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ゲーミフィケーション・ゲーマーズ  作者: 夢物語
~1日目~
9/26

9、絵札(トランプ)から始まる必要性

 彼はそう言うと、紙製のカードケースをジーンズのポケットから取り出してきた。包装を解き、ケースを開け、中身を取り出してそのまま机の上に置く。

 裏面はダイヤが並べられたアーガイルチェックガラが付いたプラスチック製のカード。小学生でもお遊戯でさえ見たことのある、一般的カードゲームであった。


「トランプ……」

「然り。我らはゲームの世界によってリアルとの狭間に生かされたゲーマー。なればこそ、決めるならばその一つで運命を共にするのも一興だろう?」

「でも何をするんだ。ポーカーか?」

「誰もが分かる簡単なものさ」


 彼はそう言うと、山札の一番下のカードをスライドして抜き取り、裏向きのままテーブルの上に置いた。


「さてこのカードのスートは何か?」

「……スート?」

「マークの事よ、スペードとか」


 肩を竦めつつ、それでも教えてくれるエミリーにちょっとした優しさを感じてしまいそうだ。


「なるほど。マークを当てろ、か……」


 ちょっとした時間、暇な時に一人でしそうな遊び。

 適当に予言めいたことを口にしては、めくり、別に一喜一憂もせず当てる単純なゲームをここでやるということか。


「必要なら答えに近づく道は開かれるよう、質問に対し我が一つ助言を与えよう」

「えーっと……ヒントとして一つだけ教えてくれるということか?」


 スパイは何も言ってこないし、多分そういうことなのだろう。

つまりこのカードはこのマークですかという質問をすれば、違うか否か。つまり可能性として三分の一まで減らせる。マークを言い当てられたのであれば、終わりということを考えれば、チャンスが二回あると考えるべきだろうか。

