7、夜道から始まるクエスト
「……全く、何でこうなるのかしら?」
横並びで歩くエミリーがため息をついていた。先ほどからずっと同じ調子、セリフ。
よほどこの仕事をすることが嫌なのだろう。時間も夜中だし、暗い街を歩かなければならない。やりたくない気持ちはよく分かった。
「あんたがギルド入りたいなんて我が儘言わなきゃ、こんな事にならなかったのに」
「え、そっちなのか?」
まさか、そこに文句言われるとは思わなかった。
「何がそっちよ。それしかないじゃない」
暗くて足元がよく見えない道の中、彼女は迷わず進んでいく。
月の存在もないこの世界では正法によって灯された街灯が頼りだ。
ただその街灯でさえ発光の量は少なく、そして点々と存在するだけ。
満足に灯りを生み出しておらず、灯台下の様な暗さ。
人はいないし、道は入り組んでいる。一人で歩いていたら確実に迷っていたことだろう。
「まぁ、あんたがいなくってこの仕事が無くなったとは思えないけど」
「……そうだな」
話を聞く限りでは彼女の言うとおり、一人でもやっていたことだろう。
『アニマル盗難事件を調査するため、情報屋を尋ねる』
俺が料理に手を付けている間、ローラはエミリーに俺のゲーマーとしての紹介をした後、依頼の内容を語っていた。
どうやらアニマル盗難事件は彼女たちギルドにも伝わっていて、それを解決してほしいという国からの依頼も受けていたようだ。
盗難事件としては異例だ。よほど深刻な問題なのかもしれないが、とにかく結構な大きさになっていたらしい。
衣服や食べ物といった低価なものから、注射といった医療系の高価まで多く盗まれている。鳥や犬、そして猫といった多種の動物がこそこそと盗みを働き、そして逃げる。
人に攻撃するといった傷害は起きていないが、それもいつ起きるか分からない。
だからこそ、国は今の間に起きている原因と理由を調べて人々の不安を取り去りたい。
ローラはそれを解決することで今後の進展に繋がると言っていた。自信ありげに俺たちに命令を下したのだった。
「でも……だからって『試すためにもユーちゃんをよろしくお願いします!』とか。こっちに面倒なことを押し付けないでよね……」
「ま、パーティーにもならない同行者的ポジションだな!」
「……あんた、それ自分で役立たずの烙印を押してるわよ」
「そうか?」
意外なアドバイスから主人公たちを助けるポジションって素敵だと思うんだが。
「とにかく。ギルドに入りたいって言ったなら、パーティーに入れるぐらいの活躍はしてよ」
「なるほど」
確かに俺はギルドに入りたいですかと聞かれて二つ返事ではあった。そりゃあ仕事を探していたし、寝床も食べ物も確保してくれると言われたら、無職でホームレスなら誰だって飛びつく話だ。
でも、まさか料理を食べてから、いきなり依頼仕事を任されるとは思っていなかった。
働かざる者食うべからず。フランス人がそんなことわざを使って俺が食べた料理の分の仕事を求めてきたのだ。まるで借金取りが後になって、今は利子がうんたらかんたらと文句を言うように。
きっと俺がギルドに入らないと言っても強制的に働かされていただろう。
とにかく、俺も被害者であることを彼女には分かって欲しかった。まあ分かってくれないからこんな嫌悪感丸出しの顔しているんだろうけど。
「はぁ相手が相手だし……苦労しそうね」
「そう言えば情報屋の相手と言われた時、かなり嫌がってたな」
「犬と喋る方がまだ楽よ……」
「そこまでの人物なのか?」
情報屋に行けと言った時のエミリーの顔。あれは詰みゲーを目の前にした瞬間の絶望感と嫌悪感だった。
彼女にとってそこまで嫌な人なのだろうか。
「そうよ、あれには翻訳機が必要なんだから……」
「翻訳って……いらないんじゃなかったか?」
まさか、この世界では変換出来ない言語でも存在しているのだろうか。
そんな不安を彼女は首を横に振って否定し、一瞬だけ疲れた顔を見せる。
「世の中には頭の中がお花畑の奴がいるのよ。何を言ってるか分からない。会話のキャッチボールしているはずなのに、相手は受け取ったら逆の方へぶん投げる奴が」
「へぇ、よく情報屋として運営出来てるな」
「それなのよ……まぁ、生きてるってことはやりくりできるゲーマーなんでしょうね」
ゲーマーなのか、そう驚く俺の顔を見た彼女は「因みに」と言葉を続けた。
「そいつ、日本人よ」
「マジか!?」
意外すぎる発言に目だけではなく、口まで開いてしまった。
