6、ゲーマーから始まるギルド
「それは何故だ?」
「この世界ではあまりにもリアルに近い感性を持つことが出来るからです。科学によって生み出される薬品や農作物もそうですし、痛覚や味覚といった現実でしか出来ないことも、この世界では出来てしまいます」
「……確かに、走ると疲れたな」
「リアルすぎる世界観と設定に、ゲームのようなファンタジー要素、機能がある。そんなどっちつかずの世界がここ……ゲーミフィケーションだと思っています」
どっちつかずの世界。その言葉で定義していた彼女も、きっとどちらだと決めきれていないようだ。
痛覚や味覚と言ったリアルでしか感じない感覚。それさえもゲームによって生み出されたと言えたら、きっとゲームの世界なのだろう。
話だけだが、正法の概念も存在する。
しかし、ゲームのようなラグやバグも存在せず、メニュー画面なども存在しないのもリアルだからこその世界だと言えた。そしてリアルにより近い情報量。
実際はどっちなのか、疑問は山のようにある。
「……なるほど」
だが、それを口にしてはいけない。
それを言い出せばループのようにリアル論とゲーム論が行き交うだけだから。この世界がリアルかゲームかを決め切れる要素がない限り、意味がない。
とりあえず今はそれを真実とし、話を進めよう。
今必要なのは、確実にこの世界にあるものなのだ。
「自分が聞いた話だと会話が出来るほどの機能しかないんだが。ゲーム機能として、他に何が?」
「この世界での共通事項として存在するのは、先ほど言っていたゲーマーです」
ここに来て彼女は俺たちのゲーマーについて触れる。
「私たちは『Gamification』をやろうとして、予期せず集まったメンバーです。この世界に散らばっていて、みな何かしらのゲームを好み、やってきた実績があります」
「ローラもそうなのか?」
「えぇ。私は経営シミュレーションゲーマーです」
「経営シミュレーション……。コンビニ経営をしたりするあれか?」
「人の流れを読み、世界の動きに常に気に掛けて戦略を変える……そんなゲームに魅了されたのですよ。いつしか夜中を惜しんでゲームをしていました」
夜通しやるのは自分だって同じだ。それが彼女は経営シミュレーションであっただけ。
なるほど、だから本棚に整然と並んでいるのが経営に関する本だったわけか。
それにマーケティング用語なんて言葉を知っているのも、それが関係しているのかもしれない。
「ゲーマーが集う、か」
「みな力があると判断されて呼ばれました。何故かはわからないのですが、全員に言えることは自発的に来たのではなく、巻き込まれた被害者なのです」
「力とは言うが……それって知識だけだろ。別にここゲーミフィケーションで通用することがあるとは限らない。例えばアクションゲームが得意な人でもリアルとゲームではやれることが違う」
「そうですね。だから各自この世界に来たときに“補正”がかかるのです」
「補正?」
「ゲームでいう、特殊スキルやパラメーター補正と考えてください」
そして、彼女は自分のことを言うために胸に手を当てた。
「私は先見の明……先を見る力がここに来てから備わりました」
「先を見るって……、未来を見ることが出来るってことが?」
それただのチートにしか思えないのだが。
「大げさ過ぎますよ。これは上手くいきそう、これは駄目かもしれないと直感が出来るようになっただけです。大まかな予想ばかり、ハッピーな展開かは分かりません」
つまり結果として良い方向だとしても内容的には悪い事が起こるかもしれないのだ。
例えばモンスターを駆逐出来る予想が見えても、駆逐してパーティー壊滅状態です。みたいな流れかもしれない可能性だってある。
この世界では、怪我したなら回復してやるぜと言えないのが辛いところ。リアルであると彼女が言っているし、死の概念はあるのだろう。そしてそれは一種のプレイヤーへの枷となっている。
迂闊には行動に移せないのは、先見の明として不足な点。
だからこそ、彼女は俺の未来を見ると言う言葉に否定的だった。
「でもそのおかげで下のレストランを経営出来ています」
取りつくようではあるが、補正が一応役に立っていることを彼女の少し誇らしげな笑みで表していた。
「それってまるで占い師だな」
「占い師のような結果を形で示せないですけどね。実際こうすればいいということも具体的に言えないですし」
「直感で経営をやる……。ま、分からなくもないが」
「経営において、状況を読み、先の展開を予想するのは直感的な要素もありますから。ここに来たとき、私にこの補正を与えてくれたのもそれが大きいのでしょう」
「……そうか。ゲームの特徴にあった補正が生まれる、か」
「だからこそ」
彼女はそう前置きを入れて、数秒空けてからから強く手を握りしめてきた。
「ユーちゃんのことをもっと知りたいのです」
「そういう告白は年齢差を考えてだ……」
「エミーの代わりにビーフジャーキーの具材になりますか?」
「あ、すいません」
しかしそう言う割に、手を繋いでいたりよく分からないことをしてくるな。