 ゲームとしては非常に単純明快。それゆえに運要素も強いと言えた。


「……なるほど、だ」


 ゲームも分かるし、ルールも分かる。

 でも……だからこそ、スパイはこれで俺の何を見たいのかが気になった。

 面白いかどうかを見るために始まった遊びの割には、トランプをポケットから取り出したことといい、準備が良すぎるような気もする。


「どうした? 猜疑心を凝縮した顔になっているぞ?」

「一体どんな顔だよ……」


 言われたこともないので想像も出来ない。疑わしい顔と言いたいのは分かるが。


「さぁ道を示せ」

「分かってる……」


 とりあえず考え事は後にして、スパイとカウンターを挟んで座ることに。

 目の前に置かれたカードを見つめ、指で端をなぞってみた。

 スペード、ハート、クラブ、スペード。この群から絞れる質問をすればいいのだが、マーク一つ言えばそれでいいのだろうか。

 どれでも同じ。絶対が無い以上適当なものを選ぶしかないだろう。


「黒か赤の質問をすればいいじゃない」

「エミリー?」

「そのマークが何色か。その質問をすれば二分の一にまで減らせるはずよ」


 そうか。確かに彼は道しるべと言っただけでマークがどうかは口にしていない。

 彼女の言うとおり、黒か赤を指定すれば二分の一まで絞ることは可能であろう。

 今、候補を減らすと言う意味では一番減らすことの出来る質問だ。見落としていたと言わざるを得ない。

 変な言い回しを勝手に解釈してしまったばかりに可能性を狭めてしまっていたとは。

 ……もしかして、他にも勘違いしていることがあるかも。


「ふッ……単純だな。その程度では我は満足しないぞ?」

「別にあんた専属のピエロじゃないわ。ご機嫌取りのためにゲームをしていない」

「……エミリーが不機嫌な顔してるしー」

「私が広い心を持っているとでも思ってる訳?」

「それ自分で言うのことか……?」

「うるさいわね。私はここで人の良さを出すために来たんじゃない」


 エミリーはさっさと情報を寄越せと苛立たしげに扉を指で叩きつつ、歯がみしている。こんな余興に付き合う理由がないからだろう。彼女の気持ちは最もだ。

 もう一度、机に置かれたままのカードを見つめなおす。


「マークが何色……か」

「ほら早く。こんな茶番を終わらせて」

「おい、ちょっと待ってくれ。勝てるかどうかの可能性は二分の一のまま、」

「大丈夫よ。それで当てられるはずだわ」


 根拠のない自信。今まで彼女はそうやって潜り抜けてきたのだろう。直感的な働きで活動していたことがよく分かる一言だ。


「…………くそぅ」

「ふッ。我よりも封印されしカードを見るべきではないか?」


 こいつの含み笑いを見ると分かる。何かを試すような目、そして更にその中には楽しみにしているような期待も含まれていた。

 スパイは運の強さを期待するような奴かは、この短時間では分からない。

 しかしだ。前準備をしていたというのに、運に任せてしまうゲームでここまで楽しみにしていることがあるのだろうか。

 運要素の強いゲームにおいて、期待することなんて何もないはず。ただ当てるか、外すかの話であって、その中で考えることは存在しない。内容を楽しむことはないはずなのだ。

 それをスパイは楽しんでいる。どんな質問をしてくるか、ゲームを見せてくれるかを楽しんでいるのだ。

 つまりそれは相手との駆け引きが存在するということ。物語としては一番盛り上がる部分でもある。

 どのゲームにおいてもだが、一方的な展開と内容程、緊張感のない面白みは存在しない。

 シュミレーションゲームであれば相手との戦略戦、ポーカーゲームなら相手との心理戦。

 当然、中には運も混じるが、それでも駆け引きの中に運要素があるからこその話であり、経過や時とした運を楽しめるもの。

 だがこれは違う。完全な運に身を任せるだけのゲームだ。プレイヤーの心理も何もない。つまり楽しいに直結するとは思えない。

 それに運要素であれば、質問のことが気がかりとなる。運に任せるのであれば、 質問なんてさせなくても四分の一を当てて見せろと言ってくるはず。それなら質問させない方がいい。

