再現される副音声 ~想像したら吐き気がっ!~
Side Rio. ~有馬・L・慧人~
昼食を食べ終わるまで話し込み、図書委員の仕事を説明し忘れたうっかりさんな優介は、それでも多目的室から教室への帰り道の途中で、簡単に要約して説明してくれた。非常にわかりやすい。
……特に、仕事はないということが、よくわかった。
普通は本の貸し出しやらいろいろあるはずなんだが、『あ、あの! 私に全ての貸し出しと返却を管理させてください!』とゆーわけわからないプライドを持った図書委員がいるらしく、他の図書委員はたまに開かれる委員会に出席しさえすればそれで万事おーけーなようだ。ぜひとも、その図書委員とお会いしてみたい。聞くだけで、おもしろそうなヤツだ。
「彼女、白川 香奈枝っていうんだけどね、本を読むのがすごく好きみたいなんだ。ずっと図書室で読書していてね、仕事までしてもらって、ホントに頭が上がらないよ」
とは、優介の弁だ。まぁ、仕事が減るのは大いに大歓迎である。
「そか。そいつ、読書好きなんだなー」
「みたいだね。僕も読書好きだし、一度でいいから語りあいたいなぁ」
コイツだったらきっと、その彼女がどんな子でも楽しく語り合えるんだろう。コイツは、誰とでも馴染める、多分そんなヤツだ。
「優介は、読書好きなのか? 俺、実は活字は苦手なんだよな。なんか、頭痛くなってくる」
「え、そうかな? おもしろいよ?」
全っ然おもしろくねー。うわ、考えるだけで頭痛くなってきた。どーにも、俺は活字が苦手らしい。この世界で、なによりも苦手なものかもしれない。
……いや、もっと苦手なもの、あったわ。
「あ、糸目くんいたー」
はい、セリフだけでわかります、説明は不要ですね。……もっと頭痛くなってきた。
「なんだ、その嫌そうな顔は。せっかく坂崎くんが厚意で迎えにきているというのに。俺まで、道連れにしてね。……まぁ、図書委員の桐嶋くんがいるのだから、この厚意は不要だったかもしれないけど」
迎え? あぁ、そうか。まだ俺が道を覚えてないと思って来てくれたのか。なんだ、コイツらって意外と……。
「ね、いい人たちでしょ?」
うん、いい人だ。確かにな。
そう思い、俺はいつのまにか優介の言葉に対し、素直に頷いていた。
「ああ。優介の言った通りだったかもしれない。……ありがとな、二人とも。俺、あんたらのこと、少しは好きになれたかもしれない。特に坂崎な。迎えに来ようって提案してくれて、ありがとう」
自然に、笑みが零れた。ただの変人だと思ってたヤツらって、少しでも見直すべきところがあると一気に評価が上方修正できるから不思議だよな。
「へ? い、いや、あの、うん」
「んー? なに慌ててるんだ、お前は? あ、照れたか? 照れたんだな。おもしろいヤツめ」
「なっ、違っ!!」
「いやいや、素直に照れたって言いなって。楽になるぞ? ゲロっちまえよ。カツ丼、食いたいんだろ? 田舎の母ちゃんが泣いてるぜ?」
「刑事ドラマっぽいことごちゃ混ぜにしすぎてわけわからないことになってるからっ!!」
「おー、そら悪い」
おもしろい。こいつ、やっぱりからかいがいあるわ。思わず、ニヤケるね。
「なんだかんだ言って、慧人と坂崎さんはお似合いかもね」
「確かに。要実験だな。我が友人と、一番波長が合う人物は誰なのか。くひひ、惹かれる」
……なんか、失礼な会話(そしてなんか実験台にされそうな危機)を聞き取ったが、とりあえずシカトしておこうかと思う。そして、マッドワカメで不気味なくせして無駄にイケメンなアイツの面の皮を、今日の夜に剥いでやろうと決めた。うん、絶対やってやる。
教室に着く直前、俺はそんな無駄に意思の強い決意を固めたのだった。
◆
夜。俺は寮の自分の部屋から外に出ていた。……ワカメ? ああ、蹴るだけにとどめておいたよ。さすがに、面の皮を剥ぐのはグロくてやる気になれん。
で、今回、俺が外出した理由について。ちょいと、嫌な視線を感じたのだ。いや、昨日の坂崎(気付いていないとでも思ったか?)はともかくとして、それ以外にも一つ、誰かが居た……気がしたり。
まぁ、そんなだから、その元凶を調べているんけど……。
「……不審な気配は、感じないな」
外出する直前までは、感じてたんだけどなぁ。やはり、ここはアレを使うしかない、か…?
