18、エスコートから始まる思い
一階レストランの扉を開けた先には、セレーナが待っていた。
いや、前の村の時のように待っている訳ではない。鳥たちと戯れ、楽しそうに会話している姿が、そこにはあったからだ。肩に二羽の鳥が翼の毛づくろいをしている。
彼女はそれを微笑ましげに見つめて、何かを語り掛けていたのであった。
それに応えるかのように、鳥たちはピーっと鳴く。それを聞いて彼女は笑窪をさらに見せていたのだった。
やはり彼女はこの時だけ生き生きとしている。
笑顔も見せて、会話も弾み、何より楽しそうだ。彼女にはこれが一番幸せな時間なのかもしれない。
「やっぱり、ここの人たちは怖い人ばかりだよねー」
……話している内容はあまり褒められたものではないが。
とりあえず来たことを知らせる為にもワザとらしい咳き込みをしてみる。
すると、彼女は別人へと変わってしまった。
見られたくないものを見られた挙動と焦りの後、慌てて隠れようとして尻餅を付いてしまっていた。その際に肩にいた鳥たちは逃げてしまう。
「痛い……」
「大丈夫か?」
「……えっと、その……」
手を差し伸べたのだが、拒み、自身の手で立ち上がってしまうのであった。
彼女はそのあと目線を逸らしながら自分から離れる。
俺は、そんな彼女の対応に対して、笑って見過ごすしかなかった。
ゲームでも同じ、そう簡単にフラグが回収されるわけでもない。
「じゃあ、近くで何か食べながらでも行くか」
「……」
「……いい、のか?」
じーっとこちらを見てくるだけで、何も反応を返してくれない。こういう時は積極的に話しかけるとイベントが発生するけど、彼女の場合は逆効果になりそうだし。
「…………あ」
「あ?」
「アイス……食べたい……です……」
彼女の突然指定してきた注文に、思わず軽く笑ってしまった。意外だったから。
眉を潜めている彼女に悪かったと、両手を合わせて謝りつつ、
「悪いな、まさかそっちから注文してくるなんて」
「……だから、笑うの?」
不思議そうに首を傾けている。友達付き合いも少ないだろう彼女にとって、こういうやり取りさえ楽しいものかどうか、あまり分からないようだ。
なるほど、これはいかに楽しませるかが試されるってわけか。
恋愛ゲームをいかにやり込んだか、俺の真価が問われると言ってもいいな。
「さて、人の目が気になりだす前に行くとするか」
レストランの前で、立ち話もあれだ。観光案内は歩きながらでも喋っていけるだろうし。
港へ続く緩やかな下り坂を指さして、そっちへ行こうと指示をする。
「変なこと……しないで……くださいね」
「そんなことしたら、エミリー辺りに殺される。さ、行くぞ」
そう言って彼女の傍に寄るために二、三歩近づくと、同じように二、三歩離れるのであった。分かりやすい拒否反応である。
これから少しでも仲良くなれればいいがな。そんなことを少しだけ考えながら、彼女のエスコートを始めたのだった。
……と、一時間前の俺については余裕を持った考え方が出来ていた。
彼女を楽しませつつ、会話出来ていけばいいなーなんて意気込みがあったのもそうだ。
しかし、今はこう思っている。
「惨めだ……」
「……どうかしました?」
先行している彼女が首だけをこちらに向けて聞いてきたのだった。
どうぞお気になさらずにと、手を出していると彼女の隣にいるあのワンコ野郎が一声鳴いたのであった。
「こっちに……綺麗な川がある……ようです」
「あ、はい」
事務的なやり取りの中で俺とセレーナ、そしてティノとかいうワンコのパーティーで進んでいくのだった。勿論先導はワンコが担っている。
市街地を少し出て、川辺も見える海岸沿いに今はいる。穏やかな気候とともに、海から流れる塩気のある風が髪をなびかせてきて、美しい海がここでは身体一杯に受け取ることが出来るそうだ。……ワンコに聞いた情報によると、であるが。
