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ゲーミフィケーション・ゲーマーズ  作者: 夢物語
~1日目~
2/26

2、エンディングから始まる冒頭

「……もう一度、言ってくれないか?」


 この場ではっきりとさせることがある。

 それは全てのゲームが、世界を知る原典であるということ。この世のいわゆる聖書的な役割を持つ訳で、集められた知識の源泉。

 モラル、マナー、コミュニケーション……その他色んな常識をゲームであれば知り得ることが出来る。何故なら人の手によって生み出したものであれば、出来上がったものは必然的に、人が築いてきた歴史や知識で生み出したもの。

 集めたものはやがて、それが世界への常識を知るアイテムへと変わる。全てが自分の情報となり、ストックとなる。

 そう、その部分に間違いはない。

 ならばだ。万物をやりつくしたゲーマーであれば、どんな危機的、あらゆる事態も想定及び判断出来るはず。どんな状況も完璧に熟すことが出来て、その後さえ対応できる。

 ……やはり間違いはない。


「ならもう一度言うぞ?」


 狼顔の男はそう言って指を立ててきた。

 現状で分かることは、この男が自分と違う異世界の人だということだ。強面だし、テーブル越しでも何か汗臭い。薄暗い個室だから余計に臭い。

 それでも、同じ人という種である以上、共通の言葉、常識、ルールがあるはず。そして何より、この状況で求めているモノがあるはずだ。

 俺に不備なんて存在しなかった。事前に必要なものは全て用意したし、間違いなんて一つも存在しない。

 ……やっぱりどう考えても展開として間違いなく、順調なはずなのに。

 なのに何故だろうか。


「残念だが、お前は不合格だ」


 何故俺がバイト程度で落ちてしまうのか、全く分からない。


「くそぅ、相手のパラメーターが見えないとこんなに辛いなんて……」

「一体何の話をしているんだよ?」

「いや何でも……。もしかして、紙に書いたことで何か不都合が」

「はぁ? いや別に紙に書いてある事を気にしちゃいねぇよ」


 そう言いつつ、俺の自作履歴書を投げ捨ててきたのだ。

 捨てるように渡すその粗雑なやり方は、流石の俺でも看過できない。


「おい、俺がこれ作るのにどんだけ苦労したか知らないだろ!? ここの証明写真の部分なんて、自分の手書きなんだぞ!?」

「知らねぇよ……まぁ、とにかくだ。ヨーダさんよ」

「ユウマだ、神代悠馬かみしろ ゆうま!」


 履歴書に書いてあることを全く読んでいないのがよく分かった。もし相手の恰幅が良くなければ、思わず殴りかかる失敬さだ。

 そして少し語気を強くしたにも関わらず、相手は表情に動揺もない。眉一つ動かすことはない。それどころか欠伸をこちらに見せてきた。

 やはりこの獣野郎……余裕のあまり、話し合いに飽きていやがる。


「なら、ユーマさんよ。言わせてもらうが、お前に足りないものがあらぁ」


 そう断言された。正直に言うと、意外である。

 だって足りないものはもうないと思っていたから。

 履歴書は自作ながらちゃんと持ってきて、シミュレーションゲームから導き出した最適なルートも展開も構築済み。もちろん選択ミスなんて初歩的な抜かりはない。

 好感度だって、会話の掛け合いにおいてノベルゲームでの経験を活かせるはずだった。今はまさに上がり調子のはず。

 ……なのにこの狼男はまだ足りないと言う。

 更に言えば、それが最も大切なものであると断言しているように聞こえた。

 男の目に挑発的な意味合いが含まれているのはそれが理由であるはず。

 そして……それが何か分からない自分には相手から聞き出す必要がありそうだ。

 何を求めているのか。それを知る事で、逆転のストーリーを創り出して見せる。


「足りないもの?」

「簡単に言うならな、ユーマさんよ」

「あぁ」

「お前の身体だ」

「…………」


 求めているモノを、知りたくなくなった。


「なんで顔を引き攣らせてるんだよ、バカ。お前のそのひ弱そうな筋力のことを言ってる!」

「……力、と?」


 そう言われて自分の身体を見つめた。

 確かに、自分には筋力というものは持ち合わせていない。一晩中ゲームをしているような健全な男子では、そんなもの必要ないからである。

 しかしこの男はそれが大切なんだと口にし、自分の腰に巻いていた剣の鞘を取り出してきた。


「俺たちは“これ”を仕事にしているんだよ。それをお前、若干17歳で藁しか持ったことがねぇようなひよっこができる訳がねぇだろ」


 狼男はそう鼻で笑う。これと言うのはここが傭兵集団ゆえの言葉選びなのか、と彼の背中越しにかけられた重厚な斧を見ながら考えていた。


「でだ、ユーマさんよ。お前が見せるべきなのは、そんな紙きれじゃなくてお前自身なんだよ。論より証拠っつうわけ。どうだ、簡単な話だろ?」

「つまり何か見せろってことか……?」

「そういうことだ。何ならこの剣を使ってもいいぜ?」


 相手はそう言って、机の上へ無造作に投げてきた。

 ドスッという重い音の後に、机が耐えきれないと悲鳴を上げる音が出ていた。それだけでどれだけ重いかよく分かるし、狼男が枝のように軽々しく扱っていたことへの力強さも分からされる。

