5、会話から始まる設定
彼女に連れられた俺は、港から少し離れた街の中の商店が集まる場所の一つに入る事になった。建物は三階建てのレンガと木材で出来たレトロな雰囲気の場所。
彼女曰く、見た目は洒落ているが、ただの飲食店とのこと。昼間はレストランで、夜はバーに変わるそうだ。
彼女に押されて扉を開ける。そしてその場で変わる雰囲気を肌で感じつつ店の様子を見渡した。
敷居がなく、木製の丸い机が並べられたプライベート空間のない店内。店の奥にはカウンター席も用意されており、多くの人がジョッキを片手に飲み明かしていた。げたげたと笑う声もよく聞こえ、酒のためか、アルコールの匂いも鼻につく。
「日本だと、こういう場所にはガンマンが居ついていると思われるのかしらね」
「日本じゃなくても、洋風のゲームならこんな雰囲気にガンマンは定番だろ」
別に日本だからそう思う訳ではない。映画とか、ゲームでは定番だからそう言えるだけだ。
彼女も冗談のつもりで言ったのだろう。
俺の反論に対して笑って聞き過ごしていただった。
「何食べる? 肉やパンとかならあるわよ?」
「え、奢ってくれるのか!?」
「貸しよ。あんた歩いている間ずっとお腹鳴っていたじゃない。あれだと私が恥ずかしくて仕方ないわ」
「……聞こえてたのか」
そればっかりは申し訳ないとしか言えない。しかし、まさかそれで奢ってくれると思わなかった。てっきり空気でも吸っていろとか言うやつだと思っていただけに意外だ。つい先ほどまで見させられた戦闘ではそんな気遣いの気持ちなんて皆無だったから。
お言葉に甘えることにしてさっそく注文……と言いたいのだけれど、この机にはメニュー表がない。
どうやれば注文が出来るのだろう。
そんなことを考えていたら、彼女は後ろを振り返るとカウンターに向かって、
「ねぇローラ!!」
なんて大声で叫びだしたのだ。注文も何も決まっていないのに、である。
日本であれば静まり返るハプニングにも、ここでは一切のどよめきもない。当たり前のように会話が続けられていた。
「……なるほど、メニュー表がないわけだ」
「ここは交易の国、パレイアなのよ? メニュー表は交流と会話で出来ているの」
「よく出来た設定で……」
コミュ症にはもってこいの場所だ。嫌でも克服されることだろう。
「あ、ローラ! こいつが例の奴よ」
エミリーの横に立つ女性、それがローラなのだと理解した上で容姿をよく見てみる。
驚いたことに店員でありながらスーツを着込むといった正装を全くしてない。
ショートパンツにトップスの涼しげな服装、それにアームレースを付けたスタイルを強調させたのがよく分かった。実際スタイル良いし、初めてモデル体型を間近で見たような気がする。
……ただ表情はよろしくない。おでこをだした髪型なので、不満顔であることがよく分かった。仮にも自分たちはお客なのに、お盆片手に腕を組んでいる。
「どうしたのよ。そんな眉間を寄せているとシワとともに三十路を引き寄せるわよ?」
ローラと呼ばれた女性は彼女の言葉に対して、手にしたお盆で殴りつけた。
「えぇ!?」
客に対して無言の暴力行為。これがウェスタン風の挨拶なのかとさえ迷いのない動きであった。
彼女は大人びた、相手を諭すような優しい口調と声で殴りつけた相手を叱ってきたのだった。
「エミー。丁度ビーフジャーキーの具材を探しているところです。あなたどうですか?」
「――――ッつ! ジョークの一つも聞き分けられないくせに……」
「そういう発言は私より出来るようになってから言いなさい。あなたのせいで始末書書かされることになったのだから、こっちは良い迷惑です」
「別に被害届けを受け取ることなかったんだからいいじゃない」
「……相変わらず反省はしてないですね」
「過去に囚われない主義なの。勘違いしないで欲しいわ」
「囚われないって……ほんっと、エミーと一緒だと飽きないです」
「うん?」
何故だろうか、会話の割には楽しそうだ。
いつの間にかローラと言う女性も締められた口も緩ませてるし、彼女自身、互いの行為に怒っているように見えない。
