13、退治から始まる不安
里の住人は右往左往とするばかりで、状況に対する冷静な対処が出来ていなかった。
入口付近にてヴォートルが出現したのだろうか、人の流れは田んぼに突っ込んだり、畑を踏み越えてでも、奥へ奥へと向かっていく。
つまり、それぐらい彼らには脅威となっているのであろう。
そしてそれに逆らうようにエミリーが掻き分け、進む。
俺たちはそんな彼女の背中を追う事で精いっぱいだった。
「エミリー!」
背中越しの彼女は止まる様子もない。場所を知っているかのように突き進んでいた。
「ヴォートルはどこだ!?」
隣で並走している長が喧騒に負けない声量でノランに聞いていた。
白髪も生えそろい、肌の張りもない年寄に見えるのに、よく体力が持っているものだ。しかも酒を飲んだ直後で。
ノランは長を見ることなく、指を使って場所の報告を行う。
「入り口近くの民家さ! そこに二頭のヴォートルが」
「ちくしょう! まさか、木の塀を壊して入ってくるとは思わなかった」
門番が歯ぎしりをして、侵入された経緯についてを愚痴る。
背中の矢筒に手を掛け、いつでも弓矢を発射できるように構えていた。
「まさか、先週と同じ事件だとは……」
「え? 同じ……」
「長、やっぱり前の少女が俺たちの里を!」
「……」
「確かに俺は見たんだよ! 前と同じ、マントを付けた少女をさ!」
「ジルディア! そう言う話は後にしないか!」
名前を呼ばれ、押し黙る門番。俺たちも長の一喝によって前を見ることに集中することになった。
人はみな既に避難を済ませているのか、ある一群を抜けると数は一気に少なくなり、エミリーの姿もよく見える。
そして視界が開けたと同時に、ある景色が目に入ってきたのだった。
「何としても里のみんなを守るんだよ!」
自警団であろう人物が五人、それぞれ武器を片手に戦っていた。
防具としては物足りない革の鎧を身に纏い、既にところどころ破れている部分も存在する。遠くから見ても分かるような血の汚れが生々しさを生み出していて。
そして、その原因となっている一匹のヴォートル。五人に取り囲まれ、中心でクルクル回っているそいつは昼間に倒したやつとは別種。
馬のような体格に、黒い靄によって全身を包み、更に生み出された多量の靄で角が生えた、まさに神話生物のユニコーンのような種族であった。
これが神話生物だと言うのなら、きっと悪魔側の味方なのだろう。
「あの靄……。やられて、消えたときに見えた……」
「えぇ、そうね」
立ち止まって状況を見るエミリーの隣へたどり着くと、同じことを考えていたようだった。
彼女は手を突き出して銃を作り出すと、流れるように弾のチェックを行っている。
「お前さん、退治に協力してくれるのか!?」
「はい。ヴォートルは住むべき地獄へと逝かせてやれ、そう王国から指令を受けているので」
「そんな言い方……なるほど、恐慌政治というわけか」
「変な誤解されてるんだが……」
とにかくだ。エミリーもすぐに参戦しないと被害は更に大きくなりそうだ。
既に周りでは地に伏す自警団もいる。相手が二匹いるというなら、これ以上の被害を想定していいだろう。
一刻も早い行動を望むしかないのだ。
『キシャアァ!!』
その時、敵に動きがあった。
鼻息荒く、蹄で地面を掘るように勢い付けると一人に向かって突進をかましたのだ。
「ここで止めるんだよぉ!」
自分を鼓舞し、鉄で作られたスピアをヴォートルに向けて真っ向勝負を挑む。
そんなのを、全く気にしない様子の敵はスピアの尖った先端にも直進していく。イノシシのように進んでいく。
そして、先端で貫いたと思われたスピアは砕かれたのだった。
「……何でだよ!?」
その叫びも途中で悲鳴に変わる。
相手の鳩尾を狙った頭突きで吹き飛ばされた味方は五メートルぐらい吹き飛ばされたのだった。黒い靄の角が深々とお腹に刺さったのを見ると、急いで救護に向かうべきかもしれない。
茫然としていた自警団もそれに気付いて一斉に敵の排除を開始する。
一人の人間は正法によって威力を込めた弓矢、一人の天人は正法によって鋭利にしたブーメランを形づくり投げつけて、と各自工夫して戦っている。
しかし、全て無駄。
届く前に全ての武器は粉々に砕かれ、まるで砂で出来ていたものであったかのように霧散してしまうのだった。
