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右腕   作者: ばいばるす
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第五章 きずあと (3)

 

 「…日夏」

 白くなるほど握り締めた日夏の拳に巫人は手を重ねる。

 「お前のその真っ直ぐさは得難いが、自分一人で何もかも止められたと思うことこそが驕りではないか? それにお前は、ひどく衍葵の肩をもつが、事実だけとれば、あやつが刹羅とお前に刃を振るい、傷つけたことには変わりないのだ。あやつが神山に入って何かに憑かれおったその夜に、神山が燃えたことも」

「だからといって、その全てを同源だと考えるのは性急でしょう。それに神山が燃えたことと衍葵の異変とは、まず切り離して考えるのが筋です。因果関係があるにしても、衍葵が神山を燃やしたわけではない」


 巫人は、重い溜息をついた。

 「なぜ、それほどまでに衍葵にこだわる?神山の事を抜きにしても、あやつはもはや罪人じゃ。だいたい自分に刃を向けたものを庇いだてする義理がどこにある?」

 「義理などではありません」

 「では友情か? いや、違うな。そんなものは、友情という名を借りた、ただの偽善じゃよ。お前は何も持っていない衍葵に同情しているだけじゃ。衍葵よりもずっと優位な立場にあって、その格差に引け目を感じるから、ほどこし気分で友人を気取ってるに過ぎん。

 可哀想だからというのは友情ではない。優位者の驕りじゃ。鼻持ちならん親切の押し売りじゃよ。持てる者の持たざる者への憐れみは、軽薄で残酷。結果的にはより相手を傷つけるだけだ」

 父にも同じことを言われた事を思い出す。

 お前は同情から衍葵を構っているだけだと。お前のような恵まれた立場にある者に始終まとわりつかれる衍葵の気持ちを考えた事があるかと。


 日夏は低く笑った。くぐもった笑いだった。

 「衍葵が可哀想だから?」

 視線を上げ、巫人に対する。

 「誰よりもそう考えているのは、あなたや父上達ではないのですか?あなた方は正にその憐れみをもって衍葵を遠ざけ、罪悪感を紛らわせてきた。過去に何があったか私は知らないが、少なくとも、あなた達や衍葵の態度を見ていれば、それがどういう種類のものだったかは分かる。

 それによって、あなた達は心に負い目を抱える結果になった。だから衍葵をあわれむ。そう、憐れみは軽薄で残酷です。あなた達は正にそうやって衍葵を傷つけてきた」

 たじろいだように見える巫人の瞳の中に、日夏は相手を糾弾する自分の姿を見る。

 己の事を棚に上げ、相手の弱味に付け込む自分の姿をそこに発見して、気がついた。自分は巫人に対して怒りを感じている。

 「あの夜、あなたはまるで過去の亡霊でも見るように衍葵の言葉に応じていた。それはなぜです?『あの女』とは誰のことです? それは…亜紗殿のことですか?」

 亜紗、本来の音でアーシャという。衍葵の母親の名は。


 巫人は視線をそらす。こころなしか乱れた呼吸が彼の動揺をあらわしている。

 「それを知ってなんとする。関係のないことだ。過去のことだ。知ったところで何が変えられる訳でもない。誰も悪くなどなかった。刹羅とて、したくてしたことではない」

 「なら、なぜ誰も語らないのです?語らないまま、いつまでも引き摺っているのです?」

 「醜聞だからだ。語ったところで、誰ひとり喜ぶ人間などいないし、部族の名を落とすだけだからだ。それに、これは、刹羅と衍葵に関わることで、彼等や族長の許しなしにわしの一存でお主に話すわけにはいかない」

 確かにそれが筋だろう。

 しかし、父は―――族長は語るまい。

 「では、一つだけ。衍葵の隻腕も…今はもう違うとしても、やはり事故によるものなどではなく、その一件によるものなのですか?」

 巫人はしばらく黙っていたが、ややあって頷く。

 「刹羅が落としたと聞く」


 日夏は目を瞑った。

 眩暈のような、胸焼けのような不快な感覚の中で、驚くと同時になにか色々なことが腑に落ちていくような気がした。

 衍葵の横顔が脳裏にちらつく。

 いつも遠くからしか刹羅を見つめる事のなかった衍葵。決して応える事のない父親の背中に、衍葵は何を見ていたのだろう。

 その灰緑色の眼差しに託した感情は、自分の腕を切り落とした父親への憎しみだったのか思慕だったのか。

 許したかったのか、許したくなかったのか。

 振り向いて欲しかったのか、拒絶して欲しかったのか。

 いずれにせよ、刹羅がそれに応える事はなかった。

 刹羅は衍葵をいないものとして扱い、無視した。どんな答えも与えてはくれなかった。

 二人の関係はそこで硬直し、衍葵は前進も後退も出来ないまま、時ばかりが降り積もっていった。

 あの神山炎上の夜までは。

 


 

 

 



お詫びアンドお知らせ:


4・21? づけでランキング投票に参加したものの、間違って現代FT部門に登録してしまうというポカを犯してしまいました(汗) 

しかも、しばらく気付かなかった…己の馬鹿さ加減に呆れました。


既に現代FT部門の登録は削除してあり、ほどなく異世界FT 部門に移動と相成りますが、せっかく投票をしてくださった方々、本当に申し訳ありません。

そして拙作に投票していただいた方、読んでいただいた方、本当にありがとうございました。

m(_ _)m

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