日本人のゲーマーがいることは聞いていたが、こうも早く会えることになるとは思わなかった。情報屋ということもあるから、色々聞けそうなのもありがたい。
気になる点として、頭がお花畑という問題はあるが。
「ねぇ日本人のあんたに聞きたいんだけど。闇満ちる、とか意味分かる?」
「闇満ちる……ん?」
「で、赤き夜が我らを祝祭へと興じさせようなんて言うし」
「……ほぅ」
何故だろう。それまずい気がしてきた。
「他には刹那群界聖域とか、エターナルフォース……とかなんとか。全然言葉になっていない英語を発したりもするんだけど」
「なるほどねぇ」
何故だろう。それまずい気しかしない。
「因みに必殺技はリアスティックテレパシーだそうよ」
「……」
「ん、どうしたのよ。詰みゲーを目の前にした顔になってるわよ?」
不思議な物だ。どんなキャラクターでも魅力を感じるはずの俺が、今こうやってある一人に対して不安しか感じていない。
思い当たる症状として一つしかない。
「中二病か……」
「中二……いえ、三十代超えたおっさんよ」
「おっさん!?」
大人になった人間が何をしているのだろうか。なるほど、だから彼女は先ほど頭の事について説明してくれていたのだ。非常に納得出来てしまう話である。
中二病、その言葉をここで言う事になるとは。ゲームをしていれば確かにありえそうな話ではあるが、その人は何のゲーマーになるか。
中二病になるようなゲームというと、RPGとかになりそうだが。
それにどういう生活をしていたかも、情報屋とは名ばかりではないと思うだろうし。それに人間関係も気になる。ゲームの場合、そういったところから物語のきっかけが生まれやすいからだ。
……本当、会った時に色々と質問することがありそうだ。話が通じるのか微妙だけど。
「情報は正確なのが、余計に質が悪いのよ。全く、何で話し合っている時に会話の内容を理解しないといけないのって話よ」
「もしかして、今日やることって……」
「主にあんたが喋ること。言うなら交渉と翻訳と理解。むしろそれ以外やることがあるのか聞きたいくらいよ」
「えー……付き合い長いなら、俺じゃなくてエミリーだろ?」
俺は後ろから茶々入れるだけの方が良いと思うのだが。
「うるさい。あんた、同じ日本人でしょ!」
「それは偏見だろ!? ノベルゲームだからってジャンルは一つじゃない!」
「大枠で見れば全部同じだわ」
「それはゲーム業界への冒涜だ……」
そりゃあ中二病がどんなものか、その内容について無知かと言われたらそんなことはない。俺にだってそういう必殺技はかっこいいと思っていた時期はあった。
しかし翻訳となると話は別だ。何せ相手の妄想に付き合うことをしなくてはいけない。話を相手に合わせる事がいかに大変か。
「大丈夫よ。この時のために胃の調子を整える正法を見つけてきてるわ」
「そんな正法を用意しなきゃいけない時点でおかしい気がするんだが……」
多少は常識を知ってくれればいいと思っていた希望的観測さえなくなった。
「ちッ……ちょっと隠れて」
自分の落胆を見ることもなく、彼女は俺の腕を掴んで耳元で囁いてきた。
何かを見たのだろうか、その声には鬼気迫るものを感じさせた。
「何で?」
「いいから早く!」
俺に有無を言わせてくれない。腕を更に強く握られて、そのまま路地裏へと俺を引っ張られてしまう。
彼女は続けて、小声で後ろに座って静かにするよう指示を出してきた。
何かがある。それだけは理解出来たので、とりあえず指示通りに動くことに。
暗い道に足を取られそうになりながらも彼女の後ろに座り、彼女の肩越しから先ほど歩いていた道を眺め続ける。
しばらくは人も変化もない大通りであったが、やがて少し先の十字の道、曲がり角付近でスポットライトのような光が。そしてその光源を持っている二人組の男女が右から現れた。
逆光のせいで良く見えないのだが、どうやら彼らは街の警備として巡回しているらしい。
この見回りも面倒だ、どうせ何もないだろという愚痴をこぼしながら、彼らは俺たちをスルーしそのまま左へと消えていく。
消えて数秒、終わったことを証明するかのように彼女は立ち上がったのだった。
「見つからずに済んだわね」
「えーっと……どうしてこんなこと?」
単純な疑問として彼女に聞いていた。
俺たちが怪しい行動をしているのであればまだしも、別に何も悪さを働いていないし、する予定もない。
それなのに彼女は隠れ、相手をやり過ごそうとしたのだ。
