10、不安から始まる予感
「はぁ……」
ため息しか出てこない。
ぐったりと机に突っ伏して、情けない姿になってようが関係なかった。
ここに来てようやく一日が終了。今日は大きく三つのイベントが起きた。
ワンコイベント、ギルドイベント、ミッションイベント。
どれもゲーム展開としては地味すぎる。もっとドカーンと宿屋爆発とかないモノか。いや、そんな冒頭からあっても困るんだけど。
物語というのはこれから始まるぜ、的な流れは今日一日で生み出せたのかもしれない。
「はぁあ……」
もう一度ため息を吐く。
今はあの情報屋からギルドまで戻り、二階にある一室に入ってくつろがせてもらっていた。
奥にあった事務室から一つの部屋を挟むようにしてあったこの一室。今は俺とエミリーの共同の寝室となったのだが、元はエミリーの寝室として用いられていた部屋だ。
帰ってからようやく、俺はこのギルドに正式加入することが決定した。
で、次に挙がったのが寝床はどうするかという話になるわけで。
事務室のソファで寝る話も挙がっていたのだが、「体調面を整えるのも、経営を成功させる要因の一つなの」とギルド長が却下。
そのままローラは、エミリーが使っていた一室にもう一つのベッドを設けてそこで寝てもらおうと提案。本棚を沢山部屋に入れ込んでいるローラと違って、エミリーの部屋はシンプルだからと説明していた。
当然、エミリーは猛反対であったが、権力を全面に押し出したローラに言い包められ、結果ベッドを入り口の壁際に設けることで妥協することに。
そんな感じで今、こうやって部屋の真ん中に置かれた机でゆっくり出来ている。
「はぁあーあ……!」
何が何だか分からないまま、激動の日々が終わった後に残ったのは形容し難い疲労感だった。気だるさが全身を襲い、ゲームの主人公ってこれでも次の日には元気な姿になるんだよな、とか変なことさえ考えていた。
もう何も起こす気がしない。仕事も終わったし、起こす理由もないけど、今までにない気持ちではあった。
「ため息ばっかり……。壊れたクーラーじゃないんだから。空気悪くされると、こっちまで気が滅入るわ」
「ゲームしてぇ……」
「この世界でそんなのあるわけないじゃない」
分かっていますよ。この部屋もそうだけど、どこの家にもテレビのようなものは存在していなかったし。そもそも電化製品といった先端技術的な物がないんだもん。
ゲームの日々から一転どころか二転三転した日々。環境の変化でこれほど困るとは思ってもいなかった。娯楽がないのは本当に辛い。
「ゲームをしたいのなら、帰ってから思いっきりすることね」
エミリーは俺との会話をしながらも、カーペットの上で座って明日のための準備を進めている。そして同じカーペット上に散らばっている地図や衣類。
彼女はそれらを手際よく、リュックサックの形をした鞄に詰め込んでいた。まだそこまではいい。問題はその大きさ。
「あのさ……明日の準備にそんな大きい鞄が必要か?」
登山でもしたいのかと思わせる鞄の大きさであった。
「準備に越した事はないの。何があるか分からないんだから」
「その何かを回避する術をお前は持ってたんじゃないのかよ」
「時には魔物を撃退する必要があるし、その時に怪我をする場合があるわ」
「魔物もいるんだな……」
「この世界では正法で身体を包んだり、暴れたりする奴らをそう呼んでいるのよ。因みに正式名所はヴォートルよ」
「やっぱ動物の亜種としていたのか……」
動物がいるし、ほのぼのとした世界で完結というわけにはいかないようだ。
そしてそうなると、外で怪我するのも想定出来る。
「そう、だから準備はあるわけよ」
「…………じゃあ今入れたクッキーもそのヴォートルのためか?」
「うぐッ」
珍しい声を上げたかと思えば、彼女は詰め込もうとしていた手を止めてこちらを睨んだ。
「いいのよ。さっきのは……おやつだから」
「餌付けか?」
「違うわよ!」
「じゃあピクニックかな?」
「……あんたみたいにお腹空かしている人がいたら困るでしょ」
「素直に好きだから持っていくって言えばいいだろ?」
「…………もう、うるさいわね」
何故か顔を赤らめる彼女。いつも強気なのに、弱点を見せてしまったかのような狼狽え方。もしかしたら、彼女は自身の事について探られることを嫌っているのかもしれない。
