26、銃弾から始まる真意
今になって思うと、初めてやったRPGのヒロインはセレーナに似ている気がする。森に迷っていた一人の少女と出会い、そこから彼女が異世界であることから世界と世界を巡って物語が展開していく。あの時の彼女も不安を抱えていた少女だった。
人が傷ついてしまうことが何より嫌いで、自分よりも相手を気遣う彼女は自らの血を代償に魔法を使っていた。そんな子は助けても人が争うことを止めないことから、全てを見ないように考えてしまって。そしてもっと大きな争いを止めることが出来ず、より多くの悲しみを生んでしまった。その時の彼女も、頑なに自分の意志を曲げようとはしなかった。そして彼女はこう言っていたのを覚えている。
「信じようと頭で考えても、心を空っぽに出来ない……ね」
「あぁ」
そう、セレーナも同じような考えだった。具体的な言葉は違えど、自分の見てきたものが俺の言葉を否定していると似たような台詞を吐いていた。そしてなにより、彼女は俺の目を見ようとはしなかった。動物たちの言葉まで分かる彼女だからこそ、必要以上に言葉の意味を知ってしまい、余計に現実を見るのが怖いのかもしれない。
結局、そのまま話は平行線で終了してしまった。色々なゲームの台詞を引用しても、彼女は一つとして納得してくれなかった。
そのことについてエミリーは怒ろうとしたり、馬鹿にしようとしない。自分の部屋にあるベッドに座り、足を組んでいるのだった。部屋に来て早々に何をしていたと問われたから答えたのに無反応とは、まったく酷い奴だ。
「で、どうするのよ? パレイア女王の話を断っていた彼女に頼み込むってことは戦力として考えたんでしょう?」
「あぁ、人だけではなく動物たちも協力してほしいからな。そのためにはまとめる人材として彼女が必要だ」
相手がヴォートルを利用する以上、同等の戦力をそろえなければならない。そのために動物に協力してもらうと考えていたのだが上手くいかないものだ。だが、このままでは戦力差でも圧倒的なまま。何とかしなければならない。
「まぁ、まだ説得する内容はあるんだ。何百というゲームをしてきたし、そこから答えを探し出しだすさ」
時間がないから早くしなくてはならないだろう。セレーナの意志も固いからこそ、何とかしてまずは崩すことから始めないといけない。となれば、明日は朝早くに行かなければならない場所がある。一人では不安なのだが、仕方ないか。あいつと話すには一対一の方が話しやすいからだ。
そうなるとエミリーの相談についても早めに終わらせたい。こいつの悩みを解消して、寝ることが今のやるべきこと。昼に見せた辛そうな顔の原因を探らなければならない。
主人公たちみたいに夜更かしが出来るのであればそれでいいのだが、あいにく自分にはそんなことは出来ないから、早めに終わらせたいものだ。
「それで。俺を誘っておいて話をしてくれないのはどうしてだ?」
話しやすいように質問を投げたつもりだ。それはもう手を差し伸べるように。
にも関わらずエミリーは銃を出して手入れを始めている。つまりは無視を決め込んでいるということだ。
何をしたいのかさっぱり分からない。いつもは言いたいことを言うエミリーにしては珍しい行動とも言える。とにかくもう一度同じ内容で聞いてみる。
「おい、俺を誘っておいてだんまりか?」
彼女の作業している手が止まる。だがやはり口元に変化はない。
「今日一日おかしいぞ。もしかして、何か気に入らないことでもあったのか?」
「どう思う。あんたなら分かるんでしょ?」
「は?」
ようやく口を開いたかと思えば、よく分からない聞き返しであった。今までの不満の原因がこの発言なのだろうが、彼女の真意が分からない。さすがにこの状況から自分に関連していることは分かっているのだが。
彼女はそこで吐息を一つ。話すことを決めたのだろうか、銃を膝に置いた。
「えぇっと、悪いわね。こういうことは私らしくないし、やっぱり遠回しに伝えるのは面倒ね」
「何なんだよ一体……」
一人で悩んでいるかと思えば、一人で考えをまとめてしまう。彼女らしいといえば彼女らしいけど。
そして次の質問で、言いたいことが少しだけ分かった気がした。
「ねぇ。あんたってこの世界の人をモブか何かと思ってない?」
「あー……なんだ? ここはゲームとして考えてると言いたいのか?」
ここはゲーミフィケーションであることはスパイが教えてくれた。自分の世界ではないことがわかっているし、中途半端にリアルの概念があることも分かっている。でもだからこそ戦争に動物を持ち込んだり、王女に直談判をしたりするということが出来ているというのに。それが彼女にとって不満だと言いたいのだろうか。