どうしてそんな事をするのか分からない俺に対し、エミリーはこう答えてくれた。
「あんたの脳みそは鳩並みに小さいのかしら?」
「ちょっと待て。聞いただけで罵倒されるなんて展開は予想出来ない」
「あのね……まだあんたはアニマル盗難事件の犯人として挙げられているのよ。そんな奴がこんな場所で歩いていたら、何してんのって話になるでしょうが」
「……そうでしたー」
鳩並みであることを認めなくてはいけないとは。
もし会っていたらどうなっていたか。おう偶然だな、せっかくだし連行してやるよ的な展開になっていたに違いない。何と言うお粗末エンドだろう。
こればっかりは彼女のおかげで助かったと言わざるを得なかった。
「それに……今はあんたがいなくても、国中が張りつめた空気になっているのよ。この時間帯、仲良くお話しする必要はないわ」
「え、それはアニマル盗難事件関係で?」
「違うわ。隣国との関係でよ」
それを言われて、エミリーとレストラン兼ギルドの建物へ向かう道中の会話内容を思い出す。
兵国ゴル・バ・リガード。兵を持つ国だから兵国。
ちょっと前に革命運動が起こったパレイア唯一の隣国として知られている、独裁政権のような仕組みでありながら、圧倒的カリスマスキルによって統率している発展国だ。住む者として人間もいるのだが、大半が獣人で占めているとのこと。
国の理念として、世界は一つの国で統括するべき、新たな世界を創ろうぜスタイルを掲げ、近くの街や村を攻めては国領を広げていることでも有名な話である。つまりは戦国時代の織田信長さんのような、新たな時代を切り開くために天下統一を目指している国というわけだ。
しかし、その武力で解決という考え方から他の国に嫌われているらしい。交易もしないようで、友好的な関係は築かない。兵国のスタイル、そして他国の平和主義に対してを考えれば当然といえるだろう。
そしてだ。最近になって国が勢力を上げて兵器を製造しているという噂が実しやかに囁かれている。魔力で飛ばせる大砲や鉄砲といった準備が進められていることも。
つまり、このパレイアとしてはそんな物騒な物を作って何する気だという警戒心が出来上がっているようで。国としても張りつめた空気が以前から続いているようだ。
「二十四時間体制で街に異変がないかをチェック。相変わらず治安維持のために頑張るわよね……かれこれ一か月くらいしてるんじゃないかしら」
「うわぁ……」
ゲームではそういったことは一瞬で時間が経過するのだが、リアルだと中々に重労働である。昼間に出会ったあのテクタやクライの警備の人もきっと同じ目的で見まわっていたのだろう。
クライさんがイライラしていたのも納得出来た。だからといってあの誤解を許す訳にはいかないが。
「アニマル盗難事件もあるし、そりゃあ変な衣服を着たあんたを見れば怪しむわよね」
「変……だと……?」
「えぇ。3Dゲームにドット絵が混じっているような違和感しかないわ」
「そこまでか!?」
自分の姿はフード付きのジャケットにジーンズ、運動シューズと日本なら一般的コーディネートなのだ。つまり当たり前のファッション。
ファッションゲームもそれなりにこなした自分に文句を言われる筋合いはないはず。しかし彼女はそれを違和感とばっさり。
軽くショックだね、うん。
「この世界ではジャケットとか無くて、物珍しいのよ。この世界では私のようなコートが当たり前なの。明日辺り買っておくことを勧めとくわ」
「まず俺にはここのお金の単位を知る必要があるんだが……」
「なら死ぬ気でこの仕事を完遂させることね。貰えたら自然と分かるわよ」
「くそぅ、本当に分かるのかよ……」
そもそも仕事だって上手くいくか怪しいものだ。
先ほどの容疑者のことが本当であるならば、俺は警備兵の目を掻い潜る必要がある。変な邪魔が入らないために、見つかる事さえ出来ない。
見つかればGame Over。難易度で言うならハードを超えた、ノーホープ。そして既に警戒が強まっている街中。
うん、初めてこのゲーム操作します状態の俺に果たして出来るのだろうか。
再び歩き始めるエミリー。彼女の後ろを一種のストーカーみたく同伴していると、彼女はこちらを振り返り、「はぁ……」とため息を吐いた。
「そんな不安顔にならなくても大丈夫よ。そのために私がいるから」
「……なるほど、身代わりだな」
流石俺のヒロイン。どんな窮地も代わりに受け止めてやろうという心の広さがあるとは。