 質問の意味。それが答えを導くヒントとなるはず――――


「……ん、ちょっと待て」

「誰も待ってないわよ」

「あ、いやそんなツッコみいらない」

「……何よ。本当のこと言っただけじゃない」


 でもそれ以上彼女は何も言わない。整理する時間をちゃんと黙っていてくれた。

 テーブルゲームでこんな状況を見たことがある気がする。いや、もっと具体的に言うと、テーブルゲームをしているノベルゲームの中にあったものだ。更に言えば推理系統。

 一体何だったか……。

 もう一度よく考え、周りを見て、ある物によって疑念を確信に変える。


「そうか。そういえば根本的なことについて全く考えていなかったんだ」

「ほぅ……」

「スパイ、もしかしてこのカード……」


 スパイも手を組み、リズムを取るようにして首を揺らしていた。

今までよりも大きな反応。俺の言葉に興味を示してしているのだろう。

 気付いたかと言いたげな表情に、カードのマークが何か予想が出来た。


「時間は有限。さぁ、お前は何を求む?」

「……よし。じゃあスパイに質問だ」


 そして、可能性を確信に変えるための質問をする。


「このカードのマーク。スパイは答えを知ってるのか?」

「……」


 スパイの動きが止まる。彼は俺を見て、カードを見た後にもう一度俺を見てきた。


「ふッ。なるほど、神はそれを選んだというわけか」

「何一人で納得してるのよ、気持ち悪い」

「影の狙撃手シャディングスナイパーよ。世の中全て自分を中心に出来ているわけではない」

「……あんたにそっくりそのまま投げ返したいわ、その言葉」

「ふッ。それが自己中心的だと言うのだ」

「はぁ……。あんたも何でそんな質問をしたのよ」


 相手が動じないことを諦めてか、文句の矛先がこちらに向けられた。


「何が?」

「何がじゃないわ。答えを知っているかどうかのために質問を使うなんて……」

「大丈夫、すぐに答えが分かる」

「本当なの?」


 質問を無駄にしただけだと思うわ。彼女は舌打ちを交えながら愚痴る。

 ここで間違えると彼女からの信頼は地に落ちそうだ。そうなれば、デミーとスパイの関係みたいに主従関係になりかねない。いや、もはや見えない存在とかになるかも。

 元々信頼されているのか分からないけど、これ以上落ちるわけにもいかない。


「それで質問の答えはどうなんだ?」

「我は神の力を持った存在。故にこのゲームでさえ、掌握している」

「つまりカードの中身を知っているんだな」

「然り」

「なるほど……」


 予想していた答え。だったら結論は一つしかなかった。


「ならこのカードのマークはスペードだ」

「はぁ?」


 そう断言したことに対して、エミリーが文句を言うためにこちらへやってくる。


「何でそうなるのよ。自信があるように言い切ったけど、根拠なんてないわ」

「あったさ。流れるような動作で気づかせなかっただけで」

「何よそれ。どういう意味?」

「ふッ……何の根拠があってだ?」

「それだよ」


 俺は一枚のカードではなく、束となって置かれているデッキを指さした。

 エミリーはそれが何を意味しているのか分からない。デッキを上から色んな角度で見た後、こちらに首を傾げてきた。


「これが何を意味してるのよ?」

「思い出してみろ。スパイはカードケースからカードを取り出してから、一度もカードをチェックしていない」

「は、何それ?」


 エミリーよ、意味が分からないからってそんな威圧的な言い方をしないで欲しい。


「えっとだな……。スパイはカードケースから中身をそのまま机に置いて、一番下を裏向きのままスライドさせて何かを当てさせようとしている。その間にこいつがカードを見た瞬間はなかった」

