17、報告から始まる注文
「厄介なことに、巻き込まれてたわけですね……」
ギルドにて吉報を待っていたはずのローラは、ため息一つ出した後に深く椅子に背もたれたのであった。その表情は、予想通りであり、外れて欲しかった残念さ。
彼女は自分の気持ちの整理に時間を使った後、頭を何度か振ってから俺の隣に視線を移すのであった。
「……それで、彼女がアニマルゲーマーってわけですか?」
「そう。セレーナ・トトって名前だ」
「動物と会話が出来る……そう言いましたね?」
彼女は困ったように左右と首を振ってからこちらに寄ってくる。そして、俺のコートの裾を摘まんで、隠れるようにしながら、「はい……」と呟くのだった。
こうしてフードを外してみると、余計に弱々しい感じがしてしまう。
何も知らないような全てを受け入れそうな無垢で大きな瞳に、小さな唇はまるで小鳥のような印象を与える。それにあまり手入れを考えていないような薄緑色の猫ッ毛ショート。
まさに小動物、どんな小さな危険も敏感に反応しそうな子であった。
「以前のドラゴンの襲撃は、隣国の危険性をこちらに伝えるため。そして、今回の事件は隣国が既に魔物を作る技術を持っていることを伝えたくて、わざと事件にしたかったらしいわよ」
もう片方にいたはずのエミリーは、選ばれなかったのが不満だったのかもしれない。
ふんと、鼻を鳴らしてからローラに説明をしていた。
「調査に乗り出したことは間違いないですが、変な誤解が……。もっと穏便なやり方もあったはずでしょうに……」
「動物の知恵だと、縄張り争いみたいなのが一番説得力あると思ったんだろ」
実際にこの世界では、戦争という概念は無いに等しいが、法律のように縛られた世界でもない。このように疑わしいことを起こせば、相手からアクションが出てくるのは当然といえば当然だった。
「それで、セレーナさんはこの状況を伝えたい、と?」
「……はい。今までに沢山やって、いなくなったのも、多くて……何百匹。その中に、助けてもらってた動物もいて、それで、もう怖くて……」
言っている間、俺のコートを掴んだ手は震えていた。
「みんな、壊れて……何も聞いてくれなくて、でも、でも。辛そうに悲鳴を上げてて……だから……助けたかった」
「えぇ、とても良く分かります。戦争が起こりそうなのも、仲間たちから?」
「うぅん。同じ、人……」
「そう……」
「ここなら……お姫様がいて、危ないって教えて、止めてくれるかもって」
言葉足らずだが、何とかやりたいことを伝えようとしている。人に慣れていないのもあるし、そもそも交流がなかったのもあるのかもしれない。
しかし動物たちを引き連れるにはリスクがある。
ただでさえこの街は盗難事件でピリピリしているのだ。そんな中で大群で連れて来たら、お縄になるのは間違いないだろう。今も動物たちは洞窟で待機中だ。
そして、動物の代表者として、そして小さな代弁者の彼女は今、動物が近くに居ない中で頑張っていた。ドランに言われて、というのもあるのだが。
……今も、怖がりつつ言おうとしているのも、彼女なりの勇気なのかもしれない。
「お姫様って言うと、パレちゃんのことですね」
うん、どこかの親戚かな。
「パレイア女王って言いなさい。二人には分かってないわ……」
「……あぁ」
ギルドではお世話になったというパレイア王国の女王か。
この国、ライン・ド・パレイアを管理している現二十三代交国パレイア女王。二十一歳という若さでありながら、この国を支えている人間である。
確か……若くして両親を亡くし、国の跡を継ぐことになった当初は不運な女性と言われていた。
王位継承時はわずか十九歳だ。「若すぎるのでは」との非難や不安も多々あったようで、そういったところも不運と呼ばれる理由の一つ。
国の運命を若造に任せるのだから、当然といえば当然で、不安視されていたことは間違いなかったようだ。
しかし、彼女はそんな非難や不安の声を賞賛に変えてみせた。
海路を利用した交易の国として名を馳せるようにしたのも彼女のおかげ。税を導入して国を安定させたのも彼女のおかげ。結構活躍をしたらしい。
優しく、美しい姫様ということも聞いているし、そこらへんも賞賛に影響しているのだろう。
まさに理想の王。この素晴らしい国を担う人材であることは間違いないようだ。
……しかしローラは部下のみならず、そんな素晴らしい上司でありそうな人相手でも、そんな愛称を付けるのか。失礼すぎる感が否めない。
パレイア女王、そうセレーナは口にして、キョトンとした顔でこちらを見てきたのであった。多分信頼できる人なのか、俺の口から聞いてみたいのだろう。
「聞いた話では、大層素晴らしいお方のようだぞ?」