別に、クッキーぐらい好きだって言っても何もおかしいとは思わない。
むしろゲームの中のツンデレキャラ特有、デレポイントとしてカウントされるのに。
「それより。そのトランプの意味について分かったの?」
「話を逸らしに来たな」
「違う。私の詮索より、そっちの方が重要だからよ!」
確かに彼女の言う通りで、ここで重箱の隅をつついても仕方ない。
中身の正体を知ったその時は、きっと自分が大怪我しているだろうから。
ポケットから彼女の言っているトランプを取り出して、それを指先で回す。
「これのことか……」
「何か分かったの?」
「さっぱりだ。全然意味が分からない」
やはり絵柄のことでヒントがあるとは思って見てみるが、剣と手と花しか描かれていない。
華やかさでも象徴しているのかと考えたけど、全く関係がないだろうし。
本当にスパイとやらはヒントとして与えたのだろうか。
「ま、これから分かることだ」
「……ったく、勝負にも負けるし、情報は満足のいくものじゃなくなったわ。散々よ、今日は」
「別にお前が負けたわけじゃないだろ?」
「だからよ。私がやってたら勝っていたわ」
根拠のない自信、まさかあれだけ俺に尋ねておいて当てられる自信があったというのだろうか。
「勝てるって、マークでさえ勘で当てようとしてた人がよく言えたもんだ……」
「ふん……何ならいま勝負する? その減らず口に真っ赤なマークを付けてあげるわよ」
にこやかに脅しつつ、彼女は迷いなくこちらに銃を向けた。
相変わらず喧嘩っ早い。こういう変な挑発をするところが子供っぽいというか何というか。
口で言わず、心の中で毒づくべきだったかと後悔しつつ、とりあえず平謝りで衝突が起きるのを割けておく。
「あと一応言うけどね……あんたは私よりも後にギルドに入ったのよ」
「だから何だ?」
「言うなら後輩よ。年は確かに私の方が下だけど、私に敬語を使うべきだわ」
「そんな堅苦しい関係じゃないだろ? お前だってローラって呼び捨てにしてるからな」
「私とあいつは同期で入ったから対等なの!」
「へぇ……同期なのか」
意外ではあった。エミリーはローラの手足として働いている感じだったし、序列的には下だと思っていた。因みにそのことは口にしない。
どうせ金と食う物に困って加入することにした者だと、俺の境遇と同じだと考えていた。
「私が資金、実績を集め、ローラは情報、信頼を集めた。二人でギルドを切り盛りしていたのよ」
「ずっと二人だったのか。他にゲーマーを集めることはしなかったのか?」
「私もそれは考えていたわ。もっと規模を大きくしないとギルドとして成り立っていかないって、事あるごとに口にしてたし」
「ふーん。その言い方だと、ローラの方で何かあったんだな」
苦い過去を思い出しているのか、ローラは目をスッと細めて遠くを見つめていた。
何か厄介事でもあったのだろうか。
「失格なのよ」
「何が?」
「いっぱいギルドへ来るように勧誘したわ。でもローラが最終決定権を使って全員失格にしていたのよ」
全員失格という言葉に忌々しさを込めているのは、彼女として何人かは招き入れたかった人物がいた。そういうことなのかもしれない。
しかし、そうなって思うのは、俺が受かったこと。
自らも不思議だと思うことに、とりあえず仮説を立ててみる。
「合格基準とかあったのか……?」
「詳しくは教えてくれなかったけど、そうだと思うわ」
「やっぱ補正の力か……? 良いと思えたか思えないかで」
「……従順な犬しか引き取れないって。補正の力は当てになれないわね」
「おう、それは俺を貶してるだろ」
でも確かに、今まで勧誘をしていたということなら俺なんかよりも有能な奴が多くても不思議ではない。少なくとも補正という力が存在するのだから、彼女たちの手助けになるはず。
それでも俺みたいな不確定要素の多い人物だけをギルドに入れたということは、やはりローラが補正の力による基準で決めているとしか思えなかった。
「とにかく、従順な犬は敬語を使えってことよ」
「いやだから、そんな気にするような関係じゃないはずだ」
「……ったく。口だけは上司気取りなのね」
荷物をまとめ終えた彼女は手で鞄の中身を押しこめ、その反動で立ち上がっていた。
そして彼女は廊下へと続く扉の方へと足を向ける。
「どこ行くんだ?」
