12、経緯から始まる事件
「いやはや、魔物を討伐してくださったということで、非常に助かりましたわい!」
魔物を掃討した俺たちは門番からの誘導のもと、人里奥に置かれていた長の家に赴くことになった。
そして散布している木と泥で出来た家々、そして長も例に漏れることなくその中の小さな一軒家にあった。
その中に導かれた俺たちは早速そんな歓迎の言葉を受けて。
驚き、何も出来ていない俺たちに対して彼は手招きで呼び寄せてきたのだった。
「私はこの人里をまとめる長でな。みなをまとめておる」
そう言いながら彼は片手に注いである酒瓶を口に含んでいた。まだ昼だと言うのに彼は顔を少し赤くさせていた。
頭の切れると言われる天人でも、こんな酒飲みがいるのかと驚かせてくれる。
地べたに座り、あぐらを掻いているその姿だけではとても長に見えないというのが正直な感想である。
一応ギルドの代表者として、エミリーが一歩前に出て挨拶をかわす。
「私はエミリーです。向こうからユウマにノラン」
名前を呼ばれた順に軽く会釈をしておく。長は一人一人の名前を呪文のように何度も繰り返したかと思うと、俺たちに握手をしてきた。
その後、立ち続けるのは相手にも失礼だという事で、鞄を脇に置いてから座らせてもらうことにする。
「さぁさ。あまり食材はないですが、労いへの感謝の気持ちを込めて、せめてものお礼でして」
「あの……私たちは別にお礼をしてもらいたくてやった訳ではありません」
エミリーが申し訳なさそうにしながらも、別に人里のためにやったのではないと言い張る。本当ならその言葉を素直に受け取りたいだろうが、ギルドとしては義務としてやっていたこともあり、あまり受け取る訳にはいかないのだろう。
残念そうに長は手を引くと、代わりに隣に置いていた酒瓶に手を出していた。
「良く飲むな……まさかあの人、アルコール中毒者なのか?」
「ただの酒好きでしょ。私の近くにも似たような奴はいたわ」
「いたんだな……」
三人で耳打ちをしていると、長からまたも呼び出される。
「それで? ジルディア……あ、ここの門番から話は聞いているのだが、お前たちは何か話があって来たということで?」
「ああ。実は、ギルドの依頼の調査のために、この場所まで訪れた」
「……待ちなさい」
続きを話していこうとする俺の肩を掴まれ、エミリーに制止を掛けられた。
何故止める。そう言いたくなる俺に対し、彼女はノランの方へ顎をしゃくった。
「喋り過ぎ。あいつがいるのだから」
「あ、悪い」
喋ろうとすればすぐに状況を忘れてしまう。これはいかん。
エミリーはノランの方へ向き、指で外へ出て行くようにジェスチャーで示す。
「悪いわね。これから先の話はギルドの話、出て行って」
お願いするというよりも、命令に近い発言。
それでも彼は嫌な顔をせず、肩を竦めるだけだった。
「なるほど……私を差し置いて宴会をしたいと」
「……あんたの頭の思考はどうなってるのよ」
「冗談さ。例えば私が同じように長と話したいときは他の人はいて欲しくないからな」
別に例え話を交えなくてもいいのだが、彼はそう悟ったように頷くと、この人里で暫く一人で行動していくと言い残して扉の向こうへ消えたのだった。
「いいのか? ノランとやらも同じ仲間ではないのか?」
「あの人はたまたま道中で一緒になった者です。深い親交も、仲間でもありません」
「そうかい。ならいいさ」
そう言って彼はまた一口、酒を入れなおす。
この人は酒の味を口の中に残していないとダメなのか。そんなことを呆れつつ考えていると、エミリーが今まで聞くことが出来なかった本題を口にする。
「率直に内容に入ります。実は私たちは王国直属ギルド、『アウトライン』の者です」
「あー……あの、ドラゴン掃討作戦にて、第一戦果を挙げたといったギルドだったかな?」
「はい」
「なるほど、それは実に頼もしいギルドがわざわざ来てくださったものだ」
「信頼の形となれたようで、何よりです」
仕事の内容に入った時のエミリーがいつもと違って少し驚く。
いつも伸びている背筋を更に意識するように伸ばしており、相手の目を見てしっかりと喋る。ジェスチャーも交えながら相手の言葉にも対応しているその姿は、出来るサラリーマンのような風貌を見せていた。
いつの間に丁寧な口調で喋っているし、本当に日常を見ていると違和感がありありだ。
「それで、話というのは?」
「実はパレイア国内にて連続した盗難事件が多発しています」
「盗難事件とな……」
