21、敵対から始まる宣告
「さて、私はここから敵となってしまった」
ロランは肩を震わせ笑う。仮面によって顔は見えないが、少し淡々としゃべる中に残念そうな落胆の溜息が混じっている。彼も何か、仲間意識が芽生えたということなのかもしれない。
「うーん。悔やまれるはエミリーを上手く籠絡させることが出来なかったことか……」
違った。彼はいつも通りの考えの持ち主であるようだ。まぁあれで攻略できるのかと問いたくはなるものだが。
『ふざけるな! お前のせいで、俺たち同胞がやられた!』
「……なるほど、これが轟音か」
『このまま帰れると思うなよ……!』
「この世界のためさ。仕方ない」
そう言い切ったとしても、当然それで怒りが治まるドランではない。むしろそれは火種になりかねない。
その予想は正しかったようで、瞬きした瞬間にはドランは我を忘れてかぎ爪の攻撃を仕掛けていたのだった。目の前に転がる身代わり兼、魔物がいるにも関わらず、である。
「落ち着きがない。なるほど……脳みそがないのか」
落ち着かせるつもりなのか、それとも激高させたいだけなのか。
魔物の倒れる姿を見て、またも呻くドラン。確かに先ほどのことから学んでいないようにも見えておかしくない。魔物の方は別に死んではいないが、やはり倒れるその姿には心を痛ませるものなのだろう。
「あ、あの!」
今まで黙りこくっていたセレーナがここにきて声を上げたのであった。
「ん? どうしたんだ? セレーナちゃん」
「あ、えっと……その……」
言いたいことがまとまらないのか、口をもごもごとさせるが、言葉になっていない。
その様子は敵対している者よりも、身内のモノに怒りを売ってしまう結果となっていた。
『セレーナちゃん! 人と話すときにそれでどうする!?』
「うぅ……」
先ほどの勇気と勢いはどこ吹く風か。既に彼女の自信は終息してしまい、それは相手への溜息へと繋がってしまう。聞きたいことも聞けず、親のような存在の人からは言われたくないことを言われて大変だ。
まぁ聞きたいことが動物関係ともなれば、聞くことは数個に限られる。
俺自身、聞きたいこともあるしここは手助けをすることにしよう。
「なぁロラン。お前は魔物を使っていたと言っていたが、村を襲った魔物もそうなんだよな?」
「もちろん。あれが実験だったからな、とはいえどれほどの力をコントロール出来るのかの実験だが」
あいつには今見たやつらのように首に装飾なんてつけていなかった。つまり制御をしていなかったということ。
言うことを聞かせていたわけではなく、自由にさせのは比較をしたかったとかそんなところなのか。ま、今聞きたいのはそういうところではない。
「俺たちが居合わせたのは、偶然なのか?」
「ん?」
「村で起こったことだが、俺たちがいたことは偶然なのかと聞いてんだ」
「……なるほど、作為的に行ったのだと」
「そういうことだ」
この二人が、いやあの時は門番だけであったが敵か味方なのかが分からなくなったのだ。何故彼らはそうしたのか。確実に邪魔であるはずであろうに。
「お前らは利用しがいがあったからな」
「それは仲間として、取り込むためか?」
「それもあるが、何よりこいつらの弱点を知りたかったからさ」
目の前に居座る魔物を指す。
「こいつにある靄……まぁ私たちは邪気と銘打ったうえで『ゴースト』と呼んでいるが、未だにわからないことが多くてな」
研展の国のやつ等にも協力をお願いしてはいるのだが、分からないことが多いなどと、さらっと国の暗い部分を伝えられた気もする。
とりあえず話から察するに分かることとしてを確認する。
「……つまり、どこまで通用するのかというその……ゴーストとかいうやつを調べるために俺たちに襲わせたと」
『この野郎……モルモットみたいな扱いをしやがって!』
「ドラゴンでもモルモットという言葉知っているとは……。ま、そういうことだよ」
戦略シミュレーションゲーマーであれば、己の戦力を知りたくなるのは当然の心理でもある。相手と自分たちの軍勢、戦略はもちろん必要ではあるが、それを実行できるだけの戦力が必要なのは間違いないのだから。
……それを考えて気づいたことがある。
「あー、俺たちを取り込んだのは別の目的があったんだな」
そういったときに、彼の手が僅かではあったが微動する。
「俺たちを一時的に仲間にしておくことで、パレイア国に入りたかった。そうじゃないのか?」
「……やっぱユウマは困らされるね。本当に」
それはどんな意図を持って言っていたのだろうか。言葉じりから感じるのは、少しだけ楽しそうに感じるテンションであった。
そして、続けて彼はこう言ってくる。
「やはり一番の問題は君だな」
「は?」
「この戦争、懸念すべきは君だと言いたいのさ」
お世辞にしては少し肥大させた言い回しだな、おい。
「それが冗談だと感じているのなら君は自分の力を過小評価しているだけさ」
「そうか? 俺よりもエミリーを警戒するべきだろ」
短気だし、単騎で軍隊を潰せる力を有しているのは彼女だ。それをお前、隣にいた俺を指名するとは、どこかで頭を打ったとしか思えない。勝手に相手が過大評価している。