「なってもいいけど、次にあなたと会う時はどうなってるか分かってるわよね?」
まぁそれを沈めてくれる心の深さはないようだけど。
「いや、冗談だが……一体何の根拠があってそう言えるんだ?」
「え、私のことについて聞いてないの?」
「何の話だ?」
「私が何ゲーマーか。ローラから聞いてないのかって話」
エミリーが何ゲーマーについては一切彼女の口からは触れられていない。実際触れられていたのは手だけである。
彼女はずっと俺の存在について興味を示していただけだった。
それを伝えると、彼女はこれからの仕事上で必要な情報だと感じたようで。
胸に手を当て、改めて自分のことを紹介してくれたのだった。
「私はエミリー・キャロライン、十六歳よ。FPSゲーマーでオンラインでは影と呼ばれたトップランカー」
「ファーストパーソンシューティングのゲーマーか……」
「そう、補正は危険察知と銃よ」
一人称で行うシューティングゲーム。やったことは勿論あるが、オンラインで極めたことなどない。そもそもオンライン自体そこまでやらないから。
彼女はオンライン上でトップの実力を持つと言っている。しかも自称トップランカー、オンライン上で他称もされるなんて相当の者でないと出来ないこと。
「影、か。一体どういう理由で付けられたんだ?」
「そんなの私が知る訳ないじゃない。オンライン上の奴らが勝手に付けた名前なんだから」
「じゃあ戦績は? キルした数は?」
「そんなの覚えてないわよ……。百回ぐらい戦って、四、五回やられる程度としか言えないわ」
「……凄いな。流石トップランカー、負けがそれだけだなんて」
「何言ってんのよ。負けたじゃなくて、キルされた数よ」
「はぁ!?」
「負けたなんて屈辱はないわ、当たり前でしょう?」
「マジでか……」
負けではなく、やられた回数が百を超えて一桁なんて常人のレベルを超えている。
負けを知らない。それどころか、やられた数さえ指で数えられるほど。それはオンライン対戦であり得ない実力だった。
「そんなに驚くことないでしょうが……」
そして本人はその凄さを理解出来ていない。当たり前のことのように考えている。
なるほどつまり、ゲームで不正するあれか。
「チートだな?」
「馬鹿にしないで」
「はい、すいません」
不正と言われるのは嫌なようだ。
「いやでもそれぐらいおかしいことだって。何でそんな戦績が残せるんだよ!?」
「さぁ、他の人よりパッと周りを見るようにしてるからじゃない?」
「いやいやいや」
それで出来れば苦労しないとこれほど言いたくなったのは初めてだ。
謝れ。俺含め、頑張っても背後取られて足手まといになってしまうユーザーに謝れ。
「とにかく。そのおかげで私はここへ呼ばれて、補正として危険察知出来るようになったのよ」
「ほぉ……具体的に危険察知能力ってどんなことが出来るんだ?」
「ローラと似たようなものよ。直感的に危ないと判断して、どう行動すればいいかをすぐに把握出来る。それだけ」
「さっきの奴らの目をかわすことも出来たのはそれのおかげか?」
「えぇ。危ないという感性が働いたといっていいわね」
「なるほど、便利な機能だ」
危ない状況を未然に防ぐことが出来ちゃう。怪物といった未知の存在や正法の攻撃がある世界にて、これほどありがたい補正はない。
そして考えるに、先ほどの彼女の動き方を見て大体数秒ぐらい前から危ないことを察知できるようだ。テクタさんとの対決の時、後ろ向きで立っているにも関わらず避けられたのはその能力が発揮されたからだろう。
まさに危険な状況に立つことのない、相手にとっては干渉も出来ない、影。彼女がオンライン上でそう呼ばれたこともそういった状況が多かったからだろう。
「もう一つの補正として、確か銃だったか?」
「えぇ。これのことね」
そう言って彼女は手元からそれを取り出した。前回は既に手にしていた銃。今回は光の粒子が集まるように手元から生まれ、手元の中で渦巻き、やがて凝縮されて作り出されている瞬間を見る事が出来た。現実では起きない現象。まさに不思議な力であった。
「その銃は正法で出来ているのか?」
「多分ね。こういう正法は一般的に見ないけど、まぁその反応から察するに見るのは初めてなの?」
「聞いたことはあったが、実際に見ると言う意味だと初めてだな」
ゲーム設定としてありがちな、理想であり空想である正法。どのような理屈で出来ていて、どこまで出来るのか。彼女の言い方的に制限がありそうだ。
