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ゲーミフィケーション・ゲーマーズ  作者: 夢物語
~3日目~
19/26

19、後悔から始まるゲーマー

「――――アイス、美味しいか?」


 セレーナが頷いたのを見て、軽くホッとしていた。緊張で食べないかもしれないと思っていたから、少しだけ安堵した。

 川辺に繋がる石英で出来た階段が今まで歩いていた俺たちを座らせ、落ち着かさせてくれる。住宅街や港からも離れたこの場所は、人の流れはなく、閑散としているイメージがあった。彼女にとってもありがたい場所であろう。

 彼女がそのまま食べ続けるのを見ながら、俺もアイスクリームを口にした。


「……食べる……?」

「え?」

『にゃー』

「あ、猫のほうね……」


 驚いてからのちょっと落胆。てっきりアーンみたいな展開になるかと思っていた。ご褒美イベントかと思ったが、やはり早いか。友好度なんて無いに等しいだろうし。

 俺と彼女を挟むようにして居座る白い猫。そいつが彼女に渡されたソフトクリームを美味しそうに食べているのを見ながら、彼女はこう呟いていた。


「……やっぱり、落ち着く……」

「落ち着くって?」

「……あ、えっと……」


 彼女は失言だったかのように、口を堅く結んでしまう。やはりこういう子は選択肢を間違えてしまうと一気にフラグが消えてしまう。

 うまく彼女の話に合わせないといけないし、彼女から口に出してもらわないといけない。


「それにしても、ここはいい場所だ」

「うん……人が少ない」

「確かに、人が多いと目が気になるしな」

「……」


 彼女はアイスを食べ続けている猫を膝の上に乗せ、それを眺め始めた。

 彼女としての黙秘の対応なのだろう。だからこそ、一人で語り続ける。


「しかし、これから戦争だなんて思えないな。全然思えないよ」


 彼女は俺の言葉に前を向き、俺を見てくる。


「これから、もしかしたら大きな展開があるのかもな。ゲームなら終盤。もしかしたら、エンディングまでもうすぐなのかも……そしたら、俺たちは帰れるかもしれないな」

「帰り、たいのですか……?」

「……一応ね。やることがあるから」


 彼女はその言葉を聞いて、少しだけ目を見開く。その姿があまりにも面白かったので、つい笑ってしまうのだった。

 彼女は幼い顔を少し赤らめ、恥ずかしそうに口を尖らせていた。


「……帰りたいの、ですね……」

「……君には、正直に話そうかな」


 そう言って、アイスクリームを食べきって、その手を膝の上に置く。川の向こう、街の向こうのその先、この世界よりも遠いところを見つめ、自分の考えをまとめていた。


「俺がゲーマーになったのはな。親のおかげなんだ」


 俺の言葉を受けたセレーナは首をかしげて、気になった天だけを抽出していた。


「……おかげ、なんですか?」

「あぁ」


 思い出されるのは過去の……中学のときの思い出。細かく言えば、自分が暴行を働いたときの話だった。


「俺はな。今親とは別居なんだよ」

「え……?」


 あの頃の俺は、まさに反抗期を絵にかいたような人であった。何をするにも相手に対して文句を言いたくなり、自分では正しいと思っていて一方的な正義を掲げていたと感じていた。

 そして、それは何も親との関係だけではない。確かに親との関係が特に問題ではあったが、他の人に対しても同じ対応をしがちだった。

 当然。そんなことをすれば友達が減るのは必然で、陰で自分への卑下の言葉が飛び交うように。


「俺はな、みんなに反発して、ただ文句を言ってわめいて、自分が正しいのに何でわかってくれないかなって思ってたんだよ」

「……」

「それで、ある時親に言われたんだ。『お前には愛情を持つべきだ』って」


 愛情がない。それがどういうことかあの時になっては分からなかった。

 ただそれを言われたときは凄く反発していたのを覚えている。何が愛情だと。

 少ない友達からも似たようなことを言われていたのに、俺は全く気付くことはなく、その時まで知らずじまいだった。何というバカなことをしてきたのだろう。お助けキャラの言葉を全無視して、フラグを全部破壊してきたというのだ。


「それで、親が仕事の関係で海外へ出張するとなったときだ。俺は取り残されたんだよ」

「……それは、自分の意思で?」

「まさか。両親が俺から離れたかったんだ。お前には今行ってる中学があるから、なんて理由づけをしてな」


 そして俺は取り残された。

 もともとはマンション住まいだった家族の家は俺だけの家となったのだ。空いた寝室、だれも使うことのなくなったダイニングキッチン。寝ころべるようになった和室。

 すべて自分のものになって……同時に見えないものを失っていた。

 勉強机に向かわなくても怒られなくなった。朝はおはようと飛び交うこともないし、モーニングコーヒーは自分の注いだインスタントコーヒーだけ。食事の時間だと呼びかけられることもない。スキルのない俺は金を片手にコンビニ通いの毎日。