そう言っているにも関わらず、彼は譲れない主張のようだ。
「いいや。お前だってゲーマーなら分かるはずさ」
「は?」
「クリアするには、ここが必要だってことさ」
そう言って自分の頭を指さしたロラン。まるで自画自賛したいようにも見える。
「ま、確かに頭の中は必要だな」
「どんな状況、場面でも起点になれる存在、君にはその力がある。そしてそれは人とのかかわりの際に、もっともはっきりする力さ」
「……それは嬉しいな」
つまりは主人公補正というやつなのだろう。物語の中心としていられると言ってくれたようなものだし、悪い気はしない。上手くいけば世界を救う存在にだってなれるのかもな。
まぁ力は備わっていないけど。
「だからこそだ」
仮面の下であるにも関わらず、その時は彼の顔が容易に想像できるものであった。
「私は、お前を倒す」
そう宣言されて、何とも言えない気持ちとなっていた。動揺をしているのはセレーナであり、ドランはその言葉を聞いても関係なく憤慨していた。
それぞれが全く違う反応を見せていく中で、彼は更に言葉をつづける。
「ここで宣言する。我ら兵国ゴル・バ・リガードは一週間後に交国ライン・ド・パレイアを占領する」
言い切った。この瞬間に明確な立場が生まれたといってもいいだろう。国と国の争い、それが水面下で計画されていたものが、ここで表に出たということ。
そして――――
「……その言葉は、私たちへの宣戦布告と見ていいんだね」
それは、交国である者にも伝わったということだった。
第三者の介入があったと判断したジルディアが、咄嗟に腕を伸ばしてロランを庇おうとする。それと共に魔物たちも警戒心を上へと向けたのであった。
場所は崖の上。しゃがんでいたとはいえ、ドラゴンを収納していた洞窟、それを作る高さがある崖から、高貴な服装をした彼女は俺たちを見下ろしているのだった。
ドレスを身に纏い、こんな場所には不釣り合いな日傘を差している。まるで光を反射するかのような白さと透き通る肌は一瞬だけこの世のモノではないような錯覚さえ与えてくれた。そして優美な姿、それが一体何者なのか、
「……パレイアか」
「え……え!?」
ロランの一言が、今日一番の驚きだった。まさかここへ王国である王女が来たというのだろうか。いや、ま、そういうなら今俺の隣には領主を名乗る人物がいるわけだが。
「あれが……パレイア王女」
まさか王国代表が自ら足を運ぶとは、そりゃあ重要な人を呼んできてほしいとローラにお願いはいたけども。
彼女は指でロランを指す。
「ロラン領主。ここで宣告したということは即ち、今この場所は敵国であるということ。つまり捕えられても文句はないということだよ」
その言葉をきっかけに、茂みから兵士が続々と現れる。そこには巡回兵クライたちと違って、胸には国の象徴である船と盾が描かれた刺しゅう、それにレギンス、兜といった少しだけゴージャスな兵士がそこに立ち並べられていた。
精鋭部隊、そう称するのが正しいだろう。
そして、それらを目の当たりにして、ようやくジルディアは焦りの表情を作っていた。
ロランは焦っているのか、仮面では見えないがゆっくりと、こちらを見た。
「これらは、お前の作戦か?」
「ま、ここに何かあるのは伝えたな」
あらかじめローラに伝えておいたこと、そして出来たことでもあった。
それを聞いたロランは肩を震わせ、パレイアにも聞こえるような大声で笑うのであった。
「……なるほど、やっぱりいい! ユウマ! だからこそ倒しがいがあるというものさ」
「その人を倒す前に、あなたは捕まる。私の国の者に危害は加えさせない」
「だが、まだチェックメイトとはいかない」
そう言って彼は指を鳴らした。最初は何かの合図なのかと周りを警戒した。
……しかし、誰が下からの登場に気づくだろうか。
地面がいきなり隆起したかと思うと、マグマの噴火のように噴煙が巻き起こった。
一瞬にして奪われる視界と吸ってはいけないと思った俺たち全員は腕で口元と瞼で目を覆ってしまうのだった。
「……それは!」
耳だけが唯一高台のために無事な王女の言葉が聞ける。そして続けて聞こえたのはロランの言葉であった。
「戦うなら他の場所にしよう、楽しみは最後まで取っておくものさ」
何とか地面から出た敵の存在を知りたい。そう思った俺は少し晴れた土ぼこりの中で無理やり目を開けた。
……それは、トカゲのような胴体に足、モグラのようなかぎ爪。そして翼を持ち合わせた姿。ドラゴンと呼ぶには歪であるし、鳥と呼ぶには恐怖がある。
当然靄であるゴーストを身に纏った存在だ。あれは多分、改造されて出来た身体なのであろう。
それを何と呼べばいいのか、思いつかないまま、俺は再び目を閉じてしまった。
「ユウマ! エミリーにさ。適度に好きだったと伝えてくれ」
訳のわからない言伝を言われたのちに、翼が羽ばたき遠ざかる音がする。
そして目を開けられた頃には、既に彼の姿は消え、そこには大きく深い地面の穴が残されたまま。
まるで、何もできずに振り回され、そしてこれから始まるというみんなの心の不安を、それは表しているようだった。




