、これはあの集落の住人が移動に使用している道ではないか、と予想しながら端末を操作して地磁気を始めとする各種データを登録。

 グリフォンとリンクさせて地球換算――より正確にはゲームないに置ける標準情報とすり合わせを行う。

 これはこのグリーン・アースにおける標準時間は勿論の事、地磁気を利用した方位等を調整する理由もある。

 簡易マップ機能を使う為には、どうしたって方位データは不可欠だ。

 時点速度を始めとする観測データでの簡易的な予測は、リフにより既に立てられているが、裏付けを取る意味でもデータの採取は必要である。

 登録に要する時間はほんの僅かである為、一呼吸程度の時間をおいた後、俺は獣道に脚を踏み入れる。

 無論、その間も端末による解析機能は働いており、こうしている間にも様々なデータをリフの下に送っている事だろう。

 俺の目から見る限りでは、植生的な面で言えば日本の屋久島等が近い気もするが、生い茂る木々の大きさはその比ではない。

 樹齢百年所か、千年規模ではないかと思う様な巨木が散見出来る上に、その巨木の枝葉の下を縫うように潅木が生い茂る様は、どこぞの世界樹の神域を思わせる。

 それ程に木々が多い事もあって、ここの空気は地球とは比べ物にならないほどに澄んでおり、一呼吸ごとにライフゲージが回復するのではないかと思える程だ。

 反面、木々によって視界の大部分を遮られているので、余程周囲を警戒していなければ危険生物による不意打ちを受けかねないが、俺の場合は簡易マップに生体反応を示すマークが表示されるので、そこまで神経質になる必要は無い。

 適度に気を張っている程度で十分だろう。

 そうやって歩き始めて約二時間。

 普通の足で半日と予想した道のりの殆どを、そんな僅かな時間で踏破できてしまったのは、やはりこの体になって極端に上昇したステータスの賜物だろう。

 何せ、本気で走ればスポーツカーの最大速度にすら匹敵する速度を叩き出すのが、カンストされたエアロストライカーと言うクラスである。

 人並みを心がけたつもりが、知らず逸る心に急かされたのかもしれない。

 理由はどうあれ、異世界初の村落である。

 期待はどうしても、膨らむものだ。

 心配されるのは言語の壁だが、そこは端末にインストールされた『全言語自動翻訳システム』に期待するしかない。

 あのゲームとは恐らく銀河系単位で異なる世界の言語に通じるかは不安だが、『この世に存在するありとあらゆる言語を翻訳します』なるゲーム故のとんでも設定が機能してくれる事を祈ろう。

 無論、ご都合主義にも程がある考えなのは自覚しているが、今の俺にはそれに期待するより他にない。

 そんな事を考えながら、俺は村に通じる道を進む。

 一歩踏み出す毎にマップ上に表示される光点が近づく。

 その色は未確認を示す青だ。

 この光点は好戦状態の生命体を赤、非好戦状態の生命体を黄、パーティーメンバーを緑で表示する。

 そして、未確認――パーティーメンバーとしての登録も無く、NPCでもない生命体は基本的に青になる。

 勿論、一度戦闘するなどして生体波長が登録された場合は後に赤に変じるし、逆にNPCやパーティーメンバーではないが敵対的ではないプレイヤーであれば黄に変じる。

 ゲーム世界であれば兎も角、この世界では登録済みの生体波長などあろう筈もないので、現在の表示は青、と言う事だ。

 取り敢えず、リフのサーチでこの光点の集まりが村落に当たる事は判明しているので、何かあればすぐに動ける程度の警戒心は保ちながらも、あまり表には出しすぎない様に注意。

 それこそ、余りに警戒心丸出しだったせいで向こうを刺激した、等笑おうにも笑えない結果だけは勘弁だ。

 帰還への意欲が湧かない分、今の俺はこの世界への興味が強く出ているので、出来うるのならばここで友好的な環境を作っておきたい所である。

 そして辿りついた村落は、まぁ、ゲーム等で見る典型的な僻村と言うべきだろうか?

 先を尖らせた丸太を地面に埋め込んで作った柵、木製平屋建ての簡素な住宅が畑の合間に点在しており、こちらもやはり綿製だろう簡素な上下を着込んだ村人が畑作に汗を流しているのが確認できた。

 一週間ぶりの人である。

 知らず笑みが浮かぶのを覚えながら、俺は手近な人物へと歩み寄った。

 すると、向こうもこちらに気づいたのか、鍬を振る手を休めて顔を上げてくる。

 身長は170前後だろうか?