「三階にある風呂よ。今日は動き回って疲れたから」
「え……あったのか!?」
「何でそんな驚くのよ……。ゲームと違って、みんなも清潔には気を付けるんだから、当たり前でしょ?」
「別にファンタジーな世界だからとは言わないが、てっきり川で身体を洗うものかと」
「……この世界にガンジス川は無いわよ。正法で水ぐらい沸かせるわ、これ一般的な正法よ」
あんたもそれぐらいの正法は使えるようになりなさい、と続けて叱られた。
しかし当たり前だったことなのかもしれないが、自分としては中々興味深い話ではあった。
風呂がある。つまり湯を生み出せる技術がこの世界にはあるということ。
ゲームという設定から、全てのことは正法で賄えていたのかと思っていたが、そうでもないらしい。彼女の言い方だと、正法を使って水を沸かすことが出来る。だが湯自体を生み出すことは出来ないのだろう。
流石リアルとゲームがまじりあった中途半端な世界だ。
正法がありつつも、それに合わせたモノや知識がないと難しいということなのか。
「じゃあ、寝る場合は電気消していてもいいから」
「って、おいちょっと待て。さっきの補正の力は当てにならないかについて、正当性を問いたい」
「それ解いたところで、従順な犬であることには変わりないわよ?」
「…………くそぅ」
「良かったわね。あんたの補正は会話スキルじゃないことが分かったわよ」
エミリー、得意顔で退室。……何だこの敗北感。
去りゆく彼女の背中を睨んで、後で冗談と称して風呂場の覗きでもしてやろうかと考えていた。
ゲームの主人公がヒロインの入浴シーンを覗くことに特に問題ないはずであろう。
まぁ強いて言うなら、ここは死の概念があるリアルに近い世界観だけか。
「何か悪い顔ですね、ユーちゃん」
「そりゃあ……ってローラ!?」
「ふふ。寝る前に少しお話をと思ったんです」
ローラの髪型は下ろされていて、衣服も白いルームウェア。風呂にも入って、まさに一仕事を終えてゆったりとした姿であった。
そんな彼女が最後の仕事とばかりに自分との交流を図りに来ている。
「どうですか。この世界には慣れそうですか?」
「いや、一日だけだと何とも……」
「エミリーとも、上手くいきそうですか?」
「……生意気な奴だけど、頼りになる。上手くやっていけるかは、いかにエミリーが人間味を持ってくださるかだ」
そんな皮肉を聞いてローラは肩を揺らして笑ってくれた。
「大丈夫です。あの子はとても優しい子ですよ」
「……ローラって冗談が上手いんだな。記憶しておこう」
「本当の話です。だって、ユーちゃんがピンチの時にいち早く駆けつけようとしたのはエミーなのですよ?」
「それを言われるときついが……」
だがその後の印象が強すぎて、どうしても心中は下僕を作りたいぜ、なんて野望を抱いてそうな気がしているんだよね。
「エミーは時々直感で行くからこそ、暴走しやすいのです。だから、その時は歯止め役になってくださいね」
「歯止めを壊す勢いで暴走しそうだけどな」
またも笑うローラ。落ち着いた雰囲気の彼女がそんな風にエミリーのことについて説明してくれると、まるでエミリーの保護者のように見えてしまう。
それがなんというか……微笑ましく思えたし、辛いとも思った。
「ふふ、ゲームばかりしていた頃とは状況は違いますよ?」
「そりゃあ違いすぎるだろ。座って手を動かすだけの生活から、今度は足を動かすことになったんだから」
「やっぱりしんどいですか?」
「明日筋肉痛で悩まされそうなくらいには」
ふくらはぎに感じる張りの感覚が妙にもの悲しい。異世界なんだから、それぐらい補正やら調整やらで何とかしてほしいものだ。
「明日も人里のカルムまで移動なのですよね? 近い距離で楽だからとはいえ、体調はしっかりと整えて欲しいです」
「従順な犬ならしっかりしてほしい、と……」
「はい?」
「いや、こっちの話だ……」
彼女の整った笑顔の前でさっきの話を掘り返す必要はないだろう。
ローラも「そうですか」と切り上げてくれた。その代わりと、彼女は机の上に放置していたトランプに手を掛ける。
「そういえばこれについてですが、何か有力な手がかりは?」
「……さっきも軽くエミリーと触れたが、さっぱり分からん」
「私の言った事がヒントに繋がると思ったのですが……」