エミリーにも戦闘時のような緊迫感もない。お盆で叩かれたことに文句を言わない。
二人ともじゃれ合いつつ、認め合う慣れ親しんだ関係だということがこの流れで良く見えた。
……まぁ、最初はハラハラさせられたのだが。
「で、この男は何ですか? 簡潔に一言でお願いします」
ローラが改めたように咳き込むと、こちらを指さしてきた。
先ほど例の男として紹介されてから放置されていたのだ。その質問は当たり前である。
エミリーは思い出したようにこちらを見てくると、ローラの要望通りに一言でまとめた。
「肥料をやれば金になる木よ」
「おいこら」
ポケットの財布を投げつけてやろうかと本気で思ってしまった。
エミリーは俺の突っ込みに対し、面白くなかったとわざとらしいため息をついた。
そして顎に手を置きながら説明を変えてくる。
「……面倒な奴で、私たちと同じ世界のゲーマーよ」
「なるほど。やはり始末書の原因はこいつなのですか」
なぜか変な解釈をされた。無実なのに、恨むべき人間を見るような目で見られているのはこれいかに。
とりあえず自己紹介で場を和ませていこう。
「神代悠馬と言います。出身は、」
「大体分かります。日本じゃないのですか?」
「え?」
「似たような容姿を見たことがあるから、分かるのよ」
エミリーは悪態をつくだけであまり興味がなさそうだが、こちらとしてはその情報はまさに朗報であった。
似たような奴を見た。それは同じ日本人がいるということ。
是非そいつに会って、境遇などを話し合いたい。
「そうですね、じゃあユーちゃん」
「ゆ……ユーちゃん?」
「ここで話すには少し落ち着きがありません。上で話すことにしましょう」
「いいの、上がらせても?」
「いいのですよ」
愛称のことについて触れないで話を進めようとするローラ。悪気など全く見せないので、こちらとしても文句を言いづらい。
しかしユーちゃんなんて母親でも言われたことのない呼び名だ。
その……何だかむず痒い。
とりあえず彼女の提案で気になったことを聞いて、この人自身と慣れることから始めよう。
「あの……上に何が?」
「私たちの活動しているギルドの本拠地、言い換えれば事務所です。話し合うには最適かと」
「でも、その……飯食いたいんだけど?」
「我慢してください」
「……」
もう、一日飯食わずに生きていられるか挑戦してみるか。
「冗談です。ここではあれですし、二階で食べてもらうことにしましょう」
こちらです、とローラは手招きをし、それに合わせて俺たちも椅子から立ち上がる。付いていくと、彼女はカウンターの横にあった階段へと向かうのだった。
そこはポールとロープで入り口を固定していて、お客様が入れないように境界線が引かれている。
ローラは迷う事なくポールを動かしてどかすと、そのまま二階へと誘導してくれる。
「エミー、あなたが料理を持ってきてもらえないかしら」
と、階段を上ろうとしたところでエミリーに注文をしていた。
「ちょ、何でよ!?」
「私の指示を待たずに勝手な行動を取ったあなたへの罰としてです。それぐらいやってもらわないと」
「えー……」
明らかに不満そうなのだが、別に必死になって断る理由もないようで。
不承不承としながら、彼女はローラに手渡されたお盆を受け取り、カウンター奥にあるキッチンへと向かっていくのだった。
「じゃあ私達は先に上がることにしましょう」
二人きりにされて少しだけ気恥ずかしくなる。エミリーとの時はそんな気持ちは薄かった。というのも、同じくらいの歳だし、相手も距離を置いたような話で進めてくれているから。何と言うか安心感があった。
でもこの人は違って大人の魅力や妖艶さがある。落ち着いた雰囲気もそうだし、親の関係から、やはり躊躇いが自分の中にあった。
そして何よりこの人は積極的。
恋愛ゲームではこういう時でも主人公は話し掛けに行けるのだが、リアルだとここまで難しいものなのかと思い知らされるとは。
相手から話が振られるだろうと思いつつ、二階への階段を上っていく。