「通常の武器ではああなるのさ。ヴォートルはま。何かよく分からないコーティングがほどこされている」
ノランが昼間の言葉は本当だろ、と苦々しげに呟いている。
確かにあれでは歯が立たない。圧倒的ではなく、ただ理不尽な状況を理解するだけであった。
「そいつは私が倒すわ! みんな、離れなさい!」
「おい!」
今回は味方もいるのだ。そんなこと言わずに仲間と一緒に行動すればいいだけなのに。
しかしエミリーは俺の言葉に目で訴えかける。邪魔をするな、そう言いたげだ。
「私は子守りが苦手なの。あいつを相手にしながら、他のを看る余裕はないわ」
「勝算は?」
「むしろ負けるビジョンがないわね」
相変わらずの強気のもと、真剣な面持ちになっている彼女は敵の方へと向かっていく。
自警団は互いに顔を見合わせ、そいつを信用すべきか決めかねていた。
「その子は王国の使い手なのだ。ワシらでは邪魔をするぞ!」
「ですが……」
「それよりも、ワシらにはやることがあろう?」
長が状況の停滞を予想し、そんな説得を試みてくれた。優しくも、冷静に状況を見ている言葉かけ。
そして信頼できる相手からの助言により、みんなも各自仲間の救援へと向かっていく。
この人が長という佇まいではなくとも、風格として立派に果たしているのがよく分かる一面である。
「ヒュー。こりゃあ見習わないといけない」
「……口笛吹いている余裕あるなら、お前も戦闘に加われるだろ?」
「俺は戦えないのさ。それにその言葉、お前にもぴったりだけどな?」
門番も救援のためにいない。本当に何もしてないのは俺たち二人だけ。
「まぁ、見守るのも立派な仕事なのさ」
そこから彼の方を気にしていない。
歩いていたエミリーが立ち止まり、西洋劇のワンシーンのような緊迫した雰囲気が流れ出したからだ。
相手の方も彼女の雰囲気を察してその場で足踏みをする。
彼女も銃を片手に構え、照準を相手に合わせたまま動かないのであった。
何かを見計らっているのか、それとも雰囲気があるから固まっているのか。
分かる事としては、動き出すとしたら魔物の方だろうということか。
もう一度周りを確認する。
入口よりちょっと里の中へ入ったこの場所では家も存在している。
そして大部分を占める畑。見たことのない黒色の果実や青い野菜がそこにはあった。
そういった条件を見るに、昼間の一面草原のような広範囲に動き回るといったことは出来ない。ましてや自警団の存在もある。
彼女にとって、それは吉なのか凶なのか。
『シャアァ!』
ワシのようなかん高い奇声を上げ、前足を大きく上げる。
そして先ほどの攻撃と同じ方法、突進で彼女へ向かう。
ワンパターンな攻撃しか出来ない相手なのは、前回と変わらないようだ。
「来なさい」
カウンターの姿勢として、若干腰を落とし構える。口でゆっくりと息を吐き、己の時間を作りだす。
そして眼前に迫るその瞬間、彼女は横っ飛びでかわした。
まるで闘牛を相手にしたかわし方。横っ飛びをした彼女はそのまま身体を反対に向かせ、躊躇うことなく二発の弾丸を撃ち込む。
弾は二発とも敵の胴体に命中した。相変わらず迷いのない正確な射撃。
しかし、火花を散らすように黒い靄が飛び散ったと思えば、弾がはじかれてしまった。
「……厄介だわ」
地面に転がる弾を見つめ、彼女は一筋縄でいかないことを告げていた。
相手は弾が当たったことに腹が立ったようだ。
今度は角を彼女の方へ向ける。
また突進か。そう思っていた俺は、エミリーが敵に向かって走り出したことに驚かされた。
次の瞬間、彼女のいた場所に黒く、歪んだ角が地面に突き刺さる。
「あいつ……なるほど、あれは伸縮可能なのか。あれはオスだな」
ツッコまないけど、隣では冷静な解説が行われていた。
ターン制もないエミリーは止まらない。そのまま曲線を描くように走り、そして撃つ。
弾は目元辺りに命中、しかしまたも壁によって防がれる。
向かってくる彼女に対して、ヴォートルは踏みつぶさんと前足を大きく上げた。
だが振り下ろす直前、彼女はスライディングで股の下を潜り抜け、そのまま交差するように敵を翻弄。
アクションゲームでやるめくりという行動だ。
ジャンプではないが、相手の背後に回り込んで振り向くラグを上手く利用しようとしている。自然にやっていただけかもしれないが。