「あぁ……これがラテン式のトランプカードってことか?」
依頼から戻って、依頼のことについて報告をしたとき、当然このトランプのことについてもローラに説明をしていた。
そして彼女から説明されたのは、そのトランプは日本で使われるものではなくて、イタリアなどでよく使われているラテン式のトランプであること。マークもそれぞれ、剣、棍棒、貨幣、カップ。
更に言えばそれぞれが数字ではなく個数で表示しているため、全くイメージが違うカードに見えても仕方ないということであった。
つまりスパイが言っていたトランプで勝負という言葉に偽りはなかったようで。
質問を作っていたのはそのためなのだろうと後で気づかされた。
「そうです。それで何か分かることでもあったでしょうか?」
「いいや。やっぱりあのスパイが何を意図していたのか、それを理解しないとダメだろうな……」
「それはゲーマーとしての、勘ですか?」
「推理ゲームとしてあったのが、謎を解くなら仕掛けた相手の意図を考えるということも必要だってな」
「へぇ。そういうのがあったのですか」
恋愛ゲームにおいても相手を理解しなさいとか説得シーンがよくあるからそれも踏まえてだ。あの人が男じゃなかったらきっと深層心理まで理解出来ただろうに。
……それよりもローラにこれを伝えたときの表情が気になる。
「何だよ、俺の話がそんなに面白かったのか?」
「いいえ。あなた自身が面白い方だと思いました」
「ほぅ?」
丁寧な物言いで馬鹿にされた気がするのだが。
「いつもそんな感じで会話をしているのですか?」
「別に。たまたま当てはまることがあるからそう言ってるだけだ」
実際に相手と話している時もそうかどうかなんて知らない。
だって俺にはこんなに長い事語り合うような関係の人はいなかったのだから。
先輩、後輩はもちろん、先生やクラスメートでさえ全部が一定値の友好度だった。
可もなく不可もない繋がり。一言二言で会話は終わってしまってしまう。そんな 設定は高校の途中で出来上がってしまった。
そして最も身近な両親に至ってはもう……何と悲しきわが人生、である。
……ただ。だからこそ、このゲーミフィケーション内では、自分の経験を活かして頑張りたいという想いも同時にあるのだが。
「だったら、それがあなたの特技。もしかしたら補正なのかもしれないですね」
「え?」
「ゲームのノウハウで物事を決めていく。そしてそれに対して揺るがない行動力。まさにゲーマーとしての鑑です」
「それ全員同じことだろ……」
ここに来ている全員がゲームをやり込み、その知恵と経験が補正として生かすことが出来ているのだ。だからこそその情報に自信を持っているはずだし、大切にしている。
それが口となっているか、直感となっているか、銃となっているだけ。
何も俺だけがゲーマーの模範解答ではないはずだ。
「そんなことないですよ。誰にだって出来ることではありません」
「そうかなぁ?」
「えぇ、もちろんです」
口だけの人物だとうざいキャラとしてしか見えないと思うのだが、彼女だけには違うように思えるようだ。
「そこで、ゲーム的観測から見ることが出来るゆーちゃんに質問です」
彼女は出会った時と同様、手を握って聞いてくる。しかも今回は両手で。
「え? またですか?」
「えぇ。何か不都合でも?」
「いや……そのぉ……」
因みに、彼女は手を握るために少し前かがみの姿勢なのだ。
それだと困ることが多い。特に目線の部分でだ。
あちらの服装はルームウェアなだけにゆったりとしたもので、前かがみをされてはうなじも艶めかしく見え……とにかく、目のやり場に困るのだ。
「……何でも無い」
「そうですか」
何がそうですか、だ。少しは自分の体裁を見て欲しい。
ほんと、男の本能を弄ぶとは彼女中々の策士である。
とりあえず彼女のおでこを見るように努めていくしかない。
そんな俺のメンタルの強さが試される中、彼女は気にするようなそぶりもせず会話を続けてきた。
「この後、主人公のあなたの身に何が起こりますか?」
「あ、え? 展開ってことか。うーん……そうだなあ」
考えるふりをして、目線を上へ。もう少し見たい気持ちは既婚者という単語で押さえつけた。
思いつくことをそのまま口にしていくことにする。