 茶味の強い髪と同色の口髭を生やした、がっしりとした体躯の男性は見慣れぬ風体の俺に驚いたのか、目を見開いて声をかけてきた。

「オメェサン、どこの人間だ? ここいらじゃ見ねぇカッコしてっけどよ」

 そう言ってパンパンと手の土ぼこりを払う男性の頭には、三角形の耳らしき物が見え、よくよく見れば背に隠れて見えなかったものの、犬か狐を思わせるふさふさとした尻尾らしき物さえ見える。

 獣人・・・と言うやつだろうかと思いながら、俺は言葉を返した。

「故郷は・・・まぁ、かなり遠くだな。旅の途中で村を見かけたから、寄らせてもらったんだ」

 余程注意しない限り出てしまう、敬語以外の地のしゃべり方で返してしまったが、男性は気にした様子も無く頬を掻いた。

「ほぉ、そうかい。つってもまぁ、見りゃぁ解るがなぁんもねぇ村だぜ? 見ておもしれぇもんなんかねぇだろうけどなぁ」

 口ではそう良いながらも、男性の表情に曇りはない。

 恐らく、この牧歌的な村を好いているのだろう。

 だから、という訳ではないが俺もまた自然と笑みを浮かべていたらしい。

「いや、良い村だと思うよ。穏やかで落ち着ける。下手な都会なんかじゃ味わえない心地よさだ」

 俺がそう言うと、男性は腕組みをして豪快に笑う。

「だっはっは、おうよ! それっきゃねぇとは言え、それだけはこの村の自慢だぜ?」

 男性はそう言って暫く笑った後、振るっていた鍬を肩に担ぎ、反対の手で村の中心を示した。

「まっ、兎も角ここに来たんならまずは村長にあってくんな。一応、村の出入りに関しちゃ村長の許可が要るんでな」

 そう言って歩き出す男性についていきながら言葉を交わした事によると、この村は月狐族と呼ばれる狐系の獣人が住む村落であるらしい。

 この月狐族だが、通常の狐人族と違い『月夜の女神』とやらの祝福を受けているのだと言う。

 と、ここまでを誇らしげに語っていた彼だが、『女神の祝福』の時点で僅かに顔色が翳ったのが気になる所ではある。

 とは言え、その原因が『月光の女神』の祝福自体にある訳でもないらしく、その一瞬を除き表情も口調も誇らしげな物である事には変わらない。

 曰く、狐人族以上に夜目の利く瞳やら、『夜』や『月』に関係した魔法を得ているのだと言う。

 通常の狐人族でも魔法は使えるらしいのだが、その場合は地水火風のいずれかに根ざす物らしく、月と夜に関する魔法は月狐族特有なのだとか。

 そんな事を聞きながら向かった先には、他の家よりも大きめな家が一軒。

 これが村長の家のようだ。

 他の家よりも大きめなのは、集会の場も兼ねての事だろう。

「村長、旅人が案内致しました」

 今までの砕けたものとは全く異なる、礼節を弁えた口調に変わった彼は、そう言ってドアを開く。

 この村の住宅はどうやら西欧形式らしく、靴を脱ぐと言う文化がないらしくそのまま上がりこんで行く彼に続くように、扉を潜る。

 種族的なものか、それともこの世界の平均身長がそうなのかはわからないが、俺の背丈からすると僅かに背を屈めなければ潜る事の出来ない扉を抜けると、その先にあったのは大きめのテーブルの置かれた部屋だ。

 壁際にはレンガ製暖炉も見える事から、恐らくこの家ではリビングに当たる部屋なのだと予想する。

 その部屋の窓際、揺り椅子には年の頃80後半だろうか?

 顔や手に重ねた齢を思わせる、皺を刻んだ年嵩の女性が腰掛けていた。

 ゆらゆらと揺り椅子を揺らしながら、窓の外を眺めていた女性はこちらの足音に合わせる様に視線を移し、小さく頭を下げて来る。

「こんな所にまで旅人さんとは珍しい。ワシはこの村の村長を務めておるジャニアと言う」

「デュラン。デュラン・サージェスです」

 合わせてこちらも名乗りと共に小さな会釈を送ると、老婆――ジャニアは皺を深めて笑みを浮かべた。

「さて、ご苦労じゃったな、パロゴ。後はワシがやるでな、仕事に戻るがいい」

 すると、ジャニアにそう言われたパロゴはがっくりと肩を落とした。

「なんでぇ、折角大手ふってサボれると思ったんたんだがよぉ」

「ほっほ、アンタの事はハナタレの頃から知っとるんだ。そこの・・・デュランと言っとったが、それに託けてサボろうって位は解るわい。ほれ、さっさと行かんと、アンタん所に嫁いだ奇特な嫁御に連絡するぞ?」

 余程嫌なのだろう。

 ジャニアの言葉が終わるより早く飛び出していったパロゴの様子に、思わず苦笑が浮かんだ。

 成る程、世界は違えど奥方に弱いのは既婚男性の常なのかも知れない。

 そう思って苦笑を深める俺に、ジャニアは近くの椅子に座るよう進めてきた。

 礼を言って腰を下ろすと、ジャニアは色々と尋ねてきたが・・・まぁ、普通の範囲だろうと思う。

 何処から来たのか、何をしにきたのか、何処へ向かっているのか等々。

 遥か遠方にある島国の出である事と、気ままに世界を回っている途中だと説明し、質問に答えていく。

 嘘を吐くのは少々後ろめたいが、流石に『現代日本でゲームをしていたら、気づけばゲームに入っていてその中に出てくる船から下りてきた』等とは言えないのだから仕方が無い。

 そうやって暫く話していた時だった。

 急に俺の心臓の真上辺りに銀色の光が点り、奥の部屋に続く扉に光の線が延びていったのは。


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