ヴォートルが身体を変えようと動いたその背中を、彼女は身体を捻ってでも攻撃しようとした。
『シュウゥ……』
やはり攻撃が当たらない。
ヴォートルはすぐさま角を突き出して攻撃を再開させる。
「約、五センチ……」
スライディングから足で踏ん張りを利かせ、起き上がっていた彼女はそう呟いた。
そしてそのままの反動を利用して、片手を使ったバク転、そうしてまたも相手の攻撃をかわしていく。
アクロバティックな避け方に、ノランも驚きを隠せないようだ。
「……あの子、体操でもやっていたのか?」
「いや、多分あれは力のおかげでもあるんだろうな」
「力……?」
「ま、あんな芸当は俺たちには出来ないだろうな」
「……だとしてもさ。今の状況は悪い」
ノランの言うとおり、状況としてはよろしくない。
攻撃が当たらないヴォートル。対して当たっても通用しない彼女。分があるとしたら前者だ。
周りのことを考えてなるべく直線状に戦っている。しかしこれでは相手の攻撃に対応できなくなる可能性が高まる一方。
直感で逃げ続けても、体力が無くなれば身体が追い付かなくなることだってある。
そうなれば敵側の勝利。
「どうする、エミリー……」
協力したくても足手まといになってしまうことは分かっている。
エミリーがどうするか、それによって判断しないといけない。
こんな状況でも、俺は何も出来ていなかった。それでも平気だと言えば嘘になる。
「……」
リアルの世界でも戦闘は見ているだけ。毎日ゲームをし、それらの物語をずっと見ているだけだった。
そして、こんな異世界に来ても、仲間がピンチになっていたとしても、俺は祈る事しか出来ていない。
……それは、この世界でも変われていないということではないか。
「おい! 何を!」
「え?」
叫ばれて意識を呼び起こされる。
見れば、彼女は近接で戦っていた。角を剣のように伸ばして振り回し、戦う敵を足を使って翻弄し、かわし続ける彼女。銃を使う様子は全くない。
一歩二歩と後ろに下がりつつも、距離を開こうという意図もない。
相手とのダンスを続ける彼女に、俺は意図を汲み取ることが出来ずにいた。
「何で……」
もしかしたら周りのために場所を変えようとしているのか。
そうだとしても、自警団以外に人はいない。
それに自警団たちの避難も済んで、何をしたいのか、よく分からないまま。
「民家……なるほど、背水の陣ってやつなのか」
ジリジリ下がり続けた彼女は、遂に背中と壁際を合わせることになってしまう。
「何やってるんだ!?」
ヴォートルもこれ以上後ろに下がれないのを機と見た。
すぐさま攻勢に出ようと、剣であった角を突きつけるようにした。
「やばい!」
ロランもそう叫ぶ。だが、エミリーが見せた表情は笑顔であった。
「つのでつく、どこかのゲームであったわね。そんな技」
しゃがみ込むようにして、彼女は寸でのところでかわす。
髪の毛を掻き分け、突き刺した角は民家の壁を抉り、穴を開けたのだった。
それによって抜けずにお辞儀の体勢のまま固まってしまう、ヴォートル。
短くすればいい、その考えは目の前の相手を目にして考えられないことであったようだ。
「まさか、このために……」
数秒生まれた硬直時間を、彼女は見逃すはずがない。
横に抜け、頭を撫でることが出来る近距離から、彼女は相手の眉間に向けて発砲を行った。
しかし弾は一発と、前回と変わらない。
予想通り、靄のようなものが弾き飛び、それと共に弾を弾き返すのであった。
「駄目さ。それはもうやっている」
「いや……」
俺にはようやく彼女がしようとしていることが理解出来たような気がした。
靄は確かに弾いた、しかしその衝撃に耐えきれずに弾き飛ばされてしまった場所には、
「防具も、穴があれば欠陥品よ」
彼女は更に銃弾を放つ、場所は先ほどの位置を狙ったもの。そのままでは守りきれない個所となっている。
黒い靄は心なし慌てたように穴埋めをしたような気がした。
やられないようにと、必死に防御壁を作ろうとする。
しかし急ごしらえの薄い装甲は守りきれない。
それを埋める。そんな負の連鎖は更なる穴を生み出した。
何とか弾いたように見え、次を守るべき穴は手のひらサイズになってしまい。
逃げたくとも動けない敵は喚くことしか出来ない。
「これで最後」
彼女は靄の中に出来た穴に銃口を突っ込ませる。
