24、状況から始まる会議(2/2)
その言葉を受けてローラは腕を組み、エミリーは深い吐息を漏らす。二人とも違う反応を見せてはいるが、心の内では俺に賛同してくれているようである。
流石に二人は仕事上、戦うことが多いから気づくな。問題は城内に居座る二人というところか。一人はぽかんとしているし。
その一人であるパレイア王女の方へ、一つの確認をすることにした。
「パレイア王女。今兵士たちに24時間で見回りさせていたよな? 理由はあの盗難事件だが」
「兵国の関係もあった上、治安維持として考えたものなの。あれはしないとダメだった」
「そう。あれはしないとダメさ。まあどっちにしても、状況は変わらなかった」
「どういうことなのですか?」
順を追って説明しないといけないようなので、俺は地図に書いてある兵国の場所を指した。
「セレーナは兵国から逃亡し、中継地点であったあのカルムの場所を通って、このパレイアに来た。動物たち、そして魔物についての情報を持ってきてだ」
「何であいつの話になるのよ」
「あいつがキーだったからな。国内に事件を起こすことで疑心暗鬼を生みたかったんだ。最初に兵器を作り上げていることを噂程度に流しておいて不穏を呼び、そして彼女が呼び起こした事件。あれが大きな不和を呼び起こし、関係は疎遠ではなく、敵対に変わった。これらはそれぞれ別かもしれないが、ここまで言えば一つの推測が出来る」
「警備させるため? でもそれなら、余計に攻め込むことが難しくなるのでは?」
「そうじゃない。怪しいという胡散臭さを利用したんだよ。そうすれば相手は見えない敵を脅威と感じ、常に気が張ってしまからな。そして、当たり前だと感じてしまうのが怖い……」
「緊張の糸というのは、引っ張りすぎるとやがて弛んでしまう、ということ?」
あの時出会ったクライがそれであった。彼らは日課のように感じては、心のどこかで何も無いであろう余裕を作り出してしまっていた。それは仕方ないことではあったが、しかし事態が起こってしまえば手遅れだ。
それが彼らの士気に関わる。緩みきった状況は元に戻しづらい。
「なるほど、だから目に見えないものだと……」
「まだ他にもある」
「え?」
「エミリー。攻防戦の中で、今の状況の場合はどっちが有利だと思う?」
「それは守る方ね。地の利とか、気候といった情報アドバンテージがあるから」
即答。伊達にシューティングゲーマーじゃない。そう言った現場での状況をよく理解しているようだ。地の利は特にその言葉に意味があると言える。
しかし俺に声がかけられたことが嫌なのか、すぐさま目線を地面へと落としていた。それ以上は何も言わないと口元を閉じてみせてくる。
「その情報アドバンテージを、彼は危惧していたと?」
「えぇと、そうだな。それもそうだが、ノランが一番危惧していることは別にあるんだ」
「別に……ですか?」
俺はそれを示すために、地図指していたのを天井へと向けた。
だがそれを理解してはくれず、フィリスが首を天井からその先の対象へと考察しだしていた。
「空ですか? でもさっきエミリーさんが気候の関係は言ってたはずです。それに空程度で負けるようでは、過去の戦績は負け戦しかないはずですが」
「違うそうじゃない。ここ、この場所のことさ」
「……そういうことですか。攻城戦ということですね」
「そう。相手にとって困難なのは籠城をされた時の対処だ」
敵にとって野戦といった野原での戦には慣れている。今までが街や村の集落を襲っているのだから、それはもうわかりきっているだろう。多少の地の利も、経験や作戦把握能力がある軍を前にすれば差もないに等しい。
しかし攻城となれば状況は別だ。相手は投石器といった攻城用の器具は開発したとしても、それを使いこなす技量はない。訓練だって、食糧のために資金源があまりないだろう兵国には不足な部分があるはず。まともにやり合えば疲弊するのはあちら側ということだ。
そしてもう一つ。
「時間が掛かる事態。これだけは何としても避けたいことなんだ」
「何でまずいと思うんですか? 別に籠城されたところで、攻勢に出れば終わるのでは? 過去の歴史には何度もありましたし」
「籠城……そういうこと。長期化されれば他国からの援軍が来てしまう可能性か」
「そうだ。相手にとっては流通の場を制圧しようとしているのだからな」
良くも悪くもここは全世界の情報の中枢とも言える場所だ。そこを攻撃されたとあれば、パレイアに関わりのある他国は良い顔は出来ない。むしろ攻められているところを助けることで、より親密な関係を築けると企むところが出るかもしれない。つまり相手にとって待てば待つほど、敵を増やしていく可能性があるのだ。
とどのつまり、相手は短期決戦で挑むはずだ。だからこそ長期化しやすい攻城戦は望んでいない。
「もしかしてカルムの村……。あそこでヴォートルの襲撃があったのは……」
「そう。たぶん籠城されたら困ることを分かった上で、食糧の供給源を前もって絶とうとしたんだろう。だからヴォートルを使ってあの村を襲わせた。表向きはヴォートルの実験といったうわさを流すことでだ」
そして相手は成功させた。
どのみち道中で制圧は図るだろうが、いち早く状況を知っておくのが得策なのは間違いないのだから。そして食糧庫を狙われていた。
