20、救援から始まる対峙
セレーナの過去について聞こうとしたとき、サッとその腕をマントに隠したのであった。
彼女はすでに俺のことを見ていなかった。空、更に細かく言えば有象無象の鳥たちの動向を睨んでいる。街の外から中へ、我さきにと掛け行き、羽ばたく姿は不吉なフラグとしては十分であった。
セレーナは最初は睨み、そのあとは茫然とした顔に変わり、最後には口元を手で覆って驚きを隠せないといった表情になっていた。
「え、森で襲撃……!?」
「森って、もしかしてあそこなのか?」
「……」
セレーナは口を堅く結んだまま、何も言えずにいた。その意味を知り、そして空をもう一度仰ぐ。
「鳥たちの方向から察するに、動物たちがいたところのようだ」
「……」
「行くぞ」
「え?」
「こういうとき、ゲームなら行くのが定番だからな」
いやそもそもその前に、確認できることがあるはず。それは以前から気になっていたものの、確証ないが故に置いていた問題。そしてこれで分かる二択の道。
それを見極めに行かなければならない。セレーナは動物を守りたい一心での言葉だったが、自分はそれとは関係がなく確かめないといけないからだ。
……まぁ、これで多少は好感度が上がってくれれば御の字というものか。小さくうなずいてくれてるし、多分よくなったとは思うけど。
「……ゲームだと、その……この後は?」
「うん?」
「私は、アニマルゲームしか見たことがないので……」
「うーん。この後なぁ……」
大体どのような展開になるかは想像出来るにしても、それを彼女に伝えてしまってもいいものか。ここで全部教えたところで、彼女に戸惑いを与えるだけだし、それに時間も少ないこともある。
「ま、敵を確かめに行くってところだ」
「……敵?」
彼女は立ち上がりつつも、その言葉の真意を測りきれずにいた。
ドランの咆哮が大地を揺らし、その振動によって木葉さえも揺らす。まるで森全体の叫びのようで、その威圧感は肌で感じられた。そしてドランは二度目の咆哮をあげる。
俺たちがたどり着いたときの状況はまさに、ドランが他の動物たちを庇うといったものだ。真っ暗な洞窟に立てこもるようにし、ドランだけが顔を出している。
そして、ドランが睨んでいる先には一人だけの姿が確認できる。
「……そうか、聞いてたより早かったな……」
少し開けた場所でドランに向かって弓矢を構えている人物。ゲームにて協力プレイヤーが敵対することはよくあるが、この世界でも同じようなことが起こるなんて。
「……ジルディア」
「……」
門番だった相手は何も言わない。引き絞った弓矢をこちらに向け、”敵”としてこちらに撃ってこようとしていた。完全に前回までの仲間として躊躇いなんて存在しない。
エミリーのように上手くかわせるか。何なら庇って飛ばないといけない。
いつでもどこでも飛び退けるように準備した俺と違って、セレーナは叫んだのであった。
「ドラン!」
『分かっている!』
弓矢が放たれたと同時に目の前でかぎ爪が立てられたのであった。そしてそれは大きな障壁となり、弓矢はそれにガツンと音を立てて弾かれるのであった。
「やっぱり、こうなっては意味がない……か」
『お前……それで済ませられると思うなよ』
ドランの口の端からは蒸気が立ち昇って、唸り、相手を睨みつけている。いつでも切り裂いてやると前足で地面を何度もかいていた。
だが門番は何も言わないし、動きもしない。放った動作から固まり、彼はじっと俺を見てきたのであった。
「……あまり驚かないんだな」
「まぁ、予想してたことだったしな」
「予想できたのか?」
「おいおい、自分の発言を忘れたりしたらダメだろ」
「……そうなんですか?」
「あれ? 結構、常識だと思っていたんだが」
恋愛ゲームで自分の選択肢を忘れたりするといけないし、基本だと思っていたのだがどうやら違うようだ。
ジルディアどころか、セレーナの方も困惑の表情を浮かべている。
「……まぁいいや。とにかくお前は失言したんだよ。行動もそうだけど」
「……」
『お前、分かっていたのに俺たちの前で黙ってたのか!?』
ドランの怒りの矛先がこちらに向けられたような気がする。生ぬるい息吹がこちらに向けられるのを手で払いつつ、同時に否定の意味を込めた。