「あまり激しいバトルアクションゲームではないな。確かに、実際にはこういう日常の中で戦う世界観も存在したけど、その割にはこの街自体にそれが感じられない」
「ゆったりとした、そんな雰囲気が不釣り合いですか?」
彼女は長い説明を予期しているのか、席に座りなおして俺の言葉を待つようにしてくれた。
相変わらず手は握ったままだが。
「不釣り合いとまでは言わない。けどやっぱり緊迫した設定と世界観が無いな。ま、これから起きるのかもしれないと言う意味では展開としてありかもしれないが。でもそれならキャラクターとして武術に長けたキャラが出てきてもいいと思うし……」
「それでは、ユーちゃんが考えるジャンルは何です?」
「無難なところならRPG。しかもリアルタイムで動き、オンライン上で多人数が協力出来たミッション型よりもストーリー型が強いものかな」
「ありきたりな設定かもしれないですね」
彼女の言いたいことはもっとも。
ここまでは大枠の設定であり、実際の展開の流れとはまた違う内容ではあるから。
問題はここから。頭の中にあるゲームを検索、まずは絞り込みから始めた。
「ジャンル的には最近のゲームによくある展開を考えよう。まず異世界に連れ込まれている時点で絞り込める。元から世界に溶け込んでいて、ある日常から徐々に危機に直面する設定。その人がいきなり世界の危機に巻き込まれ、行動していく設定の二つが展開としてありえるからな。今で言うなら後者だ」
「その二つで何が違うんですか?」
「うーん……最終的な目的は同じだが、過程での目標が大きく変わる。それにキャラクターの登場の仕方。巻き込まれる場合は基本的に最初から一人。そして相手との偶然の出会いが大きい。……例えば村にたどり着いたが訳分からない時、ばったり遭遇なんてことさ」
「それなら……確かにユーちゃんの場合は後者ですね、エミーとそんな感じで出会っています」
「俺は訳分からなかったからとは言わないぞ……」
世界の設定も知らずに突っ走っていたところは否定できないが。
「それで、その後はどうなるんですか?」
「この場合はイベントとして、世界の状況を知るために動き出す。プレイヤーに巻き込まれた世界のこと、全く知りません状況でクリアさせることはタブーだからな。まずは小さな行動としてミッションをしていくこともある」
「まさに今のアニマル盗難事件ですね。……なるほど。ストーリーは繋がっている、と」
「そりゃあ筋が通っているように伝えているからな」
「え、そうなのですか?」
ローラが何故と言いたげに首を傾げてくる。握られた手も少しだけ強くなったような気がした。
期待されているような気がしたので、頷いて彼女の気持ちに合わせることに。
「そりゃあな。ここまでの過程でさえも他に、何十と言うルートが存在するんだから。例えば外の街に出かけるパターンや、実は捕まってしまう話。それにヒロインが攻撃してくるものもあるな」
「ふふ、パターンですか。それでミッションをして、次の話はどうなりますか?」
「解決した後、それによって生まれるミッションをまたこなす。で、その内大きなイベントが発生。クリアしていく、と言った展開」
「世界のことについては?」
「まだどうなるかは分からない。でも多分その話は先のことだろうな。少しずつ発展していって、伏線とやらで真相に近づける気がするから。ま、いつどこで大きく動き出すかなんて、分からないし」
そもそもここがゲームの展開通りに進んでいくのかが分からない。
実はネットゲームでありがちな、俺たちの戦いは永遠に終わらないぜ! 的なずっと遊べる要素とかを盛り込んでいるのかもしれない。
何はともあれ、まだ複数ある展開。
一つに絞り切ることは出来ておらず、この事件を解決すればきっと見えてくるものもあるだろう。
そしてここまで話した俺に、ローラは大きな拍手で称えてくれる。
「素晴らしい発想力です。やはり見えているものが違いますね」
「ゲーム数千個、ルート数万と見てきたら……分かってしまうもんだ」
だからこそ、この世界に来て新鮮味さえ感じた、というのは心の内に秘めておく。
「……因みに聞きたいんだが、そういうのは知らないのか?」
誰だってこんな展開やパターンについてはある程度知っていてもおかしくはなさそうなのだが。ローラの反応を見る限り、初めて聞いてますと言っているようだった。