「はい。一週間前から事件として解決しようと動き回っているのですが、どうしても足取りが掴めません」
長は納得したように頷くと、その勢いを利用して酒瓶を一気に飲み干す。
そして飲み干した酒瓶の底を通して、エミリーを見つめる。
「……しかし、それとこの里と何か関係があるのかな?」
「ある情報によれば、ここに来れば詳しい情報を手に入れることが出来る。そう聞きました」
「……ふむ。どこの情報か知らないが、しかし残念ながらそれだけではこの里に関係ないと言い切るしか出来ないの。何か特徴はないのか?」
「特徴としては動物を用いている、ということ」
「動物……?」
その時、長の目が少し険しくなったのを、俺は見逃さなかった。
そしてそれはエミリーも同様。
気付いた上で更に詳細を話し始める。
「動物を使った盗難事件。盗む者は食料や医療品といった生活品をメインとしており、犯人は孤児か何かだと考えています」
「動物を使うといったが、具体的にどんな動物が関わっているのか分かるのかい?」
「今までの目撃情報としては犬や猫、鳥といった生活で良く見る動物が近くの店にある商品を勝手に持ち出すといった犯行。特に野良犬などが多いようです」
「ふむ……」
長はそれを聞いた上で、背中に手を回す。何かを探り、それを取り出す。
それは新たな酒瓶一つ。蓋を開けて、それを自分の手元に置いていた。
しかし手を付けず、視線はこちらを捉えたまま。困ったように唇を噛み締めているのが、彼の困惑を示しているのだと理解出来た。
「その……情報があると言っていたね。提供した人はもしかしたらこの里の者かもしれないな」
俺たちはその言葉を聞いて目を見合わせてしまう。
「いえ、ある情報屋から聞いたのです。相手の機密もあるので、細かい話は出来ません」
「ならその情報屋は優秀ということだ。素晴らしい人だのう」
やはり、スパイの言っていたことは正しかったということか。あれだけはぐらかしていたし、もしかしたら違っている可能性も考えていたのだが。
となると、彼は犯人に関する内容を知っているのかもしれない。それとも実は人里で似たような内容を知っているのか。それとも動物に関することかもしれない。
情報屋の人柄を知らない長はそうやって情報屋を褒めつつ、酒をまた飲み始める。
「それで、私たちは知っていることを教えて欲しいのです」
「……それは構わない」
良かった。エミリーが予想していたたらい回しシステムは採用されていないようだ。
しかし、長は場の緩みを締めなおすかのように、前口上を述べていた。
「一つだけお願いしたいことがある」
「何ですか?」
「この事は、里のみんなには秘密にしておいて欲しい、ということですわい」
その言葉を聞いて俺たちは同じように首を傾げていた。
一体どうして、そんなことを心配するのか、その意図を理解出来なかったからだ。
「何か、理由でもあるんですか?」
「村を守るものとして、不穏な話を流したくないのだ」
「不穏な話?」
「……本題に入った方が良いかもしれん」
長は話し始める前に、座りなおし、姿勢を正すのだった。
「つい二週間前の出来事でな、この里に一人の訪問者がおったのさ」
一人の訪問者、そう言われて物語の展開が大体読めてしまった。
「もしかして、」
「ユーマ」
その叱咤で全てを理解して、俺は開いていた口をもう一度紡ぐ。
長は一瞬俺の反応を見ていたのだが、エミリーから「すいません、続きを」とお願いされてもう一度話し始めた。
「その子は女の子じゃった。しかも年端もいかない若い子でな。見たこともない衣服を身に纏い、ボロボロになりながら門の前で倒れておった」
思い返すように長は天井を仰ぐ。
「よほどお腹が空いておったようでの。手足は簡単に折れてしまいそうな細さ、顔は少しやつれておった。とにかくそれを見た私は家で様子を見ることになったのだよ。まぁおよそ半日で目を覚ましたのだがな。しかし、目を覚ました時の少女の驚き方は……本当に驚かされたわい」
「まさか、見知らぬ場所に悲鳴でも上げましたか?」
エミリーが冗談交じりに苦笑するが、それに対して長は一切笑うことがなかった。
「似たような事だから困るのう」
「もしかして、本当に悲鳴を?」
長は質問に対してかぶりを振る。
「悲鳴は上げんかったが、縮こまって震えていたのだよ。ベッドの隅で丸くなってな、まるで私を恐れているようだったさ」
「それは、やはり見知らぬ老人を見たということではなかったのでは?」
「そうではない。あの目はもっと根底にあるモノ……そう、私でなくても誰であってもそうだったろうな」