「あの子から何か話は聞きましたか?」
「えぇと……話というのは?」
「道中での事です。この世界のこととか、ゲーマーでのことや」
「あぁ。いや、この国のことは多少聞いただけで……」
それ以上は聞けていない。道中では国の情勢、更にギルドでの立場など国の情報ばかり聞いていたからだ。
世界の事まで踏み込めていないし、そもそも彼女がそこまで世界のことを把握していないからかもしれない。
「そうですか。ならそこの説明もするべきでしょうか」
嬉しそうにそう言うし、ローラはこの世界のことをよく理解しているようだ。そして俺自身に何が起こったかも大体把握しているようにも見える。どうしてここに来たのかもおおよその見当が付いているのだろう。
彼女はゲームで言うなら、必要な情報を提供するアドバイザー。俺にとってこれほどありがたい存在はない。
何とかして関係を取り持ちたいものだ。
マンションによくありそうな少し手狭な木製の廊下が伸びる二階。階段を上った先はそうなっていて、たどり着くと迷うことなく、ローラから廊下奥にある部屋に案内される。
『王国直属ギルド ラインアウト』
扉のプレートにはそう書かれていた。
「入ってください」
中に入る前に廊下から様子を覗いてみる。
個人で経営するオフィスのような広さの空間に、客席用のソファセット。そして両脇の本棚、それに一番奥には社長室にありそうな漆塗りの机があった。
確かに事務所のような空間、必要な物しか並べられていない。
入ってみて、やはり目に付いたのは整然と並べられた本だった。
「本が多いな……何が入っていたんだ?」
「経営に関する本ばかりですよ。さぁ、そこのソファに腰かけてください」
座ってみると身体が包み込まれるような感覚が上質なソファだと実感させる。
「それでは……」
ローラも俺が座ったところで扉を閉め、そして俺の隣に座ってきた。
「うぇ!?」
「まずは私の名前を紹介しましょうか」
そう言って何故か自己紹介のために俺の手を握ってくる。
いやそれもそうだが、何より隣ですり寄ってくる必要があるのだろうか。
「ローラ・フランセ。あの子は三十路とか言ってくるけど、本当は二十九歳です。あなたと同じゲーマーで、出身はフランス。スリーサイズは――――」
「え、ちょ。それは言わなくても大丈夫!」
「そうなのですか。意外と見た目に囚われない方なのですか?」
「いやそうじゃないんだなぁ……」
自発的に言っていくスタイルというのは、それは何かこう盛り上がりに欠けるというか……。
実際ゲームで出会って早々自分のスリーサイズを暴露する人なんていないし。しかもリアルに感じるここではなおさらの話だ。
しかもこの人妙に魅了すると言うか、求めるような目をしているから。
下から覗きこまれては、見ているこちらがどぎまぎしてきて、何かおかしくなりそう。主に理性が。
何でこんな状況でも平然としていられるだろうか、恋愛ゲームの童貞主人公は。
今だけそのメンタルが羨ましい――――ってかいつまで手を握ってる。
「ふふ、じゃあユーちゃん。話を始めましょうか?」
「ちかッ……! えっと、この世界の話をするんだよな!?」
「そうですね。まずはそこから話を始めましょうか」
互いの顔の距離が離れる。ホッと息を吐くのも束の間、彼女は指を立てていた。
「あなたにいくつか質問です。あなたは『Gamification』というゲームをやったことがありますか?」
「あ……やっぱり、あれが原因なのか?」
「ということは知っているのですね」
同じ共通認識としてあった『Gamification』というゲーム。ユーザー紹介型レビューにて感想も一言書いていない、淡泊な説明しかなかった希少なゲーム。
そして……俺がやり始めたと同時にここに来たとされるゲームだった。
「まぁ現実世界で最後にしたゲームですから」
正確に言えば起動したときと言うべきか。でも、やはりそれが原因だったのか。
