狐塚喫茶店3
最近うだるような暑さが目立つようになってきた。
子供達は公園の噴水で水浴びを楽しんでおり、
その両親は木陰のベンチで子供たちの様子を見ている。
そんな中持山 円道は、帽子をかぶり、サングラスをかけた
いかにも不審者というような格好をしていた。
「暑い…もう…駄目なんだ…」
ぼやきながら、フラフラと歩いていた。
どこかいい所はないかと探していると、
ふと一軒の店が目にとまった。
『狐塚喫茶店』
中を覗いてみると、客はおらず、女性店員が2名いるようだ。
この店ならば…と決意し、扉を開けた。
―カランカラン
「いらっしゃいませっ!」
扉を開けたすぐ目の前でウェイトレス蜜原 幹が元気よく出迎えた。
おそらく外で様子を窺っているのを見て、出迎える準備をしていたのだろう。
店内は外から見たとおり女性が二人だけで、
一人は目の前にいるおそらく16,7歳頃の女子高生で背丈は155程だろう。
そしてカウンター奥には女性がいて、こちらに気が付くと
「お客さん。いらっしゃい。」
フライパンでなにやら料理をしながら言った。
女性はおそらく20代半ばで、背丈は170程と高めで細身な体つきに安堵を着いた。
持山は扉が閉まったのを確認すると、懐から包丁を取り出し、
「お、お前ら動くな!!」
手に持った包丁を目の前の蜜原とカウンター奥にいる女性に交互に向けた。
そして後ろ手で扉の鍵を閉めた。
「えっ、お客様?」
蜜原はいきなりの出来事に慌てており、
「動くなと言っただろ!」
持山は交互に向けていた包丁をウェイトレスの方に向け脅した。
蜜原は状況をようやく理解し、退こうとしたが、
持山の目がそれを許さないと言わんばかりに睨んできており、
お互いがその場で固まっていると、
「お客さん。今日はどういった注文だい?」
女性はフライパンの火を止め、持山に尋ねた。
「な、何を言ってやがる。これを見たら分かるだろうが! 俺は強盗だ!!」
蜜原に向けていた包丁を女性に向けた。
「おやおや、そうかい。それで用件は?」
相も変わらず尋ねると、持山は切っ先を女性に向けたまま、蜜原が余計な動きをしないよう横目で見つつ、
「金を出せ! あとこの店には他に誰もいないだろうな!」
「この店にはそこのウェイトレスの幹ちゃんとマスターの私しかいないよ。あとお金なら出すけど、危ないから幹ちゃんから離れてくれないかな?じゃないと…」
マスターの狐塚 紗江は片手に携帯電話をちらつかせながら問いかけた。
持山は驚き、
「分かったから、その携帯電話をこちらに渡せ。あとウェイトレス!お前も携帯電話をそこの机に置いてそこの椅子に座れ。」
カウンター端の椅子を指し命じると、蜜原はポケットから携帯電話をそっと机に置き、
急ぎ指定された椅子に向かった。
狐塚は持っていた携帯電話を持山に投げた。
持山は慌てて投げられた携帯を受け取り、画面を見てみると
“110”
表示されており、急いで取り消して、もうひとつの携帯と一緒に机に置いた。
そして再度狐塚に包丁を向け、
「さぁ早くレジから金を出してよこせ。」
その様子を見た狐塚はため息をつきながら、
「分かったから落ち着きなよ。ただ、レジにはたいしてお金が入ってないよ。
どうせならこっちの方が入ってると思うけど。」
狐塚の背後床に置いてある中型の金庫を指さしながら言った。
「それならそっちの中をよこせ!」
持山は切っ先で金庫を向けながら言うと、
「分かったよ。開けるからちょっと待ちな。」
そう言いながらカウンター裏の棚を開き、しばし棚の中を探った後蜜原の方を向き、
「幹ちゃんここに入れてた鍵知らないかい?」
カウンター隅で様子を見ていた蜜原は急に声をかけられると、
無言で首を凄い勢いで横に振った。
「おや…こりゃまいったねぇ。となると…」
狐塚は思案していると、持山は焦らされ憤り、
「おい!そこの金庫が無理ならレジから出せっ!!」
「まぁまぁ落ち着きなよ。ここの中に…」
カウンター裏の引き出しから、鍵の束を取りだした。
「この中から探すから、ちょっと待ちな。」
「さっさと探せよ。」
ちっと舌打ちをし、大金が入るならと考え、席についた。
あ、と狐塚は思いついたように持山に振り向き、
「よかったらこれ食べな。」
フライパンから皿に盛り、持山に差し出した。
持山は皿の上に乗ったそれを見て、