「冗談はさておき、どうなのですか? どんなゲームをよくやるのですか?」
とにかく期待を込められた目で見られては、黙っているのも野暮というもの。
別に隠す理由もないころだし、とりあえず正直に言うしかなさそうだ。
「えっと…………あまりこれというジャンルをしなくて」
「でもあなたには、」
「ゲームはしてます。そりゃあもう二十四時間体制で」
「それは言いすぎです」
冷静にツッコまれた。そんな突っぱねた言い方しなくてもいいと思うのに。
「まぁ、とにかくゲームはしているが……」
「……つまり、あなたは雑食型ゲーマーということなのですか?」
彼女がはぐらかそうとしていた何のゲーマーを言い当てたのだった。
「ま、結論から言えばそういうことだよ」
彼女は俺が言い淀んでいることに対して頷き、俺が何かを言い当ててくれた。
だけど雑食型ということが分かってか、更にローラの思案顔に困惑が混じる。
「それで、何も補正を受けなかったということですか?」
「まだなのかもしれないが、今のところは分からないな」
「補正がないゲーマー……ですか」
多分彼女にとって意外なのだろう。
今まで出会った事がないというのも表情から読み取れる。
別に何か好きなジャンルをやりつくそうとする熱意はなかった。エンディングを迎えたら、それに満足し、次のゲームをやるやり込みの浅さと、多岐に渡るゲームの広さしか自分にはなかったから。
……そして雑食ということはつまりは凡才であり、特徴的なものが存在しないというこということ。
先ほどの説明を基に考えれば、自分がこの世界に来てから何も補正とやらを受けなかったことも頷ける。
「少し意外とさえ思いますよ」
「補正ないと難しいのか?」
「大きく違うと思います」
ローラは強い口調で断言した。
「それがあるかないかでスキルがないと同じなのですから」
「つまり俺はモブキャラと同列だと?」
「まぁそうですね」
「…………」
「流石に冗談です」
先ほど真面目な話だから何とか言っていたのは、どこのどいつだ。
責めるように睨みつけたら、彼女は落ち着くようにと、笑いつつも空いている手で宥めてきた。
「それぐらいのことだということですよ。元の世界へ戻るためにはまず生き残ることを考えないといけないのですから」
「え……元の世界へ戻れるのか?」
「出来ると踏んでいます。根拠はないのですが……」
彼女が言っていた直感という奴なのだろう。先ほどの言葉を信じるならば、それは説得力のある予言。期待の出来るフラグである。
つまりこの世界をゲームの物語として考えて、俺たちがもし主人公だとするなら、物語のエンディングとしては元の世界に帰ると言う事なのだろう。
当然、帰れることは嬉しいし、その術があるなら知っておきたい。
「……」
……でも、必死になる気持ちにはなれない自分がいた。
「このギルドの設立もゲーマーのためが大きいです。何故私たちはここに呼びだされて、何をしないといけないか。そして……どうやって戻れるかです」
ローラは身体を預けるようにソファに深くもたれてこの部屋を見渡す。過去を振り返り、愛しむような目で、何か遠くを見つめていた。
そしてその姿は少し疲れているようにも見えた。何かを追い求め続けているのだ。絶え間なく見えないモノのために働き続けている。それに疲れていてもおかしくないだろう。
「ローラは、そんなに帰りたいのか?」
「元の場所に帰りたいのです。だって私には……まだやり残したことがあるのですから」
「だから私たちはここで情報を得るために行動しやすいギルドをやっているわけ。分かった?」
会話を繋げてきたのは料理を持ってきてくれたエミリーだった。会話を廊下から聞いていたのだろうか、扉を開けてすぐに会話に介入出来ている。
ただ気になる点として、エミリーはローラに苛立っているようだった。若干冷ややかな目を向けつつ、彼女を鼻で笑ってお盆を軽くあげてみせる。
「で。私に料理頼んで追い出したのは、こいつと逢引したかったからなの、ローラ?」
彼女の目線はずっと握られていた俺たちの手。
料理を載せたお盆も小刻みに震えており、変な言い訳しようものなら料理ごとこちらに投げつけられそうな雰囲気が漂っていた。きっと面倒事を押し付けられたことに対して怒っているのだろう。彼女の中の形容しがたい赤い沸点ゲージが溜まっているのをその目で感じ取れた。
そして、そんな彼女の前をしてもローラが平静でいられることに、俺は拍手を送りたい。
流石経営シミュレーションゲーマーを公言しているだけはある。肝の据わり方が違いますな。
「あら? 思ったより早かったですね、エミー」
「へー、大切な話をしているかと思えばこれね。そりゃあ大変、納得だわ。あなた、ギルド経営するよりもキャバ嬢にでもなるべきじゃない?」
「妬いているのですか?」
面白おかしそうに挑発を挑発で返すローラに対し、エミリーはそれを鼻で一蹴する。
「こんな奴のために妬いてどうするのよ。私はただこんなことのために下で料理を作らされたのかと思うと腹が立つだけよ」