「因みにこの銃は何てものなんだ?」
「さぁ? この銃はこの世界の正法に合わせたオリジナル仕様だから何とも言えないわ。グリップは少し細く、刻印とか無いけど……似てる物としてはベレッタM96ね。アメリカでは警備でも用いられたもので、重さも少し軽め、弾道が素直なのがいいわね。反動は大きすぎないのも利点だわ。銃弾は正法なのか……とにかく自動で生成された.40S&W弾だと思う。まぁシンプルブローバックのところが正法で威力を倍加させているのから、既存のものと違うかも…………なんて言って分かるの?」
「ま、お前が銃について熟知していることが分かった」
流石FPSゲーマーというべきなのだろうか。いや、それにしてもよく知りすぎているような気もするけど。FPS好きはみんなそうなのだろうか。
銃はハンドガン、マシンガン、スナイパーライフルといった区分でしか見てなかった自分にとってはただ威力ありそうなハンドガンだと思っていた。
銃口はアヒル口みたいに突出してるが、何か意味があるのだろうか。
オリジナル仕様、そう聞かされては興味をそそられる。
だが彼女は見せるべきものを見せたので用なしと考えらのだろう。
空中に軽く放り投げたかと思うと、それは再び光の粒子へと変化したのだった。
霧散するように消えていく粒子を眺めつつ、俺は彼女の力を認め直す。
「なるほどな。これは心強い」
「でしょ?」
「え、そこ自分で認める?」
「何でよ。事実なんだからいいでしょ」
「ま……そうだな、それは悪かった」
そして彼女はかなりの自信家ということも分かった。強いことが普通であり、他の人からの評価も当たり前だからと気にしない。ただ負けは屈辱的であると思っている。
ある意味、珍しいタイプの負けず嫌いであった。負けたくないよりも、負けを知らず、負けなんてしないと思っているようだ。ツンツンしているキャラもそのせいがあるのかも。
……ま、自信家だろうが頼りになるヒロインではあるし、問題はないだろう。
「やっぱ強いからには結構な数こなしたのか?」
「ギルドの話?」
「あぁ。どれくらいの依頼をこなしてきたんだ?」
「正確な数は分からないけど、少ないとしか言えないわね。立ち上げてあまり期間がなかったことも大きいから」
「意外だな……」
王国直属のギルドとか大層な名前が付けられているし、かなりの数をこなしていると思っていた。
「量よりも質なのよ、この世界のギルドではね。だから百以上やってるギルドが、一つだけこなしたギルドに規模で負けることもあるのよ」
「へぇ……参考までに何か一つ聞かせてくれよ」
「最近で一番大きかったことでなら、異国のドラゴンが暴れているのを沈めることをしたわ。炎を吐いては怒りを土地にぶつける赤いドラゴンをどうやって抑えるか。そこで苦労したわね」
ドラゴン。リアルの世界観の割にそういう存在も一応いるというわけか。ファンタジーを適当に詰め込んだような浅い設定だな、おい。
いやもしかしたらドラゴンというのは名ばかりでただの鷲なのかもしれないけど。
炎を吐く鷲……十分怖いか。
とりあえず彼女の言葉通りの竜を思い浮かべておく。
「…………ん……ってかそれお前一人で倒したのか?」
「常識的に考えて無理に決まってるでしょ。協力はしてもらったわよ。いいえ、してあげたって言った方が正しいのかもしれないわね」
その依頼をしたのはパレイア女王だと彼女は言う。ギルド『ラインアウト』として国との繋がりを持つきっかけであると。
女王自ら彼女たちにお願いをしにきたとき、それはもう椅子を倒してしまうほど驚いたようで。
まさにギルドにとっては大きな飛躍の瞬間であり、ローラにとって渡りに船。情報を求めるために立ち上げたギルドが国との協力関係を築くことが出来たのだから万々歳であったと彼女は言う。
「で、上手くいったと?」
「軍隊を使った掃討作戦でね。駆逐することは出来なかったけど、怪我を負わせて追い出すことは出来たわ。最後は私の一発で逃げ出した」
彼女は得意げな顔で、手で銃を形作って打ち落とすような仕草を見せてくる。
そういうところは子供っぽく見えて可愛らしかった。
「どこの国のドラゴンだ? まさか兵国リガード……」
「可能性としてはそれがあるわね。ペットならちゃんと飼いならせって言うのよ」
「エサ代が凄そうだな」
「いや気にするべくはそこじゃない……まぁいいけど」
彼女は立ち止まり、ある一軒の店舗に顔を向けた。
「と。着いたわ、ここよ」