 更に言うと問題はそこではなく、これからであるということも分かっていた。こんな場面はゲームでも見たことがない。

 だって大体過ぎた話として処理されているのだから。

 まさかゲームの主人公が軽々と持ちあげていたことを、ここまでありがたかったと思える日が来るとは。


「どうした。握らねぇと話が進まねぇぜ? それとも格闘術でも使うのか?」


 冷やかしの声が整理しようとしている脳内活動を邪魔してくる。

 落ち着け。そう自分に言い聞かせた上で、もう一度剣を見つめなおした。

 自分の片腕程度の長さに、鉄板ぐらいの厚さがある。まさに技よりも力で叩き割る剣なのだろう。重さは先ほどの音で確認済みだ。

 両手で持ち上げられないことはないが、まともに振るう事は出来ないに決まっている。

 振り回すどころか、振り回されるのがオチだ。


「その……一つ聞きたいことがある」

「何だよ、きちんと謝る方法かぁ?」

「スキルとかって存在したりするか?」

「…………は?」

「こう、かっこいー名前を読み上げると、身体が勝手に動いたり、」

「アホか……できる訳ねぇだろ、そんな便利な機能。筋力強化の正法を使うならまだ分かるが」

「せ、正法……」

「だから身体を強く出来るんだよ。刀強化とかもな」


 多分ファンタジー世界で言う魔法の意味なのだろうか。まぁ、とにかくそう考えるべきだろう。

 どちらにせよ、だ。現状言われたことは、己の力のみでやれということ。

 当然本物の剣を手にしたことなんてないし、包丁を持つ以上に躊躇われる。

 異世界に来たのだからそれをサポートがあると思っていたのはここに来たときに信じていた。ゲームで言うバランス調整の役割を示すシステム。

 しかしそれも望めそうにない。

 バイト然り、変なところにリアリティを入れているのが非常に厄介すぎて憎たらしいほどである。


「くそぅ」

「さて……無理だと言うことが分かったし、そろそろお開きにするぞ?」


 質問というよりは確認に近い言い方だった。

 相手ももう終わりたそうで、顔に眉間にシワを寄せていた。これでは変に突っかかっても相手の好感度は下がってしまうこと必須。だが、何も出来ずに不合格なのも困る。


「……えーっと」

「扉からロビーに行って、そのまま引き返してくれたら結構だ。俺たちは今、国のために動かないといけなくてな。忙しいんだよ」


 ダメだった。既に狼男は鞘を自分の付けていた腰に戻してしまった。

 時間稼ぎ。せめてもの想いで、情報の探りを行ってみる。


「国のために動く……何でだ?」

「そりゃあ無職のお前にゃ関係ない」


 まさかの関係ないよ宣告。

 もう本当、どうしてこんな世界に飛ばされたのだろうか。

 もはやモブにさえなり切れていない。モブだって世界の情勢を知っているのに、俺はこの世界に来て、何一つ知らないままなのだ。無知すぎるゆえに、赤っ恥も同然である。


「何で……」


 何で、あのゲームしたらこんなことになってしまったのか。

 いや今はそれを悔やんでも仕方ない。大切なことは他にあって、更に言うならこれからのことだ。

 無職という言葉を聞いて忘れていたが、こうやってバイト活動しているのも、今日泊まるための宿、食事を提供してもらうためなのだ。そのために恩恵が大きそうなギルドを選んでいた。

 しかし、それも今は望めそうにない。ここ来て失敗した一文無しが待っているのは、空腹と寒さゆえの死。

 お先真っ暗間違いなしのルートである。

 ……何だよこれ。ゲームの序盤の序盤、お金無し、バイト出来ない、最初の街で餓死なんてエンディングは流石に聞いたことがない。ゲームで言えば、クソゲーの部類だ。

 そして自分が、その主人公に成り下がっている。

 これはまずい。とりあえず今日だけでも生きねば。


「すいません……他に働き手を募集しているところは……」


 狼男はこちらを向いて、扉に手を掛けた状態で止まる。

 そして面倒な顔はしたものの、そのまま顎に手を当てて考え始めた。暫く考えて数分、男はようやく口にしてくれる。


「いくつかあるが……。このご時世、紅茶を飲んで過ごせる働き口なんてねぇぞ?」


 誰もそんな気軽なバイトを求めていません。いや、あったらいいんですけど。


「それに俺たちは傭兵の集まりで出来た組織だ。他の傭兵組織については詳しいが、働き口として知っているのはそういうものばかりだぜ」


 それ以上は言わなくても分かるよな。そんな目でこちらに訴えかけてくる。

 とにかく相手は全員いかつく、汗臭い人達であるということか。

 いや力自慢には勝てないのは目に見えているし、戦闘では役に立たないのは分かる。しかしこちらとしても引けない状況。

 ここは、頑張る意思を伝えていくしかない。


「だが外の敵とかを倒すなら、協力もとい頑張れるはずだ!」

「ほぉ……ならどんな相手なら倒せるというんだ?」

「えっと……スライムとか……」


 ゲームにありがち、弱小モンスターとして定番の名前。とりあえず自分が取っ掛かりとしてありえそうな敵はそれぐらいだろう。

 しかし、男の好感度を上げるには至らないようで。


「……」


 狼男が見せた行動はため息一つのみ。

 その後は馬鹿にされたように何度も首を振って、そのまま何も言わずに向こうのロビーへと消えて行こうとした。


「ちょっと!?」

「あぁ……ユーマさんよ。これは俺の慈悲だ。そのお花畑な頭にちゃんと入れておけ」


 狼男は人差し指を立てて、その次に俺を指してきた。


「スライムなんて妄想。ほざいてると、ここじゃ捕まるぞ?」


 そう言われた。そして俺は一人、個室に取り残される。

 つまりは、そう言う事なのだろう。

 ……さて、エンディングテロップはいつ流れるだろうか。

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