「前もって確認してたんじゃないの?」

「それはない。だって封をしていたからな」


 そう言って指さしたのは包装に使っていたラッピングフィルム。今はカウンターの端に置かれ、クシャクシャとなって置かれているものだ。

 エミリーもそれを見て、「へぇ……」と、ようやく納得をしてくれた。


「つまり目の前のカードのマークを把握する時間は無かったって言いたいの?」

「そういうこと」

「じゃあ、何でこいつは答えを知っているのよ?」


 ここまでの説明した上で更に彼女は質問。

 俺が質問した内容に対し、スパイは分かっていると答えていた。

それは何故か。もしかしたらエミリーは彼が嘘を付いていると思っているのかもしれない。


「だからこそのこれだよ」

「これって……。ラッピングがそんなに意味を成すの?」

「まぁな。これ一つでゲームが運に頼ったゲームじゃなくなったんだ」

「やはりお前は気づいていたか」


 隣で地面に座りこむデミーの頭をポンポン叩いては、デミーが鬱陶しそうに口をへの字に曲げているのも知らずに聞いていた。

 そして未だに分からないエミリーは俺の顔を覗き込んでくる。


「何に気付いたって言うのよ」

「このトランプが新品だってことだ」

「新品って……」


 エミリーは奥歯に物の挟まった言い方と共に困惑の表情を見せる。


「エミリーもトランプを買ったことあるなら分かるはず。買って開けたカードは綺麗にマークが揃えられているだろ?」

「え? あぁ、そうね……」

「それには順番があって、一部以外はマークごとに分けられているんだ。例えば一番上がジョーカーになっているとか」


 言って、デッキの一番上を捲るとピエロの絵柄をしたカードがあった。

 宣言通りのカードに、エミリーも少し舌を巻いていた。


「よく覚えているわね……」

「昔こういう手段を使った知能戦の推理ゲームを見ていて、それで覚えてたんだ」


 あの時のゲームはそれだけだった。でも、その後トランプを買った時にそんな並べ方があるんだと覚えていた。


「で、一番下がそのスペードだと。そう言いたいのね」

「具体的に言うならスペードの2だ」

「……自信しかないわね」

「スパイは元から運のゲームとして考えていなかったって訳だった。そうだろ?」

「ふッ。お前が世界の理、そして神の力をどれだけ理解出来ているか、それを確かめたかったからな」


 世界の理というかゲームのルールの話であって、色んな方向で見ればいいだけの話で済みそうである。

 これでとりあえず彼の望んだとおりの結果を導き出したと言っていいだろう。

 彼も喜んでいるようだし、これで情報を貰えると安堵していると、彼はクスッと笑ってきた。


「しかし求めるはもっと先。お前はまだその境地へ足りないことがある」

「え、どういう意味だ?」

「それは有りの儘の言葉。真意」


 言うが早いか、彼はカードを手にした。裏向きだったカードを摘まみあげ、こちらに中を見せてくる。

 時に煌めき、陰るカードでも、その中身はしっかりと確認出来た。

 そしてそのカードを見たとき、俺は息を飲むことになる。


「何だよ、それ……」


 それ以上のことを何も言えず驚く俺の代わりに、エミリーが後ろから呟いてくれたのだった。


「何、そのマーク?」


 そのカードに描かれていたのはスペードでも、ハートでもクラブでもダイヤでもなかった。ましてやジョーカーでもない。

 数字もマークも書かれていないただの絵。それが答えだった。


「これは弱き者を助ける象徴、剣のマークだよ」

「……は?」


 確かに真ん中に剣が配置されており、それを握る手、そして周りの装飾を行う花が描かれただけだ。マークが剣だと言われれば確かにその通りである。


「ん、我の手にするカードで、心に闇が出来たか?」

「闇とまでは言わないが……」


 それが正解だと見せられても、俺は外れたなんて感じることも出来ない。

 トランプだと言っていたからここまでの推測をしていたのに、見せられたのは見たこと無い絵、トランプとは関係ないマーク。

 これでは予想も何もないだろう。

 ただショックなだけで、運ゲーでもなければただの理不尽なだけのゲームであった。


「……何これ。散々試すとか言ってこの結果とか、全く面白くないわ」

「ほぅ……影の狙撃手シャディングスナイパーにはつまらなかったか?」

「当たり前よ。あんだけ大口叩いた割に、嘘付いて白々しい態度……勝負する気なかったじゃない」


 エミリーがそう非難する。

 彼女も試合に関係ないとしても、敗因がこれだと納得が出来ないようだ。


「これもれっきとしたプレイングカードだ。お前たちの知らない物だろうが」

「……デミーが作ったものだしー」

「何でそんなの使ったのよ?」

「ふッ」


 また俺を見てきた。問いかけるような目であり、更に言うなら口元はひん曲がっている。そのままフリーズしたように固まり、スパイは暫く俺を見つめ続けていた。

 先ほどの勝負といい、こいつは俺の何に期待をしているのか。

 何度見ようが、スパイの表情から答えが生み出されはしない。不快感が募るだけ。

 彼と不本意な見つめ合いは数秒続いたが、自分としては数十秒に感じていた。


「ま、この時間も無駄ではないということだ」


 話を打ち切り、スパイは立ち上がる。眼鏡を掛けなおし、彼はデミーの手を繋ぎ、こちらに背を向けたのだった。

 当然エミリーが急いで引きとめる。


「ちょっと! 情報を貰うためにこんな余興に付き合っていたのよ!?」

「ここ悠久の時間を創る街のライン・ド・パレイアを抜け、少し先に小さな人里のカルム・パレイアがあるだろ?」

「……えぇ、パレイアの同盟集落よね。国の三割の食料の供給を担う貿易場所だわ」


 俺を見ながら、彼女は端的に説明をしてくれた。

 カルム。そこは同盟の場所として、そして貿易場所として機能している里のようだ。


「そこに行けば、新たな情報を手に入れられることだろう」

「ねぇ。そこで次は隣国を目指せとか言われるのかしら。RPGのようなたらい回し展開は真っ平御免よ!」

「大丈夫だ。神の代行者メタトロンがいるからな」


 そう言ってスパイは俺を指名してきた。


「……どういう意味よ。こんな奴が何か役に立つの?」

「おい、こんな奴だと……」


 まるで駄目な奴だと言われたようで悲しい。

 そして反論出来る自信がない自分が更に悲しい。

 スパイは「ばかとはさみは使いようだ」とフォローになっていない助言をして、先ほどの一枚のカードを指す。


「神の代行者メタトロンは役に立つさ。因みにそのカードは我からの啓示だと思ってくれ。ありがたく受け取るがいい」


 机に置かれたそれを受け取り、表裏を確認するが、別にトランプに何か書いてある訳でもなく、それそのものに意味を成しているようだ。


「これが何を意味してるんだ?」

「……それは後で分かるしー」

「いや、それじゃあよく分かんないって」

「ふッ。全て思い通りに事が進まないからこそ、世界は楽しいのさ。せいぜい頑張りたまえ。世界に抗いし者たちよ」


 最後に奥の部屋に消えるスパイの高笑いは誰も止めることが出来ず、


「くそぅ……」


俺は手にしたトランプを忌々しげに見て、そう呟くことしか出来なかった。


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