「私がやるのは基本的に経営シミュレーションでしたから。いつも経営難の国やら店を取り仕切っていましたよ」
「なるほどね……」
確かに経営シミュレーションにおいて、世界が危機に陥る壮大なストーリーは必要ないからな。一応世界を巡っての世界経営のゲームはあるけど、彼女がそれをやっているとは限らないか。設定も結構ぶっ飛んだ感じではあったし。
「しかし流石私が選んだだけあります。もう惚れそうです」
「おいこら……そう誤解を招く言い方をするなって」
やはり経営の手腕のある彼女の問題としては、軽率な発言があるということかもしれない。
俺みたいに恋愛ゲームやらノベルゲームを知っていなかったら、変な誤解をしてしまっていただろう。二次元とリアルをはき違えてはいけないのに。
「誤解じゃありません。頼りにしてますよ」
「はいはい、そういう御託は俺じゃなくて別の人に言っておくんだな……」
「……あとですね。惚れそうな男に、もう一度だけ質問しても良いですか?」
「何だよ」
また変なことでも聞かれるのか、げんなりしそうになった俺に彼女はこう聞いた。
「エンディングです」
「……エンディング?」
「そう…………この物語のエンディング。いえ、ゲーマーはどうやって地球に帰れるか、その希望の話についてです」
「……」
彼女はゲーマーとして生き抜くのではなく、このゲーミフィケーションから逃げ出すためにこのギルドを立ち上げたのだった。
それは彼女が賭けている希望であり、後戻りできない選択肢。
「あなたのゲーム理論では、この物語は……ゲーマーはクリアできるでしょうか?」
彼女が欲しいのは、その正解は見いだせるものであったかどうか。
経営者としてでもギルド長でもなく、彼女自身が求める質問だった。
「クリア出来る未来も、ローラなら補正の力の直感で分かってるだろ?」
「未来だけ見えても、今が分からなければ不安は拭えないのですよ。見えないことに不安はあり、希望を見続けようとします。……でもだからこそ、みんなが幸せになれる権利があるのです」
「……そうか」
ローラが以前口にしていた話。
未来が見えても過程が分からない。
それは彼女にとってちょっとした不満なところだけなのかと思っていた。何かあっても、最後は上手く行くのだと言い聞かせ、突き進む人なのだと。
でも、ローラはそうじゃない。
彼女はきっと、みんなで幸せになりたい未来を描こうとしている。そしてそれに対して不安を感じている。だからこそ、ミスをしてはいけない。そんな責任も感じている。
「だからこそあなたのストーリーを教えてください。……ゲーマーに、そんな権利はあると思いますか?」
またも手を強く握られた。その目にはどんな言葉も受け止める、覚悟の目をしていた。
補正の力は、時として不安を呼び起こす……か。
質問の意図を理解している上で、俺から言えることは一つしかなかった。
「ストーリーには大きな転となる部分がある。苦労し、困難にぶつかったり、前が見えなくなることだってある」
「……そうですね」
少しだけ、握られた手が緩まれる。
「でも…………どんなルートも、それで終わる事はない」
「え?」
「必ずその先が待っていた。誰もがそこから何かを受け取り、進み始めて、エンディングを迎える。グッドでもバッドでも、ゲームには必ずそれは存在してることだ」
「……」
「だからこそ、ローラの言う希望をみんな求められる、そして権利もある。だっていつかゲームのような波乱万丈、素晴らしい展開を望み、期待しているゲーマーがここに集っているんだ」
「ゲーミフィケーション……」
「リアルとゲームが入り混じった世界なんだろ、ここは。なら現実的に考えて、みんなハッピーエンドみたいなご都合展開もあるさ」
彼女は俺の言葉を受けて俯いていた。そしてフッと笑みをこぼす。
しがみつく手はいつの間にか離れ、彼女は自分の胸に手を当てていたのだった。
何かを思い返すその時間、俺は待ち続けていたのだった。
そして彼女は自分の中で整理を終えるのを、深呼吸で知らせるのだった。
「……もしかしたら、私たちは間違っていたのかもしれないです」
「ん?」
「あなたのように、この世界をそう捉えていれば、もっと違った物語を見られていたかもしれないと……そう思ったのです」
彼女は大切なモノを見つけたような、愛しみのある目をしていた。