そして迷いなく、トリガーを引いた。
「バーン」
外すことのない一発。一撃で脳髄を貫いたそれは決着を付けるには十分すぎた。
足から崩れるように崩れ、そして今まで見た通り、靄となって消える。
それを見届けて、彼女は大きく肩で息を吐くのだった。
「エミリー!」
急いで駆け寄り、怪我がないかを確かめる。
流石というべきか、彼女はどこも怪我をしておらず、汗だけ掻くに済ませているのだった。
「全く……とんだ女の子がいたもんだ」
頭を掻きながら、悩ましげにそう呟くロラン。
「あんた、エミリーだっけ? その動きといい、どうなってるのさ」
「別に。あんたもゲーマーの端くれなら自分のやってきたことを応用してるでしょ?」
「いやそうかもしれないけどさ……」
簡単に言ってのけるが、FPSをやっていたものとしては視野の狭さをどうカバーするかといった問題があった。相手に背後を取られてはほぼ勝てないだろう状況もある。
そんな中で彼女は百選やってやられた数が両手で足りる程。よほどの状況判断を行えなければそんなこと出来ない。
「こんなのは慣れよ、慣れ。サッとかわして、ガッと構えてバーンと撃つ……それで終わりよ」
「エミリーが言うと説得力があるな……」
語彙力はないけど。
「そしてあんた、ちょっと離れさい」
「は、何でだ?」
「そりゃああんた、汗掻いていんだから……」
腕を組み、少し拒むように身体を小さくしている。
まるで何かを出さないように工夫しているように見えた。
ここまでやってもらっておいたのだ。誰もそんな拒むようなことはしない。
「汗って……別に気にすることないだろ?」
「うるさい。私は気にするのよ……」
「汗を気にする……なるほど、汗フェチか」
「どうしてあんたは曲解した事しか言えないの?」
彼女は呆れたようにため息を吐いていた。
「皆さん、何と感謝をすればいいか……」
気づけば隣に長がいた。そして門番もいる。
皆が無事であること、そして避難は大方完了したことを彼らは丁寧に説明してくれるのであった。そして何度もそのことについて頭を下げてくる。
「続けてで申し訳ないのだが、ヴォートルはもう一匹いるんだ。そいつもお願いしたい」
「言われなくてもそのつもりよ」
「終わった時には、この里自慢の風呂に浸かってもらおう」
「いや、別に私は」
「ぜひぜひ」
「……まぁ、その話は終わってからでも」
会話を聞かれたことで変な口約束が出来ていた。別に彼女にはそれだけの褒美をもらってもいいだろうに。
その時、自警団の一人がこちらにやってきた。
何故だろう。ああいう表情はよくないフラグを立てているようにしか見えない。
「報告します! 一人避難の遅れている者がいました」
その通りであったことに、更に展開としてはまずい気がしていた。
「なに、誰じゃ!?」
「ディーダです!」
「あやつ……確か入り口近くに家が……」
嫌な予感というのは外れないものか。
エミリーはすぐに向かおうと歩き出していた。
「あいつ、確か娘さんがいただろ。そっちもなのか!?」
「え?」
「エミリー?」
彼女の顔には驚きの顔になっていた。歩き出していた足も止まっている。
「そちらも、確認が取れていません」
「馬鹿もん! 早くそれを確認せんか!」
「す、すいませんでした!」
急いで確認に向かっていってしまう。
落ち着いたのも束の間。既に違った緊張感が漂うのであった。
エミリーは押し殺した声で聞きなおす。
「本当に、いないの?」
「……分からん。だが、嘘をつく理由もなかろう」
「…………」
黙ったまま、入り口へ駆け足で向かっていくのだった。
その表情を見て、思わず声を掛けてしまう。
「おい、エミリー」
「……早く行かないといけない。必ず助けるわ」
「エミリー……?」
何故だろう。今までは彼女に対して何も不安という要素を感じさせなかった。
なのに、今は彼女が危険だと感じてしまう。
急いている、といえばいいのだろうか。
「どうしたんだよ? 慌てたらダメなのはゲームでよく分かってるだろ?」
FPSに置いて重要な状況把握と行動での冷静さ。それらを忘れているような気がしたのだ。いや、それ以前の問題だ。
そう、それ以前に――――
「……うるさい。同じ失敗なんて、しないわ」
――――彼女の瞳は、今を見ていなかった。




