22、王女から始まる協定
「ローラさんから話を聞いてるよ。まさかアナザーさんたちに迷惑をかけるなんて……」
「いえ……別に成り行きなので」
パレイア王女が俺たちに頭を下げてくれる。サラりとした長い銀髪をそのままに、彼女はしっかりと腰を曲げて制止する。それは責任を感じての行動なのだろう。
しかしあまりに唐突で、正直どうすればいいのか分からない。臣下であろう人たちもこの行動から、ゲームデータが消えたときのような驚き顔を見せていた。まぁ当然であろう。
「姫! 簡単に頭を下げてはいけないと何度言えばわかるのですか」
後ろから囁きつつ、指摘をしていくのは一人だけ王室へ入室した天人の臣下だ。城に入ってからずっと寄り添っているし、多分若い女王の教育係か何かなのだろう。今もなお、王女に自身の存在がいかに崇高であるべきなのかを説いていた。
「いいの。これは、国のために戦ってくれた感謝の気持ちだから」
首を横に振って、彼女は態勢を変えようとしない。
「ですが……!」
「それにこの人たちは村に入ってきてくれた魔物を退治してくれた。これ以上何か必要?」
物腰が柔らかいかは言葉遣いであれだが、丁寧な対応であることは間違いない。それにみんなを優しく包んで上げられるような、包容力のある声質もある。姿勢も凛としていて、堂々としている。
なるほど、これに優しさが加われば民に愛される王女誕生ということか。しかし優しすぎるのも難儀なものっである。ゲーム上、困難に立ち合いやすいという話があるし、今回の場合、戦争がそれに当てはまりそうだ。
とにかく、ここで話を止めていても仕方がない。
「とりあえず、頭を上げてくれよ」
「いえ、それは――――」
「早くしないと、そのティアラが落ちるって」
「え、嘘!?」
さっと頭を上げて彼女は両手で頭を押さえた。
「あれ? 何も……」
「さて……顔が見えたところで、一つ質問していいか?」
その時になって気づいたのか、騙された顔をした後に再び軽く会釈程度の謝罪をしてくれた。申し訳ない気持ちになっているのは、また後で相談しておきたいことに取っておこう。
「ユウマさん。一体何の質問なの?」
「この場所のことだ。どうして謁見用の場所じゃなくて王女の私室?」
座っているこの高級そうなピカピカのソファに腰かけて、紅茶を差し出されている状況。明らかに客としての対応だ。本当に初対面に近い人をこんな場所に呼んでいいのだろうか。
「それは、あなた方のゲームと言うものでは、異端な行動なのでは?」
「いや、まぁ……って、え?」
「大丈夫。あなた達が何者かを存じてるから、この対応がおかしいことも知ってます」
そう言われて、俺は隣で縮こまるセレーナの横顔を窺う。
彼女は表情こそ何も見せないように振る舞っていたが、膝の上に乗せている手は微かに力が入ったように思われた。
この世界では誰も知らない俺たちの世界。確かにローラは出会った時にそう言っていた。
どういうことだ。確認をするためにも。先ほど駆けつけてきた怪我人の方へと振り向いた。エミリーはその話を知っていたのか、肩を竦めるだけで驚きの表情はない。
「この状況を知っているのは、パレイア様だけよ」
「……そうか」
この人は協力者、という訳か。
「それよりも、あなた何でロランが敵だってことが分かったのよ?」
「は?」
「ローラから聞いたわ。事が起きる前に予想してたって。一体どうやって分かったのよ?」
「そうね。それは気になる」
二人はそう言い、セレーナもこちらを覗き込むようにして気になっていることをアピールしてきた。大したことをしたつもりもないし、どうしようか判断に迷う。
「幾つか伏線があったんだよ。それから自分の頭にあるパターン全て参照して一番理にかなった状況を判断しただけだ」
例えば門番の人は魔物が何故食料庫へと向かうと分かったか、ロランは俺のカードを見てすぐにトランプと判断したこと。門番が前に出て魔物の攻撃に躊躇が生まれたこと。
最後に、ロランと森の中で話していたこと。他にもロランとの出会い頭などもあるが、結局これらを総合的に判断して、仮説を立てたまで。他に深い意味もない、単純な推理ゲームだ。
それに、俺は仮説を立ててもどこか違うかもしれないと判断して先延ばしにしていた。
こういう時、必ずゲームは裏切ってくれると信じている自分がいるからなのかもしれない。
「名探偵気取り?」
「別に気取ってはないんだが……」
「ふん、生憎ここから先はシャーロックさんは用なしよ」
「……イライラしてる」
