不安
今、私は補習を受けてる。
なんの?
って、大の苦手な数学。
昨日の小テストが、赤点だったため。
残ってるのは、私一人。
「秋月。何で、こんなのが解けないんだよ!」
とご立腹なのが、数学の教科担当の泉先生。
「解らないんだもーん」
少し口を尖らせ、上目使いで、彼を見た。
なんてね。
本当は、昨日の朝の二人のやり取りが頭から離れなくて、集中できないんだ。
わかってるんだよ。
先生には、私なんか不釣り合いだって・・・。
自覚してるんだよこれでも・・・。
「そんな可愛く言っても、無駄だぞ。公私は、しっかり区別するのが俺なんだから」
って・・・。
そう、冷たく言う泉先生は私の旦那様。
私の両親が、他県に引っ越すことになったため、当時付き合ってた泉俊也さんが、
「雪乃さんを僕に下さい」
って、頭を下げたのが、一昨年の冬。
高校に入って直ぐに同棲。
その時は、他の高校教師だった俊也さん。
私が、十六歳になったと同時に籍を入れた。
二年生に進級した時に、俊也さんが私の高校に転任してきた。
甘いマスクに、切れ長の目が女生徒を虜にしていく。
それに、新任先生に色目を使われてる。その度に、ヤキモキする。(だって、自分にはないもん)
私たちの関係は、誰にも言えない。
理事長にも口止めされてる。
ので、私は、旧姓のままだ。
「ほら、秋月。さっさとやって、帰れ」
冷たく言い放たれる。
「はーい」
私は、渡されたプリントと睨めっこ。
その間、俊也さんは、何かの本を読んでる。
十分が過ぎ。
二十分・・・。
時間は、過ぎていくが、私の頭では、解けないでいた。
「秋月・・・。できたか?」
俊也さんが、覗いてきた。
「全然できてないじゃないか」
溜め息混じりで言う。
「それ、宿題な。明日までに解けよ」
「はーい」
「延ばすな」
パッコン。本の表紙で頭を叩かれた。
「いたっ……」
涙目になりながら、彼を軽く睨んだ。
プリントを鞄に突っ込んで、席を立つ。
「先生。さようなら」
声をかけて、教室を出ようとした。
「雪乃。今日、帰り遅くなるから、戸締まりしとけよ」
って、冷たく言う。が、目元が優しい。
「はーい」
私は、返事だけ返した。
遅くなるって・・・。
また、新任の舞先生に誘われたのかなぁ・・・。
不安が、胸を押し寄せてくる。
俊也さん、優しいから・・・。
行って欲しくない。
って言えたら、どんなに楽か・・・。
俊也さんには俊也さんの付き合いがあるのはわかってる。
それでも、行って欲しくないって思うのは、私のワガママですか?
夕飯、どうしようかなぁ・・・。
家に帰る前にスーパーに寄り道。
一人で食べるなら、簡単のでいいか・・・。
何て思いながら、しっかり買い占めた。
重い・・・。
こんなに買い込むんじゃなかった。
何て、今更遅いか・・・。
重たい荷物を運びながら、新任の先生と楽しそうにしてた俊也さんを思い出した。
何で、新任の先生なの?やっぱり、俊也さんから見て、私はお子様だから?大人の女性の方がいいの?
そんなモヤモヤを抱えながら、家路についた。
ヨロヨロしながら、家に着くと買った物を仕舞う。
「はぁー。先に作っちゃおう」
制服も着替えずにエプロンを身に付けるとさっさと夕飯を作った。
「いただきます」
・・・・・・。
一人で食べるの、寂しい。
テレビを点ける。
・・・やっぱり、寂しい。
夕飯もそこそこにお風呂に入って、さっきの宿題のプリントと睨めっこ。
でも、俊也さんの事が気になって、手につかない。
ハァーー。
今ごろ、俊也さん、舞先生と・・・。
いかんいかん。
でも、落ち込むなぁ・・・。
舞先生、美人だし、ナイスボディーだし・・・。
大人の女性だし・・・。
それに対して、私は、ブスだし、ぺたんこの胸だし・・・。
お子さまだし・・・。
勝てる要素、どこにもない・・・。
落ち込みどころ満載。
俊也さん。
何で、私なんかと結婚したんだろう?