「……すごいの?」
「そりゃあ、この国を再建して才色兼備。まさに理想の姫様ってやつだと思う」
「……信頼、してる?」
「それは……会った事ないからなぁ」
それにしても、俺に対しては比較的信頼を寄せているようだ。今も瞳に揺らぎはないし、安心をしているようにも見える。
これが主人公特性というやつなのか。それともこの中で一番庇ってもらえそうな人だと思っているのか。
ま、どちらにせよ悪い気はしない。
「とにかく、これからどうするの。ローラ?」
「この子は一旦匿おうかと思います。ゲーマーである以上、助けたいと思うのは当然ですし、何より隣国の機密情報を抱える貴重な人ですから」
「え……」
「……駄目、ですか。セレーナ?」
大体は予想通りであった。ローラがこんな子をほっておくはずがないだろうから。
しかし、匿うという言葉を聞いて、セレーナの身体は震え上がっていた。
ローラは怖くない。それはセレーナ自身分かっていても、何か深いトラウマと重ね合せてしまう部分があるのだろう。そして、それを恐怖としてしまっているのは、どのゲームでもよくある話だ。
彼女が震えている肩を安心させる想いで叩いて、念のために言っておく。
「大丈夫だよ。ここの人達は、安心できるから」
「……いや、みんなの場所が、いい」
拒むような目。当然と言えば当然かもしれない。
ローラを見る。同じように状況、そして彼女の心情を理解した上で、ローラは困った笑顔で俺を見つめ返すのであった。
「どうやら、少しだけ時間が必要のようね。どっちにしてもパレイア女王と面会するためには手続きが必要だし……。戦争絡みなら早く済むはずだけど……そうね。ちょっと街でも見てくればいいわ」
「この二人、指名手配されているんじゃないの?」
「ユーちゃんは既に手回しをしたので、大丈夫です。それにセレーナは顔を見られていないですから」
エミリーは俺たち指名していた親指をそのまま、自分を指した。
「じゃあ私は? 付いていけば良い?」
「エミーは治療に専念してください」
少し尖った口調で怒られている。ローラにとってはかなり心配した出来事であろう。
先ほども事務室に入った時には、椅子を転がしてでも彼女のもとに駆け寄っていたのだから。
エミリーはというと、安静にすること自体不満なのか、偉く不満顔だ。
「私はマグロと同じ体質なのよ。ジッとしてると、死にたくなるのは知ってるわよね?」
「その身体で言い訳は無用ですよ……」
ローラはそう言って彼女の意見を跳ね除け、またこちらへと向き直った。
「それと一つ聞きたいのですが、ノランという人は……」
「……」
今ここに、ノランの姿はない。ギルドにて要件を伝えると言ったとき、彼は海を眺めると言ってどこかへ去ってしまった。ギルドには関係ないことから、自ら遠慮したのかもしれない。
一応ギルドとしての報告、伝えるべき内容だとは思っているのだが……しばらくは会えない人だろうから。
「ま、今は用事があるようなので、その内会えると思います」
そう言っておくことにした。そして、となりではそうだとあまり考えもせずに、エミリーが乗ってくれる。
「あいつは今頃、女の子でもナンパしてるわ」
「しないだろ……」
ノランは攻め手じゃなくて受け身なのだから。
「分かりました。また会えた時には、同じゲーマーとして話し合いたいですね」
ローラは椅子から立ち上がり、両手を合わせた。今から行動しよう、そういう意図なのだろう。早速、彼女はまた椅子に座り直し、机の引き出しから書類を取り出していた。
「さーって。私は自分のベッドの上で寝てるわ」
「……なまけもの?」
「誰がなまけてるって!?」
セレーナは逃げるように、そしてエミリーがその後ろを追いかけるようにして、出て行ってしまった。二人の喧騒……というかエミリーの騒音が遠ざかっていく。
先ほどセレーナと二人で街の様子を見るとは言っていたのだが、本当に待っていてくれるだろうか。
もう街にいなくて、みんなの待つ洞窟、なんて話もありえそうである。
「……で?」
ローラは書類を取り出したものの、未だに出て行こうと足さえ動かさない俺を見ていた。
「まだ何か話したいことでもあるのですか?」
立ち去らないことを話し合いたいと判断し、俺に聞いてきた。
そして実際その通りである。俺はまだ、ここで話すべき内容が残っている。
「ローラ。これは俺が長年ゲームをやってきて、予想できる展開の話とお願いだ」
「……いいでしょう」
そう言うと、彼女は書類を机に置いて、首を傾げてきた。
「紅茶は、注文しますか?」
9/11 感想をもとに少し修正を加えました。碧空澄さんありがとうございます!