意中を察せられて、か弱い少女を睨みつけるエミリー。多分その大事な場面に自分が居合わせることが出来なくて、不甲斐ない自分に腹を立て、そして今むしゃくしゃする気持ちを他にぶつけているのだろう。何とはた迷惑な。
「……どちらにせよ、相手はあなた方と同じゲーマー。同じ世界なら、戦争でのやりくりを知っているのでは」
「それは、お前たちでは手に負えないということか?」
「はい。悔しいけど、相手の戦略は私たちでは手に負えない」
「姫様……。あなたがそのような弱気な姿勢では……!」
後ろからそう諭されるのだが、彼女は冷静に判断しての発言だ。変に強がり、行動を誤って被害を大きくするより百倍マシだ。己のプライドより民の命、それを彼女は分かっている。
つまり分かっていてもなお、防げない状況であると彼女は判断しているということ。
異世界ならではの戦い方。それは相手視点でも同じなのだが、経験の差が物語っている。
今まで平和に暮らしてきた人達がいきなり武器を持ち、戦えというのだ。無理があるのは明白。武装してきた人でさえも、力のみではどうしようも出来ない部分がある。
「これからどうするつもりなんだ?」
「私は……一人ではどうしようも出来ない。それは分かっている」
「悪いが、そう思っている」
後ろから声を掛けられそうになるのをパレイアは右手を上げることで止めた。
「だからこそ、あなた方の力を借りたい。一人でも多くの方が必要なの」
「……戦いか」
「なに、今更になって怖気づいた?」
彼女から冷やかしの声。見なくてもエミリーはきっと舐めきった顔をしていることだろう。見なくても分かる。
だが、彼女は俺の気持ちを理解していない。
「いいや……むしろ逆だ」
「逆?」
「口元が緩みそうなくらいだよ」
これほどまで楽しいと思わせるゲームがあっただろうか。リアルでもあり、ゲームのような理想世界<ゲーミフィケーション>。そして自分は関係者として展開劇が目の前で起こっているのだ。実体験として、耳で聞き、肌で感じ、その場の雰囲気を知れる。
そして準備は整った。世界は今、第一幕を終えるために動き出している。現実ではモブにされない俺がこの波乱万丈物語の、主人公。
これ以上何か必要かといいたくなる。ゲーマーとして、ここから先を楽しめない方がおかしい。そう思えるくらいだ。
「……あんた。もしかして……」
「ん?」
今度は彼女の気持ちが分からずに顔を見たのだが、その表情は暗く、何かを恐れているように思えた。俺の発言だとは思うが、果たして……。
「やってくれる?」
「あ、あぁ。俺で良かったら」
「私は……反対……」
セレーナの発言でみんなの視線はセレーナへと集まる。彼女は唇を震わせながらも、己の意思をしっかりと伝えようとしているのだった。
「動物たちは……嫌……」
「ごめんなさい。確かに、今まで一緒にいた仲間とは嫌だよね……」
もちろんそれもあるだろう。セレーナにとってはこの世界を知るための仲間であり、生活を共にした親族も同然なのだ。そんな立場なら誰だって拒む。
それに、彼女は元の世界に戻りたくないと言っていた。それを考えると当然の判断と言える。
そして、次に王女が言葉を掛けたのは主戦力となりえる人物である。
「エミリーさん。どう、やってくれる?」
「……私は、まだ言えない」
少し間をおいて、そして俺を見てきた。何かを訴えかけるような目、それと共に自分の中での整理が出来てない迷いの目をしていた。
「もう少し考えたい」
意外ではあった。彼女なら二つ返事で答えるかと思っていたのだが、彼女なりに悩むことがあったのかもしれない。ローラももしかしたらこの返答を渋っている可能性もありそうだ。
結局この場でやると決めたのは俺だけだ。王女も最初こそ残念そうにうつむきがちになっていたが、軽く頭の靄を振り払ったかと思うと、俺を見てきた。
「ユウマさん。協力、ありがとう」
「別に……」
「セレーナさんも、本当にありがとう。それにエミリーさんも」
「いいえ、別に私は……」
「それと言いたいんだが、俺はここでの戦場のことは何一つ知らない」
パレイア女王も俺が何で役に立ってくれるかは分かっているはず。それならこの世界での戦い方や戦法としてどのようなものがあるかを知る必要がある。
彼女も俺の言った意味を即座に理解してくれた。
「私たちも、ここまで協力してもらうと言った以上、全てを開示する義務がある」
「開示?」
「あなたに、会わせたい人がいます」
その人も、あなた達と同じゲーマーです。そう彼女は微笑むのであった。