「・・・ゆき・・の。雪乃」
って声がする。
「・・・う、うーん・・・」
意識が、浮上する。
「こんなところで、寝てたら風邪・・・。って、雪乃、どうした?」
俊也さんが、慌ててる。
??
俊也さんが、私の頬に手を伸ばしてくる。
「何、泣いてるんだよ」
って・・・。
泣いてなんか・・・。
「俺、何かしたか?」
戸惑いの色を隠さずにいる。
「まさか、不安にさせたか?」
ドキッ・・・。
何で、わかるのかなぁ・・・。
「雪乃。ちゃんと話して。じゃないと俺もわからないから・・・」
優しい声で言われて。
「俊也さんは、何で私なんかと結婚したんだろう?って思ったの」
私の問いに口を閉ざした。
言いにくいよね。
数分の沈黙が、永遠に感じた。
「ごめんなさい。私みたいな、どうでもいい子といても、仕方ないよね」
そう言うと、自分の部屋に逃げた。
自分で言って、虚しくなった。
ドアに鍵をかけた。
その場に座り込んで、声を殺して泣いた。
何で、あんな質問したんだろう?
しなきゃ、よかった・・・。
沈黙が、痛かった。
耐えきれなかった。
だから、逃げ出した。
トントン・・・。
ドアが、ノックされた。
「雪乃・・・」
私は、返事をかえさなかった。
ガチャガチャ・・・。
ドアノブが廻される。
開くわけない。
「雪乃・・・。開けて・・・。イヤ、そのままでいい。さっきの質問だが・・・、俺が、雪乃と離れたくなかったんだよ」
ドア越しに言ってきた。
エッ・・・。
「雪乃から告白してきたときは、どうでも良かったんだ」
どうでも良かったって、酷くない。何で付き合ったりしたの?
「でも、いつの間にか、雪乃に惹かれていったんだよ」
・・・・・・。
「俺の一言で、一喜一憂して、コロコロと変わる表情とか・・・。気が付いたときには、重症だった。雪乃が居ないと心配で、不安で仕方がなかった。だから、俺は君のご両親に「雪乃さんを下さい」って、言ってたんだよ」
俊也さん・・・。
私は、ドアの鍵を外して開けた。
「俊也さん。私・・・」
「雪乃。不安がらせて、悪いと思ってる。だけど、俺の中にいつも居るのは、雪乃の存在。雪乃が、頑張ってる姿が、直に見えるのって、俺は得してるんだと思ってる」
優しい笑顔。
私は、俊也さんに縋りついた。
俊也さんが、優しい手で頭を撫でてきた。
「雪乃が不安なことがあるなら言いな。ちゃんと受け止めるから・・・」
俊也さんの声が、頭上からおりてくる。
「舞先生に優しくしないで・・・。ちゃんと、私を見て欲しい・・・」
何て、私の我が儘。
口にすると、恥ずかしい。
「あぁ、舞先生ね・・・」
って、少し考え込んでから。
「彼女、婚約者いるよ。しかも、御曹司。でも、舞先生、自分の夢を叶えてからじゃないと結婚しないって、彼から逃げてるみたいだけど・・・」
へッ・・・。
それじゃあ・・・。
「イヤー。雪乃が妬いてくれるとは・・・」
意地悪な笑みを見せる。
「もう、知らない・・・」
私は、彼から離れて、部屋に戻った。
顔。
赤いだろうなぁ。
「雪乃」
追いかけるように入ってきた。
「やだ。来ないで」
って言ってるのに。
「なんで?」
そう言いながら、背後から抱き締めてきた。
恥ずかしいから・・・。
何て、言えない。
「雪乃。愛してる」
突然、耳元に囁いてきた。
もう・・・。
「雪乃は?」
「私も、愛してる」
振り向き様に返すと、唇に柔らかいものが触れた。
驚いてると。
「目ぐらい、閉じろよな」
って、再び唇が塞がれた。