「……セレーナさんの逃走。そして兵器の開発の噂、アニマル盗難事件、そしてヴォートルのカルム襲撃……全て同じ人の策略だったなんて」
「更に言えば、全て戦争への伏線ということですね」
流石だ。流石戦略ゲーマーというところだ。相手の過去、傾向、状況、戦力と全てを理解した上で、安全に事を進めようとしている。いや、もう進めた状況である
いつの間にかみんなの顔には差はあるが、皺を作っていた。やってしまったと感じてしまう者、舌打ちでもしそうな顔。色んな顔を見せるが、誰一人としてこの状況をよしとは考えていないようだった。
だからこそ言わせてもらう。
「だが、相手は予想外だと思っているはずだ。ここまでやってきた中で、唯一の誤算があいつには存在していた」
「……それってなに?」
「俺だよ。俺がいることだ」
瞬間、みんなの空気が変わった。
「へー、ユウマってそう言ったキャラなんですね。私が早くやられないかなーって思うキャラそっくりですよ、ほんと」
「…………自慢ならいらないから、さっさと言いなさいよ」
女性たちの冷やかな視線と罵倒、どMなら喜びすぎて泡を吹くところだろう。
「いや別に自己陶酔してるとか、そうじゃなくてだな……相手は同じように戦略ゲームをしている人がいるとは思わなかったはずだってことだ」
「で、それが何を意味するのよ?」
「戦略を見るに、こいつは慎重だが、冷酷にことを進める奴だ。何十年と時間を掛けてでも、目的のためには尽力するタイプだな」
ゲームでも攻めに攻めまくって攻略するタイプや堅実にセオリーを踏んでから攻略を進めていくタイプといった種別が存在する。ノランという男は目的のためには手段を選ぶことはなく、きっちり役割を持ちたいタイプだ。それは敵味方関係なく、私情を一切持たないということ。相手に対して油断をせず、戦力を少しでも削れる方法をやり続けていく。自分のやり方に自信があり、そして決断できる意志がないと出来ないこと。しかも妥協という言葉はほとんど持たない。
だからこそわかる。こういうタイプはイレギュラーが起こり得ることに弱い。初見殺しといった仕様には滅法弱いタイプだ。
「そこから今言えることとしては、ノランは焦っているということだ。無意識かもしれないが、間違いない。本当であれば宣戦布告はもっと先延ばしで行われたはずだ。食糧庫の件も大部分の供給を担うところだとしても、他の村の存在がある以上、そこだけでは強い意味を成さない。もっと他も潰してから行うはずだった。噂の件もそうだ。しかし、俺がいると判断した上で今から攻め込むと決め込んだ。それはこんな推察がされると踏んでだ」
相手にとっては絶対的な行動パターンが通用しなくなったのだ。つまり今までのような攻略ではクリア出来ない。それを踏んでのあの時の宣戦布告。計画のショートカット。
「つまり目の前にいる厄病神のせいで、今から戦争ってこと?」
「厄病神ではないんだが」
「でも、おかしくないですか? もしそれが本当だとしたら、相手はまるでゲーマーがこの世界に一人しかいないことを知っているようじゃないですか。確かに過去ではそのような二人いるという事実はない。けど、それはあのノランという人には知る由もなかったはずじゃないですか。となれば、そこで困惑するはずがないのですが」
「そうだ。それを知っているからな。だからこそ今までの行動に自信があった。他の人には知られないやり方だと思っていたからな」
「つまり、根拠があったってことよね?」
「あぁ、俺も最近知った」
「最近?」
「そうだ。だな、ローラ?」
そう振った時、ローラの目は大きくなった。自分が言いたいことを理解したのだろう。その目には驚きと若干の否定が混じっている。
「ユーちゃん! それは、言わないでほしいって言いましたよね……!」
「だが、ここまで来て黙ってる訳にはいかないはずだ」
「それはそうですが……」
「どういうことよ?」
エミリーが問い詰めるのに対して、ローラは俺の方を逃げ道として見てくるだけ。何も言いたくないと目で訴えてくるのだ。
だが俺からはこれ以上何も言わない選択肢を選んだ。それが彼女に対してのサポートだと思ったし、彼女の迷いを断ち切るきっかけになるから。
「お願い。根拠となることで困るなら、手助けするよ」
「私がいるんですよ! こんな偏屈野郎と違って百倍安心ですから! さぁカモン、です!」
なぜ俺を罵倒したのか、百時間かけて議論したいものだ。まぁそれは後になりそうだけど。
「ローラ。今後に関わる大切なことなんでしょ?」
「エミー……」
「ギルドメンバーとして、大切なのは信頼関係。私は飲み交わせるような仲だと思ってたわ。私の勘違いだったのかしら?」
未成年でしょ、というツッコミはなしか。ローラはやはり日頃一緒にいたエミリーの言葉で決められたようだ。俺たちと違い、エミリーの言葉にはやはり重みがある。
事実、その言葉を受けて口にしだしたのだから。
「ノランは、この世界にはゲーマーがほとんどいないことや、その数には限りがあることを知っています。そして補正のことも、彼は知っています」
「なぜなの?」
王女の催促を受けて、彼女は口を開いた。
「それはノランが私の…………現実世界での私の夫だったからです」
 