忘れていたのだが、俺だって一週間も前は学校で睡眠をとっていたのだ。
こうやって歩いて、いざ紹介してみようとするとよくわかる。俺はまだこの世界に慣れてない。街の煉瓦造りの製法。ギルドの成り立ち、イベント行事の存在。
セレーナが一つ一つ聞いてきてよく分かった。俺はまだまだ無知であると。
ローラも意地が悪い。自分でやれないこともない仕事をこうやって渡して遠まわしに伝えてくるなんて。意気込んだ分、色々と恥ずかしいじゃないか。
まぁ一番恥ずかしいのは、彼女をエスコートし始めて数分後、足を止めて「ほら、空綺麗だろ?」なんて変なこと口走ってしまったことぐらいか。苦し紛れにしてもあれはひど過ぎた。
いやしかしだ。それにしたってこの街は初心者には優しくない。街の中にも関わらず地図がないとは。
『ここは交易の国、パレイアなのよ? 地図は交流と会話で出来ているの』
そんなエミリーのドヤ顔が目に浮かぶ。
「……ふぅ」
「少し疲れたか?」
偶然ワンコのティのとやらに遭遇し、こうやって歩き始めてから数十分。小さな子にとって、少し歩き疲れたとしても仕方ないだろう。
別に何かに追われているわけでもないのだ。休憩しつつ、ゆっくりと時間を潰せばいい。
だが、彼女は首を横に振ったのだった。
「……大丈夫、です。……迷惑……かけませんから」
強気な主張は珍しいが、ここでそれを必要とはしないだろうに。
ここは合わせて、落ち着かせてあげるのがいいだろう。
「俺もちょうど疲れてたところなんだよ。ちょっと座って休憩しよう」
彼女は軽く目を見開いて、ティノと何か目配せ的なものをしたかと思うと、ゆっくりと首を縦に振ってくれたのだった。
「はい……その……ごめんなさい」
「そこら辺で座っててくれ。何か買ってくるから」
そう言い残して、港のほうへと走って行った。彼女はきっと、犬と戯れていることだろう。そんなことを思いつつ、とりあえず近くで甘いものが売っていないかをチェックしていく。
それと共に、先ほどの会話についてを考えていた。
「ごめんなさい、ね……」
彼女はそう言って俺の対応に謝罪をしてきたのだ。
普通なら感謝でいいはずのちょっとした気遣いも、彼女には迷惑をかけさせてしまったと思っているのだろうか。それとも何かを恐れているのか。あるいは両方か。
一番濃厚なのは両方のパターンかもしれない。
そして、そういう時は大体ゲームでもややこしい状況下の人であることが大きい。
「あとで聞く必要がありそうだ」
そんなこと出来るのか。なんて考えながら店舗を見回していた。
港は、初日に来て黄昏たときぐらいか。
こうやって落ち着いてみると、子供連れの獣人の親子が楽しそうに喋っていたり、天人の店主と世間話している人間の主婦がいたりと、のどかな一面を見せてくれる。
交易の街であり、交流の場。
みんな何も知らず、落ち着いた生活が出来ているのだろう。もしも魔物の襲撃なんて言ったら、彼らは武器を手に取り、戦いに向かうのだろうか。
変なことに巻き込まれているからこそ、この光景を見てそんなことを考えてしまった。
つい先日までは戦争のことよりも、明日の話をしていたというのに。
「……とにかく、あとで話し合う機会がほしいな」
これからのことを考え、またエミリーが回復してから動き出さないといけない。
こんな時間がいつまで続くか。ゲームならすぐに終わりそうなパートであるのだから。
「……まずは、あの子と仲良くなることからだな」
どんな時でさえ、仲間は多いに越したことはない。
ここからはギャルゲーの力が必要なのかも、なんて考えつつソフトクリームを探しているのだった。