「何をやってるんだ、慧人くん?」
うなっ?! わ、ワカメか?
背後に、なんの前触れもなく現れた宮内 直弥――もとい、マッドワカメ(普通、言いなおすのが逆だって? いやいや、これでいーんだよ)に、少なからず驚かされる。こいつは神出鬼没すぎるな、ほんとーに。なんで、探知できないんだろうか。
「……なんでもいーじゃないか。とゆーか、それなりに強く蹴ったのに、復活早いな」
「ふふ、俺にかかればあんなもの、どうってことないね」
不敵に笑ってみせた。
くそ、なんでコイツはイケメンなんだ。不敵な笑みが、すごく似合う男だった。いや、不気味な笑みのが似合うかもしれないけど。……残念なイケメンだな。
「……で、君はなにが目的だ? 女子寮の覗きか? それなら、いいスポットを紹介してやる」
「要らん」
……ホント、残念なイケメンだな。
「なら、坂崎くんへの夜這いか? アレで、彼女は君のことが気に入っていたようだし、君もからかいがいのある子だとは思っているだろう? お似合いじゃないか」
「……いや、あれは“好かれてる”とゆーよりは、“懐かれてる”だろう。ペットの猫みたいな。気まぐれなくせに、エサだけは求めてきやがる」
「ほぅ、君は恋人をペットにして遊ぶ鬼畜趣味か。ずいぶんコアな趣味の持ち主だね」
「………………俺、あんたキライ」
変人だ。なんでも変な方向に捉えてやがる。もうアレだね、変人の域も超えたね。これはすでにワカメだ。人間の範疇に収まらない!
「ふふ、そう怒らないで欲しいね。ちょっとした冗談じゃないか。ああいういやらしい話に、君がどう反応するか、という実験だよ」
「その弁明で、余計にキライになった。人で実験すんなよ」
「おー、怖い怖い。君、意外と迫力あるよね。さすがだ」
何が“さすが”なのか。俺の何を知っている? さすがって言うからには、俺が何かコイツの評価を上げるような“前提”を知っていなければおかしい。まだ、“さすが”と言われるほどの時間を共にしたわけでもないしな。もしかして“前提”を、知っている?
『さすがだ。……ヴァンパイアであるだけのことはある』
そう言いたかったのか? ……少しだけ、コイツを警戒しておいた方がいいかもしれない。未だに、俺たちヴァンパイアのような種族の存在を信じる“ヴァンパイアハンター”という輩も存在しているらしいし、な。
「……ところで。君の本当の目的は、“視線”を送ってきた犯人を捜すためか?」
唐突に。本当に唐突に、ヤツは話の核心を突いてきた。
もしかしなくとも、コイツも気付いていたのか…? 無理だろう、人間だぞ? 人間に、あそこまで希薄な気配を感じることなんて、出来るわけが……。
「ふふ、そんなに驚かなくてもいいじゃないか。俺は、少し特別なのさ。……それに、俺は友人を大切にするタチでね? 君に危害を加えるつもりもないから、警戒しなくても大丈夫さ」
「……残念だ。モルモット、なんて副音声がなけりゃ、信用してやったんだけど」
「おや? 俺がそんなことを言ったかい? おかしいな、大事なモルモットに、そんなこと言うはずないのに」
「……ついでに言うと、今度は主音声だ」
「知っている、わざとだ」
ニヤリと、笑みをこぼす。……なんか、警戒するのがアホらしくなってくるような笑みだ。こちらまで笑えてくるじゃないか。
「はぁ。まー、今日はもう“視線”の正体を探すのはやめよう。なんか、バカらしくなってきた」
「今は、“視線”なんて感じられないしねぇ。また、警戒しておけば問題ないだろう。……あぁ、俺のことは警戒しなくていいからね?」
「もうしないって、アホらしい」
「そうかい。モルモットが逃げないようで、何よりだよ」
優介曰く、ツンデレなんだよな、コイツ。あんなことを言ってる裏で、実は『よかった。友人である君に警戒されるなんて、俺にとっては悲しいからね』的な副音声が存在しているのだろうか?
……うげ、想像したら吐き気が。いくらイケメンだからって、そらないわ。
マッドな友人の気持ち悪い態度を想像してしまった俺は、少し優介の言葉を間に受けてしまいすぎているようだ…。あとで猛省しておこう。ワカメを引き連れて寮部屋に戻る道中、そんな後悔の念に苛まれるのだった。