「……で、その後はどうしたのですか?」
「一応私の家で預かる事になったの。出身のこと、一人になった理由、親の存在さえ何も答えてくれなかったからの。身寄りのない子として判断する他なくてな」
親がおらず、居場所もない。この時点で
「……何も答えなかったんですか? ずっと一緒にいてたのに」
「出会ってからというもの、彼女はずっと無口な子でな。……いや、心を閉ざしていたと言っても良さそうだのう。そして、それは里の人たち全員にも同じような対応だった」
「子供たちと一緒にいてもなのか?」
「交流を持とうとしなかったのだよ。皆が積極的に話し掛けに行っても、結局は一人になろうとしている。やがて里の人達は愛想を尽かしてしまってな」
「見た限り、長であるあなたはそう見えません」
エミリーの質問は確信めいた言い方であった。
長は先ほどから話している間、愛想を尽かし、どうでもいいと言う他人行基な言い方や表情ではなかった。
彼から感じ取れるのは悲壮。
分かってあげたいという想い、そして里全体がそうなってしまったという現状に対して、悲しさを滲ませているのだった。
そして言い当てられた長は、先ほどと違って静かに酒を飲む。
「そうだな。私はあの子の優しさを知っておるからの」
「優しさ?」
「私も困り果て、パレイアの方に送り届けた方がこの子のためかと考えていた頃でな」
パレイアの方に送り届ける。それは里では対応出来なかった、ということなのだろうか。
それとももっと悪い意味で捉えられるのだろうか。
流石に長の深く沈んだ瞳から読み取ることは出来なかった。
「その日の朝、彼女が動物と一緒に話し掛けている姿を目撃しての。こっそり扉から覗いた時じゃった」
「動物……ここでそれが登場しますか」
「彼女は会話をしていた。周りの鳥、犬、猫の身近な動物。いや、全ての動物を愛しみ、そして友達になっていた。今まで見せたことない笑顔を見せての。その時になって、あの少女も人並みに笑うことが出来るのだと思ったのだ」
彼女だって笑う事が出来るのだよ。
そう繰り返す長は本当にその姿が印象的だったのだと思わされた。
「……失礼かもしれませんが、それなら里全体にその事を伝えれば、みんなも彼女を見る目も変えられたと思います」
「それは私だって考えましたさ。いや、やったと言うべきかもしれない」
「何か上手く行かなかった。そう言いたげだな」
「言った事は良かった。だがその後に良くないことが起きてしまってな」
「少女が暴れたとか?」
勝手に話して、そんな事をしないで欲しい。幼い女の子にありがちな勝手な事をするなという意思表示。それを行ってしまって、動物たちも感化されてしまった。
物語の展開としてあってもおかしくない。
そう思って聞いてみたのだが、長は強く否定をする。
「あの子は何もしておらん! ……だが状況が彼女を犯人に仕立て上げてしまってな」
「状況が、彼女を犯人に仕立て上げた?」
どういう意味か。それを聞くことで更に事の真相を知れる。
アニマル盗難事件について全く真相が無かったのに、ここに来て一気に近づいたような気がする。そしてそれは、俺が思った以上に複雑な事情となっている。
これがこの世界、相手に失礼な表現かもしれないが、今の自分はこう思っていた。
面白くなってきた、と。
「長。それはどういう意味ですか?」
「暫くしたとき、彼女はな。ヴォートルとも一緒におったのじゃ」
「ヴォートル……」
少女、彼女は間違いなくゲーマーであることには間違いないだろう。
そして、一体彼女が何の補正なのか。それも大体わかった。
俺がここに来て最初に出会った犬。きっとあれも彼女のために動いていたに違いない。動物と仲良くできるのはそうだろうが、魔物とやらにもそれは通用するのか。
そして何より目的だ。それが分からない。
「すいません。彼女の名前、そして何があったのかを……」
そこでエミリーの口が止まる。
扉の方を向いて、驚きを隠せないような表情で、目を見開いたのだった。
そしてすぐにその理由がわかることとなる。
「大変だ。長!」
いきなり登場してきたのは、先ほど俺たちをここまで導いてくれた門番であった。後ろにはノランも一緒だ。
扉を開け放ち、喚き散らすように叫ぶその姿は急を要しているようで。走ってきた様子が目で見て感じ取れていた。
事態の深刻さを即座に把握した長は酒瓶を地面に置く。
「どうした?」
「ヴォートルが――――また里を襲ってきた!」
エミリーは、既に外へ飛び出していた。