「なんでオムライスなんだ…?」
「休憩用に作ってたんだけど、あんたが来たからね。そのまま放っておくのももったいないから、食べなよ。」
持山はふんっと鼻を鳴らしながら、スプーンを手に持ち目の前に出されたオムライスをすくい口に運んだ。
「おぉ…」
思わず口から感嘆の声が漏れ出てしまった。
ちらりと狐塚の方を見ると、こちらを見ながらニヤニヤとしていたので、
「さっさと鍵を探せ!」
そう怒鳴ると狐塚は肩を竦めながら鍵を一個ずつ鍵穴に当て確かめ、鍵を探した。
その姿を見て、持山は安心し、再度オムライスを口に運んだ。
とろりとした卵にアクセントのあるケチャップ。そしてそれらを引き立てるバターライスの旨味がなんともいえず、空腹にはピッタリの一品で次から次へと口に運んでいった。
気が付くと半分程食べてしまっており、残りも食べてしまうかとスプーンで掬おうとしたところ、
「そういえばあんた、聞いてみたいんだけど…」
狐塚が鍵を探しながら、話しかけてきた。オムライスの味に満足していたことで気持ちに少し余裕が出たため、話しの先を促した。
「さっきから気になっていたけど、あんた一体どうしてこんなことを?」
「なんだ?文句でもあんのか?」
「流石にこの状況で文句が出ないはずがないけど…。ただ興味本位で気になってね。」
確かにこの状況で不満が出ないやつはいないかと思い、また飯も食わせてもらったんだから、少しくらい話してやるか、そう思い、
「鍵探している間、ただ待ってるだけってのも退屈なんで、話してやるよ。」
そう言い、持山は語り始めた。
――2年前
「じゃあよろしく頼むよ。」
「ありがとうございます。」
そう取引相手にお辞儀と感謝を述べ、建物を出ていった。
私は勤続2年目で仕事をこなせるようになってきて、一つのプロジェクトを任された。
コツコツと努力を積み上げていき、そして先程無事成功に至ったのであった。
学生時代は成績を高く保ちながら大学まで進み、そのおかげで、高校、大学もそうであったが、大手の会社も推薦を得ることができた。
入社してからも、最初は環境の変化にとまどいがあったが、
1カ月程で慣れてきて、上司の下で懸命に働いて成果を上げていった。
そして今回のプロジェクトで確かな手ごたえを噛みしめ、次へと踏み出した。
――1年前
「誠に申し訳ございませんでした。」
私は取引相手に頭を下げ謝罪をした。
最初に任されたプロジェクトから、何度か取引相手とやりとりを行い順調に進んでいたが、
先日打ち合わせの日時を間違えてしまうという、ミスを犯してしまった。
普段ならばそんなことが起きないよう注意をしていたが、
慣れてきたことにより、複数のプロジェクトを任され、それらがうまくいくものだから、
調子に乗ってしまい、気の緩みが出てしまったようだ。
この時は数度取引相手に謝罪を行い、なんとか取引を継続してもらえるようになった。
今回は失敗があったが、取引も継続している為次回から気をつけようと心に刻み、
つまずいた気持ちを持ちなおした。
――半年前
「次こそはうまくいきますように。」
私は神社で二礼二拍一礼を行った。
前の失敗から、続け様に細かいミスが連続するようになり、
任されていたほとんどのプロジェクトを後輩に委任される形になった。
残るは最初から受け持って続いているプロジェクトだが、こちらも最近は風向きが悪い。
今までは問題なく進んでいたのだが、競合相手の影がちらほら見え始めるという
負のスパイラルが続いている。
ただ、これは私が最初に努力して勝ち取ったものだから、
なんとしても死守せねばと考え、努力と神頼みで起死回生を狙った。
――2カ月前
「そこをなんとかお願い致します。」
「そんなこと言われてもね…」
私は目の前の取引相手に土下座をしていた。相手が首を縦に振るまで粘り続ける覚悟でしていたが、
「そんなことされても、もう決まったことなんだよ。」
相手のその一言に愕然としながら、顔を上げると相手は困り顔で事の顛末を告げ去っていった。その後ろ姿を見もせず、私はうなだれたまま考えがまとまらないでいた。
――昨晩
2カ月前の取引打ち切りを会社に伝えると翌日に私に解雇の辞令が出た。
度重なる失敗が続き、取引終了ということがあり、辞令が出たようだ。
私はそのまま1月後に退職した。それからと言うもの、不運続きで、