確かにゲームのストーリー展開の一つに何かをしたことにより、異世界へ連れてこられるという話は定番ではあるけど、まさか自分がこうなるなんて。
そりゃあ誰も予想できるはずがない。
「いいでしょう。それが分かっているなら話が早いです」
彼女は満足したように頷き、そして更に質問をしてくる。
「なら……あなたは何のゲーマーですか? 自称や他称、何でも構いません」
「え? 何ゲーマーって?」
いきなりの内容に驚いてしまう。俺たちが集まっている人、それがゲームをこよなく愛し、やり尽くしているゲーマーということはエミリーやローラのことで分かっていた。
しかし、何ゲーマーと分類すること。それに何か意味を持っているのだろうか。
「はい。この世界では特に意味を示しています。恋愛ゲーマーであったり、ホラーゲーマーであったりです」
「いや、意味は分かるが……」
「じゃあ何をしていますか?」
「俺にはそんな自称や他称なんて何も……」
「……それはないでしょう。この世界に来るための絶対条件のはずです」
「そうなのか?」
パスポートとして必要な称号ってことで良いのだろうか。
彼女はまたも頷き、そして考え込む。
「まさかこの世界でそんな人がいるなんて……やっぱりありえないです」
「えっと、この世界……まずそこから教えてもらってもいいですか?」
自分はこの世界としか言えない。俺たちがいた世界を地球と表すなら、こちらは何と言えばいいのだろうか。
彼女も順序立てて説明していく必要があると感じてくれたようで、「そうですね」と納得した後に、説明を始めてくれた。
「具体的には、私たちも分かっていません。この世界に住まう人はこの世界があるとだけ認識し、名前を定義していないのです。私たちで言う地球という名前は存在しない」
「……つまり、名前なし?」
「世界の共通認識としては。でも一応私たちはゲーム名から頂いてこの世界を『ゲーミフィケーション』と呼んでいます」
「ゲーミフィケーション……それはどういった意味だ?」
色んなゲーム情報を持っているのに、そのような名前は一言も聞いたことがない。
彼女は俺の質問を読んでいたようで、間髪入れずに答えてくれる。
「現実世界をゲーム理論という新たな着眼点で展開をしていく、最近出来たマーケティング用語です。この世界ではリアルとゲームの融合を表した方が正しいでしょうが」
「リアルとゲームの融合……」
「分からないですか? 今この瞬間、私達はこうやってコミュニケーションをしています」
「ま、目の前にいるからな」
「何故私とあなたがこうやって会話できるか……それを考えたことはありますか?」
確かにそれはこの世界に来てからずっと疑問に思っていたことだった。コミュニケーションが取れる。これほど当たり前でおかしい話は聞いたことがない。
どんなゲームであってもファンタジーの異世界に行ったときに、まずハプニングとして生じるのが言語間の問題だ。理解の出来ない言語、空想上の言語。何はともあれ、問題としてあるはずなのだ。
そして、現に今目の前にいるのはフランス出身のローラ。そして一階にはアメリカ出身のエミリー。他にもこの世界の言語も含めて。
それらすべてを無視し、日本語で会話できること。それは不思議に感じていたことであった。
「やっぱり、この世界では何かしらの情報操作があるということか?」
「私はそう考えています。パソコン上で打った文字がネット上で勝手に私たちの言語を翻訳してくれるように、この世界では世界という機械で大規模な翻訳機能を担ってくれていると考えています」
「そういうところがゲームの要素だと?」
「はい。共通の言語へ変換してくれるものだと」
「……ならこの世界、ゲーミフィケーションはゲームの中の世界だと、そう言えるのか?」
簡単に言うならばオンラインの世界。多数のゲーマーが集ってこの世界に入り込んでしまったと言ってしまえば納得も出来る。原因が分からない以上、理解とまではいかないが。
だが、彼女は首を横に振ってその可能性を否定する。
「矛盾しているようですが、この世界をゲームと定義することも出来ません」