そして、切り替えるように力を抜いたと思うと、満面の笑みをこちらに向けたのだった。
「ありがとうございます。やはり、私が好きになれた相手は違いますね」
「だから誤解を招く言い方をだな……」
惚れそうから、好きになったってレベルアップしているじゃないですかやだー。
「いいのですよ。あなたにはちゃんと理解していると分かっています」
「既婚者だってことを?」
「まぁ、そうですね。後は節操ということも」
「……ローラの夫がどんなのか気になるな。まさか、軽い人なのか?」
「そんなことないです。私が……選んだ人なのですから」
全く説得が出来ていない件について。
それがまずいかもしれないということをこの人は理解出来ていないのではないだろうか。
当の本人は少し落ち着いた様子。目を伏せ、何か物思いにふけっているようだった。
「選んだってことは基準があったのか? 例えば会話をすれば楽しい人とか」
「ありますよ。私と趣味が合う人にしたつもりです」
「なるほど。つまり夫もゲーマーか」
「ふふ、少ない情報でよく分かりますね」
逆に言えばそれしか言えないということである。
ま、ゲームが好きな人を呼びよせたという事か。しかしそうなると、ローラは彼をおいて一人で来てしまったということなのだろうか。
「夫も経営シミュレーションのゲームが得意なのか? もしかしてだが――――」
「ふふ、そう言う話はまた今度にしましょう」
握られた手を離されたと思えば、彼女はすぐに椅子から立ち上がった。
「え?」
「もう夜も遅いです。これ以上長話になってしまうと明日に影響が出てしまいます」
「……夫との時はもっと話していただろうに」
俺がそんな冗談を言ったのに、彼女は笑わなかった。
先ほどの目、切り替える前に見せていた何かを大切なモノを見る目をしていた。
そして何も返して貰えず、踵を返したかと思えば背中を向けられた。そしてその反応が露骨すぎる。何を意味しているのか、嫌と言うほどによく分かってしまう。
「私は経営者です。運営として体調管理を整えてあげることが必要なのです」
「ローラ……?」
「話を聞くはずが相談してしまいましたね。明日も早いですし、もう寝ましょう。あなたのためにも……そして、私のためにも」
そこでようやく彼女は振り返る。振り返って、いつもの営業に見せた綺麗なスマイルをこちらに見せてくれた。
やはり彼女は手腕の割には軽率である。
凄く分かり易くて――――そしてやはり気になってしまう。
「ローラ。もしかして、」
「明日の状況を考えるに、やっぱり衣服は必要だわ……」
扉の開く音。何かを考えながら、ぶつぶつと入ってくるエミリーがいた。
そこまでは良い。問題はその恰好である。
「え、ちょッ、何で!?」
何故にバスタオルだけでここに来たのか。
運動していることがよく分かるようなすらりとしつつも筋肉のついた足や腕。コートに隠れて見えていなかった慎ましい胸が、タオルに隠れていない部分として露わになっている。無防備に見せつけているために、余計に目のやり場に困ってしまうぐらいだ。
髪の毛も洗い立てで、きめ細かく綺麗だった。まさに成長期の少女の姿そのもの。
ギャルゲーではない、リアルでしか感じない美しさがそこに存在していた。
……いや、見てしまったと言うべきかもしれない。
「うん?」
彼女はようやく俺の存在に気づいてようで、ようやくこちらを見つける。
そして固まって、ゆっくりと自分の姿を確認。
そして、彼女はリンゴのように顔を赤くさせる。それもう恥ずかしさを超えた何かを感じたようで。
「エミリー。今日から男がいるのを、忘れていたのですか?」
ローラが楽しそうに言った事をきっかけに、エミリーは無言で手元から銃を生み出していた。
「ちょっと待て! 俺は無実だ!」
「死ね」
「ド直球!? おいこら何でだよ、別に見ても何とも思ってない!」
「逆にむかつくわよ、バカァ!!」
明日のためにまずは風呂に入りたかったのだが、待ち受けていたのはお風呂前の全力ダッシュであった。その間にローラは帰ってしまうし。
まさに不遇。最初の一日を締めるにはあまりにも悲惨なものであった。
本当に、これから波乱ばかりがありそうだ。
そんなことを考えながら土下座をする覚悟だけは決まっていたのだった
。