部屋の水道トラブルや複数の家電が故障し、それを買いに行き、しばらく経ってから財布を無くしていることに気が付き、交番に行くと中実が無いサイフが返ってくるといった事が続いている。
そんな失敗や不幸続きで悩み、“なぜ私だけがこんな目に?“、”こんなのは不公平だ!“という考えに至り、それならば強盗で周りを不幸にして私は幸せになってやる。
「――そういうことがあり、どこがいいか物色していた所、ふと目に着いたのがここで、それで現状に至るってわけだよ。」
持山はオムライスを平らげ、また語ったことにより、満足気な顔で言い、
「まぁお前達は不幸にも選ばれてしまったわけだが、私も不幸続きで少し幸せを分けてもらわないとな。」
持山は手元に置いてあった包丁を再度握り、そのまま狐塚に向け、
「だからいい加減さっさと金を…」
金を要求しようとしたが、目の前の狐塚が鬼の形相で睨んでおり、言葉が詰まってしまった。狐塚は腰に手を当て、
「全くどんなことがあったのかと思ったら、そんなことかい!?」
狐塚の叫びに持山は一瞬怯んだが、グッと手に持った包丁を握り、
「そんなこととはなんだ! さっき話したように散々な…」
「ふざけんな!」
狐塚は手近の机を叩いた。持山はなんとか怯まず包丁を構えていると狐塚はゆったりと近づきながら、
「“不幸だ”とか言ってるけど、だいたい全部あんたが悪いんじゃないかい!」
狐塚の言動に持山は少し後ろずさりながら、
「失敗の全部が私の責任ではない! だいたい仕事の時ももっと周りがフォローをすれば…」
「言い訳するんじゃない! そう言うってことはあんたが一人で突っ走ってしまったんじゃないのかい。それに最後の考えはなんだい!? 自分が不幸なら、周りも不幸にしてしまえってふざけんじゃないよ! あんたの都合を周りに押し付けんな!!」
ずんずんと寄ってくる狐塚の言動に持山は気圧され、沈黙していると、
「ちなみにあんた周りの不幸を自分の幸福にって言ってたけど、ここのお金を手に入れてどうするつもりだい?」
「ここで手に入れた金を元手にして、次なるステップにしてやろうとね。」
持山はニヤッとしながら応えると、
「そんなこと考えているのかい。 そんなしっかりとした目的も無くした所で、何もうまくいかないよ。」
持山自身にも心当たりがあるようで、考え込んでいるところを、
「それにあんたは今まで色々つまずいてきたから、これを糧に立ちあがろうとしてるけど、もっと大きくこけてしまい、立ち上がれなくなるよ。」
狐塚のさらなる言葉に戸惑い、
「今回の件は目をつむるから、少しずつ頑張って立ち上がりなよ。」
その言葉に持山は納得し、包丁を手近にある机の上に置いた。
狐塚は包丁を取り上げ、
「まぁ今回食べたオムライスはツケにしておくから、また立ちあがったなら、返しに来な!」
そう言い、狐塚は右手をすっと出し、持山も慌てて自分の服で手を拭き、握手をして、
「ありがとうございます。」
感謝を述べ、狐塚はニッコリとしながら、握手してる手を持ち代え
「あとまたこんなことするようなら…」
「いててててぇ」
狐塚に腕をひねられ、持山はその場に崩れ落ちた。
「はいっ、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁぁ。」
その姿を見て、狐塚は隅で事の顛末を見ていた蜜原の方に向き、
「幹ちゃんも悪いけど、これで許してやってね。」
蜜原は急に声をかけられビクッとしながら痛がっている持山の姿を見て、
「はい、わかりました。 あなたも今後は気を付けてくださいね。」
少しおびえながらも、ニッコリと笑みを浮かべながら言い、
「ほんとすみませんでした。」
持山は再度謝罪をした。
その様子を見た狐塚は手を放し持山を解放した。
そして背中を叩き、
「頑張りなよっ!」
激励し、持山は軽く会釈し、
「ありがとうございました。」
告げ店を出て行った。
もう昼ごろで太陽の光が今では心地よく感じる。
例え今後失敗しても、少しずつ立ち上がれるよう努力していくぞと意気込み一歩踏み出した。
3話目投稿させていただきました。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
宜しければ1,2話も1話完結となっておりますので、
ご一読いただければと思います。
ありがとうございました!