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異界探索行  作者: 詩月凍馬
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指名以来①

「サキュバス?」


 開拓者登録を終えて既に数日を数えたその日、拠点として借り受けている宿の一室でユーディからの報告を受けていた。

 彼女は今日の朝方から、報告も兼ねてリオール伯の元へ一時的に戻っていた事を考えれば、おそらくはその際に聞きうけた情報なのだろう。


 とは言え、俺達の部屋に入ってくるなり、「サキュバスが出たらしいわ」の一言では流石に状況が理解出来ない。

 それは彼女も解っているらしく、テーブルに付きファーラの煎れた茶で喉を湿してから話を続ける。


「えぇ。昨日、エルの所に戻った時に聞いたのよ」


 そう前置いて語られたのは、この町の南西部にある小村にサキュバスが居ると言う情報が寄せられたと言うものなのだが、この場合、問題となっているのは情報を伝えたのがその村の村長縁の者であり、騎士団ではなく領主への陳情となっている事にあるらしい。


「だからちょっと、解らなくてね。サキュバス自体は珍しいとは言っても、在り得ないなんてレベルの存在じゃないし、それ関連で問題が起きたからって言うなら、普通は騎士団の派遣を要請する方に頭が行くわ」


「そう、だね。第一、サキュバスってだけだと法的に何か悪いって訳でもないから、あるとすれば村の人たちの耐性が低くて、治安が不安定になったとかだろうし・・」


 ユーディの言葉にそう返し、ファーラもまた小首を傾げた。

 

説明によれば、この世界のサキュバスと言うのは、一種の魔力特異資質保持者に当たるのだそうだ。

 生まれついて魔力の資質が魅了、眩惑の類に特化しており、また、その魔力資質に引きずられるかの様に容姿においても美しくなると言う。

 ただ、生まれついて資質が余りにも特化しすぎているが故に、時折制御しきれずに無意識レベルで魅了系の魔法を常時発動させてしまう事も在り得る様だ。


「まぁ、それだけだったら特に問題とは言えないのよね。幾らサキュバスって言っても、意識的に制御されてない無意識レベルの魔術なんて、正直たかが知れてるから。精々が男性に好かれやすいかな? って程度にしかならないし」


 ファーラに以前聞いた話ではあるが、この世界における魔法と言うものは、意識的に制御してこそ意味を持つ代物であるらしい。


 この場合の意味とは、制御の優劣は元より有効範囲、威力、または効力の強弱を含む全てである。

 如何に特化した資質を持っていようと、意識的に制御、展開された魔法でないのならば、さしたる効力をもたない、との事である。


「それに、なら特化資質が悪いのかって言うと、それも問題にならないんだよね。だって、私の『月夜の巫女』って言うのも、ある意味では特化資質って事になるんだし、特化資質ってだけで領主様に陳情が行くかって言われると・・」


「ま、普通はないわね。幾らなんでも、領主もそこまで暇じゃないし。もし万が一、伝説レベルの資質持ちで村全体が完全に魅了されてるとかなら兎も角、それだけじゃ領主に訴えるには弱いわ。第一、もし仮にそうだって言うなら陳情を上げるなんてまず不可能よ。そこまで言ったら異性同性問わずにってレベルだもの」


 そう言ってそろって首を捻る二人の様子は、髪や尻尾の毛色こそ異なるものの、姉妹だけあって非常に似通っているが、それは兎も角として。


 この世界におけるサキュバスの定義と、それに基づいた対応から見て、今回の陳情は少々不自然なのだ、と言う事は理解した。

 が、だからと言って何を理由にその不自然な陳情が齎されたか、となると現時点では不明なのは変わらないのだが。


「それで結局の所、俺達にどうして欲しいんだ?」


 取りあえず、これが解らない事には動きようがない。

 大方、指名依頼と言う形をとって調査を頼もうとしているのだろうとは思うが、ただ単純に愚痴として零したと言うのもゼロではないと言うのが頭の痛い所だ。


 ここ暫くの付き合いで解ってきたが、このユーディと言う女性は職業上の理由もあってか、余りその手の愚痴を零せる相手がいない様で、俺達相手にふとしたタイミングで愚痴を零す事も多い。

 最も、公私はしっかりと分けているらしく、職務上の機密などを漏らす事は絶対にない事に加え、ある意味、そうやって小さな情報を出す事でこちらがどう動くのかを調べている様にも見える。


 今回はどちらかと言えば調査の類に当たるだろう。


 情報としては機密に関わる様なものではないが、領主の元へ届けられた情報である分、多少なり領地への影響が出ないとも限らない。

 かと言って重要度も危険性も低く、優先順位が低い事に加え、もし俺達に勝手に動かれたとしてもフォローは可能な範囲だろう。


 実際、領主への陳情と言う形であったとしても、その内容次第では騎士団の派遣が選択されるのは当然の帰結であろうし、そう言った形で結論が出ているのならば、こうしてここで姉妹揃って首を捻るよりは、騎士団からの報告を待つ方が確実だ。