あの時は協力的だったし、騒動になると思ったから言わないでおいたけど。それは相手も同じか。隠しておいておきたかったのは同じ。
「状況があるんだ。物語は徐々にわかる方が楽しいんだ」
『悠長なことを言いやがって……』
「それはお前たち全員に言えることだよ」
ジルディアは今まで動くことはなかった。俺たちと会話をしたかったのか、迂闊な行動を避け、俺たちの会話に耳を傾けていた。
しかし、ここでついに動き出す。
指を鳴らして、何かの合図を送り出したかと思うと、彼はフッと笑うのであった。
「”敵国”として、ここでくたばるわけにはいかないな」
そう言うと、茂みの中からヴォ―トルが現れたのであった。それも一匹ではない。複数体存在し、全部が全部。見たことのある黒い靄を纏っている。
熊なのにかぎ爪のような手を持つもの。鹿なのに、トカゲのような足を持つもの。まるで改造実験にされた被検体の数々って感じだ。
そしてみな共通していることは、以前と違って首元にドッグタグのような形をしたものが取り付けられているということか。
「みんな……!」
セレーナが涙目になっている。つまりこの魔物たちがどういう存在か、聞かなくても分かる。
そしてドランはセレーナとは違う感情でジルディアに強く当たっていた。
『この……俺たちの同胞をどれだけ手にかけたんだ!?』
その激高した姿に対しても、彼は動じない。
「俺じゃないからな。分からないし、それに使えるものを使わないと、こっちではやっていけないんだよ」
『ふざけるな! お前らのごっこ遊びのために利用されるわけにはいかないんだよ!』
「じゃあ今その縛りから解放させてやればいいじゃねえか。俺は別にかまわないぞ」
ドランはその言葉を無視し、かぎ爪を振り下ろす。烈風が巻き起こり、それはまるで爆発のような衝撃であった。こちらまで風の勢いで吹き飛ばされそうだ。
地面の草をえぐり、土煙を巻き起こしたそこに、ドランは言葉を吐き捨てていた。
『……お前をぶっ潰せばいいだけだ!』
ドランは得意げな顔になっていた。
土煙が晴れて行き、状況が明らかになるとその表情は一転させていた。
『……!』
「分かってるだろ? こいつらは、俺の命令に忠実なんだからな」
見えたのは庇うようにして崩れ落ちていた鹿の姿であった。
『くそが……!』
「全部とやり合うのなら、そう命じてもいいぞ?」
かつては仲間だったものと戦え。それは確かに辛いもので、ドランにとっての抑止力になっている。なるほど、魔物を連れてきた理由としてはそれがあったのか。
だが、このままでは状況は悪化するばかり。
相手の目的が見えてきた以上、これ以上長引かせるのは得策ではないだろう。
「お前らも、別に争うつもりはないはずだ」
「ん?」
「ここに来た理由は捕獲だった。じゃなきゃ、単独でここまで来ていない」
「……」
諭すような言い方にしたつもりだが、相手がどう感じているのか。
次の行動を予測するのなら、舌打ちで魔物を退却させるとかありそうだが。それとも黙ったまま魔物を使って俺たちに攻撃を加えてくるのか。
だが、イメージしていたのとは少し違う展開、状況は変化したのだった。
「……その想像力。なるほど、それがお前さんの力か」
新たな参入。これには少し驚かされた。
茂みからかき分け、やってくるその男を見て、隣でもセレーナが驚きの声を上げている。
「協力者が出てきたんだな……これは意外だ」
「俺のことは流石に想定外ってことか」
そう言って、ロランはちょっと意地悪な笑みを浮かべている。
ここで見栄を張っても仕方ない。だがそのまましてやられるのも癪だ。
頷いて、相手が隠している真実をもう一つ暴くことにしよう。
「あぁ。まさかここで兵国のリーダーに出会うなんてな」
「……え!?」
セレーナが俺たちの思考回路についていけないようで、何度も顔を動かしていた。
そしてロランはというと、ジルディアの傍まで歩いて、コートのポケットに手を突っ込むのであった。
「ここまでの推察……なるほど。やっぱり自己紹介は避けられないか」
「……」
「戦略シミュレーションゲーマーのロラン・デュランドさ。そして兵国ゴル・バ・リガード領主。それが私さ、以後お見知りおきを」
彼はそう言って、頭にあった狐の仮面を被ったのであった。