 ……今になって家族が選んだ選択肢が何だったのかわかるが、当時の俺はただ空虚な人生を味わっていた。何をするにも物足りなさを感じてしまい、ただこのままずっと年老いていくのかな、なんて考え、惰性に生きてきたのだ。


「辛かった……ですか?」

「当時はそんなこと考えてもなかったよ。ただ生きてた、そんな感じだ」


 自分の胸を抑えるようにして、俺のことを言葉から想像し、その気持ちを共感しようとしてくれる。それだけで、とても嬉しかった。

 そして、話はゲーマーの物語へと移る。


「でな。何か分からなくなって、怒りをどこに向けるべきかもわからなくなってな。そうやって自暴自棄になってた日々が続いたときだ。ある一本のゲームをすることになったんだよ」

「……ゲーム」

「そう。親戚の人から息子へと親に渡されたゲームがそれだった。ただのRPGで、しかも今になってはご都合展開でしかない駄作だったものだ」


 俺はその時はゲームというのに興味を持っていなかった。その頃でゲームといえば、人生ゲームといったボードゲームの存在だけ。友達がやっていたのを遠くから眺めていただけの人であったのだ。

 そんなやつが唐突に渡された一枚のゲームソフト。それに親戚からの譲りものとしてくれたゲーム機が、まるで天からの贈り物かのように渡ってきたのだ。


「やることがなかった俺は初めてゲームをやってみたよ」

「……どうだったんですか?」

「それは今のこの俺を見ればわかるだろ?」


 そう、自分はそのゲームに魅了されていた。

 今まで何も感じてなかったのに、友情とか、青春とか。愛情とか……臭い話ばかりだったのに、全部自分にないものをゲームは魅せてくれて、心の穴を埋めてくれたのだ。

 大切なものを何かを必死に訴えかけるコンセプト。誰もが抱える悩みを乗り越え行くキャラたち。無限に広がる夢を持たせてくれる世界観。そして……自分が理想としているようなストーリー、展開。

 衝突し、喧嘩をし、いがみ合っても最後は結束し合い、協力し合う。


「その時に気づいたんだよ。俺が望んでいたことは”これ”なんだって」


 自分は涙を流していた。

 それはたった一つの罪。自分への反省と共に、もう戻れないことへの後悔であった。


「それから……ゲームに?」

「あぁ、ゲームが大好きになった。親から貰ってた生活費を切り崩して、買い漁っては家でずっとやっていたよ」


 いつしかゲームは生活の一部と化していた。

 自分に足りないものは何か、自分に必要なのか何かを求め、それに対してゲームの世界ではどのように解決していったのか。それを全て知りたかった。

 やがてその数は百を超え、千を超えた。あらゆるものをやり、あらゆるストーリーを見てきた。それはすべて、これからのために。


「今度こそ失敗しない生き方をしたい。どんなにご都合でも、どんなに理想的でも、それが自分にとってやりたい物語で、この世界はそれを叶えてくれると信じているから」


 だからこの世界に来たことは後悔してない。自然と口から笑みが零れていた。


「……今はとても楽しいんだ。好きなゲームのような話が、ここで出来ること。それが今、こうやって目の前にある」


 敵とのやり取り、仲間との協力、いがみ合いに好感度。そして……戦闘。今となっては大規模な展開が待ち受けているのだ。

 すべて自分の中でやりたかったことであり、出来なかったことである。


「……目の前に」

「俺はこのゲームをクリアしたいと思っていると同時に、ずっと続けたいと思っているんだよ」


 全力で楽しみたい。自分の経験がどれほど通用するのか、そして自分に出来ることは一体何なのか。それを見て、行うことが出来る。

 このゲームでやり遂げたいことといわれると言葉に詰まるが、最後までやっていきたいという気持ちが強かった。

 そして、これを言ったセレーナの顔付は少し暗く、晴れるものではなかった。


「そう……なんです、か」

「これが、俺の本音だ」

「……」


 セレーナはこちらを見上げてくる。その眼には羨ましいという気持ちの他に、恐怖や少しの困惑が含まれていたのだった。

 だからこそ、ダメだと思った。彼女と仲間としてやっていくためには、その眼ではいけない。彼女はこのままだと、ずっと一人でしかない。


「不思議……。……嘘が、ない」

「セレーナはどうなんだ?」


 彼女は目を伏せ、膝上の猫を撫で始めた。ウザったそうに身体を捻っている猫を撫で続ける彼女は、暫く自分の時間を作ったかと思うと、ぼそりと心の内を吐露してくれた。


「私は……人が嫌い」

「あぁ」


 そのことは、昔の自分とよく似ているから分かっていたことだった。


「動物と違う……心の内を隠して、騙して、時には暴力……。……そんな人ばっかり」

「お前は、過去に何があったんだ?」


 彼女は猫を撫でるのをやめた。そして、おもむろにマントの袖を掴んだかと思うと、俺に腕を見せてきたのであった。

 そこにあったものを見て、俺は言葉を失ってしまう。


「もう……私はあの世界(現実)には、戻りたくない……」


 そこにあったのは、無数の傷跡と、痛々しいほどに残された痣の存在だった。


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