 彼女もそれは理解しているので、あっさりと回答を告げてくる。


「まぁ、早い話が指名依頼ね。理由としては、能力的に問題がなさそうな連中のうちで、即座に動く事が可能なのが中々いないってのと、一応は領主経由で回ってきてるから、下手な外野には振りたくないって所ね」


 その言葉を聞いて、俺とファーラは小さく苦笑を零す。


 確かに、騎士団を派遣には少々理由が弱い以上、まずは事前調査を行いたいと言うのは当然の事だろう。

 そして騎士団の中でその手の調査が得意な者は現時点で手が空いていないか、能力的に今回の依頼には向かないかで即座に動ける者がいない。

 かと言って、領主の元に陳情と言う形で寄せられた以上、開拓者への依頼として出すのならば人選が問題になる。

 ある程度の信が置け、なおかつ能力的に問題がないとなると、開拓者としても一定レベルよりは上の人材だ。

 その手の人材は有能であるが故に対外が何かしらの依頼を受けている事も多く、これもやはり即座に動けるかと言うと怪しくなってくる。


 それ故の俺達、と言う事だ。


 精神系に関係の深い『月と夜』に関して最上位とも言える『月夜の巫女』と、その番故にやはり高い精神耐性を恩恵として受ける俺。

 現代界では能力的に未知数とは言え、これまで受けてきた依頼に同行した事で一定レベル以上には対応力があると判断ができ、尚且つ、片割れに関して言えば自身の妹である事と巫女として女神に選定を受けている事で信頼が置ける。


 まぁ、ここに俺と言う不確定要素も加わるので、完全に信頼を寄せるとまでは行かないのは確かだろうが、元々の重要性がそこまで高い訳ではない事も鑑みれば、もし仮に俺達が信義にもとる行動をとったとしても、挽回は可能であり、ある種の見切りとして扱えるという訳だ。


 当然と言えば当然だが、随分と露骨に見極めに来るものだと思わないでもないが、ここまで隠そうとせずにあっさり言われると、その潔さに半ば感心もさせられる。

 ある意味、隠し見せずに探りに来る程度には信を置いている、と言う事なのかもしれないが。


「と、言う事だから明日には出発できる様にしておいてくれる?」


 そう言って笑うユーディに対し、俺達は苦笑を浮かべたまま頷いて答えた。




 そして一夜明けた翌日。

 宿を後にした俺達は一路、目的の村へと出立することになった。

 ユーディの説明によれば、目的の村まではそれなりの距離があるとの事で、今回は馬を用いての移動となる。


 これが俺とファーラだけなのであれば、迷わずエアバイクを選択する所ではあるが、現状においてそこまで手札を晒す気にはならない。

 今はまだ、俺達にしろユーディにしろ、互いにどこまで信用していいのか、どこまで手札を晒していいのかを探っている段階だ。

 手持ちのカードにおけるジョーカー『ギルドシップ・グリフォン』は当然として間違いなくこのグリーン・アースの移動力の認識を書き換えるだろうエアバイクの存在も、秘匿しておくに越したことはないだろう。


 実際、あのゲーム内では滅多に使う者がいなかっただけで、エアバイクにはサイドカーを取り付ける事も不可能ではない。

 ゲーム内に置いてエアバイク所有者は基本的にプレイヤーだった事も在り、態々移動速度と機動性を犠牲にしてまでサイドカーをつける者はごく少数だ。

 少数であれ、居なかったわけではないのだが、それはある種の趣味人と言うべきか。


 ゲーム内における最大目的とでも言うべき冒険以外に主目的を見出し、ゲームだからこそ存在する趣味的分野に力を注いでいた一部のプレイヤーである。

 昨今のオンラインゲームの例にもれず、あれで色々と自由度の高かったあのゲームでも、生産技能を上げで生産キャラとして個人商店を運営していた者もいたし、中には魔改造レベルにまで改造したエアバイクを使用して運送業のマネ事をやろうとした者もいる。

 サイドカーシステムは、そう言ったごく一部以外にはあまり様がないものであった訳だ。


 閑話休題。


 森と言うにはやや植生が薄く、林と言うには少し濃い程度の木立の中央を切り分ける様に続く街道を、俺達が駆る馬はパカラパカラとゆったりとしたペースで進んでいく。

 馬で移動すると決まった際にファーラには心配されたが、俺とて騎乗は出来る。


 と言うのも、あのゲームには無駄にリアルを追求していただけあって、馬を初めとする騎乗可能な生物に乗るためのスキル『騎獣(ライディング)』が存在する。


 流石に銀河系単位の世界が舞台になっていただけあって、当然、世界間の文明差が大きな所も多かった上、中には一種の保護区の様な扱いになっている等の理由でエアバイクが使用不可能な惑星もあった訳だ。

 とは言え、舞台となるフィールド事態の広さは相応に広いので、エアバイク以外の移動手段が必要になる。

 その際に必要になるのがこの騎獣スキルである。

 当該惑星の都市に存在する牧場などで賃貸契約を結んで騎獣を借り、移動手段として利用するという訳だ。


 エアバイクの操縦技能と並び、冒険をメインに活動するプレイヤーの中ではある意味必須の技能の一つと言える。

 その例に漏れず、俺も当然習得はしていたが、やはりゲームと違い、実際に乗るのは多少不安がないではなかったが、今まで使用してきたエアロストライカーとしての能力や闘技同様、熟練レベルで乗る事が出来ている事には、内心で安堵したものである。