「あんたには、まだ実感していないようだから教えるわ」
「何をさ――――っておぉ!」
未だにお互いの話が噛み合っていないようだったので、話を続けようとしていたところだった。しかし彼女は急にふざけ始めた。持っていた銃を投げ渡してきたのだ。
足元に置かれた彼女の愛用銃であるハンドガンは俺を求めるかのように、光っている。
あいつはというと、何食わぬ顔だ。こちらからの言葉を待っている様子。
「暴発したらどうすんだよ?」
「そんなことで暴発しないわ。それよりそれを持ちなさい」
「あぁ……」
「どう、持った感じは?」
そんな感想を求められても困る。重い、固い、強そう。そんな小学生並みの感想しか出てこない。
「まぁ特に変わった感じはないな」
「そう。なら私に向かって撃ちなさい」
「あぁ…………ん? あ!?」
いきなり過ぎて声が裏返ってしまった。お前に向かって撃てとは一体どうしてそうなるのか。まさか自分の引き金を引くというのは命を奪うことであるということを伝えたいのだろうか。
「どうしたの、撃てないの?」
「……ほー」
なるほど。実は弾が入ってないとかそういうことか。物語でよくある展開だ。自分の勇気を試すとか、覚悟とかそういう時によく使われるし。そしてこういう時必ず彼女は生き残り、説教が待っている。つまりこいつはこれをきっかけに怒りたいと、そういうことか。
「分かったよ。やりゃいいんだろ?」
そうと分かれば引き金引く手に迷いはない。この茶番もやらなければ、話が進まないのだ。銃口を彼女の額に向けて構え、そして撃つ。
瞬間、耳をつんざく発砲音が鳴り響いた。
「……え?」
空っぽだと思っていたのに、薬きょうが地面に転がっている。銃口からは消炎が立ち昇り、慣れない匂いが現実を突きつけた。まさか実弾だとは思わなくて、なんて言い訳が通用しないだろう。めっちゃ焦る。
「おい、大丈夫か……?」
ありがたいことに、声掛けて彼女は起き上がった。特に外傷となる箇所が見当たらない。もし傷でも付けたとすれば一生責任取らなければならなかっただろう。
……などと冗談はさておき、彼女は何も撃ったから怒るということもない。ただ静かに俺の反応を待っているようだ。
「よく避けれたな。こんな至近距離なのに」
「私には補正があるのよ? やっぱりあんたは鳩の頭のようね」
その言葉で思い出す。そういえば彼女は補正によって危険察知が感覚で行えるのであった。まだ回復しきっていない身体を労わりつつ、彼女は起き上がる。俺に対して文句の一つも言わず、そこに批難の眼はなかった。
「悪かった……まさか本当に弾が出るなんて思ってなくてさ」
「弾が入ってないなんて言ってないわ」
「そりゃあそうだが……」
「弾が出るはずがないって、ゲームの根拠で行動した。それが今のあんたなのよ」
彼女はどこか落胆しているように見える。いつものように強気な物言いで何かを伝える彼女ではなく、疲れ切った様子であった。
「あんたはゲーム上でしか判断していない。しかも自分を中心に都合の良い展開が待っていると考えているわよね」
「それが、俺のやり方だからな」
「分かってるからこそ言ってるのよ。今回の戦争では簡単に引き金を引かないで」
手元の銃が消え、彼女のもとへと戻る。手元に戻した銃を強く握りしめ、エミリーは空になった俺の手を見つめる。
「あんたは今、見えない銃を握っているの。それはたった一発で不特定多数の人が大勢死ぬことになる危険物よ。私のように補正がなければ簡単に死んでしまう。そして死んだらリセットなんて出来ないの、ゲーマーも含めて」
彼女は銃痕の残る地面へと視線を動かしていた。エミリーにはそこに何か横たわっているのを想像し、銃を持つことへの恐怖、そして自身の未来の姿を見えているようだった。
そしてそれが悲壮となって俺の眼からでも分かってしまう。こいつにとって拳銃を持ってしまった理由。そしてその過去が少しだけ見えたような気がした。
だからこそ、聞かずにはいられない。
「お前もしかして、撃つのを躊躇っているのか?」
「……そうかもね」
「パレイアの協力を渋ったのもそれが理由か?」
「それもあるかもしれない。でもそれ以前の話で言いたいことがあるわ」
そこで彼女はようやく俺の眼を見てきた。
「この戦争はオンラインゲームのように楽しまないで。それに、私はあんたの操作キャラになるつもりはないし、なったつもりもない。それだけの話よ」
言うことは言った、そんなことを言いたげに彼女はそれ以降口を閉ざしてしまうのであった。