「もう、若い子がこんなことで腹を立てて。もう少し大人になりなさい」
「うっさい、年増」
「……。……そういえば丁度ビーフシチューの具材が欲しかったのですよ。あなたどうですか?」
「おいこら、ローラがもう少し大人に……」
笑顔のままなのに、表情に陰が出来て滅茶苦茶怖い。年齢のことに関しては彼女の琴線に触れるようだ。
エミリーも分かり易く目くじらを立てているし、見ている側としてはどっちもどっち。
この場を見て思う。
二人とも、よく今まで共同戦線張れていたな。
「……はぁ。で、こいつに何話したの?」
未だ不機嫌全開ではあるが、安心できたこととしては暴れる程の馬鹿でもないらしい。とりあえず状況を教えやがれ、そのことをローラへの質問で伝えていた。
ローラも咳払いで雰囲気をリセットしてから彼女に説明しなおす。
「この世界のことです。ゲーマーが集っていることや、補正のことについてね。後は彼が何のゲーマーであったかも話し合いました」
「つまりこいつは大体のことが分かった。そういうことね。……ってかいい加減その手を離しなさい。見ていて吐き気がするわ」
「あらすみませんでした」
そこで手がスッと放れる。さっきまでずっと握られていたせいか、温もりが消えて違和感が残っていた。
……少し残念と思っている自分もいるんだよなぁ。ちょっとこっからムフフな展開が起きるものだと思っていたから。
寂しげに自分の手を眺めていたのがばれたのか、目の前にテーブルにお盆が叩きつけられ、下衆を見るような目でエミリーが見下してきた。
「ローラさぁ……結婚したって話が本当なら、そういう軽率な行動は控えるべきでしょ。こいつ勘違いしているじゃない」
「は、結婚してる!?」
求婚活動の一環かと普通に思っていた。
「私だって寂しい想いをするときがあるんですよ」
「だからってこいつにすり寄る必要ないわよ……」
エミリーが額に手を当てる。彼女もどうやらローラという悩みの種が多いようだ。色々と苦労しているらしい。
暫くその状態でぶつくさ文句を垂れていたが、やがてその手を腰に当てた。
「で、こいつをどうする? 同じゲーマーであることが分かったから連れてきたんだけど」
「うーん。そうですね……」
彼女たちが話し合っているのは俺の処遇の話だろう。
俺をどうするか。牢獄にぶち込むのも、ここで雇わせて、ギルドの手足とさせるのも自由ではあるからな。
しかし先ほどまではここゲーミフィケーションという世界はこうなっていると流暢に語っていたのに、ここに来てローラの口は閉ざしてしまう。
そのまま呻くだけで何もアイデアも質問もしてこない。
もしかして彼女も悩んでいるのか。同じゲーマーとして助けたい反面、役に立たないようなゲーマーを置いておく必要があるのかと。
そりゃあそうだ。RPGゲームで役に立たないキャラクターを苦労させて育てる必要はないのだから。俺だってそうやって取捨選択はする。
そして彼女には直感を持っていたはず。揺らぐ判断に後押しをするはずの直感が、今まさに働いているはずなのだ。判断材料がある以上、それを基準にすれば結論は己と生まれる。
それでも悩んでいるということは、可能性が二つある。
一つは明るい未来を感じ取れた場合に関してだ。その場合、彼女が悩む要因として本当にこいつがいるおかげで成り得るのかというところだろう。複数の過程の中で、一つの成功をしたとしても他が悲惨であれば総合的に見れば駄目だと言える。 彼女はそれを危惧して、果たしてそうなのかと思考を巡らしているのだろう。
もう一つは良くない未来を感じ取れた場合。この場合彼女が悩むのは、ただの情だ。ゲーマーという立場、そして何も補正を持っていないことから来る情。切り捨てればそれで終わりなのだが、それをすべきかどうかを悩んでいるのかもしれない。
損と得の差。それを彼女は今までの経験を考慮して考えている。
大きく分けてこの二つの可能性だろう。
さぁて選択肢のない世界で、一体彼女は俺をパーティーに加えてくれるだろうか。
「そうですね……」
そう言って、彼女は一人だけの時間を作ってしまう。
そんな流れゆく時間の中、エミリーと何度目配せしただろうか。
考える石像のように固まってしまった彼女にどちらが声を掛けるか。
そんな意思疎通をその時間の間行っていた気がする。
……そして会話が止まってから、幾何の時間が経った頃だ。
「……ねぇ、こいつに冷えた料理を食わせたいのかしら?」
痺れを切らしたのか、エミリーはそんな催促の言葉を投げかけた。
「私も、さっさと次の仕事に行かないといけないんだけど? ないならそれでいいんだけど」
「……そうですね。その通りです」
もしかしたら、その言葉を待っていたのかもしれない。
迷いのない返答から、イベントの始まりでもあるそんな催促の言葉を、彼女は待ち望んでいたとも思えた。
彼女はようやく決断をする。
「分かりました、ではこうしましょう」
ローラは淀みない笑みで俺にイベントの始まりを告げる。
「まずは料理を食べてもらいましょうか」