 何しろ、デュランとしてならば兎も角として、名前も忘れた日本人であった頃の俺は、当然ながら乗馬経験などないのだ。

 幾らデュランとして会得した技能は細大漏らさずこの身に体得されているとあっても、一抹の不安はそうそう拭い去れるものでもない。


 とは言え、そんな風に安堵していたのも極僅かの間に過ぎない。

 ゲーム内では幾度として体験した事とは言え、こうして実際に馬に乗り、街道を進むとなるとやはり気分は高揚してくるものである。

 街道を進む蹄の音と振動、そして馬の息遣いと体温を感じながら進んでいると、今更ながらに己がファンタジーの世界に身を置いているのだと再実感せざるを得ない。


 現代日本と違い、内燃機関が存在しないこの世界の空気はひどく澄んでおり、アスファルトではなく石畳の敷き詰められた街道を行くのは、俺同様に馬を駆るファーラにユーディ。

 そして時折すれ違う行商だろう馬車や、こちらは徒歩で進む開拓者らしき者たち。

 それぞれが何がしかの武器を帯びた状態で闊歩する様は、それこそ映画やゲームの中でしか在り得なかった景色だ。


 そんな感慨を覚えながら馬を進める中、一人出発の時から複雑そうな顔をしていたユーディが幾度目かの嘆息を吐く。


「お姉ちゃん、どうかしたの?」


 流石に見とがめたらしいファーラが訪ねるが、まぁ、無理はあるまい。

 何となく理由は解らないではないが、出発より既にして一時間が経とうという今に至るまで、時折思い出したように嘆息しているのでは、気にするなと言う方が無理である。

 そんなファーラに対して、ユーディは再び嘆息して答えた。


「・・・どうもこうもないわよ。何なの、あのリングだっけ? 便利すぎよ。収納の祠の異能だって持ってるのは少ないし、あんなに収納量ないのよ?」


 ・・・さもありなん。

 出発に際して、手ぶらの俺達に対して満載・・・と言う訳ではないにしろ、それなりの荷物を持って現れたユーディの荷物は、現在ファーラのリングの個人収納スペースに格納されている。


 今更ながら、あの時はそれなりに場が混沌としたものだ。

 ユーディからしてみれば、片道で数日かかると告げたにも関わらず、手ぶらで現れた俺達に色々と言いたい事もあったのだろうが、目の前で実の妹に


「あ、お姉ちゃん。移動するのにその荷物邪魔でしょ? 私が預かるよ」


 の一言で、青い光とともに一瞬で個人収納スペースに送られてしまった訳だからな。

 荷物が一瞬でなくなると言う事態に混乱したユーディに、ファーラは『大丈夫、言ってくれればすぐ出すよ』とユーディの荷物を再び放出してみせた。


 そんな事が在った為に、多少の重量を覚悟して移動する気だったユーディは荷物から解放された解放感と、彼女曰く『理不尽』なレベルの収納力を誇る個人収納スペースへの驚愕やらで色々思う所があるらしい。

 無理もない、と思う一方、俺との付き合いが長い分、慣れてこそいるが最初はやはり驚かされたファーラは小さく苦笑を浮かべていた。


「あはは、まぁ、私も最初は驚いたけど・・・。やっぱり便利だしね」


「なんかえらくあっさりなっとくしてるのね、あなた」


 一種能天気な様子で答えたファーラに、胡乱な目を向けたユーディだったが、続く言葉には納得せざるを得なかったらしい。


「だって、私は出会ってからずっとデュランと居るんだよ? 私の体を治してくれたのもそうだし、もうなれちゃったよ」


「あぁ、うん、そうね・・・。そうなる、わよねぇ・・」


 そう言って、再びため息を吐くと、意識を切り替える為か、軽く頭をふるユーディ。


「ま、良いわ。これも異世界育ちの義弟と付き合う為の必要経費と割り切りましょう」


 建設的なのは確かだが、俺は既に義弟決定なのか、とはもはや突っ込むまい。

 ファーラと別れる気がない以上、ある意味間違いではないのだし、要らぬ波風を立てる趣味もない。


 兎も角、ユーディが気を取り戻したのなら僥倖なのは間違いないのだ。

 マップによる索敵は行っているし、それこそ大概の適性生物への対処は俺の速度であれば容易いのは確かだろうが、安全圏の外で呆けているのは良い事とは決して言えないのだから、不測の事態への対処も可能な程度には自己を保って居て貰えるに越したことはない。


「っし、じゃぁ、気を取り直して・・・。着くまでに説明しとくわね」


 ゆったりと流れる景色と、牧歌的な馬蹄の刻む音をBGMに、ユーディの説明を聞きながら街道を進む。

 その言葉に耳を傾けながら、俺はこの先に待つ何かに僅かな期待を感じていた。


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