いっつ あ わかめ わぁるど !
Side Eve. ~坂崎 唯舞~
リオ君を多目的室に案内したのち、私と歩くワカメこと直弥君はのんびりと教室に帰っていた。
「ワカメ君は糸目君と相部屋なんだよね。糸目君と何かしゃべったの?」
「ああ、仲良くしようね、って話ぐらいだよ」
昨日見た感じではリオ君が警戒していたように見えたんだけど気のせいだったのだろうか。
と、そんなことを考えてると視線を感じた。その視線は昨日のものとは違う。なんだか品定めしているような、そんな視線だ。
あまりにも気になるのでそっちを見てみると、見えるようにか、前髪を手で押さえながら眠たそうな目でこちらをじっくりと見ている直弥君が目に映る。逆にいえば直弥君しか見えない。
「な、なに?」
「君は……いや、何でもない。君みたいな子には出来そうにない」
何が!? そうツッコミたい。ものすごくツッコミたい。しかも、何でもないと言うわりにはいまだにこちらを見ている。というか近い! あまりにも近い!
「悩むなぁ……。どうしようか」
だから何が!? なんだこの人。噂以上にわけがわからない。
一応同じクラスだから調べたり観察したりしたけど、目的の人種ではないことはわかったし……まあ、変人なだけだから大丈夫だろうとタカをくくっていた。けど、噂以上の変人だ。正直、どうしたらいいかわからない。実際、男子に話を聞いてもなんかうやむやにされるか逃げるかだったので正確な情報ではなかった。昨日初めて、リオ君が相部屋だということも知った。
唯一、わかっていたと言ってもいい情報の“変人”というワードも、意外とあてにならない。噂以上の変人――いや、もはやワカメだ。人の範疇を越えている! ……かも。もしかしたら、もう一度調べなおしたほうがいいかもしれない。
だけど。今は他に、気にしなければいけない重要なことが一つある。
「えっと……そろそろ離れてほしいかなぁ、なんて」
……うん、近いよワカメ君。
「そうだね。君、俺のこと知りたいの?」
「え? いや、はあ、まあ」
急すぎる。わけわからないよ。……まあ、調べ直した方がいいかも、とは思ったけど。
「そりゃ、そうだよね。相部屋の人がいつも消えてるんだから。あ、消えてるって言っても退学してるだけだからね」
退学してるだけって、簡単に言ってもいいものなの?
「なんで退学しちゃうの?」
「さあ、おかしいからかもしれない」
自分でおかしいって言った! 気付いていたんならどうにかしたらいいのに。結構、不器用なのかもしれない。
けど、その不器用さが、事件の真相を物語っているのかもしれない。ほとんど、解決しているようなもの。相部屋の人が消えるのは、直弥君が変人すぎるだけ、というわけだ。相部屋の変人度に、頭がついていけなくなっちゃったんだね。
早く気付けてよかった。あのレンガクライミングをしなくてすむ。あれ、意外と指先が痛くなるんだよね。
あ、そういえばあの時、頬もケガしていた。思い出すと、ちょっと痛い。
「……その怪我、どうしたんだい?」
そんなことを思っていたら、直弥君にケガのことを気付かれてしまった。自分の意識が頬に行ったことを、敏感に察知したのかもしれない。その彼は、どうした、と問いながら、頬を触れてきた。
触れられたその頬の傷、昨日飛び降りたときに木の枝にかすったんだ。しかし、そんな事実を言うのはさすがにまずい。言い訳しないと。
「えっとね……そう、木がいっぱい生えてるところを夜中に走り回ったら、掠っちゃったんだ。すっかり忘れてたよ」
「それは痛い。それじゃ……」
急に視界が真っ暗になった。どうやら直弥君に目を塞がれたらしい。何をどうしたらいいのかわからないうちに、暖かくてふわふわした何かが傷口に触れて、すぐになくなった。そして視界が明るくなる。
「な、なに?」
「どう? 痛い?」
「え、いや、あれ? 痛くない」
さっきまで痛かったのに今ではもう痛くない。傷口をさわってみるとまだ傷口はある。痛みだけが消えた。
「何したの?」
「痛くならないおまじない。そして君は面白いから、大切な友人かな」
かな、って大切な友人ではないのか。なんだか複雑。っていうか酷い! なんだか、この話を続けられる気がしない。こういうときは話題を変えるにかぎる。
「そういえば、糸目君はちゃんと帰ってこれるのかな」
「さあ、どうだろう」
なんだか不気味な笑顔で直弥君は言った。怖い、本当にこの人怖い。
「……お昼ご飯、食べた後に見に行くよ」
「あ、それなら見るだけで」
「なんで?」
「え、そりゃあ彼は大切な友人だからね」
いや、逆! 逆だよね、それ! 普通は道案内してあげて、とか、俺も一緒に行こう、とかじゃないの? 本当にこの人は怖い! やばいって、なんかやばいって!
「あ、もちろん俺も行くよ。でも、別行動で」
なんで別行動!? もうわけわからない!
「えっと、行くんなら……一緒に行こうよ」
「……仕方がない」
あれ、意外にも一緒に行くのか。誘ってみてよかった。……いや、このワカメワールドにこのあとも巻き込まれることを思うと、これは失敗だったかもしれない。
「道案内も普通にしてあげようよ」
「いや、それは彼が迷ってからにしよう」
また不気味な笑顔!? 怖いからやめて! にしても、優しいのか優しくないのか、リオ君のことを本当に大切な友達と思っているのか、それすらもわからない。唯一今までの情報以外でわかったのは、超が付くほどの変人であることと怖いことだけだった。
ワカメワールドおそるべし。